第15話死神との話し合い
自宅から徒歩三十分くらいの場所に、手頃なショッピングモールがあった。
僕達はそこを集合場所にして、アイアンメイデンの買い物を始める事にした。
が、基本は下着類を主とした、女の子の必需品なので、僕の出番は無く。
主にみぞれちゃんに付き添って貰っている。
「ラムネさん。出先ぐらいゲームやめましょーよ」
「ん〜、今いいところまでいけたから、あとでね」
僕とラムネさんは、三階フロアのベンチで荷物番として時間を潰していた。
現在アイアンメイデンとみぞれちゃんの二人は、ランジェリーコーナーを物色しているため、僕は近寄る事さえ出来ない。
先程、個人的な買い物で荷物番をラムネさんに任せて席を外したが、十数分後に戻ってきた時も、その姿は席を外す前と寸分違わぬ姿でゲームに没頭しボタンを連打していた。
ちなみに手にしているのは、二世代ほど前の携帯ゲーム機である。
なにしろ【駄菓子屋亭】はつい先日ネットが開通したほどで、みぞれちゃんもラムネさんもケータイを持ち合わせてはいない。なのでゲーム機も最新機種などは取り揃えておらず、二世代、三世代前のゲーム機が現役で動いているのだ。
「ラムネさんも一緒に行かなくて良かったんですか?」
「ん〜。みぞれがいるから平気でしょ〜。それにこの辺の店に私のサイズ置いてないのよね」
ゲーム画面から一切目を離す事無く、そんな返答をする。
確かに小玉スイカのような胸の大きさを持つ、ラムネさんのサイズはそうそう店に置いていないのかもしれない。
や、だとすれば、そんなタンクトップ一枚の格好は非常に目に毒なのだが、若い男子高校生を前にその辺の配慮が足りていないんだか、ある意味足りているんだか分からないが、ラムネさんは気にした様子も見せない。
「だからさ、基本通販で頼むんだけどさ、色指定、毎回間違えるのよね」
「せっかくネット引いたんですから、ネット通販にしてみましょうよ」
「え〜。なんか怖いじゃん。下手な所に頼んだら、騙されて高額な商品送りつけられたらどうするのよ」
「ラムネさん。クーリングオフ制度って知ってます?」
なんだろう。もう一度そういう知識についての情報を教え直さなくては行かない気がした。そうしなければネットオークションあたりでとんでもない大問題を引き起こしかねないかもしれない。
「それはそうと……。協会組織の方はどうですか?」
「今でもベッタリよ」
少し語尾に苛立ちが混ざっている。
監視されている事にイライラが募っているのだろう。
「一階フロア、トマトの下のベンチのサラリーマン……。気づかれないように見てみ」
「トマト?」
ゲーム画面に見入ったまま、ラムネさんがそう告げるので、僕はスマホを耳に当て、さも会話をしながら友人を探すかのように一階フロアを見る。
吹き抜けになっている一階フロアには確かにトマトがあった。
なにかのイベントなのだろうか。巨大なトマトの風船が浮いているのだ。
そのトマトが飛んでいかないように紐が括りつけられ、その元はベンチの足に縛り付けられている。そのベンチに腰掛けたビジネススーツ姿の男がいた。
「あれは……?」
「北海道名産、びらとりトマトの風船ね。今北海道物産展フェアやってるから」
「いや、トマトの方じゃなくて」
別にあの宙に浮いているトマトの情報は欲していない。
「何か次の手を打ってくるでしょうか?」
「上が今後どういうからめ手を繰り出してくるのか。……正直、予想が出来ないから難しい所ね。こちらも手は打ってあるけど、間に合うかどうかは運天ってな具合だし」
死神ですら、運を天に任せるとは──。なんとも皮肉な話である。
「……それで、大和はどうしたいの?」
プレイしていたゲームがゲームオーバーになったのか、渋い表情を見せたラムネさんは電源を切り、携帯ゲーム機をポケットに押し込むと、僕にそんな質問をしてきた。
「どう、と言いますと?」
「あの子の身柄は私が預かっている。でもこれは仮のもの。『ドクターギア』の組織からの離脱には成功した。でも今後、あの子はどうやって生活していくつもりなの? 大和の家の押し入れでペットみたいに隠れて飼うつもりなの?」
「……いえ。そんなつもりは」
今後の問題点の核心を突かれ、僕は渋い表情を見せる。
「自由という言葉は心地よいものだけど、それにはそれ相応の責任が伴うという事実は知るべきよね」
「はい」
何も反論できない。
全てが正論だった。
「大和、アンタはあの子をどうしたいの?」
「アイアンメイデンは、【ドクターギア】の歯車として死ぬのではなく、自分自身として生きたいと言いました。だから僕は彼女を助けてあげたいんです」
「言葉は立派ね」
「はい。その責任を全て負うには、自分は若すぎました。自分は何でも出来るんだと自惚れていました。それを自覚し、反省しています」
「うん。よろしい」
ラムネさんは小さく頷いてみせた。
「義の心を持つ事は決して悪い事ではない。でもね、その義を貫く責任を担える事こそが重要なの。今はそれだけを覚えておきなさい」
「……はい」
「じゃ、説教はここでおしまい、と」
パンと手を打って、緊迫した空気を塗り替える。
「ま、アイの件は、後はこちらに任せておきなさい。協会組織に渡らないよう、一応手は尽くしてみたからさ」
「ありがとうございます」
僕はラムネさんの前に向き直り、深く頭を下げた。
普段は頼りない、死神ニートだが。
頼れるべき時に、頼れる大人なのだ。
「問題は今後どこに住まわせるかよねぇ。ウチはみぞれがいるからなぁ」
「みぞれちゃんを、猫か犬みたいに言わないでください」
多分、生活面や事務仕事面で見たら、ラムネさんより働いているぞ。
「や、だからと言って、若い盛りの男子の家に置いておくと、なにしでかすかわかったもんじゃないしねぇ。二人暮らしのつもりが、いつの間にか一人増えていたりなんかしたら、笑い話にもならないわよ」
「や、一応、ウチ叔母さんも住んでいるんですけど」
「大和、それは近親相姦よ……」
「手を出す前提で話を進めるの、やめませんか」
この人は僕をなんだと思ってるんだ。
「まぁ当面は、ウチの秘蔵部屋にでも住まわせておくか……」
秘蔵部屋というのは、ラムネさんがコツコツ集めたレトロゲームやグッズを保管してある部屋の事である。かなり古い筐体や基板も保管されていて、将来的にはその部屋を昔懐かしいゲームセンターのようにしたいと語っている。
「それはそうと……、大和、なにか忘れてない?」
「なんですか?」
「借り……。まだ返してもらってないわよ」
その一言で思い出す。
例の事件で助けて貰った借りは、晩御飯で返すように言われていたのだ。
だが【駄菓子屋亭】に戻るなり、協会組織の接近があったもので、その約束はうやむやになっていた。
「あー。そうでした。すっかり忘れてました」
「オムライス!」
ラムネさんが謎の言葉を口走る。
「ふぇ?」
「だからオムライス。食べたいの。今日の晩御飯はオムライスがいいの」
「今日は鯖の味噌煮か、豚の生姜焼きにしようかなと思ったんですけど」
「オムライス!」
そこは何故か妙に力強い。
なんだろう。好物なのだろうか?
「本当にオムライスでいいんですか?」
「オムライス! 最高ッス! チキンライス! デリシャス!」
遂に妙な韻を踏み始めた。
「分かりました、分かりました。今日の晩御飯はオムライスにしますよ」
「やったー。オムライスだーオムオム」
「変な語尾キャラになった!?」
晩御飯がオムライスに確定した事で、ラムネさんはこれまでにない最高の笑顔を浮かべていた。
いい大人は、オムライスで最高の笑顔になれるらしい。
勉強になった。そういう大人にはならないでおこう。
これぞ、ビバ反面教師というやつだ。
ちょうどその時、フロアで館内放送が鳴り響いた。
『只今、一階エントランスホールにて、北海道物産展フェアを開催致しております。それに伴いまして、現在北海道限定販売ハイパーミルクプリンの試食会を行っております。皆様、是非とも足をお運びくださいませ……』
「北海道限定のハイパーミルクプリンかぁ」
それがどんなプリンなのか想像がつかず、色々な妄想が頭の中で巡っていたのだが、隣のラムネさんは思いつめた表情でゆっくりと重い腰を上げていた。
「ラムネさん?」
「行かなければ……。ハイパーミルクプリンが私を待っている……」
「って、一階には協会組織の人間が監視してるんじゃなかったんですか?」
「うるせー。協会組織の人間が怖くて、プリンが食えるかー!」
「意味分かんねぇよ」
逆ギレも甚だしいが、それほどまでにラムネさんにとって、プリンは重要問題なのだろう。
「分かりましたよ。行ってください。僕が荷物番してますから」
これ以上、ラムネさんを止める事は不可能と判断し、僕はアンチェインモンスターを野に解き放つ事にした。
「やったー。行ってきますオムオム」
「まだその語尾キャラ引きずるんだ!?」
変な語尾を残したラムネさんの姿は、あっという間に見えなくなる。
だが、今回の話し合いで僕は大きなものを得られた気がした。
僕の自惚れを知った。
若さという愚かさを知った。
そして、死神の信頼を知った。
だからこそ今後の人生で、僕はこの糧を上手く使わなかればいけない。
死神の信頼に応えるために。
僕が責任を担える大人になるために……。
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