14.うたかたのユメ


 小鳥がさえずる。温かな光が周囲を眩しいほどに照らし出す。見慣れない風景。

 ふと気づくとイツキはその中にいた。

 ここはどこだろうと辺りを見渡す。

 庭園だろうか、一面を埋める色とりどりの花々。中央には屋根と柱のみで作られた真っ白なガゼボが建つ。豊かな自然に囲まれ小鳥たちが自由に飛びまわっている。周囲は木々が覆い、セカイから断絶された楽園のようだった。

 蝶が舞う花畑を駆け回る一人の少女。

 年は十歳前後で、金髪で、碧眼の……。それはまるで、

(フィ、レス……?)

 彼が今まで見たこともない満面の笑み。だが様子や仕草が記憶と一致しない。

 すると、少女はこちらに気づいたようだ。無垢な瞳がこちらに目を合わせ、足元も見ずに真っ直ぐ駆け寄ってくる。向かいながら動く口元は何かを語りかけているようではあるが声は聞こえない。声が小さいとかそういうわけではない。まるでテレビの音声をoffにしたような感覚。

 間もなくしてこちらまでたどり着くと躊躇なく抱きつき、腰位置ほどから見上げる可愛らしい表情はやはり何かを喋っているようだ。しかしこの距離でも全く聞こえない。

 次の瞬間、意識が遠退く。この空間からはじき出されるような不思議な感覚。視界がぼやける。……真っ暗になった。



 その黒はまぶたの裏だった。

 目を開くと穴だらけの屋根。まだ日が昇っている。

「夢……か。なんで、俺は、あんな……」

 横から視界に入り込むサイドテールの少女。白騎士だった。

「んー? 起きやがった」

 辺りを窺うと廃屋と思われる一室。ボロボロで、イツキが横になっているベッドも木箱を並べただけのものだ。天井から差し込む光の円錐は宙を漂うホコリをキラキラと反射させる。

 イツキは上半身を起こした。

「お前……。ここは? 俺はどうしたんだ」

「なんだよてめぇの体のこともわかんねーのかよ。自分の限界くらいわかれよな。あのチビが言うには魔力がー……なんだっけ。ふくさ、んぶつ?」

「俺に聞いてどうする」

 彼女の「チビ」という言葉にふと思い出す。あの夢のことを。

「……フィレスはどうした?」

「結界を張るとか言って外でなんかやってたぜ。どうみても落書きしてるようにしか見えなかったけどな」

「……そうか。お前は、わざわざ付き添ってくれてたのか?」

 何気ない一言に白騎士は猛反発を見せた。言葉を重ねるごとに何故かその勢いは弱っていく。

「は、はぁ?! ちちげーよ。あれだろ別にそのあれな……。あの、チビが、うるせーから……だぞ!」

 必死な白騎士をよそにイツキは別な事を考えていた。

 フィレスは彼女が自身を討伐したメンバーの一人だと言った。あの場にいたオールバックの男も彼女を七英雄の白騎士様と言っていたことからその事実に間違いはない。

 だが、だからこそおかしいのだ。フィレスと対峙するということは、過去に殺したはずの魔王が生き返っている状況に等しい。にも拘らずその状況に驚く素振そぶりも、発言もなかった。


 ……フィレスは本当に魔王なのだろうか。


 そんな憶測がイツキの脳裏に浮かび、それは質問となって表れる。

「お前、魔王を討伐した一人なんだろ。なぜフィレスを見て驚かない。このセカイで魔王は生き返って当然、なんて風潮でもあるのか?」

「なんだよ急に。確かに魔王討伐はあたしを含めた七人の討伐隊が執行したさ。だけどそれがどうしてあのチビの名前が出てくんだよ? 魔王だって生き返ってねーだろ?」

「……?」

 己の問いによってさらなる疑問が増える。

 ……フィレスは何かを隠している。

 次第にそう思い始めるイツキがいた。再び考え込んでいると、

「チビチビと聞き捨てならぬ話じゃな」

 自称魔王が近づいていることに気がつかなかった。

 手にはチョーク。膝や肘に土をつけた金髪幼女が高慢なオーラを纏っている。

 白騎士が間髪入れずに噛み付いた。

「チビをチビと言って何がわりーんだよ」

 飼い主に刃向かう犬を許す器量など高慢な幼女が持ち合わせているはずもなく、小さな罵声の波は連鎖的に規模を増していく。

「世迷言を。貴様の方が小さいであろう身の程を知れ小娘が」

「はぁ? あたしのほうがでかいだろーがちょっと横に並べよ」

「貴様はバカじゃなこれは仮初の姿じゃと何度言うたらわかる比較すること自体筋違いなのじゃ」

「バカってなんだよ関係ねーだろそれにバカって言ったほうがバカなんだぞ!」

「全くこれだから単細胞は! ならば既に3回も口にした貴様のほうがバカじゃろが!」

「あんだとぉ!?」

「なんじゃ?」

 寝起きのイツキの横で繰り広げられる罵詈雑言。

 疑問は流されてしまった。しかしこのとき既にイツキの気持ちは固まっていた。詮索する必要はないと、そう判断したのだ。フィレスが何者であれ、有した知識と力は証明が済んでいる。イツキの目的は姉を救うこと、ただそれ一つだ。そして彼には他にあてなどない。ならば答えは決まっていた。

「いい加減にしろお前たち。時間が惜しい、今のうちに情報を整理するぞ」

 二人の注目がイツキに集まり、刹那の静寂が訪れた。ひそひそとフィレスが呟く。

「……ほら見ろ。貴様のせいで怒られたじゃろが」

「……あ? てめぇがちいせえ意地張ってるからだろーがチビだけに」

「まだ言うか小娘が!」

「ちいせえのはおめぇだ!」

 罵り合いに必死な両者は近づく魔の手に気づかない。

「むぁ!」「にゅ!」

 無慈悲な握力が二人の両頬を掴んだ。人差し指と親指がほっぺを左右から圧迫。二人の美少女がブサイクに歪む。

「にゃむぇんか!(やめんか!)」

「ふぇにゃしぇ!(はなせ!)」


「この口か? この口がいけないのか?」

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