第6話変態は再びあらわれる

「何かお疲れのようですけど。学校でなにかあったんですか?」

 みぞれちゃんが、心配そうに顔を覗き込んでくる。

 大きくてきょろきょろと動く黒目が僕を見据え、気恥かしさでつい視線をそらしてしまった。

「あぁ大丈夫。大した事はないよ。ちょっと学校の図書室に、変態が闖入しただけの事さ」

「や、それ結構な事件だと思うんですけど……」

 晩御飯の材料を買った帰り道。僕とみぞれちゃんは、近隣で美味しいと有名なたこ焼き屋で休憩を取る事にした。

 軒先のベンチで僕が荷物番をしていると、みぞれちゃんが店の奥から購入してきたたこ焼きを運んでくる。

「最近出来たお店らしいんですけど、美味しいって評判なんですよ」

 そう言ってみぞれちゃんは、爪楊枝をタコ焼きに突き刺して見せた。

 発泡スチロールのトレーに乗せられたタコ焼きが並んでいる。

 熱々なのか、ソースの上に乗ったかつおぶしが泳いでいた。

 一つを口の中へと放り込んだ。ハフハフと口の中で転がして熱さを逃がし、ゆっくりと咀嚼していく。ソースの味と紅ショウガの風味、そしてタコの食感がしっかりとマッチしていて、確かに旨いと言える逸品のようだ。

 ガリッ……と。口の中に異物感を覚え、咀嚼が止まる。

 爪楊枝で突き刺したタコ焼きを、口に入れようとしたみぞれちゃんを片手で制止して、異物を必死に探っていく。

「どうしました? もしかして口の中を火傷したとか?」

 火傷した訳ではないのだが、異物があるのは間違いない。

 どうリアクションしていいものか迷っていると、トレーを脇に置いたみぞれちゃんは財布を手にベンチから立ち上がった。

「ちょっと待っていてください。ジュース買ってきますから」

 僕が止める間もなく、みぞれちゃんはジュースを買いに行ってしまった。

 店の脇に自動販売機があった事にも気が付いていないようだ。

 ま、そんな所もみぞれちゃんの可愛い部分ではあるんだけど……。

 タコ焼きの中の異物をようやく口元にまで運ぶ事ができ、プッと吐き出す。

 掌に転がったのは、小さな歯車である。

 何故歯車が――、とも思ったが、その前に文句を言うべきだろうと、歯車を手に店の暖簾をくぐり抜ける。

「すみません。さっき買ったたこ焼きの中に……」

 ここまで述べて言葉が詰まる。小さな店内には店主であろう男の姿があった。

 たこ焼き用鉄板を前に、忙しなくタコ焼きを千枚通しでひっくり返している。

 商売熱心な店主だと普通なら賛辞を送るだろう。だが奴に関してはそうは簡単に賛辞を送れるべき相手とは思えない。

「フゥーハッハッハッハッ……、誰かと思えば図書室の少年ではないか」

 聞き覚えのある高笑い……。そして見覚えのある変態ファッション。

 自称マッドサイエンティストの空繰拷問は、人気たこ焼き屋の店主だった。

 いろんな意味で突っ込める環境だが、突っ込みたくない。

 可能であれば、二度と遭遇したくない相手だったのに。

 と、いうか、みぞれちゃんはこいつからたこ焼きを購入しても、何の違和感も抱かなかったのだろうか。

「どうした? この私の事が忘れられず追い掛けてきたのか?」

「可能であれば、お前に関する記憶はフォルダごと全消ししたい所だ」

「そうか……、私との新たなメモリーを上書き保存したいと言うのだな!」

「その前向きな姿勢だけは評価してやるよ……」

 姿勢だけだけどな。

「ここでなにをしているんだ?」

「見て分からないか。たこ焼きを売っているのだが」

「まさかお前から正論が飛び出してくるとはな」

「私は自称マッドサイエンティスト。世界征服に繋がる様々な研究をしている。だがそれは非常に金食い虫なのでな。こうして軍資金の確保をしているのだ」

「意見がまともなだけに、逆に腹立つわ」

 格好は完全な変態のくせに。

 変態とのやり取りの中で、僕は歯車の事を思い出し、それを鉄板越しの空操拷問に見せた。

「さっき買ったタコ焼きの中に入っていたぞ。どういう事だ?」

 歯車を受け取った空繰拷問は、不意に歯車を熱々の鉄板の上に落とす。

 すると歯車は、ジューという音を立てて氷のように溶けてなくなったのだ。

「な、なんだこりゃ……?」

 あの歯車がどういった物質だったのかは分からないが、氷ではない事は確かだ。

 だが目の前で歯車は溶けてなくなった。

「おい……、これは一体どういう事だ?」

 先程まで饒舌に語っていた空繰拷問が口籠る。

「何故いきなり無口になる?」

「漆黒の翼の使者が私に告げたのだ。――汝、口を開くなかれと」

「お前のそのキャラで、厨二病を発症されると、対応が困難になるのだが」

 ただでさえ変態という色濃いキャラ性能を背負っているのに、まだ加算させるというのだろうか。

「ジュース買って来ましたけど、店の中ですかー?」

 そして最悪のタイミングで、みぞれちゃんが店内に入ってきた。

「大和さん、火傷は大丈夫ですか?」

「大丈夫だから。外に出ようか」

 そのまま店を出ようとしたのだが、空繰拷問は素早く焼きたてのたこ焼きをトレーに移すと、手早くソースとかつおぶしを乗せて僕に向かって渡してくる。

 そしてそのまま、ダイレクトに土下座を敢行したのだ。

「どうかこのタコ焼きで、許しては頂けないでしょうか!」

 状況が理解出来ず、言葉を失う僕を前に、頭を上げた空繰拷問は目に涙を浮かべて足にすがりついてくる。

「ど、どうしたんですか?」

「こ、このお客さんが、うちのタコ焼きに異物が入っているって、クレームを出して来たんです。慰謝料払えって……」

「言ってねーよ!」

「しかし私も資金難でして……。どうかこのタコ焼きでご勘弁願えないかと」

「大和さん……、そんな事を……」

「やる訳ないでしょ! おいコラ、テキトーな事言ってんじゃねぇぞ」

「あぁ、暴力は、暴力だけはやめてください……」

 コイツ、みぞれちゃんを利用して、異物の件を無かった事にしようとしている。

「もうわかったから。異物の件はもういい……」

 これ以上関わり合いになりたくないので、詮索を諦める事にした。

 すると土下座の姿勢からひょっこり起き上がった空繰拷問は、何事も無かったように鉄板の側に戻り、千枚通しを忙しなく動かし始めた。

 苛々するが、相手にすれば僕が損をする。

 ここは相手にせず、早急に撤退する事を心掛けた方が身のためだ。

「お嬢さん。たこ焼きはもう食べたいかい?」

「え、と。一個だけですけど。美味しかったです」

「そうか。……で、図書室の少年よ。チミ達は付き合っているのかね?」

「ふぇ?」

 思いがけぬ質問に、動揺して変な声が出た。

「いえ……。お友達です」

 みぞれちゃんの返答に、僕のテンションは少なからず低くなった。

 空操拷問は何も言わず、僕の肩を優しく叩いてくる。

「大丈夫。想い続ければ、いつかはあの子のたこ焼きだっていじれるはずだ」

「おまっ……」

 ブッと吹き出すが、みぞれちゃんは意味が分かっていないのか、小首を傾げている。

「そうだな。わかりやすく言えば、お前さんの下のお豆さ……」

 変態が余計な事を言い終えるよりも前に、僕は無言のまま乳首を挟んだままのザリガニに手を掛け、一気に引っ張った。

「ら、らめぇ。乳首、感じちゃうぅぅっ」

 気色の悪い声をあげて身悶えする空繰拷問に対し、僕はもう片方の乳首を挟むザリガニに手を掛ける。

「あぁ、そ、それだけは……。堪忍やぁ、堪忍やでぇ」

 言葉は無視して、それを一気に引っ張った。

「私、堕ちちゃうぅぅぅぅ!」

 気色の悪い声を張り上げながら、空繰拷問はビクンビクンと痙攣を繰り返し、店の床に倒れ込むと、アヘ顔Wピースをしたまま白目を剥いて失神していた。

「遅くなるし、そろそろ帰ろうか……」

 蠢くザリガニをそのへんに投げ捨てながら、僕はみぞれちゃんにそう告げた。

 こんな奴に関わっていたら、ツッコミが幾らあっても足りなくなる。

 早々に立ち去るのが、賢明な判断だ。

「あ、あの……。ご馳走様でした」

 みぞれちゃんはトレーのたこ焼きを空にしていた。

 こっちは食欲も失せたので、食べる気なんてさらさらない。

 僕はみぞれちゃんの背を押す様にして、店から出た。

 二度と来るものか……。


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