11.光神化


 崩れゆく塔を背後に、特徴的な長いサイドテールを靡かせながら歩み寄ってくる人影。白い制服を身に纏い聖剣を扱うことから帝国の関係者であるということは明白だった。手には身の丈以上の槍武装を持ち、軽々と肩に乗せている。

 その女騎士の眼前に広がるのは死体の山。

 状況を正確に把握しているからこその精密な投擲。加えて脱走した奴隷と帝国軍の亡骸が散乱した惨状を目の前に、彼女が相手の力量を測り違えているということはない。にも拘らずその表情には僅かな引け目も感じられない。雄々しく肉食獣のような力強い瞳をしている。

 拘束された男の横で彼女は足を止めた。身長は男よりも小さく小柄だ。女騎士の左腕はベルト状の布が多量に巻きつけられ肘より下は完全に露出がない。

 男はうつむきながら言う。

「も、申し訳ございません白騎士しろきし様。す、すべては私の怠慢、どのような処罰も、覚悟しております……」

 小柄な女騎士は横目に見上げた。男は無残な有り様だ。片腕を失い、大腿部には聖剣を突き刺され拘束されている。

「あ? そういうのいーからめんどくせーし。で、何があったんだよ? てめぇの隊全滅じゃねーか」

「わ、私にも理解し難いのですが……。奴らは当初二人の人間でした。しかし、片方が何やら魔術のようなモノを使用し一体の魔種へと変化したのです。それも魔王クラスの実力者です……」

「へー、さっぱりわかんねー。けど面白そうじゃねーか」

 小柄な体系に不釣合いな高圧的な態度。男に白騎士と敬称される女は不敵な笑みを浮かべた。


 前方10メートル地点に白髪の少女と化したイツキと山羊頭の魔物と化したフィレスが立つ。

 その異形は最弱種であるイツキがこの世界で生き残る唯一の手段だった。全知を有するが体のないフィレスは、イツキの体を憑代よりしろとすることで魔術の使用が可能となる。

 ただそれでも問題点は残る。体の所有権はイツキにあり実際に魔術を発動させれるのはイツキだけだ。

 魔物フィレスのささやきがイツキの脳内に響く。

『……再び巡り合うが因果の理か。その娘は帝国の主力、七英雄の一人じゃ。抜かるでないぞ』

「あのガキがか」

 内心驚くも取り乱しはしなかった。何故ならフィレスもあの幼女で千年以上生きており、姿では判断の基準になりえないと理解していたからだ。

 小柄な白騎士と目が合う。

「ずいぶん好き勝手やってくれたみてーだなぁ。テメェ、何モンだよ?」

「どうでもいい。邪魔をするならお前も殺すだけだ」

「キャハッ! いいねー。あたしも正直テメェが何者だろうがどうでもいんだよ」

 白騎士は肩に乗せていた槍を下ろし構えた。

「殺し合いを楽しませてくれるんならな!!」

 言い終わると同時に距離を詰めた。10メートルはあったであろう互いの隔たりを瞬く間に埋め、突進から連係した一本突きは鋭く急所を狙う。それを防いだのは魔物フィレスが手にした得物だった。

 近接戦闘では白騎士に分があり、白髪の少女イツキには一刻も早く距離を取る必要があった。

 魔物フィレスが防いでいる隙にイツキは魔力を球体状に押し固め暴発させた。ゼロ距離での爆発に両者は吹き飛び、白騎士は地面を擦りながら着地する。魔力依存の爆風では自身へのダメージは軽微。イツキは爆風で宙に吹き飛ばされた状態で呪文を唱えていた。

邪炎ダークフレイム

 地上に頭を向けた体勢のまま放たれる黒い炎弾。帝国の兵士を塵も残さず消滅させた技だ。


 その頃、男を貼り付けていた魔方陣は消滅していた。それは魔力が有限であることを意味している。戦闘に残量が傾いたことにより術が自動で解かれたのだ。拘束が解けても男は地面に這いつくばり動かない。重傷を負っていた彼は自身の無力さを呪いながら二人の戦闘を見ていることしか出来なかった。


 着地したばかりの白騎士に向かう黒い炎弾。物理的に回避は困難だった。

「ッ洒落臭せェ!!」

 白騎士は手にしていた槍を地面に突き刺す。槍を握る手を中心に槍を覆うほどの白い魔方陣が展開され、それに文字通り輪をかけるように二重三重の光りの輪が加わり彼女を追おうほどの障壁となった。光りの輪には幾何学模様が刻印されている。

 黒い炎弾が白い魔方陣に当たると水をかぶったように蒸気となって消え、同時に彼女の槍は効力を失い粉々に砕け散る。

 白騎士は軽く舌打ちしてから再び標的に目を向けた。

「……いいぜ。認めてやるよ、聖剣を二本もぶっ壊されちまったからな。テメェはそこらへんの雑魚とは違うようだ」

 そう言いながら腰に帯刀していた短刀を引き抜く彼女にイツキは警戒を強める。

 美しい装飾を施されたそれは戦闘用ではなく、額に翳し目を閉じた。


「……罪人に裁きを与えろ。咎人を追放しろ。再び我らの業を許しやがれ。……光神化セレスティアルフォーゼ!」

 大気の神力が騒ぎ出す。活性化したそれらは眩い光りを放ち、神々しい光景と共に降臨した。魔物を背負いし少女と化した少年に、それはどう映ったのか。

 背中に純白の大きな翼を有した、だが鳥類のそれではない。羽の一枚一枚が刃となったはねだ。足元には彼女を囲むように幾何学模様の刻印がされた光の輪が永続的に回り、靴底は地面を離れわずかに浮いている。

 右手には一風変わった武装が握られる。中央に柄を有し両端に刃のついた両刃刀ダブルセイバー


「帝国の犬にしてはよく吠えるじゃないか」

『愚行の極みよのう。その手の先に在るのは水面に映る月だという事にまだ気づかぬか』

 イツキは大きく頭上へ手を伸ばす。掌を中心に魔方陣が回転しながら外側へ巨大化していく。

 そのまま手を地面に当てる動作に合わせて陣が周囲に広がった。

 陣の内側に存在する影という影から這い出るように人影が現れ、それは山羊頭の魔物と同じ姿を模す。その数は百を超える。


 白騎士は機嫌よさげに笑みを浮かべ、口元から白い八重歯が煌く。

 先に動いたのは影の化身。彼女の左右から二匹、上空から二匹。

「……遅せェ!!」

 両刃刀を振り回し同時に4匹を瞬殺。斬られた影は灰のように消える。

 大群に臆する事なくそのまま白騎士は距離を詰めた。駆ける様子はない。予備動作なしの急接近は、宙に浮かび上がるだけの神力を有した故の能力。

 白騎士の進行を妨げるように立ちはだかる影の化身。1匹が単独で先攻、その後から10体同時に繰り出される斬撃。

 彼女は最初の1匹を斬り捨てると翼を広げた。羽から放たれる無数の剣は光りの尾を引く。その一つ一つは高濃度の神力を有し、無数の聖剣を射出するに等しいものだった。

 飛び掛った影の軍勢は全滅、流れ弾はその先の分身へ当たりさらに数を減らす。

 その後も無数の影を相手と渡り合う少女。


 隙を窺うイツキ。この戦況に流れを変える必要性を感じていた。

「しぶといな」

 手を真上へ向けた。

「……顕現しろ、魔槍グングニル

 魔術刻印が宙に浮かび手を握ると魔槍まそうが出現。バチバチと黒い稲妻を纏っている。

 影と白騎士が戦う後方、矛先を向け構えた。赤黒い魔力が滲み溢れる。


 残存した影の化身が追撃を仕掛けた。

 白騎士がそれを切り払う際に生まれた隙を見逃しはしなかった。魔槍の一撃。両者の周りを薄暗くするほどの禍々しい魔力が衝突する。

 吹き荒れる魔力の風。それでも両刃刀の特性を上手く利用し両端の刃で影と魔槍の攻撃を防いで見せた。がイツキの背中には山羊頭の魔物。手にした円形の両刃が白騎士を捉える。

「……っく、は!」

 その時、イツキの腹部に大きな圧力。白騎士の脚部から繰り出されたそれは蹴りだった。常人には到底不可能であろう身のこなしが可能にした純粋な打撃。

 まともに受けた強烈な一撃にイツキはその場から吹き飛ばされた。そのまま勢いよく民家に突っ込み建物を大破。破片が飛び散る。

 白騎士の足元には魔槍が落下し地面に突き刺さる。

 土煙の中から起き上がるイツキ。視界の悪さにも拘らず白騎士は追い討ちをかけ突っ込んだ。力を解放した彼女には音や気配だけで位置を把握出来ていた。


 先ほどの一撃に魔物フィレスは得物を手放していた。両刃刀から振り下ろされる白騎士の一撃。影の分身は状況の変化についていけず、遥か前方に取り残されている。

『奴が来るぞ』

 脳内に届くフィレスの助言にイツキは片手を広げた。

 彼の手を中心にした魔力による障壁が白騎士の一撃を防ぐ。ほぼ密着状態で互いの顔は近く、生き生きとした表情で彼女は言う。

「キャハッ。まだそんな余力があんのかよ! テメェとならもっと楽しめそうだ!!」

「バカが。これ以上お前に付き合っている暇は無い。そんなに楽しみたきゃあの世で閻魔とでも戯れて来い」

 その言葉の意味に勘付いた白騎士はすぐに辺りを見渡した。

 するとお互いを取り囲む複数の魔方陣。彼女はそれが捨て身の攻撃だと決め付けた。

「おいおい強がり言うなよ。この状態じゃテメェもお陀仏だぜ?」

 その問いに答えた声は背後から彼女の耳に入った。

「お前は端直過ぎるんだよ、何もかも」

 彼女が振り返ると陣の外に立つ白髪少女の姿。すぐに前方に視線を戻すと先ほどまで居た姿がない。

「残念だったな」

「てめっ?!」

 遅かった。


圧殺グラビトン

 白騎士を取り囲む空気が一変する。地面が音を立て沈み、天使は地に落ちた。

 有翼の白騎士は片膝を突き、手が地面に触れる。


 苦痛に悶えながら、その様子を遠くから見ていたオールバックの男。

「し、白騎士様!! そ、そんな……。今、私が……加勢に」

 思いとは逆に体は言う事を利かず縮まらない距離。例え自由が利いても役に立たないことは男が十分理解していた。それでも男は抗うのだった。


 落ちた天使は憎悪に満ちた表情を白髪の少女に向ける。その目からは血の涙が流れる。絶え間なく加わる圧力は生物の限界を超え、彼女も例外ではなかった。

「く、っくそが! くそがくそがくそがくそがぁあ!! テメェはいけ好かねぇ! 根暗野郎が堂々とやりやがれ恐えんだろビビりがチキンが!」

 罵声は空しく空を切った。負け犬の遠吠えでしかなかったからだ。

「生憎俺は剣士じゃないんだ。バカ正直に斬り合うつもりは端からない。大人しく逝ってくれ、姉さんのためだ」

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