17.太古の森Ⅱ


 とある病室。ベッドから退屈そうに外を眺める少女に面会へ来た女性。彼女もまた軍人だった。

「ざまあ無いわね。どうせまた無茶な戦い方でもしたんでしょ」

「なんだリゼか。いいだろ別に。誰にも迷惑かけてねーんだし」

「せっかく見舞いに来てやった相手に『なんだ』とは何よ。それに、迷惑なら既にかけられたわよ? ヘイムダール制圧の件、その怪我じゃあなたは参加できないだろうって私に命が下ったわ」

「はぁ?! それはあたしが最初に受けた指令だろ。手柄を横取りする気か!」

「上が決めたことなのだから仕方ないでしょ。文句があるなら私に言わず直接上層部に言いなさい」

「っち。……気をつけな。数年前に派遣された先発隊は一人も帰って来なかったんだ」

「珍しく心配してくれるのかしら。問題ないわ、案内には現地に詳しいエルフをつけるって言っていたもの」

 そして、少女は彼女の軌跡を辿ることとなった。



 ***



 霧のせいか探知魔法は効力を失い、ずるずると霧の中をゆっくりと引き下がっていく一本の蔦だけが頼りになっていた。

 少しひらけた空間に出ると同時に白い霧は晴れ、彼らの前に姿を現したのは大樹に寄生する異形の姿だった。

 森の中に突如現れた空間の中央に、そそり立つ一本の大樹。その周囲に吊り下がるヒト一人分はある巨大な木の実。

 幹の一部は異様なほどに膨れコボ状になっている。表面は大樹と変わらずゴツゴツとしているが、膨れた部分の至る所に人間の顔のようなものがいくつも確認出来る。その表情はどれも悲痛に歪んでいるようだ。

 足を踏み入れる彼らの足元が“みしっ”と軽い音を立てた。

 中央までを埋め尽くす白い地面。よく見るとそれは無数の人骨。そして木の実のように吊り下がっていたのは蔦が巻きついた人の死体だった。

 フィレスは屍の山を前に立ち尽くす二人に話す。

「こやつが発生させる霧には一種の幻覚作用があっての。無防備になった獲物を蔦で引きずり込み、酸性の体液で溶かし養分とするのじゃ。だが奴の攻撃範囲はそこまで広くない。この距離を保っておれば儂の遠距離魔法で無力化出来る。主はその刀で儂の詠唱を援護せ」


 説明する少女の傍ら、白騎士はおぼつかない足取りで数歩前へ出た。

「リ……ゼ。リゼ、お前……こんなところに居たのかよ……」

 視線の先には吊り下げられた一体の骸。死してなお魅力的な長髪の女性体は、彼女と同じ白い制服を着ている。

“リゼ”と呼ばれるその亡骸。

 負傷した白騎士の代役としてヘイムダール遠征に向かい、未帰還者となっていた一人だった。

 あの日から今日まで白騎士はずっと悔いてきた。自分が負傷さえしなければという悔恨は彼女を前へ前へと歩ませる。

「ずっと、探してたんだぜ」

 フィレスは顔色を変え言い放った。

「近づくなと言っておるのがわからぬか。あのバカを止めろイツキ」

 白騎士が万全なら話は違っただろう。だが今の彼女は首輪により神聖種本来の力を封じられている。そんな状態であの残忍な大樹に近づけばただの獲物として消化されるのは目に見えていた。

 状況を理解しているのかいないのか、彼女は本体に向かい歩いていく。軽く舌打ちしたイツキはその後を追う。しかし追いかける彼の前に立ちふさがる人影。無数に宙吊りにされた屍の一体だ。蔦で手足を吊るされた死体はまるで操り人形のように利用されゆく手を遮る。

「くそっ」

 イツキは手にする鞘から勢いよく短刀を抜いた。

 その刀身は透き通るほど美しく、まるで刃がないように思えるほどしなやかで軽く……いや、まるで刃がなかった。

「おいフィレス! 刀身はどうした!」

「戯け、主に刃のある魔剣など渡せばどうなるかわかるじゃろ。周囲の魔力を切っ先に集めるようにイメージするのじゃ」

「先に言え。急に出来るかそんなこと」

 戸惑う彼にフィレスが歩み寄る。

「全く、よく見ておれ」

 彼の柄を奪い取ると、そこから半透明の刀身が伸びた。

(……全く、本当に全くじゃ。いつの世も思い通りにはいかぬな……アリスよ)

 フィレスはぎゅっと柄を握り直した。刹那、立ちはだかっていた骸の姿が崩れ落ちた。地面には両断された残骸。


 その遥か前方、白騎士は宙吊りにされた一体の骸の前で足を止めていた。

「遅くなっちまったが……今、そこから引きずり出してやるよ」

 その者の手足に巻きついた蔦を引きちぎろうと近づく彼女に、骸の両手がしがみついた。腐敗臭とも違う鼻を刺すような刺激臭。大樹により生成された硫酸が屍となった者たちの胃袋を満たしていたからだ。


 白騎士の目前、骸は急に口を大きく開いた。


「……え」

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