9.魔王の成れの果て


 拘束されたイツキたちと数メートルの所で彼らは足を止めた。彼らが有した神力、その特徴的な白い姿は神聖種の国、神聖ウェミディオ帝国からの使者である証。

 集団の統率者と思われる中央に立つオールバックの男は冷笑しながら言う。

「人類とはどうしてこうも愚かなのか理解に苦しむ。自由だ? 平等だ? くだらぬ妄言だ。一体誰がお前たちに考える自由を与えた? そもそもお前たちに考えるなどという行為は必要ないのだ。考えるとは高等な生き物が行うことだ。お前たちのような薄汚い家畜は黙って己の天職を全うすればいい」

 先ほどまで希望に目を輝かせていた人々の表情が曇る。誰もがうつむき、現実を理解していた。追い討ちをかけるかの如く男はさらに付け加える。


「だが少々数が過ぎるな? 悪いが帝都への転移魔法は10人用なのだ。この場で刑を執行して数を減らさなければいけないなぁ!」

 それを聞いた一人がおぼつかない足元でその場から逃げた。しかし両腕を拘束された状態ではあまりに無謀だった。使者の一人が放った光の矢が射抜く。その場に倒れ静かになった。

「よかったではないか人類諸君。一人枠が増えたようだ。さて、私は気分がいい。今なら一人だけ脱走の罪を不問にしようと思うのだが」

 30歳前半の女は誰よりも早く名乗りを上げた。

「お、おねがいします! わ、私は脱走に反対したんです! それをこの男たちが無理やり!」

「ほーう」

 とオールバックの男は見下しながらにやけた。

「な、何を言ってるんだ! おまえだって賛成してただろ!」

「そうかそうか、よぉしならば決定だ」

 歩み寄る男。

 女は期待に顔を歪ませた。女の胸に感じる違和感。ふと胸に目を向けると一本の剣が突き刺されていた。

「うぶっ……どう、して……」

「見苦しいからに決まっていよう?」

 スッと引き抜かれる刃。女は静かに倒れこんだ。ついでと言わんばかりに言い合っていた男の首も刎ねられる。

「ふむ、これでは埒が明かないか。出血大サービスだ、今から生き残った者を無実としよう」と不敵な笑みを漏らす。

 ざわめき出す人々。


 男は手にしていた剣を地面に突き刺し、神力を注ぎ込む。

「天よ、罪人に裁きを与えよ! 聖なる槍ホーリーランス!!」


 と同時に地面より無数の光りの柱が突き上がり、人々の下半身から体内を突き抜け頭蓋、あるいは口内より貫通した。光りの柱の上部から三つに分かれ十字架を模す。

 それにより当初20人以上はいたほとんどが無残に死に絶え、串刺しの墓標が立ち並ぶ地獄絵図と化した。その惨状に生存者は恐怖した。ある者は腰を抜かし、ある者は失禁し、またある者は気を失う。

「ヒハハハハッ、醜いな人間スレイブ! おっとすまない。さあ幸運にも生き残った諸君は私と共に帝都へ同行してもら……」と言いかけた男の口が止まった。視線の先にはイツキとフィレス。男は二人に対し言った。

「なんだ貴様ら、見慣れない服装だな? 人間のくせに分不相応にもほどがある」と部下に次の指示を出す。

「そいつらの身ぐるみを全て剥ぎ取れ」

 部下と思われる二人の兵士は短い返事をしてからイツキたちの方へズカズカと歩み寄ってくる。


 イツキは思い出していた。自身が学校生活で受けた境遇と、目の前で行われる一方的な仕打ちを重ね見ていた。

「……皮肉だな。どこのセカイも、見下す対象がなければ自尊心を保てないらしい」

「それは憤りか?」とフィレス。

「まさか。呆れただけだ」

 危機感を見せない二人に男は苛立ちを見せる。

「何をゴチャゴチャ言っている。自身の置かれた立場も理解出来ていないようだな」

 イツキはおもむろに両膝を突いた。フィレスは彼の背中に乗りかかるように小さな顔を肩から覗かせる。圧倒的有利にありながら意図の掴めないその様子に足を止める二人の兵士。

 彼の揺ぎ無い視線が男の目を直視する。

「俺たちの置かれた立場、だと? 笑わせるな。履き違えているようだから教えてやる。兎狩りはもう終わったんだよ。これから狩られるのは、お前たちの方だ」

 離れた位置にいたオールバックの男は眉をしかめた。

「な、何様のつもりだ!」


 フィレスはイツキの耳元で囁いた。

「血の盟約に従い、我、汝に附する」

 そのまま彼の首元に“かぷっ”っと噛み付いた。突き刺さる八重歯。静かに滴る血液。

 瞬間。

 二人を中心に渦巻く黒いオーラ。同時に生まれた黒い風が周囲の者達に畏怖の念を抱かせる。

 漆黒のオーラは見る見るうちに彼らを視認出来ないほど包み込む。彼らに近づいていた二人の兵士は思わず後ずさりする。

 男は感じていた、その魔力を。だが信じ難いその判断。

「魔力……だと」

 両者を遮る可視化するほどの魔力の壁。やがて、黒いオーラは小さな爆風の如く散った。

 兵士とその仲間は息を飲んだ。

 闇の残り火から現すその姿。

 死人のように白い肌。不気味に光る黄色い瞳。虚空の如く真っ白な髪。その身は16前後の女体を体現していた。彼女を背後から抱擁するのは悍ましい黒い存在。山羊頭の頭骨を有し、金の刺繍や金具で装飾されたローブを羽織り、さらにその手に握られた円形の得物も異彩を放っている。

 その姿は魔物を背負った美しい死人のようだった。


 二人を拘束していたはずの光りの輪は砕け散っていた。それを視認した男は呟いた。

「あ、ありえん……」

 そして見繕うように冷静を装った。

「こ、小賢しい小細工だ! 奇術の類を扱えるようだが所詮天使の輪エンジェルリング人間スレイブ用の最下級術式。我々にとっては縄も同然、取り乱すことはない! 何を怖気づいている! そいつらは不穏分子だ、直ちに殺処分せよ!!」

 上官の言葉に押され前衛にいた兵士二人は手にしたスタッフを前へ掲げた。

「……雷神の一撃、ライトニングボルト!」「……浄化の炎、エンシェントファイア!」

 同時に詠唱される二人の呪文。

 強い光りと共に電撃波が地面を割りながら対象に向かい、その横を熱波が追うように飛ぶ。対象に命中すると同時に辺りは土煙と水蒸気にまみれた。

 その威力に男は確信した。

「よしいいぞ。人間スレイブめ。死に様を拝んでやる」


 雷撃と炎弾が被弾した辺りから“ザクっ”と地面を踏む音が響いた。兵士たちに悪寒が走る。彼らの嫌な予感は当たった。

 煙の中からゆっくりと進行してくる無傷の白髪少女にオールバックの男は声を荒げた。

「何をしている! 命中しなかっただけだ! 聖剣を抜け! 確実に仕留めろ!」

 指示に従い前衛の二人は腰に帯刀した剣を抜いた。

 男は内心自身に言い聞かせていた。

(……高濃度の神力で形成された剣だ。人間スレイブ風情に防ぐ手立てなどない。これで終幕だ)

 駆け足で間合いを詰める兵士。無防備に突っ立ったままの白髪の少女に聖剣が振り下ろされる。瞬間、肩に纏わりついていた山羊頭の化身は手にした得物で受け止め、頭蓋骨は言葉を発した。

「……傲慢ノ民ヨ、驕リガ過ギタナ」

 地獄から轟くような低い声に構えが緩む兵士。

 直後、山羊頭の手にした得物は兵士を両断した。上半身と下半身が別々に落下し、切断面を他の兵士に見せながら絶命した。

 それを見ていたオールバックの男は認めざるを得なかった。眼前に立ちはだかるのは神聖種に匹敵する、魔種であると。

「さ、下がれ!!」

 前衛に出ていたもう一人の兵士に指示を出す、が時は既に遅かった。

 白髪の少女は人差し指を前衛の兵士に向けた。

邪炎ダークフレイム

 可能となった詠唱破棄。

 指先に現れた小さな紅い魔方陣から放たれた黒い炎弾は兵士の上半身に被弾、したかと思うとまるですり抜けるかのようにそのまま背後の遺跡にぶち当たる。しかし兵士の姿はない。先ほどまで立っていた場所には焼き切れた両足だけが立っている。背後の壁は遥か先まで大穴が開通していた。

 同志の無残な姿に残された兵士は敵に背を向け走り出した。

「き、貴様ら! どこへ行く! 敵前逃亡など許されるか!!」


 白髪の少女が掌を広げると一冊の本が現れた。開いたページが発光する。

圧殺グラビトン」と呟く声は彼らの耳には届いていない。


 逃げ出す兵士の足が止まった。だがそれは上官の言葉によるものではない。彼らを覆うように上空に浮かぶ魔方陣。二人の兵士は膝を突き、押しつぶされるかのように体勢を崩していく。

 間もなくして兵士たちは地面に頬を押し付け、悶え始めた。口から唾液を流し、鼻、耳、穴と言う穴からは血が流れ出る。眼球は破裂し硝子体が流れ出す。断末魔さえ叫べぬ状態のまま脳などの内臓を四散させ死に絶えた。

 白髪の少女は言った。

「この程度か」

 彼の頭の中に直接フィレスの声が聞こえる。頭に響くその声は容姿が変化する前のままだ。

『此奴らは所詮下っ端の神聖種じゃ。不完全とは言え儂らの敵ではない』

「そのようだな」


 白髪の少女はオールバックの男に歩み寄った。男は腰を抜かし後ずさりする。

「ば、化け物め。わ、私も殺すのか……! だが後悔することになるぞ。我らを手にかけるということは帝国を敵に回すということ、貴様らなんぞ、七英雄様にかかれば……!!」

 少女は開いた掌を向けた。

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