24.狐の巫覡


 忙しなく城内を駆ける兵士達の足音。イツキは周囲の騒がしさに目を覚ました。人工太陽による日光が差し込む室内。そこはギンに案内された和室だった。後頭部にはやわらかな温もりを感じる。

「お目覚めですか?」と見下ろすのは黒い着物の狐の面。

 彼は狐の面をかぶった少女、ギンの膝に頭を乗せていた。

「朝……か。俺は、いつの間に……昨日は、確か……」

「きっと疲れていたのでしょう。湯船でお眠りになられてしまったようなのでボクがお部屋までお連れしました。万が一、逆上のぼせていても大変ですのでこうして見守っていたのです」

 イツキは上半身を起こした。部屋には白騎士も戻っている。布団を蹴散らし大の字で眠る彼女の横では白キツネのイスカンダルが体を丸め寄り添っている。その浴衣は大きくはだけ、緩んだ帯がピンポイントで露出を妨げている。

「……お前、寝ていないのか」

「はい。ボクら式神の本質は霊体ですので睡眠は必要ありません」

 話を聞く彼はフィレスの姿が見えないことに気づく。

「フィレスはどうした?」

「彼女は儀式が行われる祭壇の方へ運ばれました。ご心配ならボクが祭壇まで案内いたしますが?」

 イツキは白騎士に目をやりわずかに沈黙。

「そいつを起こしたら向かうよ」

 彼らが元々着ていた衣服は綺麗に洗浄され丁寧に畳まれていた。着替える彼に、ギンは唐突に尋ねた。

「イツキ様にはご兄弟がおられるのですか?」

「急にどうした」

「い、いえ。イツキ様が寝言で『姉さん』とおっしゃられていたので」

 咄嗟にギンは嘘をついた。いや、正確には全体像を伏せたと言ったほうが近い。これ以上は触れてはならないと直感したゆえの気遣いだった。しかしそれを上回る探究心が口から漏れたのである。

 少しの間をおいて彼は言った。

「……お前には、関係ない」

 ギンはそんな彼を静かに見ていた。狐の面の下、一体どんな表情で彼を眺めていたのか。

 着替え終わったイツキは白騎士の前にしゃがむと、イスカンダルの背中を掴み上げ彼女の顔面に押し当て呼吸を遮った。


 部屋を後にした彼らはギンに案内されながら祭壇を目指す。白騎士は目をこすり、大きくあくびをしながら最後尾。頭にはイスカンダルを乗せている。城内ですれ違う兵士たちからは緊迫した様子を窺える。彼は小さくもらした。

「やけに騒がしいな」

「300年もの間、絶える事のなかった結界が解かれたからでしょう。ルナトリア様は無数の式神をヘイムダールの各所に配し、都全体を包む結界までもお一人でご負担なさってました。ですが、さすがのルナトリア様でも力を分散した状態で儀式を行うのは酷な話です。解かれた結界の穴埋めのために兵士を総動員しているのです」

 城の一階、裏門を抜けた彼らの前には広大な石畳の庭が広がっていた。中央には神楽殿かぐらでんのような建築物が建ち、外観は神楽殿に似ているものの大きさはそれをはるかに凌ぐ。

 神殿に向かい祈りを捧げる後姿。もこもこした大きな五本の尾はルナトリアのもの。彼女を囲うように六人の神官が手を合わせ瞑想している。束帯そくたいに似た和服を着用した彼らの額からは独特の布が垂れ下がり素顔は目視できない。

 そしてルナトリアの前にはフィレスが寝かされ、体は依然として透き通っているものの負傷した部分は完治していた。

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