第2話幽霊調査
──駄菓子屋みぞれ。十五歳。職業・女子高生兼死神の弟子。
艶黒でショートボブの髪型と、大きな黒目が特徴的な女の子だ。
好きな食べ物は昆布の佃煮が入ったおにぎりで、六個ぐらいならぺろりと平らげてしまう。それでいて、スレンダーな体型を維持しているのだが、一体どのような魔法を用いているのだろうか。
みぞれちゃんはラムネさんの姪らしいのだが、がさつでズボラでニートなラムネさんと違い、仕事面も経理事務作業や、僕が【駄菓子屋亭】にいない時間のラムネさんの世話もしており、今では【駄菓子屋亭】において必要な存在になっていた。
体型も性格も全く違う二人だが……。
仲は非常にいいらしい。
羨ましいかぎりだ。
僕がみぞれちゃんの紹介を受けたのは、三ヶ月前。
親戚筋から預かる事になったと、ラムネさんから紹介を受けたのが始まりで。
以来、共に死神の弟子として【駄菓子屋亭】で働いてるわけだが。
そろそろここらで、もうちょっと親密になるイベントが発生してもいいのではないかと思うわけなのだが……。
「大和さん。どうかしましたか?」
そんな事をぼーっと考えながら目的地に向かって進んでいたところ、みぞれちゃんが心配そうな表情で顔を覗き込んできた。
大きな黒目が上目遣いに覗き込んできて、人知れず僕の心臓はバクバクと激しい鼓動を繰り返している。
「その格好……」
「ふぇ? おかしいですか?」
みぞれちゃんは、学校指定のブラウスに白いドクロの刺繍のある黒いネクタイを付け、黒のプリーツスカートを履いていた。その下は黒のニーソックスとローファを履いている。
ドクロのネクタイは彼女のお気に入りらしい。
学校の校則に違反しないのかは、気にかかるところだが。
ところで、なぜ僕が唐突にみぞれちゃんの格好を口にしたのか──、それに特に意味があったわけではない。何か会話をして興味を持ってもらいたかったのだが、何も出てこず、唐突に声をかけられてびっくりして、思わず出てきてしまった言葉に過ぎない。
だが、言葉に出してしまった以上、この切り口から上手く会話を引き出していかねばならないのだ。
「よく似合ってるよ。制服が」
「は、はぁ。ありがとうございます」
「…………」
「…………」
会話終了。
って、違う。そうじゃない。
これじゃあまるで僕が制服が大好きな人みたいじゃないか。
もっとこう、そこから上手く会話が盛り上がる内容に持っていかなくちゃ。
「……みぞれちゃんは、ニーソックスが好きかい?」
「え? えぇ。まぁ」
みぞれちゃんの顔が少し引きつっている。
やべぇ。会話の引き出し間違ったァ。
「僕はハイソックスも好きなんだ」
「は、はぁ……」
完全に応対に困ってる人の顔だ。
どうしよう。どうすればこの蟻地獄のような会話地獄から逃れられるのだろうか。まるで見当もつかない。だがここで無言を貫いてしまうと、僕に対するみぞれちゃんのイメージが『制服とハイソックスが好きな人』になってしまう。
どうすればいいの。このまま大人になって、イメクラとか通えばいいの?
「大和さん。顔色がすぐれないようですが、大丈夫ですか?」
思考のドツボにはまっている最中、みぞれちゃんが声をかけてきた。
「あ、あぁ。ごめん。なにか楽しくなるような会話をしようと思ったんだけど、なかなか思いつかなくて……」
これ以上は悪手を続けるだけだと、僕は素直に自白することにした。
「あー。なるほど。そうだったんですか」
僕の自白を前に、みぞれちゃんは少しだけ朗らかな笑顔を浮かべた。
「じゃ、今度は大和さんの好きな物を教えてくださいね」
それはキミやで、とは言い出せず。
僕は無言のまま、再戦への心意気を誓った。
二人でしばらく歩くと、閑静な工場街にたどり着いた。
スマホに登録した地図を見やる。
確かこの辺にある工場が、件の幽霊退治の依頼を出してきた工場のはずだ。
「【駄菓子屋亭】の方ですか?」
工場街を歩いていると、門の前で立ち尽くす一人の男に声を掛けられた。
薄暗い街灯に当てられ、無言のままぼーっと立ち尽くしているので、一瞬マジの奴かと思ったほどだ。
「はじめまして。依頼のあった。××工場さんでしょうか?」
「では、貴方達が調査をするという……」
「助手の駄菓子屋みぞれと、神来大和と申します」
みぞれちゃんは素早く名刺を取り出すと、それを男に渡した。
僕も慌てて財布から名刺を取り出すと、遅れて男に渡す。
一応これでも働いている身だからね。
社会人マナーは大事。覚えておこう。
自己紹介は名刺交換からが、基本だぞ。
「あぁ。これはどうもご丁寧に。私は××工場の社長、
名渡山さんはそう言って、鉄の門扉を開けてくれた。
「どうぞ中へ」
「行きましょうか」
みぞれちゃんの後に続いて、僕も中へとはいる。
真夜中の工場は人気もなく、薄暗く、不気味な感じがして、なにかホーンテッドマンションを彷彿とさせる雰囲気に満ちており、僕はゴクリと息を呑んだ。
名渡山さんは、工場近くにあるプレハブ小屋の方へと歩いて行った。
扉には、事務所とプレートが貼り付けてある。
「さぁさ、どうぞどうぞ。狭いところですが」
「おじゃまします」
勧められて中に入る。
人はいないようだが、中は盛況な具合となっていた。
事務机の中身が散乱し、書類が飛び散り、椅子は変なところで逆さに立ち、電話は先程から鳴り響き、FAXはずっと白紙を吐き出し続けている。
一体、何がどうなっているのだろうか。
名渡山さんにソファを勧められたので、僕とみぞれちゃんは腰を下ろすことにした。穴が無数に開いており、バネが飛び出しているところが気にはなったのだが、とりあえず笑顔を顔に貼り付け、話を伺うことにした。
「お待たせしました。うるさくて、申し訳ありません」
事務机を元に戻した名渡山さんは名刺を差し出してくる。
確かに『××工場社長・名渡山 茂』とある。
間違いはないようだ。
「では、名渡山さん。幽霊とは……?」
「えぇ。もうお察しかもしれませんが、これら全てです」
名渡山さんは疲れきった表情でそう呟いた。
「全てか……」
ま、察しは付いていたのだが。
ここまで悪意のあるポルターガイストというのも、ある意味珍しい。
「数ヶ月前から嫌がらせみたいなポルターガイストが多発しまして。無言電話に、白紙を吐き出すFAX、トイレの紙はいつもなくなり、タバコがいつの間にか野菜スティックにすり替わっていたんです」
最後のは、健康を意識した嫌がらせなのか?
「なにか心当たりがあるとか?」
「ありませんよ。地味ながらもコツコツと四十年やってきたんです。でも今回の事件で社員がストレスで倒れてしまって……。これじゃあ、納期にも間に合いませんよ。ですからどうか、幽霊退治をお願いできないでしょうか」
ポルターガイストが確認できた時点で僕らの仕事は終了であり、後はラムネさんの判断に委ねるしかないのだが……。
名渡山さんが困っているのは確かなのだ。
だが、勝手に幽霊退治を請け負うわけにも行かず。
ここは幽霊側の意見を聞いてみるのが、正しい行動だろうか。
──と、いう訳で。先程から名渡山さんの顔めがけてケツを向け踊って見せている幽霊に声をかけてみる事にした。
「おいっ」
「うぅわぁぁぁぁっっ!」
幽霊はビクッと身を竦ませ、まるで幽霊に出会ったかのような叫び声を上げて体を躍らせる。
っていうか、幽霊が驚かされるって……。
立場逆転してんじゃねーか。
「なんでお前らは、嫌がらせのポルターガイストなんてしてんだよ?」
「お、お前ッ。ワシらが見えるんか?」
幽霊が驚いた表情でこちらを見やる。
「……一応、『能力者』だからな」
死神の弟子である僕等も『能力者』である。
ラムネさん云うに、『能力者』は様々な感覚が何かしら鋭くなるので、本来は見えないものも、見えてしまう事が多々あるらしい。
ま、だからこその幽霊退治の依頼なのだが、それを幽霊に話しても仕方がないので、僕は話を進めることにした。
「名渡山さんが迷惑してるそうだぞ。意味のない嫌がらせなら、やめておけ」
当の本人は、何事かわからず目をキョロキョロとさせているのだが、説明するのも面倒なので、幽霊の相手を先にする。
「うっさいわい。ワシらはなぁ、自分達の主張を通すべく戦っとるんや。まだ汗水も流した事もないお子様は引っ込んどれぇ。ボケェ」
イラッと来るような悪態に、自然と顔がひきつる。
このまま『史上最強の死神』にお任せして、暴力の内に全てを解決してしまったほうが楽なんじゃないかとも思えるのだが。
「名渡山さんと一度話し合ってみたほうがいいんじゃないか?」
一応、助け舟は出しておく。
そのための交渉役はやってもいいと思った。
「邪魔や。さっさとどっかいかんかい。ボケェ」
そう悪態を吐いた幽霊は僕に向かってケツを向けると、プーッと屁をこいた。
その瞬間──、頭の中にある細い糸がプツッと切れる音がした。
同時に僕は、幽霊との間に『拒絶』を置いた。
僕の意識がソレを『拒絶』する。──するとそれは物理的障壁となって展開され、僕と幽霊の間には『拒絶の壁』が展開された。
幽霊はそれを怪訝な面持ちで睨みつけるのだが、僕が『拒絶の壁』を操作すると幽霊は『拒絶の壁』に押し付けられ、地面に圧し押されていく。
「な、なんやこの壁は? 全然逃げられへんやないか!」
「これが僕の能力『拒絶の壁』だ。そのまま圧し潰してもいいんだぞ?」
「そんな事したら、死んでまうやろ!」
「もう死んでるだろ」
ムカついたので、『拒絶の壁』ごとゲシゲシと足蹴にする。
「ヒーッ。勘弁、勘弁したってやぁ。おっちゃん、そこまで悪い幽霊でもないんうやで。地元じゃ、可愛いバンビちゃん言われとるほど優しい性格なんや」
「嘘は嫌いでーす」
ムカついたので、『拒絶の壁』ごとゲシゲシと足蹴にする。
もう面倒だから、このまま退治してしてしまおうかとも思ったのだが。
「大和さん。弱いものいじめは、ダメですよ」
みぞれちゃんがそう言いながら、制止を促してきたので、止める事にした。
僕が『拒絶の壁』を解除すると、涙で顔をドロドロにした幽霊がみぞれちゃんの足元にすがりよってきていた。
「おおきに、おおきに。あのキ○ガイに危うく殺されるところやったわ。あんたは女神様や」
みぞれちゃんが女神様なのは、認めてもいいが。
誰がキ○ガイだ。コラァ。
「とりあえず事情を聞かせてもらえますか?」
みぞれちゃんがそう尋ねると、幽霊はさっきまでの態度はどこへやら、ペラペラと内部事情を喋り始めた。
デレデレとしまりの無い顔なので、むかっ腹が立ち、もう一度『拒絶の壁』を仕掛けてやろうかととも思ったのだが、話の内容が思ったより深刻だったのでこれ以上関わりはみぞれちゃんに任せる事にした。
「あの……。彼女は今何をしているんですか?」
名渡山さんが不安そうな表情で尋ねてくる。
一連の行動が見えない一般人にとって、今までの僕らの行動は意味不明なものに見えていたのだろう。だがそこを一から説明しても仕方がない。
「とりあえず案件は承認しましたので。後日、ウチの所長がお伺いに行くと思います……」
「じゃあ、退治してもらえるんですね」
名渡山さんは安堵したため息を漏らしていた。
ま、そうなるかどうかは、ラムネさん次第なんだけど。
この案件は、思っていた以上に根が深いものらしい。
「――では後日に」
一通りの事情聴取を終えた僕達は、『幽霊退治』の案件を進める形で契約を交わし、後日、行動に移す形と相成った。
「あとはラムネさん次第かな」
「私は後で、あの会社の事を調べてみようと思います」
「仕事熱心だね」
「はい。今のお仕事大好きですから」
僕も、そんなみぞれちゃんが大好きです。
とは、言い出せず。
やる気に満ちた目をしているみぞれちゃんを、見やる事しかできなかった。
「ま、まずは帰ったらご飯にしようか」
「そうですね。お腹ペコペコです」
スマホで時間を確認する。二十一時半を過ぎていた。
みぞれちゃんは帰宅後すぐに仕事に向かったので、何も食べていないはずだ。
「今日は肉じゃがだよ。帰ったら、こんぶのおにぎりを作ってあげよう」
「わーい。ありがとう」
みぞれちゃんはニコニコとした笑顔のまま、僕に飛びついて来た。
あぁ……。もう帰り着かなければいいのに。
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