15.廃屋の夜


 その夜。

 廃屋で食事を済ませた二人と捕虜は打ち合わせをしていた。

 一室の引き出しから見つけた古びた地図を机に広げ位置確認をする。地図は半分が紛失しており全体図はわからなかったが、現在地と周囲はなんとか確認出来るものだ。

 フィレスは指差し言う。白騎士は無関心そうに両肘をつきその両手に顔を乗せている。

「よいか、最初の都市遺跡がここじゃから、儂らの現在地はこの辺りじゃな。今後はさらに南下し古の都“ヘイムダール”へ向かう。この周辺で神聖種の支配を受けていない都はここしかないからの」

「そこで情報を仕入れるというわけか。異論はないが、どうしてここには何も記載されていないんだ?」

 イツキが指差すのはヘイムダールの周辺地域。道や国境らしき線が途切れ白紙状態になっている。

 黙って聞いていた白騎士が姿勢を起こした。

「太古の森っつう、バカでけぇ樹海だよ。足を踏み入れれば樹の養分になんのがオチさ。あたしの知る限りそこに好き好んで向かうバカはお前たちだけだよ」

 彼女の話に耳を傾けていたイツキはそっとフィレスの方を向き目を見合わせた。彼の気持ちを汲み取った少女は念を押すように言葉を加えた。

「じゃが儂らに選択の余地はない。都市遺跡での件が帝都に伝わるのも時間の問題じゃ。ならばひとまずは神聖種の手の及ばぬヘイムダールに向かうしかあるまい」

 白騎士は眉をひそめた。

「迷っても知らねーぞ」

 捨てセリフを吐いた彼女は立ち上がり窓辺の方へ席を外した。

 イツキの目にはなんだか不機嫌そうに映った。

 捕虜の行動を目で追っていた彼に重ねてフィレスは言う。

「それとイツキ、主はしばらく戦うな。今回の件で理解したであろう、人間である主が魔力を扱えばこのような副作用が現れる。当初は徐々に慣らすつもりだったが、初っ端から七英雄様に出くわすとは想定外じゃったわ」

 少女の話に彼は視線を前へ戻した。

「……ああ。具体的にどれだけ待てばいい。それと、もし戦闘が避けられない状況に陥ったらどうする気だ」

「少なくとも三日はこの地の空気に慣らすべきじゃな。でなければ主、次はこの程度では済まぬぞ。……無論可能な限り策は講じよう」とフィレスは一つの指輪を取り出した。

「これは?」

 手に取ったイツキは尋ねた。

「主が眠っている間に生成しておいたのじゃ。一種の探知魔法が組み込まれておるが、発動までの工程は全自動フルオートで完結し所有者への負担はほとんどない。これで人間の主様でも奇襲に後れは取らぬじゃろ。……おい小娘、貴様にも働いてもらうぞ」

 窓際で体を背けた白騎士の体がわずかにブレる。大きな弧を描いた彼女のサイドテールが揺れた。しかし振り向きはしない。反抗期のような明らかな無視。

 そんな様子の捕虜にイツキは不安を拭えない。

「フィレス、あんな奴を策に取り入れて平気なのか」

おとりぐらいにはなってもらわねば喰われた食材と釣り合わんからの」

「あー……」

“そういえばそうだった”と言わんばかりのため息にも似た言葉がイツキの口から漏れた。

 食料に関しては現地調達を前提としており持ち込んだ食料は三日程度。しかし、よく食う捕虜のおかげでその食料はほぼ底をついていた。


 やれやれという面持ちで立ち上がった彼はおもむろに白騎士のいる窓辺の方へ歩み寄り、彼女がそっぽを向けた星空を見上げた。隣に立たれる無言の威圧感を、見上げた白騎士は警戒する猫のごとく噛み付いた。

「……な、なんだよ。文句があるなら殺せばいいだろ、あたしはただの捕虜なんだからよ」

「お前、もしかして自分の意見が聞き入れられなくて怒ってるのか」

「は、はぁ?! 何言ってんのオマエ?! あたしがてめぇらの心配なんてするかよ! 脳みそにウジでも湧いてんだろオマエ!」

 イツキは一人納得した。

「やっぱりか。誰も『心配』だなんて言ってないだろ。俺は『意見』としか言ってない」

「て、てめ?! あたしをはめやがったな!」

 頬を染めながらわめく白騎士。

「俺が知る限りフィレスは勝算のない手は打たないはずだ。だからお前もこっちに来い、次の打ち合わせにはお前の情報が必要になる」

 と見下ろすイツキを、少し潤った上目遣いで見上げた白騎士。立ち上がった彼女を確認するとイツキはフィレスのいる机の方へ戻っていく。彼女はその後をうつむきながら大人しく追った。イツキの目にその顔は不機嫌そうに映っていた。


 その後続けられた話の焦点は魔王の遺品の在り処だった。

 白騎士の話を要約すれば、

 当初は神聖ウェミディオ帝国の首都、帝都ヴァルハラに保管されていた遺品は繰り返される紛争と略奪により現在の所在は不明。七英雄を各地に派遣し捜索している状況だという。話を聞く限り帝国も一枚岩というわけではなさそうだ。

 しかし全ての遺品が失われたわけではなく彼女のように所持する者もいるのも事実。

 彼女の所持する魔王の“異質”。

 フィレスの力を取り戻すのに必要なピースの一つであるが、フィレスの話では今は白騎士に持たせておくしかないという。

 その存在は彼女の白骨化した腕を見ればわかる通り、所有者の命すら蝕む諸刃の剣。魔力を使用しただけで倒れてしまうイツキはそれを手にするだけの免疫力を持ち合わせていなかったからだ。




 夜が開け、廃屋を後にしようとする白騎士にフィレスから大きな布切れが投げ渡される。

 そのままの姿で同行させるには彼女はあまりにも有名すぎた。ここより先は身分を隠して連れゆく方針だ。

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