19.太古の森Ⅳ


 大樹の魔物が居た空間で足を止めた彼らは目を覚まさないフィレスの様子を窺っていた。

 心配しているのか、それとも単なる好奇心か白騎士も少女のことをじっと見ている。そんな彼女を横目にイツキは少し考え事をしていた。

 ──こんな奴に気づかされるなんて。

 俺はいつの間にか他力本願になっていた。

 自分で考えること、努力することを疎かにしていたんだ。

 何を甘えているんだ俺は。姉さんを救うのは他でもないこの俺だ。それなのに……。


 イツキの顔を覗き込む雄々しい視線に“ハッ”と我に返った。

「チビの様子はどうだ?」

「あ、ああ。ダメだ、治癒する気配がない」

 イツキの視界をよぎる彼女の手に、思い出す。

「ちょっと手を見せてみろ」

「あ? なんでだよ」

「いいから出せ」

「な、なんだよ。これでいいか……?」

 差し出された手首を掴んだ。その手は無残にも焼け爛れている。改めて目の当たりにする彼は思い返していた。

 ──こいつはあの時逃げなかった。

 首輪の効力は絶対服従と神聖種の力を封じるもの。それ以上でもそれ以下でもない。こんな状態になるまで戦い続けたのは紛うことなく彼女の意思だった。自分をかばったフィレスが負傷したことに責任を感じたんだろう。……生意気な。

「も、もういいだろ」

 立ち去ろうとする彼女の腕を引き戻した。

「ちょ、っと」

「いいからじっとしてろ」

「ぅん」

 彼女はしぶしぶ腰を下ろした。イツキは少ない荷物から包帯を取り出すと、手当てしながら意見を述べる。

「多分フィレスは放っておいても死にはしない」

「そう、なのか?」

 あの夜、魔王の遺品を『今は白騎士に持たせておくしかない』と判断した意味はおそらくこれだった。イツキはもちろん、フィレスもまた不完全な状態では満足に扱うことが出来なかったのだろう。とはいえ身体をバラバラにされた上に封印まで施された状態から蘇った少女。この程度で死ぬはずはなかった。しかし自力で行動可能になるかはわからず、彼らが行動を起こす他に選択肢はない。

 程なくして彼女の手に包帯を巻き終えた。

「よし、これでいい。だけど応急処置に過ぎない。フィレスをなんとかしたら治癒魔法でも頼めばいい」

「……あ、ありがとな」

「お前にはまだ利用価値があるだけだ。怪我が悪化して足を引っ張られても困るからな」

「わ、わーってるよ! こんなことであたしをろうにゃくできると思うなよ!」


 あえて触れずに、応急処置を終えたイツキは辺りに散らばる亡骸を物色し始めた。

「何やってんだよ?」

「俺に考えがある。使えるものはすべて剥ぎ取っていく」

「罰当たりな野郎だな」

 屍の所持品はそのほとんどが長い年月の経過を思わせるモノばかりで、再利用できるものは思いのほか少ない。缶詰などの食料も、開封してみるが腐ったものしかない。その中で一番の戦利品は通貨だった。銅貨、銀貨がそれなりに集まる。

 白骨化した遺体から小汚いローブを剥ぎ取ると、

「おい、お前のと交換しろ」

「あ? どっちもほとんど同じだろうが」

「死体が着てたものはきもちわるい。お前が死体ローブ着ろ」

「お坊ちゃんかよ! ったく、はいはいあたしが死体ローブ着りゃいんだろ」

 物色を終えると腐っていた食料を森の中に放り込んでいく。その様子を不思議そうに眺める彼女。

「今度はどうしたんだよ」

「こいつで誘き寄せる。少し離れるぞ」

「誘き寄せる?」

 簡単な罠を仕掛けその場から離れ身を潜めた。

 しばらくして森の中から小動物が顔を出す。警戒しながらも徐々にエサが仕込まれた罠に近づき、タイミングを見計らってヒモを引くとまんまと捕まった。

 罠にかかっていたのはキツネのような小動物。特徴的なのは垂れ下がった長い耳で、純白の毛並みは紺碧の瞳を際立たせている。鳴き声は短い間隔で“キュゥキュゥ”と甲高い。人に対する警戒心は低いようで暴れたりする様子はない。イツキは念のためヒモを巻きつけた。

 白騎士は興味津々だ。

「何それ何それ! なぁなぁあたしにも触らせてくれよー」

「ダメだ。お前はフィレスを運べ。出発するぞ」

「っちぇ」

 この時、指輪はある地点に大多数の生命反応を感知していた。霧を発生させていた母体が消滅したことにより指輪の探索魔法が再び効力を取り戻していたからだ。そしておそらくその地点がヘイムダールだった。

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