第21話エピローグ

 事件が全て解決し、ほっと一息ついた瞬間──、

 一階フロアに浮かんでいたびらとりトマトの巨大風船に変化が生じた。

「なんだ?」

 風船の表面に小さなデジタル表記の文字がホログラムで現れたのだ。

 それも大量に。しかもそれはカウントダウンを示していて、それぞれのカウントもバラバラなのである。

「オロチ、あれは……?」

 僕の問いにオロチは渋い表情を見せる。

「考えたくはないが、あれ一つ一つが小型高性能爆弾だとすると、随分と厄介な事になりそうだよね」

「あれ、全部か……?」

 数えるのも嫌になるくらいの数字が風船に浮かんでいる。

 あれだけの数であれば、周囲を跡形もなく吹き飛ばせるほどの威力になるのではないだろうか。

「大和……、何かあったの?」

「【ドクターギア】の置き土産が発動した。ここは危険だからバックヤードから外に避難してくれ」

「え、ちょ、どういう……」

 時間が無い。アイからの通信を強制的に切り、真上を見やる。

「どうする?」

「私がもう一度ぶった切るってのは?」

 ラムネさんが不敵な笑みを浮かべ、水鎌を肩に担ぐ。

 確かにラムネさんは一度、アイのピアスでもある小型高性能爆弾の破壊に成功している。可能か不可能かで言えば、可能であろう。

「だが、問題は小型高性能爆弾が一つじゃないって事なんだよね」

 巨大風船には幾つものカウントが浮かんでいる。

 ラムネさんの水鎌の攻撃で一つは破壊可能かもしれない。だがあの爆弾が連動システムであったのなら、その時点で誘爆して僕達は終わりだろう。

「あのカウントしている爆弾一つ一つを破壊する時間は……、ないですよね」

 ラムネさんが小さく首を振ってみせる。

 当然だろう。数えるのも嫌になるほどの量なのだ。

 水鎌を振り回したとしても、全てを破壊し終えるには間に合わないだろう。

「つまり……、一撃で全てを破壊するか、あのびらとりトマトの爆弾を爆破しても安全な場所に持っていく必要があると」

「まぁそうなんですけど。両方共不可能でしょ」

 ラムネさんが意見をまとめてくれたが、それは絶望的な意味となった。

 そうしている内にもカウントダウンは刻々と進んでいる。

「ん、前者は無理だけど、後者は出来るよ」

 絶望的な環境の中で、ラムネさんはそんな事を言いだした。

「いや、そんなこと不可能でしょ。時間もないのに、あんな巨大風船をどこに持っていけば安全に爆破できるって言うんですか?」

 地下深くに埋めるとか。

 いや、幾らラムネさんとはいえ、短時間で硬い岩盤を深く掘り抜くのは無理と考えていいだろう。

「あるじゃない。ひとつだけ」

 そう言ってラムネさんは、先ほど空けた天井の大穴を指し示した。

 電波発信源でもあるびらとりトマトを破壊した際に、水鎌の威力が強すぎて正面ゲートは半壊状態となっている。被害総額の事を考えると頭が痛くなってくるのだが、確かにお空に向かって大穴が空いているのである。

「要はアレをお空に向かって吹っ飛ばして、爆破すればいいんでしょ?」

 ラムネさんはそう言いながら水鎌を振りかぶって見せた。

 スタンスは広く、腰を落とし、グリップをしっかりと握り込む。

 それに伴い水鎌はバットの形に変化していく。

「二死満塁からの代打ってな場面ね」

 トントンと爪先で地面を叩き、バットをグルグルと回す。

「見逃し三振はゲームオーバー。目標は場外ホームランって感じ?」

「もう何も言いませんよ。……お任せします」

 失敗すれば、全てが終わる。

 僕達の命運は死神に託された。

 皮肉な話にも聞こえるが。

 僕が運命を託すとするならば、やはりそれは死神でありたいと。

「大和……。自分の身は……」

「勿論心得ていますよ。自分の身も、他の人の身も、守ります」

 それが『史上最強の死神』の懐刀の意味なのだと。

 僕は、そう思っている。

「じゃ、最後の打席、花を咲かせに行きましょうか」

 ニカッと白い歯を見せて笑ったラムネさんは、バットを構えた。

 カウントは刻一刻と進んでいる。

 だがラムネさんは焦らない。

 無言のまま、しっかりと狙いを絞っている。

 僕もオロチも無言のまま、それを見守っていた。


 ──そして、『史上最強の死神』はバットを振った。

 天空に向かって突き刺さるようなアッパースイングが炸裂する。

 直後、強烈な衝撃波が僕達に襲いかかった。

 噴煙が舞う。視界が不明瞭な中、僕は地面を二転、三転しながらも空中に浮かぶびらとりトマトの風船の行方を探した。

 ラムネさんの『死神打法』から放たれた一撃は、幾つもの小型高性能爆弾を搭載した巨大風船を天空高くへと吹っ飛ばしていた。

 だが、それと同時に受けたダメージにより小型高性能爆弾は空中で一斉に誘爆を開始する。

 がれきと化したショッピングモール正面ゲートの天井から見えたのは、巨大な紅蓮の炎の塊であった。

 強烈な爆発音。同時にビリビリとした衝撃波が伝わってきた。

 凄まじい威力だ。あれがここで爆発したとしたら……。

 考えただけでも、身の毛のよだつ話である。

 ラムネさんは空を見上げていた。

 黒煙の立ち上る空をだ。

「逆転満塁ホームランってね……」

 バットを放り投げながら、そんな事を言っていた。

 その顔は満足気であり、少し安堵したような笑みでもあった。

 遠方からサイレンの音が響く。

 流石に騒ぎが大きくなりすぎたのだろう。

 事件の比でいえば、『空操拷問の乱』以上なので、当然といえば当然だが。

「大和くん。後の事は任せて、キミ達は行ったほうがいい」

 下手すれば爆弾テロの犯人とも、思われるかもしれないしね。

「アイ、『シュレディンガーの猫』を発動したまま、バックヤードから撤退してくれ。あとで落ち合おう」

 アイに通信を入れておく。

 『シュレディンガーの猫』が発動している限り、協会組織の人間のマークも無視できるので、そっちの件は任せても安心だろう。

「大和さーん」

 上空の爆発で心配になったのか、みぞれちゃんが不安そうな顔でエレベーターから声をかけてきた。

「さっきの爆発は……?」

「【ドクターギア】の置き土産さ。大丈夫。ラムネさんがぶっ飛ばしたし」

「見事にぶっ飛ばしました」

 ドヤ顔でVサインをして見せている。

「大丈夫ですか。二人共、怪我はありませんか?」

「なんとかね。って、今はそれどころじゃない。警察が来て、面倒な事になる前にさっさとここから逃げ出さなくちゃ」

「ふぇ? 一体どういう……?」

「事件が終われば、死神はクールに去るぜってやつよ」

 言うや否や、ラムネさんは全速力で駆け出していった。

「ちょっ。速っ。待ってくださいよ」

 僕とみぞれちゃんは慌ててその後を追いかけることにした。



 こうして史上最悪とも言える、休日は幕を閉じたのである。








 帰り道……。

 ラムネさんは妙にご機嫌な表情である。

 ひと仕事終えた達成感だろうか。

「今日の晩御飯は〜、オムライス〜」

 違った。今日の晩御飯の件でご機嫌だっただけのようだ。

 つか、北海道物産展フェアで死ぬほどハイパーミルクプリンの試食をしていた気もするが、それでもまだ食べるのだろうか。

「はいはい。今日はラムネさんもしっかり頑張ったので、腕によりをかけて美味しいオムライスを作らせていただきますよ」

 こっちも走り回って疲労困憊はしているのだが。

 今回のMVPは間違いなく、ラムネさんなのである。

「やったー。楽しみオムオム」

「まだその語尾キャラやるんですね……」

 そこで僕ははっとする。

「しまった。冷蔵庫にケチャップが無いんだった!」

 オムライスにケチャップは必需品だ。

 中身のチキンライスしかり、卵に描くにしかり。

「流石に戻ってケチャップを購入するのは無理だろうし、そもそもお金が……」

 みぞれちゃんとアイのアクセを買った事で、僕の財布はカラになっていた。

「ごめんなさい。私も今持ち合わせが」

「私はそもそもお金を持ってない」

 みぞれちゃんも持ち合わせがないようだ。

 アイは堂々とそう言い放つが、その両手には僕のお金で購入した衣服や衛生用品の入った袋が大事に握られている。

 ま、こちらは最初から期待はしていない。

 チラリとラムネさんを見やる。

「ふっふっふっ。そんな事もあろうかと、私は準備していたのよ」

 ドヤ顔を見せたラムネさんは、そう言いながら僕にレジ袋を押し付けてきた。

「なんですか。これは?」

 なんか妙にずっしり重い。

 そしてうっすらと赤く見えるものがあるのだが。

 レジ袋の中を開けると、そこにはぐちゃぐちゃに潰されたびらとりトマトの残骸がみっしりと詰まっていた。

「ひぃっ!」

 思わず悲鳴が漏れ出る。

「肉厚で芳醇な香りが最高なびらとりトマトよ。再利用しない手はないでしょ」

「って、誰がこれをケチャップにするんですか?」

「そりゃ大和の仕事でしょ」

「余計な仕事を増やさないでください!」




 今日の晩御飯が、いつもより時間がかかったことは言うまでもない。

 僕は今日も死神の食事を作り。

 僕はこの死神の弟子なのである……。

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駄菓子屋ラムネの先天性死神症候群 らいちょ @raityo

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