第9話 約束の地平線 02
「――そういや」
地上でしばしの補充待機組となった遼臥は直人に訊ねていた。
「どこからきっちり数えて四十秒なんだ?」
尽きた弾薬の補てんをし終えた直人は、まだ解毒の副作用が指先に残っているのか、しきりに手指を組んでは解す動作を繰り返しながら口を開く。
「知るかよ。俺たちになら解るって大将が言い切ったんだ。信じるしかねぇだろうがよ」
弾を装填するリロード音がガシャリと鳴る。
「と言っても。補充もこれが最後で後もないがな」
遼臥は、トリガーに指をかけたまま明けゆく東の空とは反対側の闇を意味深に眺める直人を見入る。
「……なぁ。さっきの屋号の話なんだが」
「ん?」
直人の視線が遼臥へと向けば、質問の主は空を見上げた。
「俺たちの中で唯一、アンディは実質ピックスが隠し玉みてぇなもんだから持ってないとしてもだ。宗谷の屋号って――何だったんだろうな?」
チーム碎王のまとめ役にはここぞな時にこそ発揮される秘策が多かった。
「碎王は知ってるみてぇだが、あの人も大概口硬ぇから。知りたきゃ本人に直接訊けの一点張りだった」
遼臥はぎょっとしながら直人を見返す。
「訊いたのか?」
直人は肩を竦めながら首も捻る。
「相手は宗谷だぞ? 訊ねたところで簡単に口を割るかよ」
それを聞いた遼臥は、ゆっくりと口元を綻ばせていた。
「……そうか。それなら、良かった」
「あぁ? 何が良いんだよ? こんな絶望的な状況で」
「だってそうだろ」
遼臥の目が再び夜明けを待つ空へと向けられた。その瞳は暗む中で暗躍しすぎたのか、昇りくる光が恋しいと細まる。
「今回ばかりは規模もでかいし。正直、無理じゃねぇのって諦めも過ったんだ――」でも、と遼臥の吐露が続く。「あいつら、全然へこたれないし。何つーの? 仲間のする事、最後まで健気に信じる姿、間近で見せられるとこっちも釣られるって言うか――」
「解るよ」
直人は、遼臥の発言が終わらないうちに同意を表していた。
「俺も。夜乃に引っ張り上げられた勢いのまま、今ここに自分が居ること自体が夢見てるみたいなもんだ。がな、遼臥。俺たちの絆は、単なる偶然じゃないからな?」
「それってどういう――?」
「碎王の屋号、
「つまり?」
今度は直人が口の先をにやりと上げて微笑んだ。
「遼臥。お前は俺たちシーラの中で一番、経験もコンビとしての歴も浅い」
「何が言いたいんだよ?」
「もっと相方のこと、仲間のことを深く知っとけって事だよ」
「寝てばっかりな夜乃とのコミュニケーションが取れねぇってぼやくお宅に言われたくないね」
「んならお前さん。夜鷹の屋号、
「あれだろ? 幸運と奇跡を呼び込む星を寄せるって――」
「それな」
力強い指差し確認が遼臥の胸を二度ほど軽く叩いた。
「夜乃の屋号は
「何が、って……どうなる?」
直人は立ち止まっていた歩みを先に進め始めた。夜明けまであと数分だ。
「ちょっ、直人!」
遼臥も小走りをした先で直人と肩を並べ、歩みを進めながら先を乞う。
「もったいぶるなよ」
「悪い。俺も実は知らないんだ」
「は?」
すっぱりと切れの長い遼臥の眼が丸まった。それを見届けることなく、直人は歩みを進める速度を速めて距離を置きながら告げた。
「だが、絶対に何かが起こる」
「何かって、これ以上のどんな事だ?」
「さぁな」
後ろ手を振った直人は数歩と進んだ先で立ち止まり、遼臥を顧みて言い切った。
「けど。窮地に陥れば陥るほど、わくわくしねぇか?」
呆れ顔を灯していた遼臥は深いため息を漏らしてから天を仰ぐ。
「……あんたも大概だな」
そうでもなければ、チームシーラの一員は務まらない。そうした思いを今一度思い起こした遼臥は、臆していた気を奥底へと押し込めて口元を綻ばせた。
これから何が起こるのかの予想もつかない事態を前にして、らしくもなく吐いた弱音と愛銃グロックのグリップを握る手が震えていたものを止めたくれた礼を述べるのは後回しにしようと心に決める。
ラルフ・ウォルド・エマーソンも言っている。どんな過去を持ち、どんな未来が待っているのかはささいなことで。大事なのは自分の中に何があるのかだと。そして絶え間なく、自分を自分ではない他のものに作り変えようとするこの世界で、自分でいることは偉大な成果であると。
遼臥は愛銃とグリップを握る手に視線を落とした。
「……全ては繋がっている、か――」
オールランカーを志願したのは自分自身だ。ここで尻込みする俺など、俺ではない――。
先陣のアタッカーもランカーも諦めないというならば、紡ごう。きっと、残弾にすら意味があるはずだとする思いに至った遼臥は、力強く一歩を踏み出して直人の後に続いた。
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