四章
第14話お買いもの
「意外ね」
朝起きて、開口一番のアイアンメイデンの台詞はそこから始まった。
例の事件の翌日。アイアンメイデンは僕の家にいた。
「何がだ?」
「その料理の手際の良さとか、家事に無駄がない所とか……」
「あぁ。元々両親が共働きで家にいることが少なくて、自分でやる事が多かったからな。今じゃ【駄菓子屋亭】の世話までしている始末だ」
テーブルの上には朝食のトーストとベーコンエッグ、コーヒーのカップが並んでいる。アイアンメイデンはコーヒーが苦手だというので、中身は紅茶だ。
「ご両親は……? 昨日から姿が見えないけど」
「両親は仕事で妹を連れてアメリカに行っている。僕は高校の入学が決まっていたからアメリカには行かなかったんだ。一応、今は保護者という名目で叔母さんが一緒に住んでいるんだけど、風来坊な人で、海外を渡り歩くから、基本一人暮らしだと言ったほうがいいのかもな」
アイアンメイデンに少しプライベートな話をする。
朝食を摂りながら僕の話を聞いていたアイアンメイデンは、最後に紅茶のカップを傾け終えると、「ごちそうさまでした」と小さく手を合わせた。
「行儀がいいんだな」
「そう躾けられた」
「なら、それは続けるべきだな」
「【ドクターギア】を裏切っているのに?」
「思想や体制は個人の主義とすべきだが、道徳心や躾の類は人格の気品さだからな。それは生きていく上で必然の嗜みだ。大事にしろよ」
「……分かった」
小さく頷いたアイアンメイデンを見やり、僕もコーヒーカップを傾ける。
「さて、これからどうするかだ」
飲み終えたカップでテーブルをコンと叩き、議題を提出する。
例の事件後、ラムネさんがアイアンメイデンを貰い受けた事で、再び話が急転したわけだが、ここから状況が更に面倒な事になり始めた。
協会組織が直接【駄菓子屋亭】にコンタクトを取りに来たのだ。
理由は明確。【ZOO】の手を離れたドクターギアの娘という虎の子を何としても欲していたからだ。
ラムネさんは協会組織の中でも、かなり実力のある立場ではあるが、所詮は一個人であるので、その権力は低い。つまり協会組織からの命令が下されたとするならば僕達は組織にアイアンメイデンを引き渡さなくてはいけないのだ。
その為、ラムネさんは時間稼ぎをした。
そんな事実はない。なら【ZOO】に連絡を取って確かめてみろと言って、確執を顕にさせ、協会組織の人間を足止めさせる事に成功した。
その隙に僕がアイアンメイデンを連れて脱走。自宅に匿っている訳である。
だが、この時間稼ぎはそう長くは続かないだろう。
協会組織が次の手を打つ前に、こちらも動き出さなくてはいけない。
「ん〜、とりあえず……」
「買い物ね」
「なんでだよ!」
思わずツッコミを入れていた。
自分の身柄が拘束されようとしているのに、なぜ買い物を希望する。
「だって、私日用品何も持ってないのよ。今着てるパジャマだって借り物だし」
確かにそうだ。脱出劇を繰り返してきたアイアンメイデンは何も持っていないのだ。昨日の制服は叔母さんの部屋のハンガーにかけられているが、それ以外の私服もない。
彼女を【ドクターギア】の組織から離脱させ、自由にする事には成功したがその後の彼女をどうするかについては、本当に全てが未定なのだ。
「……何が欲しいんだ?」
一応希望を聞いてみる。
可能であれば、アイアンメイデンをここに残し、僕が素早く手近な所で買い集められるかもしれない。
「え、えっ、ここで言うの?」
驚いた表情のアイアンメイデンが、顔を赤らめている。
「何が欲しいんだ? 今スマホにメモするから」
「……ごにょごにょ」
「え?」
「……ラとか、……ツとか」
「ん? 声が小さくて聞こえないんだが」
スマホのメモ帳を開きながら、何を買えばいいのかを待っているが、アイアンメイデンは真っ赤な顔をしながらごにょごにょと呟いていて、要領を得ない。
「……だから、ブラとかショーツ! あと衛生用品がないから困ってんの!」
我慢の限界が来たのか、バンッとテーブルを叩きながら、アイアンメイデンは怒鳴るように声を荒げた。
「あ、あぁ……。そういう事か。スマン」
ようやく合点がいき、僕は素直に頭を下げた。
「だが、まぁ……。これは僕には無理だよなぁ」
「本当に? コレクションとかしてるんじゃないの?」
「お前は僕をなんだと思ってるんだ?」
ツッコミを入れるが、確かに今後の生活を考えれば、そういった用品も必要になってくる。だが男の僕がそういうものを買い揃える姿も奇妙なものなので、誰か別の人に頼むより他に方法がないだろう。
「仕方がない。危険はあるが、買い物に行くか……」
それ以上の最善策は思いつかず。
僕はスマホで【駄菓子屋亭】に連絡を入れる事にした。
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