駄菓子屋ラムネの先天性死神症候群

らいちょ

一章

第1話はじまり

 ──皆様、死神と言われて何を想像するでしょうか。

 巨大なデスサイズを振り回す、黒衣を羽織った骸骨とか。

 死者の魂を冥界へと運ぶ番人とか。

 と、まぁ人それぞれイメージが違うのかもしれない。

 だが、僕の知る死神はその想像からは、かなりかけ離れた存在である事は間違いないと言えるだろう。

 ──曰く、『史上最強の死神』

 そう二つ名を持つ死神がいる。

 ──名は、駄菓子屋だがしやラムネ。

 『史上最強の死神』『殺せない 殺さない 殺させない』Ⅲノットキルと称される死神は実在する。

 彼女は、現在僕が拵えた肉じゃがを食べ。

 僕はこの死神の弟子として、働かされている身なのである。



 神来大和かむらい やまと。十五歳。職業・高校生兼死神の弟子。

 現在、私立探偵事務所【駄菓子屋亭】だがしやていにて食事係を担当している。

 ネット上の【駄菓子屋亭】のHPを閲覧し終え、僕は重苦しいため息を漏らしながら、電源を落とした。

「どしたの? なにかあった?」

 行儀悪く箸を口に咥えコップに並々と麦茶を注ぐ女性……。否、この人こそ『史上最強の死神』と『殺せない 殺さない 殺させない』Ⅲノットキルの二つ名を持つ能力者、駄菓子屋ラムネである。

 艶のある長い黒髪と大きな黒瞳。それらしい恰好と振る舞いをすれば大和撫子と言われても納得するが、今僕の目の前にいる死神はタンクトップにスパッツ姿で綺麗な黒髪もあちこちに寝ぐせのある状態。二十代女性のリアルな私生活にときめきどころか、萎えと女性への憧れも一気に興醒めさせられる。

「先日【駄菓子屋亭】を開設したのですが、未だ依頼が来ないんですよ」

「あれ、メールが一件あったとか言ってなかったっけ?」

「駄菓子のネット通販だと勘違いした人からのメールでした」

「名前が名前だからね〜」

「なんでそんな苗字してんですか!」

 僕のツッコミに、ラムネさんは興味なさげな表情を見せると、麦茶を飲み干し食べ終えた食器と共にシンクへと運び始めた。

「やっぱ食後はコーヒーよね」

 そう言いながら、お湯を沸かしコーヒーの準備を始めている。

「大和も飲む〜?」

「はい。いただきます」

 コーヒーでも飲まなければ、やってられない気分だ。

 駄菓子屋ラムネの経営する私立探偵局【駄菓子屋亭】は、能力者であるラムネさんが通常では解決出来ないような不可思議な事件を解決する事が、仕事のメインである。

 現在の従業員はラムネさんを含めて三名。弟子は僕を含めて二人。

 かなり規模は小さいが、『史上最強の死神』のネームバリューはやはり大きいのか、頻度は低いが【駄菓子屋亭】の門を叩く者は少なからずいた。

 だがここ数日、依頼が全く来ないのである。

 業を煮やした僕は、ネット回線を引き、新たに【駄菓子屋亭】のHPを開局してみたのだが、その結果はあいも変わらず。駄菓子のネット通販と勘違いして注文のメールが送られてくる始末である。

 ラムネさんに任せてもずぼらな人なので、広報活動を任せるには不安がある。

 とにかく、今は新規の依頼が欲しいのだ。

「ま、焦ってもしょうがないでしょ」

 お湯が沸き、ラムネさんがコーヒーをドリップする。

 部屋にコーヒーの匂いがふわりと舞った。

「でも、このままだと僕の給料はおろか、食事代やラムネさんがいつも買ってるレトロゲームだって買えなくなりますよ」

「む……。大和の給料は別にどうでもいいけど、食事やゲームが買えなくなるのは困りものね」

 ラムネさんはそう言いながら困り顔を浮かべているが、本当の意味で困り顔をすべきなのは、今後給料が貰えないかもしれない僕なのである。

 二つのカップにコーヒーを注ぎ、角砂糖をカップの中に入れていく。

 一つ、二つ、三つ、四つ、五つ、六つ、七……。

「ちょっ。ストップ! スト〜ップ!」

 七つ目の角砂糖を入れようとして、僕は慌てて制止した。

「どんだけ甘くする気ですか?」

「え、これ大和の分なんだけど」

「こんなにいらないですよ!」

 ツッコミを入れ、まだ角砂糖の侵食を受けていない方のカップを奪い取った。

 僕はコーヒーには砂糖もミルクも入れないタイプだって、以前説明したはずなのだが完全に忘れていたらしい。

 ラムネさんはその後、更に三個角砂糖を追加し、練乳をたっぷりと入れたコーヒーを作り、それを美味しそうに飲んでいる。

 甘すぎて、こっちがげんなりとしてきそうだ。

「とりあえず、協会組織からの依頼を積極的に受けるのはどうでしょうか?」

 テーブルの上には山のように積み重ねられた書類の山がある。

 それらは協会組織からの仕事の依頼書なのだが、ラムネさんは【駄菓子屋亭】の門を叩く依頼者の仕事を優先してしまうので、基本無視されている事が多い。

「うーん。背に腹は変えられないか……」

 カップを傾けたラムネさんは面倒くさそうな表情を浮かべながら、山のように積まれた依頼書の内容に目を通していく。

「割高でー、楽でー、あんまし時間のかからない仕事はー?」

「バブル期の女子大生か!」

 バイトでも存在しねぇよ。

 労働に対しての基準がゆるゆるなのは、ニートな生活環境の名残だろうか。

 死神ニートを養えるほど、生活にゆとりがあるわけではない。

 ここは一念発起してでも、バリバリ働いてもらわなくてはいけないのだ。

「これなんてどうですか? 『地下に住むデスワーム退治』ってありますよ」

「虫系はちょっと……」

「じゃあ、『入りのこんにゃく葉を探す』って依頼もありますよ」

「私、細かい仕事が苦手なんだけど」

「えっとぉ……。『廃ビルの鉄骨破壊』は?」

「重機使えば済む話でしょ」

「んもう! いい加減にして下さい!」

 流石にキレた。

「あれやこれや不満ばっかり言って。結局、働く気が無いって事でしょうが」

「お母さんみたいに言わなくても……」

 ラムネさんは、頬をぷーっと膨らませる。

 ダメ大人は、面倒くさそうに書類に目を通しているが、お目当ての依頼にはなかなかたどり着けそうもない。

 このままでは無駄に時間を過ごして、はい解散と言われかねないので、今回は積極的に動く事にした。

「ラムネさん。目を閉じてください」

「え、どうして?」

「いいから」

 少し圧を加えると、ラムネさんはカップを置いて目を閉じた。

 僕は書類をテーブルの上にバラバラに並べていく。

「今からテーブルの上に依頼書をばら撒きます。ラムネさんは目を閉じたまま一枚選んでください。その依頼を受ける事にしましょう」

「え、大丈夫なの?」

「どれかは結局受けるんです。選ぶより、選ばれましょう」

 運を天に任せたほうが、どの道この先が地獄なら、答えがシンプルでいい気がした。

「どれにしようかな? 天の神様の言うとおり……」

「死神がそれを言うかね?」

 死神に託される運命の神様とは、皮肉が過ぎる気もするのだが。

「よっし。キミに決めた!」

 ラムネさんは一枚の書類を掴み取った。

「どんな依頼なのかな? ふむふむ。なるほど。ちょっと面白そうね」

 その結果は上々のようだ。

 ラムネさんは興味津々といった表情で、依頼文を見入っている。

「一体どんな依頼なんですか?」

「『工場に出る幽霊退治』よ。場所もここから近いし、交渉次第で謝礼金も弾みそうね。じゃ、連絡入れるから、大和は今から調査に行ってくれるかしら?」

「ふぇ?」

「キミは私のなんなのさ?」

「……弟子です」

 くそ。こんな時にだけ師匠ヅラすんのかよ。

 こちらの不満を感じ取ったのか、ラムネさんは勝ち誇った表情を見せてくる。

 師匠じゃなければ、殴り倒したい気持ちになる顔だ。

「と、なれば善は急げね」

 ラムネさんはそのままリビングを出て、廊下の先にある電話台へと向かった。

 そこには、今日日あまり見かけることはなくなった黒電話が置かれている。

 この家は、基本八十年代、九十年代で時が止まっているのかと思わせる物で溢れている。そういった中でのネット開通はかなりの文明開化なのだが、この家の通信機器は黒電話が現役な事から始まり、未だ近代文明には追いついていない。

「ちょっ、ちょっと待ってください」

 黒電話の受話器を取り、ダイヤルを回す手を必死に止める。

「もうこんな時間ですよ。明日にしては?」

「まだ二十時よ。それに幽霊なら今からが本番みたいなもんでしょ」

「僕だけが行くのは、ちょっと気が引けるっていうか……」

「なに? 怖いの?」

 図星を突かれ、閉口する。

 怖いというよりも、何か嫌なのだ。

 基本、幽霊を相手にした事件はロクな目に遭わない。

「しょうがないわね。じゃ、みぞれも同伴でどう?」

「え、みぞれちゃんも一緒にですか?」

 思わず戸惑ってしまった。

 ラムネさんの言葉に、少なからず心躍らせている自分がいる。

 二人っきりで仕事をするというシチュエーションは、かなり距離を縮めてくれる要因になるのではないだろうか。

 更に言えば、仕事は幽霊の調査。これはお化け屋敷で怖い思いをして密接機会を増やす的なアレになるわけで、それは思ってもいない好機とも考えられる。

「そ、そうですね……。みぞれちゃんも入れば心強いですし……」

 じーこ、じーころ……。

「ちょっ。勝手にダイヤル回さないでくださいよ」

「えー。もう決定事項でしょ」

「まだみぞれちゃんの了解を取ってませんから!」

 件のみぞれちゃんは、この家にはいない。

 今日は学校からの帰りが遅いようだ。

「大丈夫よ。私が行けと言えば行く。そんな子だから」

「優秀な猟犬みたいに言われても」

「みぞれに犬耳と尻尾……。アリね」

「なんの妄想をしとりますか!」

 確かに似合いそうだけども。

「ただいまー」

 僕とラムネさんがよからぬ妄想に思考を巡らせている最中、玄関の扉が開き、一人の少女が帰宅してきた。

 そのキラキラとした笑顔に、僕も自然と顔が緩んでくる。

「ごめんなさい。少し遅れちゃいました」

「おつかれー。悪いけど、大和と一緒に仕事受けてくれるー?」

「はい。分かりました。荷物置いてくるので。待っていてくださいね」

「待ってるよ」

 ぱたぱたと部屋に走っていくみぞれちゃんの背中を視線で追いかけながら小さく手を振っていく。

 うん。今日も可愛いなぁ。

 ラムネさんの姪っ子とは、とても思えない。



「――はい。では、二名が調査に伺いますので……」

 そういい終え、ラムネさんはチンと鳴らして受話器を置いた。

 いつの間にか依頼者との電話を終えていたらしい。

 謀られた!

「やったね。毎晩出るようだから、手っ取り早く調査が出来るよ」

 悪意に満ちた笑みを浮かべ、ラムネさんはそう告げた。

 こいつ、悪魔か……。

 否、死神だ……。


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