第4話後日談


 ──あの事件から数日後。


「なんか【駄菓子屋亭】宛に荷物が届いたんですけど」

 玄関で荷物を受け取り、リビングに向かうのだが、テーブルの上は積み重ねられた書類の山が連峰の如く、軒を連ねている。

「なんで片付けてないんですか……」

「なんか次から次に協会組織からの依頼が届くから、片付けるの面倒になって」

 ラムネさんはそう言いながらも、椅子に腰掛けたまま携帯ゲーム機のボタンを連打し続けている。

 あの雰囲気では、今朝から一度も書類には目を通していないのだろう。

「いい加減仕事してくださいよ……」

「あとでちゃんとやるよー」

「最終日になって泣きついても、助けませんからね!」

「夏休みの宿題やってないのに怒る、お母さんかよー」

 ラムネさんのツッコミは無視して、届いたダンボール箱を椅子の上に置く。

「あ、これ、この間の『××工場』の書類じゃないですか。ダメじゃないですか。ちゃんと報告書作成しなきゃ」

「ぐ……。あの件か……」

 ラムネさんが渋い表情を見せている。

「あの事件、結局どう締めたんですか?」

 この事件は『工場の幽霊退治』と依頼があったのだが、それは依頼者である名渡山の狡猾な策略であり、実は幽霊を軟禁し、過酷な労働環境下の中で無理やり働かせて利益を得ていた。それに反旗を翻した幽霊達を疎ましく思った名渡山が僕達に依頼を出し、幽霊の駆逐を目論んでいたのだ。

 その事実を幽霊側からの話で知った僕達は、名渡山に糾弾するが、秘密を知られた名渡山は激昂し拳銃を発砲する。だが拳銃程度の攻撃など意味はなく、その事実を目の当たりにした名渡山は次第に自我を崩壊させていくのだが、その中でラムネさんは水鎌を発動させ、名渡山の悪い部分だけを殺した。

 それにより憑き物が落ちたかのように、名渡山の心が変化が生じた。

 ここまではいい。──問題はこの後だ。

「それについてはウチから説明するわ!」

 椅子の上に置いたダンボール箱がガタガタと動いたかと思ったら、ばんっと勢いよく蓋を開け、中から幽霊が飛び出してきた。

「頭も中身もぱんぱかぱーん!」

「おまっ……。雰囲気そんなんだったっけ?」

 以前はもっとおっさん然とした風貌だった気もするのだが。

 今は全体的に化粧を施し、ボディコンを装着し、巻き毛のウイッグを装着している。わかりやすく言えば、気持ちが悪いたぐいのオカマになっていた。

「今のウチはゆっこやで!」

 無表情のまま『拒絶の壁』を展開し、幽霊を押し潰す。

「ああああっっ。久しぶり。久しぶりの冷たい衝撃!」

 幽霊の気色の悪い悲鳴がリビングに響き渡る。

「一体、何があったんだ?」

 僕は『拒絶の壁』を解除しながら、幽霊に問いただした。

「あの事件から、名渡山の奴も幽霊が見えるようになってなぁ。ウチらと話し合いを続けていく中で、段々おネエの道も面白いんやないかって盛り上がってきてな。とりあえず『××工場』は一般の人に任せる事にして、今度ウチらで新しくオカマバーを開こうかって話になったんよ」

 幽霊はそう言いながら、箱の中から一枚のチラシを取り出した。

「場末の小さいバーなんやけどなぁ。『ハプニングバー・ポルターガイスト』っていうのを来月オープンさせんねん。名渡山がママでな。ウチらもポルターガイストって形で接客しようと思ってん」

「や、待て待て。話がおかしな方向へ飛躍していないか」

「……でな、今回の依頼金なんやけど、バーの賃貸料払ったら、何も残らへんようになってしもうて、せめてもの気持ちいう事で」

 チラシには、チケットのようなものが束になって付けられていた。


『ハプニングバー・ポルターガイスト特別割引券』と書かれてある。


「来月オープンやから、是非使って〜」

「大和、それ捨ててきて」

「はい」

 淡々と発するラムネさんの言葉に、僕はチラシを箱の中に放り込むと、そのまま蓋を閉じて、リビングから台所へと向かい、勝手口の扉を開けた。

「ちょっ。どこに連れて行く気なん? まだ店の間取りとか説明してないやん」

「えっと、ダンボールは木曜日か……」

 勝手口の先にはゴミ用の物置が置かれている。

 幽霊は箱の中で尚も店のコンセプトなんだのと説明をしていたが、当然僕は聞く耳持たず。木曜日のゴミの日に出すために物置に放置しておく事にした。

「……それで、ハプニングタイムっていう時間を作ってな」

 未だ何かを話しているが、僕は無視して物置の扉を閉じた。

 とりあえず報告書には、「無事解決した」と書き込めばいいだろう。

 リビングに戻り、すっかり汚くなった部屋を見て、僕はパンと手を叩いた。

「はい。今から片付けをはじめてください」

「えー。面倒だよー」

「みぞれちゃんが帰ってくるまでに終わらなかったら、晩御飯抜きです」

「ふぇぇぇぇ」

 ラムネさんも晩御飯抜きには耐え切れないのか、必死に片付けを始めている。

 とりあえずみぞれちゃんが帰ってくるまでには、まともなリビングにはなっているだろう。

 今日も探偵事務所【駄菓子屋亭】は普段通りであり。

 またも利益の得られない労働をした事実に、小さなため息を漏らした。

「ただいま~」

「げーっ、みぞれが帰ってきたー」

 ラムネさんの悲鳴が響く。

「さーて、お片付けが終わらない子は放っておいて、晩御飯にしましょうか」

「あーうー。大和のいじわるー」

 バタバタと片付けを進める、ラムネさんの泣き声が響く。


 

 そんな日々も、僕は割と好きなのである。




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