21.杜の都


「やはり神託は真であったか。よもや人間スレイブがこの森を抜けるとは」

 オークの一体はそう漏らす。荒々しい様子はない。その喋り口調から、見た目に反し高い知性をもっていることが容易に窺える。集団の中に一人、オークではない種族が一人混じっている。黒い着物を着た12歳ぐらいの、顔は狐の面で覆われ性別まではわからない。イツキたちに喋りかけた。

「ボクたちに敵意はありません。ここで争ったところで双方にとって無益と見受けます。出来ればご同行していただけませんか? もっとも、断られてもそうしていただきますけど」

 狐の面はやわらかな物腰で言うが、口調とは対照的な強気の姿勢に底知れぬ何かを感じさせる。この状況で抵抗するのはナンセンスだった。


 オークの軍勢に連行されるイツキたちは巨大な正門を抜けた。そこで彼らが目にしたのは完璧な碁盤の目で建造された都。その中央には街を分断するように大通りがある。民家などの建築材は主に木材を利用している。巨木の森にすべてを覆い尽くされた街であるにも拘らず、天井には青空が、雲が、太陽までもが存在した。そこにあるだけではなく、確かに本物と変わりないだけの機能を満たしている。

 イツキが小さく漏らす。

「……お前のせいだからな」

「……あ? オマエがあたしのイスカンダルをいじめるからだ」

(いつからお前のになった)

 イスカンダルは白騎士の肩に馴染んでいた。


 障害物が一切無い大きな一本道をオークの集団に囲まれながら進む一行。街にいる人々は皆、動物の様な特徴を持つ亜人種で構成されている。人間の容姿に近い者から、このオークのように獣の容姿を色濃く残す者まで様々。関心が薄いのかイツキたちに警戒する様子は無い。

 距離にして数キロ、しばらく進むと大きな古城が現れる。瓦屋根が幾重にも重なった城には立派な装飾が施されているが基本的な外観は都を一周する壁や町並みと同様。城の前でフィレスを抱きかかえるオーク一体を除き他の者たちは持ち場へ戻って行った。


 城の入り口は一風変わっていた。数え切れないほどの朱色の鳥居が立ち並び一本の道となっている。城というよりは神社に近い。そこからは狐の面が先導し、少しすると朱色に彩色された木材を基調とする広々とした空間に出た。床は高床式になっておりその真下には透明度の高い水が張られ淡水魚が泳いでいる。水中から天井にかけて生きた竹が伸び風情ある空間が演出されている。

 室内には軍服を着た護衛兵が数人整列している。オークとは異なり人に近い風貌だがケモ耳と尻尾は生えている。その中で一際異彩を放つ亜人種が一匹。狼の頭部を持つ人狼だ。ツバ付きの軍帽を被り口にはパイプを咥え腕を組んでいる。傷んだ軍服と切り傷で潰れた片目からは幾多の修羅場を潜り抜けたであろう猛者のにおいを漂わせる。

 部屋の奥にも人影が見えるが、細く削った竹を糸で編んだ御簾みすによって隔たれ姿はよく見えない。

 ここまで同行してきたオークは少し離れた畳の上にフィレスを寝かせると、御簾へ向かい片膝を突いた。

「あなたたちも前へどうぞ」

 二人は狐の面に従い前へ立ち並んだ。狐の面は部屋の隅に席を外す。

 おそらくは御簾の向こう側にいるのがこの国の権力者だろう。でなければ巨漢のオークや厳つい人狼たちが従うとは思えない。

 最初にしゃしゃり出たのは狼だった。

「貴様か。どんな奴かと思えば子供ではないか」

 整列した護衛兵が言う。

「ですが、このタイミングで人類種。偶然とも思えません……」


 彼には逆に都合がよかったのかもしれない。元より助力を求め、目の前には交渉相手。加えてこのアウェイでは後戻りなど出来はしない。イツキは通貨の詰まった袋を掲げた。

「聞け。俺はそこに寝てる透けたガキを救う為にここへ来た。金はこれだけある、すべて支払ってもかまわない」

 狼はイツキの目の前に立つと通貨の入った袋をぶん取り投げ捨てた。身長差30センチから生まれる威圧感。

「誇り高き我ら亜人種を金で買うと抜かすか人間スレイブ。自分達の状況をよく考えることだ。お前たちのような下等種族にそのような権利はない。大人しく我々の問いに答えろ」

「それはこっちのセリフだ。お前こそ履き違えている。これは懇願じゃない、取引だ亜人種」

 人狼の瞳が僅かに殺気立つ。

「何ィ?」

 あの時、フィレスは俺に言った。人間にも剣があるのだと。俺はしばらくその意味を考えていた。そして言葉の意味を理解したんだ。

 人間には聖剣も魔剣もなければ、亜人種のように卓越した身体機能もない。非力な人間は社会という集団コミュニティを形成し、その中に生まれる弱い同族を見下し、差別し、優越感に浸る。そんなクズみたいな種族が、この異世界において最弱なのは必然だった。

 だけどそんな最弱種にもたった一つ、彼らと同じ土俵にあがれる分野がある。


 ──思考することだ。どんなに非力でも、それは決して無力じゃない。だったら俺の成すべきことは決まっていた。


 現状を理解し、思考し、事実を変えずに結果を捻じ曲げる。そう、虚勢とハッタリだ。それだけが人間に与えられた非力な剣だったんだ。誇りと信念を重んじる亜人種に唯一対抗出来る手段が虚言とは、どちらが人外なのかわからない。いや……。

 それでも足掻く。見苦しくも抗う。今の俺にはそれしかないのだから。


「お前たち4種族は魔王の遺品を奪い合っているんだろ。なら、そのガキを救えばその一つをくれてやる」

「魔王の遺品、だと……。こいつらが……まさか。だとしても……。くだらん! 人間風情が我々と取引など成立するものか!」

 イツキは白騎士のローブを剥ぎ取った。

「こいつを知らないとは言わせない」

 ざわめく周囲。オークは警戒し棍棒を向けるが狐の面は微動だにしない。

 人狼は腰に帯刀した鞘に手を添えながら漏らす。

「聖なる騎士、バカな……このような無礼な輩が」

 ざわめきに混じって一人、当事者もいた。白騎士はこっそり話す。

「……おいィ? 聞いてねーよ。どうすんだよこれ」

「……うるさい。元凶はお前だ。合わせろ」

 白騎士の迫真の演技が火を吹いた。

「お、おまえら! あたしは七英雄の一人、白騎士様だ! すごいんだぞ! めっちゃすごいんだぞオラァアアーー!! こわいだろこわがれアホ。ほらお前だよお前デカブツが」

 怯えるオーク。さすがは神聖種。知名度は相当高いようだ。過程がどうであれイツキはここぞとばかりに便乗した。

「古の都ヘイムダール。神聖種の弾圧を逃れた数少ない街だ。そんな街の、お前たちの長の前に白騎士がいる。その意味がわからないということはないだろ。こいつは俺に力を封印されている。取引に応じないならこの狂犬をこの場で解き放つ」

 人狼は噛み締める牙を剥き出した。全身から溢れる動物的な殺気。生物すべてに備わっている生存本能が揺さぶられる。

「調子に乗るなよ小僧……。我らには貴様らを傷つける許可が下りていなかっただけのこと……ここまで虚仮にされて黙っていられるものか! 私が! このムシケラどもはこの私が処刑する!!」

 逆上した人狼は勢いよくカタナを抜いた。

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