三章 

第12話秘密組織

「ここだよ」

 徒歩で二十分。閑静な住宅街の中でオロチは歩を止めた。

 目の前には年季の入った古い工場がある。

 以前訪れた幽霊退治の工場よりも更に小さく、薄汚れた雰囲気に満ちていた。

 錆びた看板には【○○工場】と書かれているが、ペンキが剥がれて読み取る事は困難である。

「ここがお前達の家なのか?」

「活動期間中のベースポイントとして間借りしているだけさ」

 油汚れの激しいシャッターを開けると、中から灯油の匂いが漂い鼻についた。

 今は機械が動いていないようだが、元はネジか何かを製造していたのだろう。

 小さな箱の中には廃棄品扱いなのか、何本かのネジが転がっていた。

「居住空間としては厳しくないか?」

 匂いもそうだが、コンクリート打ち出しの地面では寒さも厳しいだろう。

「一応【ZOO】は秘密組織だからね。あまり自分達の存在を公には出来ないんだよ」

「それでこんな生活環境なのか。厳しい部隊だな」

「ま、ここは表向きの施設だけどね」

 シャッターを閉じたオロチはそう語りながら、ポケットから一本の鍵を取り出した。

「この施設の本質は扉の向こう側にあるのさ」

 工場には油で汚れた機械が並んでいる。更に奥に進むと、あまりこの工場には似つかわしくない重厚な扉があった。そこには金メッキの施された鍵穴があり、オロチはその施錠を解いた。

 重厚な扉の中には薄暗い階段があった。地下に通じる階段のようだ。

 リャーナとオロチは無言のまま階段を下りてゆく。僕もその後に続いた。

 地下にたどり着くと、再び重厚な鉄の扉があった。

「まるで地下シェルターだな」

「そのまさかだよ」

 笑みを浮かべたオロチが重厚な鉄の扉を開けた。中は薄ぼんやりとしたダウンライトの照明が焚かれチェッカーフラッグの色合いを模したリノリウムの床板が貼り付けてある。

「こいつは……」

 言葉に詰まった。上の薄汚れた古い工場とは似ても似つかない施設が、そこには広がっていたからだ。おしゃれなバーラウンジやビリヤード台。バカラやルーレット、スロットマシーン、更にはダーツまで常備している。ここは間違いない。カジノ場である。

「非合法な地下カジノ施設。奥には温泉施設やホテル、カラオケもある。──その昔、不渡りを出したネジ工場を買い取って、地下に核シェルターを建設し、一大違法カジノランドを経営していた悪い輩がいたんだけどね。『史上最強の死神』さんが関与する事件でメンバーが一斉摘発されて、組織も壊滅。残った施設を僕達はありがたく利用させてもらっているんだ」

「こんなとこにまで、ラムネさんは関与してんのかよ」

「キミが知らないだけで、『史上最強の死神』は日本の闇の大部分に関与してるよ」

「ききたくなかったわー」

 いや、それだけは何よりも本音だった。

「お帰りなさいませ」

 リャーナが帰宅するなりラウンジに向かう最中、代わりに一人の女性がこちらに来るなりぺこりと頭を下げた。

 その顔には見覚えがある。腰まである長いストレートの金髪にツリ目。冷たさを感じるような美貌だが榛色の瞳はどこか穏やかさを感じさせる部分もあった。

 今日は以前のようなライダースーツではなく、黒のスキニージーンズに白いシャツというスレンダーなボディを強調させるようなラフな出で立ちである。

 そしてなによりも気になるのは、彼女の頭の上にある猫耳だ。

 リャーナの一件があり、彼女が【ZOO】のメンバーである以上、彼女もまた獣人種の一人なのだろうか。

 それが本物なのかが気にかかる僕の視線が、顔よりも猫耳にある事に気がついたのだろうか。ピクッと猫耳が動く。

「チャム、これが大和くん。大和くん、これがメンバーのチャム・クラムだ」

 ……やっぱ、これ扱いしてるよな。

 一度注意すべきかとも思ったのだが、それよりも先にチャムさんは僕の前に立つと、今一度深々と頭を下げた。

「以前は挨拶もままならない状態で申し訳ありませんでした。チャム・クラムと申します」

「あ、いえ。こちらこそ。神来大和です」

 ご丁寧に自己紹介をされた事で、おもわずたじろいでしまう。

 や、アクの強いメンバーとしか知り合えなかったので、こういうまともな挨拶はある意味斬新とも言えた。

「チャム。あの子はどうしてる?」

「調教部屋に監禁しています」

 言葉を訂正しよう。【ZOO】のメンバーである以上、やっぱどこかおかしいようだ。

「監禁って?」

「キミも知っているあの子さ」

 不安げな表情で尋ねるが、オロチはチャムさんから一本の鍵を受け取ると、そのまま奥へと歩いていく。

 仕方なく、僕はその後に続く事にした。

 カジノルームを更に奥に進むと、個室の部屋が幾つも並んでいた。

 小さな丸窓を覗き込んでみる。カラオケルームのようだ。

 他にも四畳ほどのスペースに机や黒板を並べたプチ教室や、マットや跳び箱を置いたプチ体育倉庫らしき部屋もある。

「……おい、これって」

「元は一大違法カジノ施設だからね。そういう施設だって併設されているものさ。なんだったら少し体験してみるかい? リャーナに体操服とブルマを着させて、体育倉庫で二人っきりのプレイとか、チャムに黒縁メガネとムチを持たせて、教室で女教師と放課後プレイとか楽しんでみてもいいよ」

「お前は僕をなんだと思ってるんだ」

 まぁ正直なところを言えば、かなり興味はあるけど。

 オロチはそんな気持ちを知ってか知らずか、小さく肩を竦めて見せる。

「その先の部屋さ……」

 その部屋の扉はそういう趣向も凝らしたものなのか、アルミ製の扉なのに鉄格子が嵌められていた。小さな四角窓から中を覗いてみる。やはり中は周囲が鉄格子で覆われていた。

 オロチが施錠を解いて扉を開く。中は更にディープな世界が広がっていた。

 中央の天井から鎖が垂れ落ち、手首を繋げるように革製の手錠が付けられている。

 隅に置かれたテーブルには乗馬用のムチ、赤い蝋燭、ギャグボールが並べられており。

 その隣には、半身のマネキンがラバーマスクを着せられた状態で鎮座していた。

「確かに調教部屋だわな」

 部屋を十分見渡した僕は、引きつった笑みを浮かべながらそう感想を漏らした。

 ほかの部屋を探せば例のプールなんてのも、あるのかもしれない。

「気分はどうだい?」

 オロチのその言葉は僕に向けられたものではない。

「……サイアク」

 少女は憮然とした表情でそう答える。

 部屋の隅に設置された簡素なシングルベッドの上に、一人の少女が座らせられていた。

 座っていたのではない。おそらく彼女は現在自発的な活動は不可能だからだ。

 亜麻色の長い髪をおさげにして胸元に垂らした髪型。碧眼の瞳。両耳には小さなピアスを付けている。

 外国人というよりもハーフやクォーターといった幼い顔立ち。年頃はリャーナとさほど変わらないぐらいと思う。

 レオタードを着ているが、彼女は何故かその上から荒縄を用いた亀甲縛りを受け、正座の状態で縛られている。

 年端もいかない少女が、調教部屋の中で亀甲縛りを受けているという状況。

 ……うん。幾ら状況を納得させようとも、理解できない範疇だ。これ。

「オロチ、この変態少女はなんなんだ?」

「ちょっと。一体誰が変態少女ですって!」

 ギッとこちらを睨みつけてくるが、お前以外に一体誰がいると思うのだ。

 オロチは傍にあったパイプイスに跨りながら、ムチを手に取り、その先を少女に向けた。

「名前はアイアンメイデン。先の事件の首謀者であり、ドクターギアの娘さ」



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