13.力の代償


 都市遺跡周辺の魔力をほぼ枯渇させてしまった彼らは出来るだけ早くにここを離脱する必要があった。加えてあれだけ大規模な戦闘を繰り広げれば遅かれ早かれ神聖ウェミディオ帝国に伝わるのは明白だ。

 二人は白騎士を先行させその場を離れた。

 移動し始めてからしばらく経った頃。それでもまだ安全が確保されたわけではなくイツキとフィレスは融合を解かずに切断された右腕も『再構築』し万が一に備えていた。


「見えてきたぜ?」と先導する白騎士が言う。

 彼らの視線の先には都市を取り囲むように10メートルはあろうかという城壁がそびえ立つ。ここが都市と外界との境界線。現状を打破するにはここより離脱することが第一条件となる。

 だが白髪少女イツキにはまだ不安が残っていた。敵の言う事を鵜呑みにしていて問題はないのだろうか? 外に伏兵が潜んでいる可能性は? そんな思いから山羊頭の魔物フィレスに尋ねた。

「おい、奴に案内させて平気なのか? 罠かもしれないだろ」

『案ずるな。小娘の首に施された封印術は絶対服従の効力を常時有するものじゃ。悪意ある行動は全て抑制されるようになっておる』

「そう、なのか」

「なぁに一人でボソボソ言ってんだ? きもちわりー奴だな」

「いいから黙って進め」


 城壁にある門に近づき、ようやくそれが大掛かりなものだとわかった。

 機械仕掛けのようで大きな歯車が所々露出する。幸い開門された状態で放棄されており操作する必要はなさそうだった。城壁は分厚い造りで門の先はトンネルのように少し距離がある。城外の光が見えるだけで外の様子までは見えなかった。

「お前が先に行け」

 警戒心からイツキはそう催促した。

「あんだよこえーのか? 女々しい奴だなぁ。ああ、女だから仕方ねーか」

 減らず口を叩きながらも大人しく先を進み始める。

 トンネルは数分で終わりを迎えた。出入り口がやけにまぶしく感じられ、そこから広がる景色にイツキは圧倒された。


 湖だろうか、海だろうか、それほどの規模の水面が都市遺跡の周囲に広がっていた。波は全くなく、平坦な水面がその先の陸地まで続いている。そこまでの距離は約1キロ。

 イツキは思った。対岸まで泳ぐのか? その疑問はすぐに解決した。

 白騎士がそのまま水上を歩行しだしたからだ。

 ふと足元に目を向けると、数段下がった位置には水没した人工的な石造りの地面がある。ならばこの水深は10センチ足らずなのか? いや、そうではなかった。石造りの道は橋状の一本道で、橋から一歩足を踏み外せば数百メートル単位の水底だ。


“ピチャピチャ”と足元を鳴らしながら橋の半分より手前までやってきた。ふと水底に不可解なモノを見た気がしたイツキはそこで歩みを止めた。気づいた白騎士も振り返り立ち止まる。水没した橋に立つ彼らは、まるで水面に足裏で浮いているかのようだった。

 イツキはその場で両膝を突き、橋から乗り出した上半身を両腕で支えながら恐る恐る水の底を覗き込んだ。人知を超えた力を宿しているにもかかわらず、人間にある潜在的な恐怖心がそういう姿をとらせたのだ。

 橋の下には驚く光景が存在していた。

 とても透き通った、透明度の高い水で満たされ数百メートルはある水の底まではっきりと見える。それだけではない。水の中には建築物が、町が、存在している。水の中だとは思えない、ただの町がそこにはあった。

 底でゆらゆらと揺れるのは水草の類だろうか? さながら風になびく芝生のようだ。

 その中を泳ぐ見慣れない魚類。それが魚なのかどうかイツキにはわからない。無人の街中を、宙に浮かんだ魚が泳いでいるような。一言で言えば神秘的な光景だ。

「なんだよ? そんな所で。具合でもわりぃのか?」

 声の方へ振り向くと、歩み寄った白騎士が不思議そうな顔でイツキを見下ろしていた。

「……ああ、いや」

「あ? ホントに大丈夫かよお前。変な奴だな」

 イツキは再び腰を上げ、彼らは水没した橋を渡りきった。

 振り返り、初めて目にするその全貌。あちこちが崩落しているものの巨大な城壁は円形に都市を包み要塞を思わせる。城壁には一定間隔で巨大な彫刻が施されている。聖母を模した彫像が、町を守護するかのように立ち並ぶ。

 日の光に反射する水面は踏み歩いてきた橋を隠し、水の中に浮かぶ都市遺跡が神々しくも見えた。

 陸地の先に広がる草原には無骨な道が数本。所々に木々が生え、点在する付近の建物はどれも都市遺跡に似た廃墟だ。


 道を進むこと小一時間。


 辺りの風景にさほど変わりはない。

「なんで徒歩なんだよ……転移魔法はねーのかよ……」

 前を歩く白騎士が嘆いていた。その愚痴に返事はなく、

「……はぁ、はぁ」と荒い息づかいだけが返ってきた。

 異変に気づいた彼女は目を向けた。イツキはその場に片膝を突きうつむいている。しかし背後に取り憑いた山羊頭の悪魔に変化は見られない。

 歩み寄った彼女は腰を下ろしイツキの顔を覗き込んだ。

「お、おいしっかりしろよ。お前がおっちんだらあたしの首輪はどうなんだよ」と言いながら彼女の視線は次に魔物フィレスに向かう。

「てめぇも黙ってねーでなんとかしろよ。仲間じゃねーのかよ」

「喚クナ小娘。黙ッテ見テオレ」

「……?」

 間もなくしてイツキの全身から黒いオーラがあふれ出した。それが螺旋状に渦を巻いて天へ向かって消えていく。同時に元の体に戻っていく。その背中には背負われた金髪幼女。悠々と背中から降りると、イツキはその場に倒れこんだ。

「ふむ、ここらが限界のようじゃな」

 白騎士の動きが止まった。見上げる視線の先には無駄に偉そうな金髪幼女。

「て、てめ、なんだよその姿?! それにこいつ、男じゃねーか!」

「儂も訳ありでな。我が主がこの様ではこの姿で精一杯なのじゃ。……おい貴様、何をほけーっと突っ立っておる。さっさとこの情けない主様を運ばんか」

「ああ?! なんであたしが。てめーが運べよ」

「ぉーぉーそんな態度を取っていいのかの? 首輪の呪術が発動しても知らぬぞ」

「ぐぬぬ……っ」

 白騎士はしぶしぶイツキを抱きかかえた。彼は眠るように意識を失っている。彼女はフィレスの指示の元、近くの廃屋にイツキを運び込んだ。

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