第9話城跡公園の戦い
「どこに向かっているんだ?」
「『城跡公園』だ。交通機関が麻痺しているから、車を使うより便利だろ?」
交信が可能なのか、耳元からオロチの声が聞こえてくる。
確かに路上は大量のRSが占拠して、まともに機能している気配がない。
オロチはバイクを器用に操り、隙間を縫うように走っているので『城跡公園』までは問題なく進めそうである。
「しかし、数が多いねぇ」
「RSとか言っていたけど、アレはなんなんだ?」
「RSは、体内に入ったナノマシンウイルスが特殊な電波を受信する事で行動を開始し、交感神経等をジャックする事で、対象を自在に操るシステムなんだ」
「あー、悪いが日本語で頼む」
「日本語なんだけどな」
オロチの苦笑混じりの声が聞こえてきた。
「要はどういう事なんだ?」
「RSってのは操られている人だ。それを解除するには特殊な電波を発信している施設等を破壊すればいい。OK?」
「OK! よくわかった」
情報なんてそれで十分だ。
ラムネさんなら、もっと簡略的に誰をぶっ飛ばすのかと聞いてくるだろう。
「……で、僕は何をすればいい?」
「今から『城跡公園』に行く。恐らく内部は大勢のRSが居るはずだ。ここで固まって行動するのは得策ではない。──なので、分散して電波発信源の場所を捜索しようと思っているんだ」
「まぁ確かに固まっているより、バラけたほうが発見率は高いよな。……んで疑問なんだが、RSが襲ってきたらどうすればいい? 倒していいのか?」
現状はアウトブレイクが起こったゾンビ映画の世界のようだが。
RSはあくまで操られた人間であり、ゾンビではない。
と、言う事は襲われた際にぶっとばす事や、例えばショットガンで頭をぶち抜く行為なんてものは……。
「まぁ当然犯罪だよね」
「やっぱな……」
傷害罪になるのはゴメンである。
ん、だが、ちょっと待て。先程ライダーのお姉さんが来る際にRSを吹っ飛ばしてなかっただろうか?
「オロチ、さっきのは……」
「不幸な事故だったね」
「いや。完全な交通事故だったよね。こっち側責任の……」
「大丈夫。RS時に起こった事は元に戻った際には覚えていないんだ」
こいつ……、事件を隠蔽する気だ。
オロチに薄ら怖さを覚えたので、その話題はここまでにしておく事にした。
バイクはさらに北西を進んでいく。
目的地が近いのか、RSの数も比例して多くなっている。
「ここが限界かな……」
オロチはバイクを停車させた。
これ以上先はRSが道を塞いでいて、バイクでは抜けそうもない。
僕はバイクから降り、ヘルメットを外した。
本当に単身突っ込んでどうにかできるのか、不安になるほどの人の量だが。
「じゃ、オレは別ルートから捜索を開始するよ」
ライダーのお姉さんから借りたヘルメットをオロチに返すと、オロチはメットボックスにヘルメットを入れながら、そういった。
「ちょっと待て。どうやってお前との連絡を取るんだよ」
「電話。『ウォール』」
オロチはポケットからスマホを取り出すと、音声入力で誰かを呼び出した。
と、同時に僕のポケットから聞きなれた呼び出し音が鳴り響く。
「……はい」
「うん。ちゃんと通じているね。それで連絡をしてもらえばいいから」
言い終えたオロチはバイクに跨り、エンジンを噴かせる。
「ちょっと待ちたまえ!」
変なツッコミが出てくる。
「何か用かい?」
「なんでお前が僕の携帯番号を知っている?」
教えたつもりは一度もないのだが。
しかもアドレスに『ウォール』って名前で登録しているようだ。
微妙にダサい。それならせめて本名で。
いや、その前に僕はコイツの前でまだ『拒絶の壁』を見せてはいないのに。
何故、僕の能力の事まで知っているのだろうか。
「知りたいかい?」
オロチが薄ら笑いを浮かべてみせる。
「いや、いい……」
なんか闇が深そうなので、それ以上の詮索は止める事にした。
「懸命な判断だ」
「僕のプライベートを盗撮とかしてないよな?」
「大丈夫。大丈夫。今の所はね……」
超不安な言葉を残し、オロチのバイクは別ルートへと向かっていった。
背中を怖気が通り抜けていくが。
ここが正念場。怖気付いて逃げるわけには行かない。
「行くか……」
僕は気合を入れ直して、『城跡公園』へと歩き出した。
「予想以上だな……」
僕はため息を漏らした。『城跡公園』に集まるRSの数が予想以上に多く、入る事すら困難な状況になっていたからだ。
なんらかの祭り行事でも、こんなにも人は溢れないだろう。
「さて、どうするか……」
方法を考えてみる。
とはいっても、RSに危害を加えられない以上、排除する事は難しい。
「と、いうか、危険なのか?」
基本的に「ぎー、がしゃん」と言いながらロボットのような動きをしているだけなので、それほどの危険は感じないのだが。
おそるおそるRSの群れの中に入り込んでみる。
「ぎー、ぎ、ぎ、ぎ……」
一歩入り込むと同時にRS達の動きが一斉に止まった。
やばい。バレた。
同時に四方八方から手が伸びてきて、僕の衣服を引っ張り始めた。
まるでゾンビ映画の中で仲間がゾンビの集団に襲われ、はわらたを引っ張り出されるシーンのようだが、RSの動きは少し違う。
「ふくヲ……、びリびリにィ、ひキさイてやるゥ……」
「い、いやぁぁぁ。ら、らめぇぇぇっっ」
四方八方から伸びた手が着ていたシャツをビリビリに引き裂き、上半身半裸の状態になる。更にRSの手は下半身のズボンに伸びようとしたため、僕は慌ててその手を払い除け、周囲に『拒絶の壁』を展開した。
弾丸すら防ぐ強固な『拒絶の壁』を前に、RS達も流石に手が出ないようで、ガリガリと爪を立てているが、とりあえずは大丈夫なようだ。
「ゾンビよりタチ悪いじゃねぇか」
ほっとため息をつき、残ったシャツの端布を破り捨てる。
「あー……、はダかにひんムイてヤル……」
「なんでエロ目的なんだよ。そういうのは美少女にしろ!」
オロチが警戒していた理由が少しわかった気がした。
危険なのは理解した。
だがここを進んで電波発信源らしきものを探さなければ、この被害が収まらないのもまた事実なわけで。
「ある意味、僕だからこそなんとかなるのか……」
拒絶のしがいのある空間だからこそ、本領が発揮できる。
妙な合点がいった所で、僕は行動を開始する事にした。
なんてことはない。『拒絶の壁』で敵を吹っ飛ばせばいいのだ。
周囲に展開させた『拒絶の壁』を広範囲に飛ばす。
それだけで、押し潰さんと迫っていたRSの群衆は遥か後方へと吹っ飛ばされていく。『城跡公園』にかつてないほどの賑わいを見せていた黒山の人だかりもたった一撃で落ち葉の絨毯を熊手で払ったかのように、綺麗さっぱりとなくなっていた。
衝撃で気絶したRS達が地面に崩れ落ちていく。
とりあえずは死んでないようだ。
なら、後は目を覚ます前に問題を片付ければいい。
手をパンパンと払い、僕は再び捜索を開始する事にした。
「だがなぁ……。電波発信源っていっても、何を探せばいいのやら」
辺りを見渡すが、『城跡公園』なのでそれらしきものは見つからない。
「待てよ……。電波発信源って事は、電波を広域に流す必要があるんだから、当然高い場所にあるはずだよな」
と、なれば『城跡公園』の中で最も高い建築物が怪しいと考える。
その考察を下に再び周囲を見やり、妙なものを発見した。
「『城跡公園』なのに、天守閣なんてあったっけ?」
公園の中央に鎮座する巨大な天守閣。
ここには来た事が無かったので、それが以前からあるものかどうかは知らないが、城が無くなった跡に公園を作ったから、『城跡公園』という名前であり、そこに天守閣があるのはおかしな話ではなかろうか。
フゥーハッハッハッハッ……。
その天守閣から、聞き覚えのある高笑いが聞こえてきた。
「なんか嫌な予感がするのだが……」
天守閣の屋根の上には、仁王立ちで高笑いを決め込む見覚えのある男がいた。
見つけてしまった以上は、確認をしなければいけない。
スマホを取り出し、オロチに連絡を取ろうと考えるが、電波発信源である確定が取れない以上無駄足になるので、スマホを再びポケットに入れ『拒絶の壁』を横面展開させ、それを階段状に並べた。
弾丸すら防ぐ強固な壁の能力と思われがちだが、『拒絶の壁』も応用次第では便利な足場として役立つのだ。
ゆっくりと『拒絶の壁』の階段を上っていく。
天守閣の屋根に近づく頃には、地面がだいぶ遠のいていた。
「やっぱお前か……」
天守閣へと辿り付き、見覚えのある男に声をかける。
「ぬっ、アンタはあの時の変態サディスト!」
「誰がだ!」
そこには、やはりというべきか自称マッドサイエンティストの空操拷問が立っていたのだが、何やら少し格好が変わっていた。
黒いビニ短パンに網タイツ。ティアドロップ型のサングラスにホワイトパールの口紅。ここまでは以前と同じだが、裸の上半身に両乳首を挟んでいたザリガニの姿はなく、手の形をしたシリコン製のブラを装着していた。
「それは……?」
「アンタがッ……。アンタがアタイの乳首強引に引っ張ったから、アタイの乳首取れてどこかに飛んで行っちゃったのよ。こんなんじゃ恥ずかしくて、街も歩けないじゃない。だから代わりにブラつけたのよ」
「うん。たぶんお前は羞恥心のメーターがブッ壊れてると思うぞ」
「もう絶対許さない。アンタだけは許さない。アタイの失った乳首の分、アンタを痛めつけてやるんだから、覚悟なさい!」
なにかとオカマと縁がある気がするのは、果たして気のせいだろうか。
「そんな事より……」
「そんな事ってなによ! アタイの乳首より大事な話が世界のどこにあるっていうのよ!」
「大半の事はそうだよ!」
とりあえずツッコミはしっかり入れておく。
「この天守閣と下にいるRSは何か関係があるのか?」
「ふん。誰がアンタなんかに。絶対教えるもんですか!」
「わー、この天守閣すっげーかっこいいなー(棒読み)」
ふんっとそっぽを向いていた空操拷問の体が、ビクンッと反応を示す。
「やっぱマッドサイエンティストってのは、発想の着眼点が違うんだな。僕にはこの天守閣が一体どうなっているのか、全く理解できないや。誰か懇切丁寧に教えてくれないかなー。天才マッドサイエンティストに教えて欲しいなー」
「フフフフフ……、フゥーハッハッハッハッ。よろしい。ならばこの自称マッドサイエンティストである空繰拷問が、全部教えてあげようじゃない!」
大仰にポーズを取る空操拷問に対し、僕は乾いた拍手を送った。
「よろしくおねがいしまーす」
「この天守閣こそ、体内に入れたナノマシンを制御する電波を発信させる一大拠点なのよ。端的に説明するけど、ナノマシンを体内に取り込んだ人間は、この天守閣から発信された電波を受信してこちらの命令通りに動くロボットのようになるの。裏の世界ではRSって言われているみたいだけどね。──あれ、確かアンタさっきRSって言ってなかったっけ?」
自供していただいて、ありがとうございます。
──つまり、この天守閣さえぶっ壊せば、この騒動は終わるという事だ。
「……って事らしいぞ、オロチ」
僕はポケットからスマホを出し、通話先の相手に告げる。
『了解した。直ちにそちらにむかうよ』
淡々と返答したオロチは、即座に通話を切ってしまった。
あちらも行動を開始したのだろう。
「アンタッッ。もしや敵のスパイなのッッ?」
空繰拷問は、仰々しいポーズをとりながら身構えてみせる。
対して僕はスマホをポケットにしまいこみながら、ため息を漏らす。
「お前は一つ、勘違いをしているぞ……」
またもや面倒な事件に巻き込まれてしまった訳だが。
残念ながら、僕は……。
「僕はスパイなんかじゃない」
「じゃ、じゃあ一体何だっていうのよ?」
僕はなんだと聞かれたら、僕はきっとこう答えるだろう。
「死神の弟子だよ……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます