23.BD版 温泉回
先導する狐の面は背中越しに話しかける。
「長旅ご苦労様でした。ボクのことはギンとお呼び下さい。しばらくの間はボクが身の周りのお世話をさせていただくことになります」
とても広い城内はまるで迷路のように入り組んでいる。その所々に設置された不可思議な置物が放つ違和感。統一性のなさが際立ち内装から孤立している。
やがて、狐の面は一室のふすまの前で足を止めた。
「こちらがイツキ様方のお部屋になります、どうぞお上がりください」
案内された部屋は二十畳ほどはある和室。部屋の中央には巨木の断面がそのまま使われた木製のテーブルが置かれ、床の間には掛け軸、クローゼットには浴衣が常備されていた。
白騎士はフィレスをちょうどいいスペースに安置し、
「よし、いいかんじだ」と満足気な表情を浮かべる。その彼女に冷ややかな視線を向けるイツキ。
(……そこは床の間だバカ犬)
狐の面はボロボロのローブを受け取った。
「差し支えなければこちらで処分いたしますが?」
「ん、ああ。頼んだ」
テーブルの上に置かれた和菓子に飛びつく奴が一名。机に両手を突き獲物をロックオン。
「おい食いもんがあんぞ!」
「どうぞお召し上がりください。イツキ様のお仲間ともなれば家族も同様。白騎士様をもてなすのもボクのお役目です」
「うんめ~」
話は最後まで聞かずに食らいつく白騎士を見上げながら長耳の白キツネが小さく鳴いた。
「きゅきゅぅ」
「ん? なんだイスカンダルも腹減ったのか? ちゃんと二個あるから安心しろー今やるからな」
(それは俺の分だ)とイツキは心の中で異議を申し立てるがわざわざ伝えようとは思わない。
部屋に差し込んでくる見慣れた朱色の光。窓の方へ向かったイツキは、
「……夕日だ」と小さくこぼす。
窓からは碁盤状の都を一望出来る。正面には彼らが歩いてきた大通りが伸び、街中の灯篭にはあかりが灯り始めている。ギンは窓の外をじっと眺める彼に伺った。
「どうかなさいましたか?」
「……この空。ここへ来た時から気になっていたんだ。森に包まれたこの都からどうして空が見える」
「これは
白騎士は大の字で倒れている。
「ふぃ~……あたしはちょっと休憩~……」
「ではイツキ様だけでもどうでしょう?」
「だけどギン、このバカを放っておいても平気なのか?」
「はい、問題ありません。この都には千を超える式神が常にその目を光らせております。彼らはボクのような人型だけでなく小動物でもあったりします。そして目にする光景をルナトリア様と共有しているのです」
「……ほう」
着替えを持ったイツキは客室を出た。
広い城内を再び狐の面に案内されるイツキは脱衣所に着いた。それなりのスペースがあり並んだ木製のロッカーは三列ある。彼は入り口に近い隅で着替えることにした。上着を脱ぎ、ズボンを脱ぎ、下着を……というところで視界の隅にひと気を感じた。横に目を向けると隣で狐の面も脱ぎ始めていた。
「……おい。どうしてお前が脱いでいる」
「今のボクはイツキ様に仕える式神。万が一にもイツキ様に何かあればボクら式神の存在意義が危ぶまれます。行動を共にするのは当然の義務です」
(確かこいつ、あのヴォルフとかいう狼のカタナを指二本で受け止めていたよな。下手に刺激しないほうがいいか)
「……そうか」
面の少女は恥らうことなく全裸で彼の横に立った。
浴場への扉を開くと、湯気と共に全身に温かな空気が当たる。同時に木材由来のやさしい香りが嗅覚を刺激する。客間の五倍以上の面積を誇る浴場はそのすべてが耐水性に優れた良質な木材であしらわれ、それぞれ効能の異なる大きな湯船は数種類ある。その一角には竹や天然石などを用いた立派な和風庭園も見受けられる。一番奥には少し雰囲気の違う空間がある。横幅二メートルほどの
イツキはとりあえず蛇口がついた鏡の前に座り、お湯を浴びながらこれまでの軌跡を振り返っていた。都市遺跡で神聖種と戦い、空き家で一晩を過ごし、太古の森を抜け、思えば異世界へ来て初めての風呂だった。
隣に目を向けると彼に合わせるように狐の面も体を洗っている。すると、彼に疑問が生まれた。
「ギン。お前、その面は取らないのか?」
面の幼女はそのまま髪を洗おうとしているようだった。邪魔になるのは明白。誰が見てもナンセンスな行動だ。
「イツキ様は式神が何から創られるか、ご存知でしょうか。式神は肉体を失った霊魂から創られるのです。この面は霊体であるボクたちを現世にとどめておくいわば
狐の面に視線を向けていたイツキの背中に当たるやわらかな感触。彼の後ろには胸を押し当てる全裸のルナトリアがいた。
「……何をしている」
「釣れないですわね。それと、わたくしのことはルナとお呼びください旦那様」と言いながら腕も絡めるルナ。
「い、いいから離れろ……取引を忘れたのか」
「もちろん心得ておりますわ。亜人種は誇り高き種族。約束をたがえたりなどいたしませんわ」
「だったら離れてくれないか……。疲れてるんだ」
胸を上下させながら言う。
「古来より殿方のお世話をするのは女性の勤めですわ。こうして体を洗ってあ、べしっ!!」
彼の背中からルナが消えた。床に押し倒された彼女の上にはタオル一枚の白騎士がまたがりケモ耳を引っ張っていた。
「この淫乱ギツネが!」
抵抗するルナ。
「いた。いっ、いたいですわっ。ま、またあなたっ、離し、なさい……ですわっ」と一番手ごろな位置にあった彼女の両胸を押し上げた。
「ちょ、どこ触ってんの?! えっちバカへんたいうんこおっぱい!!」
「あーら、あらあら。これあなたのお胸でしたの。あまりに貧相でしたので気づきませんでしたわ」
「んだと!」
「なんですの」
二人が争っているうちにイツキは体を洗い終え湯船に浸かった。若干ぬるめで体への負担が少なく長風呂に適した温度だった。それに気づいた白騎士はルナトリアから離れていく。
「あたしも風呂~」
「待ちなさいですわ」
「んだよまだやんのか?」
「あなたはあちらの湯になさい。自然治癒力を飛躍的に高める湯ですの。その程度の怪我なら一晩で完治しますわ」
臨戦態勢だった白騎士は呆気に取られた。
「……じ、じゃあそうする、かな」
ルナトリアは湯船には浸からず手水鉢が置かれた空間へ向かっていく。手水鉢の前で腰を下ろすと、手にした桶で冷水をすくい頭からかぶった。その行為を何度か繰り返している。イツキが入る湯船からもそれは見え、隣で湯に浸かる狐の面に尋ねた。
「ギン、あいつは何をしているんだ」
「
「……何者、なんだろうな」
禊を終えた彼女が立ち上がった。また絡まれるのではないかと内心身構えていたイツキではあったが、ルナトリアは彼らを素通りし大人しく退室した。
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