第10話死神vs変態
「きーっ。もう許さないわよ!」
オロチに連絡がついた以上、僕の仕事は終えたわけであり、さっさとここから撤退しようと考えていた矢先、空操拷問が地団駄を踏みながら叫び始めた。
「もうすぐ応援が来る。諦めてお縄につけよ。変態」
「嫌よ。愛の無い縛りプレイなんて、SMとは呼べないわ!」
「逮捕術を縛りプレイとは呼ばねぇよ」
「うるさいわね。そっちがその気なら、こっちもこうさせてもらうわ!」
そう叫んだ空操拷問は網タイツに挟んであったスイッチを天に掲げ、ポチッと押した。
同時に天守閣が大きく揺れ始める。
「な、なんだ?」
「フゥーハッハッハッハッ。自称マッドサイエンティストの恐ろしさを味わいなさい!」
天守閣全体が揺れ始め、僕は慌てて姿勢を低くした。
動いている。いや、それどころじゃない。
天守閣はゆっくりとした動きで鋼鉄の両腕、両足を生やし、巨大ロボットに変形を遂げたのだ。
「ロ、ロボットに変形だと……」
天守閣を中心とした巨大ロボの大きさは四十メートルほどだろうか。
真下から見下ろすと、地面が遥か遠くに見えてくる。
「ふふん。どうかしら。アタイの最高傑作天守閣ロボット、テンシュカくんよ」
「名前もフォルムもダサいのな」
テンシュカくんは、天守閣を中心に手足を生やしたもので、非常にバランスの悪いデザインとなっていた。
だが、大きいのは事実。
こんなものが街で大暴れをすれば、甚大ではない被害が及ぶ。
「お前は一体何をするつもりだ?」
「決まってるじゃな〜い。アタイの気に入らない存在をぜ〜んぶぶっ壊して、アタイのお気に入りの世界に作り替えてあげるのよ」
「ありふれた世界征服宣言だな」
「え、男子は全員去勢よ」
「清王朝の辮髪より悪質だな!」
人類滅びますやん。
「と・に・か・く。アタイはRSで人間達を支配して、自分にとって楽しい世界作りをしていこうってわけ。さてこれから忙しくなるんだから、去勢予定のガキはどこかにすっこんでなさい」
「悪いがそれを聞いて、はいそうですねと従うと思うか?」
「なに? 正義のヒーローぶるつもり?」
「自分のムスコの心配だよ!」
このままだと、男子全員オカマ道突き進む未来しかないんだぞ。
「ふん。この大切なものを幾つか失ったアタイに勝てるとでも?」
空操拷問が不敵な笑みを浮かべ、指をポキポキと鳴らしてみせる。
「やらなきゃ。未来はないんだろ?」
「……なら、アタイを止めてみなさい。オカマってのはねぇ、男よりしつこくて、女より執念深い生き物なのよ!」
そう叫びながら空操拷問は襲いかかってきた。
間合いに詰め寄る寸前、僕は前方に『拒絶の壁』を展開させる。
停止状態とはいえ、高度の高いこの場所では強風でまともな立ち回りさえままならない。ここは『拒絶の壁』を中心とした防戦に徹したほうがいい。
「オカマをなめるな!」
一気に間合いを詰め寄った空操拷問は、大きく仰け反った体勢から右拳を繰り出してきた。当然それは『拒絶の壁』でガードする。
強烈な衝突音。鈍い音が響き渡る。
弾丸すら防ぐ『拒絶の壁』だが、ここまで真正面からぶつかってきた相手は初めてであり、どこまで防御が効くのか不安すら覚えてきた。
オカマどころか、オスを感じさせる漢である。
「いい防壁じゃない。それがアンタの能力ってなわけ?」
「『拒絶の壁』だ。弾丸すら防ぐ」
「ふん。それがアンタの自負ってなわけね。……ならアタイはその自負すら邁進してあげるわ。前へ、前へ、只前へと進み、全てを粉砕してあげる」
「やれるもんなら、やってみろ」
僕の言葉に対し、空操拷問は不敵な笑みを浮かべると『拒絶の壁』を前に再び体を大きく仰け反らせ、ビリビリと空気が振動するかのような野太い咆哮を張り上げつつ両拳を用いたラッシュを敢行してきた。
「オカマをなめるなー!」
展開された『拒絶の壁』に無数の拳が打ち付けられる。
策、なんてものはない。
前へ、只前へ──、を信条にするかの如く拳が打ち付けられる。
いや、だが『拒絶の壁』は弾丸すら防ぐのだ。
幾ら無数の拳を打ち付けたところで、破壊できるはずがない。
できるはずがないのだ。
その時、ピシッ……と。『拒絶の壁』にヒビが生じた。
「どうして……?」
「これがラストの一発よ!」
野太い咆哮と同時に最後の一発が放たれ、僕の展開した『拒絶の壁』はガラスのように粉砕した。
「弾丸すら防ぐ『拒絶の壁』が……」
「オカマの信念、なめるんじゃないわよ」
空操拷問はそう呟いた直後、丸太のような腕を伸ばし、僕の首を掴みにかかった。慌てて引き離そうとするが、万力のような力で握られ抵抗しようとジタバタともがいても引き剥がせる気配はない。
気道と頚動脈が締め上げられ、意識が徐々に遠のいていく。
このままでは殺される。そう思った僕は空操拷問の股間めがけて蹴りを放つのだが、奴が反応した様子はない。
「残念。男の時なら一発逆転だったんでしょうけど、もう工事済よ!」
必死の一撃すら不発。
もう抗う力すら残っていなかった。
「本当なら、アンタの乳首をアタイと同じ目にあわしてから去勢するつもりだったんだけど、応援呼ばれてるんじゃ、逃げるしかなさそうね」
「な、なにを……」
「アンタの処理は下の子にまかせるわ」
そういうと空操拷問は僕の体をテンシュカくんの外へ、ゴミか何かを放り捨てるように投げ放った。
落下している。その自覚はあった。だがダメージが体に残っていて動かすことさえままならない。このままでは確実に地面に激突して死んでしまうだろう。
『拒絶の壁』を展開して、着地できないだろうか。
意識して展開を試みるが、頚動脈を締め上げられていた影響からなのか頭が朦朧としていて、展開のための集中が上手くできずにいた。
「だ、誰か……。助けて……。ラムネさん……」
絶望の中で──、僕は『史上最強の死神』に助けを求めていた。
「呼んだー?」
真下から間の抜けた声が聞こえてくる。
何事かと思った直後、僕の体は真下から突き上げてくるような衝撃に包まれ、次の瞬間にはラムネさんにお姫様だっこされていた。
「ラムネさん!?」
「やっほー。おまたー」
僕を抱っこしたラムネさんは間の抜けた挨拶をしてくる。
「どうして?」
「どうしてって……。そりゃ大和の助けを求める声が聞こえたからでしょ」
どこの正義のヒーローだよ……とも思ったが。
そんな無粋な台詞を僕は口に出せずにいた。
僕にとって『史上最強の死神』とは、やはりヒーローなのだ。
ラムネさんはそのまま地面へと着地して、僕を降ろした。
と、同時に『拒絶の壁』で吹っ飛ばしたはずのRS達が僕達を囲むようにして一斉に襲いかかってきた。
「ラムネさん!」
「あいよ。任せな」
僕の言葉にラムネさんはポケットの中からペットボトルの水を出すと、蓋を片手で回して外し、中の水を地面へとこぼし始めた。
地面に溜まった水溜りに指先を浸し、そこから水の帯を引き上げる。
するとその水の帯は巨大な死神の鎌に変化した。
「RSは操られた人です。殺しちゃダメですよ」
「この状況下でノーキルクリアって、難度高すぎでしょ」
水鎌を肩に担いだラムネさんは、それでも嬉しそうな表情で語る。
RS達は「ちクびヲ〜、とリはズす〜」と物騒な事を言いながら、徐々に距離を詰めてきている。
「どうしますか? 『拒絶の壁』で防ぎますか?」
「いや。とりあえずふっとばせばいいんでしょ?」
「え、えぇ。まぁそうですけど……」
ラムネさんは言うや否や、水鎌を肩に担いだ状態から大きく振りかぶるモーションを見せた。水鎌もそれに合わせて徐々にバットの形に変わっていく。
「大和……、自分の身は自分で……」
「守りますよ。言われなくとも!」
慌てて周囲に『拒絶の壁』を展開させる。
同時にラムネさんは強烈なフルスイングを見せた。
角度高めの強烈なアッパースイング。直後水鎌のバットから発せられた衝撃波でRS達が一斉に天高く吹っ飛ばされていく。
直近にいたこちらも尋常ではない被害だ。『拒絶の壁』を展開させたとしても死神の一撃では意味を成さない。
僕の体も荒れ狂う暴風の現場を前に右往左往と踊らされ、気がついた時には地面を泥だらけの状態で転がっていた。
「これぞ名づけて『死神打法』ね!」
「ラムネさん、草野球は絶対にしないでくださいね」
悲惨な惨状になりかねないから。
RSの襲撃はなんとかできたものだが、酷い有様である。
「──と、いうか大和はどうして半裸なの? 趣味なの?」
「ここに来るまでに色々あったんですよ!」
反対にラムネさんは仕事用のコートをきちんと着込んでいた。
だが急いで家を出たのか、髪はボサボサの状態である。
「……ん?」
そのラムネさんが妙に口をモゴモゴ動かしているのが、気にかかる。
口元には白いものが付着しているのだが。
「ラムネさん、勝手に晩御飯食べましたね?」
冷めた視線でそう告げると、ラムネさんは袖口で口元を必死に拭いながら首を振ってみせた。
「まさか……。晩御飯はみんなで一緒に食べるもんでしょ。誰もいないからってこっそり鶏肉を多めに入れて食べたりなんてしてないよ。ホント」
鶏肉を多めに入れて食べたんですね。
とはいえ、『史上最強の死神』のおかげで命を救われたのも事実なわけで。
強く怒ることも出来ず、僕は複雑な表情を浮かべた。
「とりあえず助かりました」
「……で、私は誰をぶっ飛ばせばいいの?」
やっぱり死神は死神である。
話が早い。
「アイツをぶっとばせば、この迷惑な騒乱も終わりますよ」
僕は真上を指し示した。
四十メートルの巨大ロボ、テンシュカくんは移動を開始するために巨大な鋼鉄の足をぎこちなく動かしている。
それを見ていたラムネさんは無言のままバットを肩に担いだ。
バットは巨大な死神の水鎌へと変化する。
「じゃ、いきますか」
ラムネさんはそれだけ言うと、一気に疾走して、そして跳んだ。
空中で体を捻り、肩に担がれた水鎌は大きく後方に反っていく。
その時、闇夜に死神の咆哮が轟いた。
横薙ぎ一閃の一撃。
ただ一瞬の出来事だった。言葉を漏らす暇すらないほど速い一閃の一撃は、空気の層を切り裂く真空の刃を生み出し、テンシュカくんの体を真っ二つに切り裂いたのである。
いや、まだ終わりではない。
横薙ぎの一撃で体を旋回させた死神は、その勢いを殺さぬままに再び水鎌を振るった。二撃目。そこから更に体を捻り、今度は真上からの打ち下ろしを放つ。三撃目。姿勢制御もままならないまま死神はめちゃくちゃな回転をしながら最後の一撃を薙ぎ放ち、地面へと舞い戻り、水鎌を払った。
轟音が鳴り響く。
鋼鉄の城は轟音を鳴り響かせ、金属片を飛び散らせながら崩壊した。
「デカい割にやりごたえのない相手だったわねぇ」
「ものの五分でボスクリアしてたら、そうでしょうね」
タイムアタック感覚で倒せるのは、やはり『史上最強の死神』だからなのだろうか。
僕では、空操拷問ですら歯が立たなかったのだ。
「……ん、そういや上に居たアイツはどうなったんだ?」
「フゥーハッハッハッハッハッ……」
聞き覚えのある高笑いが瓦礫の雨が降りしきる中、響く。
嫌な予感がハンパないのだが。
その時──、何者かがガレキをサーフボードがわりに空中から落下してくる姿が見えた。そいつは地面へと降り立ち、ニカッと白い歯を見せて笑った。
「まだ生きていたのか!?」
「知らなかったの? オカマは逆境に強いのよ」
空操拷問は快活な笑みを浮かべながら、そう語った。
満身創痍……。いや、そうではない。片腕はもがれ、顔面の半分はめくれた状態だが、そこにあるものは骨片や肉の組織ではなく、人工物、機械的なものが埋め込まれていた。
「空操拷問……。お前は、一体……?」
僕は驚愕の表情を浮かべ、尋ねた。
いや、変態だとは思った。
明らかに羞恥心のメーターがブッ壊れている奴だと思った。
だがそれでも、人間だとは思っていた。
いや、それすら凌駕した存在とは。
一体誰が想像しただろうか。
「アタイはドクターギアに創られた者よ。『歯車の創造主』はアタイのカミサマと呼ぶべき人。その人の目的のためならば、アタイは手段を厭わない」
「お前はドクターギアに創られたっていうのか?」
「無機物から新たなモノを創造できるのが『歯車の創造主』の能力だからね。一体何を考えてんだか知らないけど、私の庭であまり騒々しい事をしないで欲しいんだけどなぁ」
そう語るラムネさんに対し、空操拷問は無言のまま睨みつけていたものの、これ以上の戦闘は無用だと悟ったのか、小さく首を振りお手上げのポーズを取る。
「今回はおとなしく負けを認めるべきね。敗因は『史上最強の死神』というジョーカーの出現を見誤った事かしら?」
「アンタが私に勝てる見込みってあるの?」
「なら、アンタが私を捕まえられる見込みってあるの?」
それは、空操拷問を通してドクターギアに向けられた言葉だったのだろう。
それに対し、ドクターギアも絶妙な煽りを返している。
だがその応酬も言葉遊びに過ぎないといった表情が、互いの顔に満ちていた。
「じゃ、そろそろおいとまさせてもらうわね。この子は逃がしてあげないと」
この子、と言うのは、小脇に抱えた埃まみれの子の事だろうか。
意識を失っているのか、動く気配が全くない。
汚れているという事は、テンシュカくんの中にいたのだろうか。
と、なると、その子はドクターギアと何らかの関係があるという事では?
「待てッ……」
呼び止めようとするが、空操拷問は僕の言葉を無視して跳躍して逃亡を図ろうとした。
それと同時に疾風が眼前を通り抜けた。
「なっ……」
言葉が詰まる。何が起こったのか、把握すらできなかった。
「上よ」
ラムネさんの言葉で僕は慌てて上を見やる。
上空では、逃亡を図ろうと跳躍した空操拷問とその首筋に食らいつく赤毛の狼の姿があった。
先ほどの疾風は、あの狼の姿だったのだろうか。
赤毛の狼の奇襲により空操拷問の逃亡は失敗し、その身は地面に崩れるように落ちていった。
耐久性の限界だったのだろうか。落下と同時にその体はボロボロと崩れ、鉄くずのようになってしまった。
「あの赤毛の狼は……?」
まだ僅かに動く空操拷問の頭部を噛み砕きトドメを刺した赤毛の狼は、無言のまま冷徹な眼差しでこちらを見据えている。
「大和くん。お疲れ様」
背後からの囁くような声に、体がビクンと反応する。
振り返ると、オロチが小さく手を振りながら歩み寄ってきていた。
「オロチ、来ていたのか」
「遅れてすまない。だが間に合ったようだね」
オロチはいつもの王子様スマイルを見せる。
「随分と被害も大きいが、大和くんに怪我がなくてなによりだよ」
「身ぐるみ剥がされたけどな」
「後ろの貞操が守れただけでも良しとしなきゃ」
「危うく乳首持っていかれる所だったしな」
疲れきってため息を漏らす。
こんな肉体的にも精神的にも疲労困憊する事件は、金輪際関わりたくないと思っているのだが、『史上最強の死神』の側にいる以上、そんなささやかな願いすら不可能ではないかと思えてくるわけで……。
遠方からサイレンの音が響く。
ようやく警察が動き出したようだ。
「警察が動き出したようだな」
「電波発信源が破壊された以上、RSもじきに元に戻るだろうし、あとはお任せしたほうが賢明かもね」
言うや否や、オロチはピーッと指笛を吹いた。
それは赤毛の狼に対する合図だったようで、赤毛の狼は食いちぎった空操拷問の残骸を放り捨てると、傍らに倒れている子の襟首を噛み、オロチの前に引きずっていく。
「オロチ、その子は……?」
「大和くん。今は時間が無い。この件に関しては、また後日」
オロチは倒れていた子を肩に担ぎながら、そんな事を言った。
確かにその子がドクターギアに関係する者かどうかの興味はあった。だが今はみぞれちゃんを探す方が先決であり、警察が事件現場であるここに迫る以上、その作業を急がなくてはならない事情もある。
何故かって? ウチの所長であり『史上最強の死神』ことラムネさんが、警察機構にあまりいい印象を持たれていないからである。
当然といえば、当然かもしれない。
通常では解決不可能な事件を専門に担当する探偵……、とはやはり名ばかりでその解決方法はゴジラもびっくりの力技であり、その被害たるや、市長や警察署長がひくついた笑顔で事件協力と解決の感謝状を読み上げる始末である。
今では出来る限り『史上最強の死神』には事件を託すなと陰で言われているとの噂が立つほどなので、できれば今回の事件は解決者不明のまま終わらせて欲しいと僕は思っている。
「僕らも急がないと……」
オロチと赤毛の狼はそのまま闇夜の中へと消えていった。
僕達も警察が到着する前に、みぞれちゃんを探し出して逃げ出すべきだろう。
「まさか……、さっきの『死神打法』でお空の星に……」
探せども探せども一向に姿が見当たらない事に、ラムネさんが不吉な事を言いだした。
「いや、流石にそれは……」
「無いって言い切れる?」
無い、とは言い切れず口ごもってしまった。
ラムネさんならやりかねないと思えてしまうのは、やはり『史上最強の死神』という二つ名の魔力なのだろうか。
「神来さま」
二人で不安な面持ちでいる中、ふと聞きなれない呼びかけ方をされた。
振り返ると、ライダースーツを着た猫耳のお姉さんがいた。
オロチの知り合いの人だ。
「どうかしましたか?」
「お連れ様を……」
お姉さんは誰かをおぶっていた。
慌てて顔を見て、それがみぞれちゃんである事に気がついた。
僕はお姉さんからみぞれちゃんを受け取り、背におんぶする。
「ありがとうございます」
「いえ。ではまた後日に」
淡々と挨拶を済ませたお姉さんは、小さく頭を下げると颯爽と闇の中に去っていった。
「ラムネさん。僕達も行きましょう」
みぞれちゃんを見つけた以上、僕達がここに残る理由はない。
サイレンの音が近づいてくる。
僕達は面倒事から逃げるように城跡公園を後にした。
「――あれ? 私はどうして大和さんにおんぶされているんですか?」
暫く走っていると、みぞれちゃんは振動で目を覚ましたらしく、呑気な声でそんな事を言いだした。
「それになんで上半身裸なんですか?」
「みぞれ、それは大和の趣味だから……」
傍らを走るラムネさんが余計な事を言って、シーッと人差し指を唇に押し当てるポーズを取る。
「あ、それは知らずにすみません」
「違うから……」
ラムネさんの嘘を本気で信じ込む方もどうかと思うが。
「ちょっと事件に巻き込まれてこのザマさ」
「怪我は大丈夫ですか?」
「カスリ傷程度だよ。みぞれちゃんの方は?」
「私ですか? 今の所は平気みたいですけど。怪我するような事をしていたんですか、私?」
「ん、もしかしたら、私がお空の星になるぐらいぶっ飛ばしていた可能性があるからね」
「ふぇ?」
みぞれちゃんが驚きの声を上げているが、怪我をしている気配がないので、どうやら『死神打法』で吹っ飛ばしたRSの中にはいなかったのだろう。
元に戻ったあの人達も、怪我が無いといいけど。
「ま、とりあえず無事に解決したからいいっしょ。動き回ったらからお腹減っちゃったんだよね」
「そういえば……。私、晩御飯のシチュー作ってたんですよね」
「あー。早く帰って、みぞれの作ったシチュー食べたいなー」
アンタは既に食ってきただろ……とは、言い出せずにいた。
今回の事件、ラムネさんの貢献度は高い。
自供はしていないものの、鶏肉多めに入れて勝手に食べていたという事実も今回は目を閉じてもいいのかもしれない。
だがこのままというのも癪に触るので、僕はささやかな復讐をする事にした。
「ラムネさんの分はニンジン多めに入れてあげてね」
僕がそう告げると、ラムネさんはビクンッと身を竦ませ、震えて青ざめた顔でこっちを見遣っている。
「ニ、ニンジン入れるとか、何たる悪魔の所業」
「シチューの中の鶏肉が減った分、ニンジンを多く摂るべきですよ」
僕がそう告げると、ラムネさんは再びビクッと身を竦ませる。
「な、なんの事だかさっぱりなんですけどー」
吹けもしない口笛を、「ふひゅ~」と鳴らす真似をしながら視線を逸らす。
「シチューの鶏肉が減ったんですか?」
状況が理解出来ないと言った口ぶりで、みぞれちゃんが尋ねてくる。
「不思議な話だけどね……。ま、その分ラムネさんがニンジンで我慢してくれるから、いいんじゃないかな……」
「そうですね。ニンジン嫌いの姉さんにも、これを機会に好き嫌いをなくして貰いましょうかね」
そう告げた直後のラムネさんの表情は、筆舌に語れないほど、驚きと悲哀に満ちた表情を浮かべていた。
ま、それは自業自得なので、仕方ないかもしれないが。
今回の事件は謎を多く残した訳で。
オロチの口からどんな真実が語られるのか気になる所だが。
今はそれよりもみぞれちゃんの手料理の方が気になる訳で。
「あーうー。ニンジンきらいー」
「頑張ってニンジン食べましょうねー」
僕が笑顔でそう告げると、ラムネさんは涙目になりながら泣き叫んでいた。
晩御飯が楽しみだ……。
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