ピコは火をつけミナモは水びたしにする

「ゆがみの魔物はなぜ生まれた? 知らん。

 ゆがみの娘はなぜ生まれた? 知らんし知ろうとする気もない。

 ゆがみの魔物とゆがみの娘はどう違う? 人間を一目見ただけで襲わない程度に頭の中身は詰まってるところだろ」

――あるゆがみの娘の語り


 火はとても便利。食べものを料理しておいしくいただくことができれば、暗いところを明るく照らすこともできるし、敵を自分の手を汚さずに殺すこともできる。

 火はとても恐ろしい。熱いし、手で触れないし、命を奪う。

 獣は火を嫌い、近づこうとすらしない。

 だが人間には火を恐れない勇気がある。

 だから人間はこの世界で一番頭のいい生きものと言われている。

 人間は火を恐れない。それどころか、火をとても美しいものとし火を愛するものまでいる始末。

 古き時代に建てられたりっぱな建物や、美しい絵を火で燃やすことにとてつもない喜びを見出す人間もいる。

 もっとも、そんな人間はゆがんだ心の持ち主だと誰からも忌み嫌われる。


 ゴミは道端に捨ててはいけないという当たり前なことが、この町ではできていなかった。

 ゴミが落ちているのを見ると自分もゴミを捨てていいのだと思いそうする。

 誰かが捨てているのを見ると、自分もゴミを捨てる。

 大人がゴミを捨てれば子供も捨てる。

 そんなことを繰り返したおかげで、この町はすっかりゴミだらけ。

 真夜中。月が出てないおかげであたりは真っ暗。この町の夜は本当に暗い。

 その中にほんのわずかな明かりが点いていた。ゆらゆらと揺れながら動いている。

 人間がランプを手に、夜の道を歩いている。ランプで照らされる道は、ゴミだらけ。

 この人間は、夜の散歩をのんびり楽しんでいるわけではないらしい。ゴミを集めてちいさな山を作っている。

 なんだ、町をきれいにするとってもりっぱな人じゃないかと思うにはまだ早い。

 ゴミの山を作ったその人間は、持っていたランプを山に投げつけた。

 ガシャンとランプが割れると、中に点いていた火が、ゴミの山に燃え移る。

 火はどんどん大きくなる。たき火と呼ぶには大きすぎる火が、めらめらと燃えさかる。人間はその火を見て、なにか気分が晴れるような気になっていた。

 この人間はなにかイライラというか生きていて面白いことがなかったようだ。

 だから、町の中で火でもつければ面白いかもと思ったのだ。

 どんどん大きくなる火をほったらかしにして、人間がその場を立ち去ろうとしたときだった。


「も~えるご~みはちゃ~んともやそ♪ ば~っちりも~やしてきれ~いにしよう♪ たいせきひゃ~くぶんのいちにしよ~う♪」


 歌声が聞こえてきた。小さな女の子の声だ。人間はあせった。

 誰かに自分の姿を見られるわけにはいかなかった。

 

「おお? こいつはいがい! わたしいがいにも、まちをきれいにしようとしてるひとがいたのね☆」


 頭の悪そうな声としゃべり方にたがわぬ、頭の中が空っぽそうな雰囲気をかもす小さな女の子が人間に話しかけてきた。

 変わった恰好だ。赤いずきんをかぶり、木でできたかごを腕にぶら下げている。

 人間はこの姿に見覚えがあった。


「うれしうれし! このまちにもりょうしんはのこっていた! いだいなるぎじゅつも、あしきこころをもつものがふるえば、たいはいをまねく! わたしだってまけちゃいない!」


 そう言うと小さな女の子は、かごの中にあるものを手でつかみ空に向けてばらまいた。

 それは火のついたマッチ棒。マッチ棒はくるんくるんと空中で回転した後、道ばたに落ちる。

 ゴミの落ちている道ばたに、マッチの火はゴミに燃え移る。

 町じゅうのゴミがマッチによって燃やされる。

 なにが起こるのかはもはや言わずもがな。

 火事だー火事だー逃げろ逃げろーああ財布を家に置いたままーぎゃあここにも火の手がー

 火に包まれる町。逃げ惑う人々。うろたえる人間。


「な~にあせっているの? これはあなたがみたがっていたけしき、ではないのかね?」


 少女に言われて、人間はさらにうろたえた。

 まちがってはいない。この人間はこの町の生活が嫌になっていた。

 うっぷんばらしに火つけをしようとしたのは確かだ。

 でもこんな、町じゅうを燃やすだなんてそんなことは考えていなかった。

 そんな恐ろしいことを平気で、無邪気そうにやってのけたこの女の子はいったいなんなのだ。


「ああ、じこしょうかいがおくれた。わたしはピコだよ☆ 火のあつかいはピコにおまかせ☆」


 火をかわいい動物を見るような目で見つめ、自分のせいでこんなことになったことがわかっていないような能天気ぶり。

 燃える火の中にいても汗ひとつかかずに、火の熱さを楽しめる、強いからだとゆがんだ心。

 なんでこんなことができる? だって彼女はゆがみの娘。

 火を愛する心からうまれた人間でないもの。


「この火のかんじ、へいきん1300どのあたたかさ~☆」


 ピコは火を愛する心から生まれたゆがみの娘。

 赤いずきんをかぶり、バスケットを手に持ち、その中にたくさんのマッチが入った姿は、どこかの悲しい物語の主人公を思い出す。思い出せない、何の話かわからない人は自分で調べるように。

 しかしピコはとても悲しい物語の主人公にはなり得ない。自分はかわいそうだとはこれっぽちも思っていない。

 常に光っているような、絵にするとシイタケのように見えそうな丸い大きな目、舌をペロッとだすクセを持つ口、とても悲しい物語の主人公のする顔ではない。

 唯一、物語とつながりのあるマッチもクセのあるもの。

 ピコはこれで火を自在に操れる。

 このマッチの火で、おばあちゃんの姿を思い出すことはできない。そもそも、ゆがみの娘におばあちゃんなんていない。


 町一番の火事を起こしたピコ。

 燃えさかる火の中、ピコは自分のやったことの真意を語る。


「火によってゴミがもえる、まちじゅうがきれいになる、まちの人たちはきれいになったまちをみて、だいかんげき! ああこんなにきれいになるならもうゴミをすてるのは、やめようそうしよう、ということでゴミをすてなくな~る。こうしてこのまちは、またひとつへいわになった☆ うん! やっぱり火はひとのせいかつをゆたかにするげんどうりょくである☆」


 その火が町の人たち、どころか町そのものをも燃やすことはピコの頭から抜け落ちているのか、あるいはちゃんとわかっているのか。

 人間にはピコが恐ろしい怪物にしか見えなくなった。


「ぶっしつがきゅ~げ~きにさんかし~てば~ん☆ あっしゅとぅ~あ~っしゅだ~すとぅだ~すと☆」


 歌をうたいながら、ピコは火を前にしてはしゃぐ。人間は逃げ出そうとした。

 その腕をピコにつかまれた。


「ちょいとちょいと! おたのしみはこれからよ☆」


 異様に強い力でピコは人間の腕を引っ張った。そのまま人間を引きずる。


「火のうつくしさを、いちばんちかいところでみようじゃないか☆ どこだかわかるでしょ?」


 人間にはわかった。そしてもがいた。ピコの腕を振りほどこうとした。

 しかしピコは手を離さない。そのまま人間を、火の中に引きずり込もうとする。

 人間が悲鳴をあげたその瞬間だった。

 バシャン! と何かが自分の上に落ちてきてピコはひっくりかえった。

 ピコの腕から逃れたはずみで、人間もすっころんだ。

 落ちてきたのはいったいなんだ?

 空は雲ひとつないのに、土砂降りの雨が降り出した。いや、これは雨ではない。

 大粒どころではない大人一人を包みこめるほどの、大きな水のかたまりが、ビシャンビシャンと空からたくさん降ってくる。

 落ちてはじけた水がたちまち火を消していく。町じゅうの火がつぎつぎと消化されていく。

 わずかな間にピコの火は全部消えてしまった。

 決して消えないはずの、ゆがみの娘の力による火が消えた。


「ななな、なにごと~!?」


 ずぶぬれになったピコの前に現れたのは、大きな水のかたまり。

 おかしなことにこの水は地面に落ちてもはじけない。

 地面の上でもその形を保っている。まるで水槽から水だけをとりだしたよう。

 しかもその水のかたまりは動いている。水の中に何かがいる。

 ばしゃばしゃと何かが水のかたまりを泳ぎながら動いている。

 かたまりが通った後は当然水びたし。

 人間は怪訝そうに水のかたまりをみつめる。

 ざっぱんと何かが水のかたまりから顔を出す。人間は水で濡れる。


「大丈夫でしたかそこのあなた!?」


 風呂にでも入っているかのような姿勢で水のかたまりから顔を出したのは、これまた美しい少女。

 水から出た上半身は美しい少女で、水につかった下半身は見れば水の生きもののものではないか。


「は、はんぎょじん!」


 とピコが言ったことは決して間違ってはいない。


「あなたですね! こんな大火事を起こしたのは!」


 はんぎょじんと呼ばれたことはさておき、その少女はピコのほうへ振り向いた。


「なにをするはんぎょじん! せっかくこのまちをきれいにしようとしたのに!」


「きれいにするどころか、町そのものがなくなってしまうところでしたわ! 火を使うときはちゃんと水も用意するようにとは教わらなかったようですね。だから今からみっちり教えてあげましょう! 水の尊さすばらしさを! もちろん水の中でです!」


 人魚が両腕を振ると、ピコの周りがなにやら湿ってきた。

 いつのまにか地面が濡れていると思うのもつかのま、ピコの周りが水になった。

 周りが水というとことはすなわち、水の中にいるということ。ピコは道のど真ん中で水におぼれた。

 人間はふたたびうろたえた。

 ピコが火を自在に操る力を持つように、この人魚は水を自在に操る力をもっている。

 なぜそんな力がある? それはこの人魚もゆがみの娘だから。

 ごぼごぼとすっかりおぼれて手をじたばたさせるピコ、もといた水のかたまりからピコのいる水に飛び移ってきた人魚。人魚が離れると水のかたまりは、ばしゃんとはじけて地面を濡らす。


「自己紹介が遅れてしまいました。私はミナモ。水をこよなく愛するものですわ。水が必要なときは遠慮なく私にお申し付けくださいまし」


 ミナモは水を愛するゆがんだ心から生まれたゆがみの娘。

 水を愛するってそれはゆがんだ心なの? と思った人はこの話を最後まで読むように。

 先述のように人魚のよう、どころか人魚そのものの姿をしている。

 人魚が主人公の話はこれまた悲しい話なのだが、ミナモはとても悲しい話の主人公になれはしまい。自分がかわいそうとはこれっぽっちも思っていない。

 水とともにいるときのミナモはとても生き生きとして、とてもうっとりしている。

 水がミナモの最愛のものなのだ。最愛のものと常に一緒にいられるのだから悲しい恋をするわけがない。

 水を操る力により、ミナモは常に自分の周りに水を張り、どんなところでも泳いで移動する。

 周りが水びたしになるなんてそんなことおかまいなし。どんなときでも水の中にいたいのだ。水の中でも息ができるが、水の外では息ができないなんてことはない。

 念のため言っておくが、水の中でもミナモは服を着ているぞ。


「まったく町をきれいにしたいというその心がけはりっぱですが、その方法が荒っぽいにもほどがあります。落ちてるゴミにそのまま火を放つなんて、火が燃やすのはゴミだけでないことがあなたにはまったくわからなかったのでしょうね。私の水がなかったら今ごろ町じゅうが黒コゲになってむしろ前より汚くなってしまうところでしたわ。そうです、水がなければこの町を助けることはできませんでしたのよ。火と比べて水はと~っても優しいものなんですよ。中にもぐって身体をそのまま水に任せてしまえば世の中のあらゆる苦しみから解き放たれることでしょう。ご存じないなら言っておきますが、人の身体の七割は水でできていてその二割が失われれば人は死にいたります。そうです! 火と違って水は人にとって必要不可欠なもの。水を一日二リットル飲めば、血もさらさらになって健康になれるのです。まあ私たちに血はありませんがともかく水は命を救うもの、命の源とも言えるものであって・・・・・・」


 がぼがぼともがき苦しむピコにミナモの言葉はどれだけ届いただろうか。

 聞こえてても、水をひたすらほめるだけの説教にピコが心を動かされるだろうか。

 水の中で人魚姫がマッチ売りの少女を抱きしめている光景を見て、最初にゴミの山に火を点けた人間はなにを思うのだろうか。


 この火事で死人が一人も出なかったのは奇跡と言っていい。ひとえに消火が早かったおかげだ。

 奇跡はなんども起こるものじゃない。人間は放火魔に目をつけられない町づくりを目指すようになった。その第一歩は道端にゴミを捨てないこと。

 もしまた道端のゴミに火をつけられても、それはゴミを道端に捨てた奴が悪いというのが、今やこの町の常識。

 ピコとミナモはあの後、一晩中水の中で過ごした。

 水の中で瓶入りの水を飲むというちょっとした特技を披露しながら、ミナモは水のすばらしさを説きつづけた。ピコがミナモに水をすすめられたとき


「じぶんにできること、たにんにもできるんとおもうんじゃないよ、このはんぎょじん!」


と思ったのは当然のことであろう。


 この話をここで終わりにすればピコは大火事を起こした放火魔の大悪党、ミナモは放火魔をこらしめた正義のヒロインというのが読者の印象となるのかもしれない。

 しかし、ゆがみの娘というのはそんなわかりやすい存在ではない。

 それを知ってもらうためにも、もう少し二人の話を続けなければならない。


 ゆがみの娘はとっても丈夫。

 一晩中水の中でもがき苦しんでも次の日には元気はつらつだ。

 ピコはとっても反省した。落ちてるゴミは拾って一ヶ所に集めてから燃やすようにした。


「かがくとぶんめいのはってんは、火をあいすることからはじまったのだ☆」


 ピコは人間を傷つけることなく火のすばらしさを教える努力を惜しまなかった。

 その努力の結果、この町は夜でも明るくなった。

 町のいたるところに建つ町灯、日が沈むとそこには町灯によじのぼり一基ずつ火をつけて明かりをともすピコの姿が。


「この火のかんじあたたかみ☆ 700どのあったっかさ♪」


 町じゅうの町灯にピコ一人で火をつけてまわるものだから、全部終わる頃には日が昇ってしまう。

 しかし自分の火が町の役に立っていると思えるだけでピコは満足だ。

 電球? 蛍光灯? そんなものはない。


 ピコが自分の仕事に勤しんでいたある夜のこと。

 二つの人影をみた。一人は普通の人間でなにやらどんよりとした様子。

 もうひとつは水のかたまりから顔を出す少女。ミナモだ。

 人間はミナモに身の上話をしていた。全く明るい内容ではない。

 仕事がつまらん、友人がいない、恋人もいない、敵はおおぜいいる、もうこんな生活は嫌だ、この町で生きるのがつらい、もう死んでしまいたい。

 あのとき、生きるのが嫌になってゴミの山に火を点けた人間だ。

 ミナモは優しく答えた。


「とっても辛かったのですね。でももう心配はいりません。あなたを苦しみから解放させてあげましょう」


 そう言ってミナモがなにをしたのか。

 死にたがる人間を自分のつかっている水の中に引きずり込んだ。


「もちろん水の中でです」


 人間は水に閉じ込められる。このままもがくのを止めて動けなるまで。

 水の中の人間をうっとりした様子でミナモは見つめる。

 ミナモは水が大好きだ。それ以上に人間が水の中で動けなくなるさまを見るのが大好きだ。

 水を愛するとは、水に溺れてそのまま沈む人間を愛するということでもある。

 それはまさしく心のゆがみ。


「なにをしとるか、このはんぎょじん!」


 ピコが火のついたマッチを口の中に入れ、鼻で息をすってから口で吐くと、火が勢いよくピコの口から吹き出した。

 ピコのちょっとした特技だ。子供に披露すると大うけだ。

 突然の熱気に、きゃんと驚いたミナモは思わず、水のかたまりをはじけさせてしまった。

 飛び出すミナモと人間。水の中にいないミナモは、まんま陸にあげられてしまった魚。


「ちょっとピコさん! いま苦しむ人を水が受け入れてくれるところでしたのに」


 人が水の中でもがくのをやめることを、ミナモはこう表現する。


「なにをぬかす! さんそのないところで、ひはもえないし、ひとはいきていられないって、はんぎょじんにはわからないのね!」


「この方が望んだから水の中に誘ってあげたのです。それと水の中にも酸素はありましてよ!」


「うるさーい! きょうこそやってやるわ! 火はみずできえるけど、火のねっきはみずをじょうはつさせるのだよ☆」


「では凝固点ぎりぎりの冷たい水でお相手してあげましょう」


 やがてはじまる二人のケンカ。火と水が飛びかう壮絶な、いや、しょうもない争い。

 これについての町の住人の感想はひとつ。

 どちらが勝ってもいい。私たちを巻き込むな!

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