エーコは自分が一番
「突如現れた、生物学で定義できない異形の怪物の正体を我々はつかむことすらできないと思われた。しかし、学会に鼻で笑われるだけに終わった、とある変人の著した論文がにわかに注目された。『人間が心に抱く思い、願望、欲求はそれ自体が大きなエネルギーである。ある種の生命体を生み出すほど強大なものだ』という虚構と現実の区別が付かない人間のざれ言で終わるはずの内容であった」
――ある人間の語り。
なんだかんだで人間は自分が一番と考えてしまいがち。
誰かをほめながら「こうほめてやってんだから、私のこともほめろ」と考える。
何かすごいことを成し遂げた人を見ても「私のほうがもっとすごいことができる。あいつは汚い手を使っている」と考える。
不幸な人を見ても「私のほうが不幸だ。あいつを助ける義理なんてない」と考えたりする。
そういう考えを心の中にしまい、表に出さないようにすればなんの問題もない。
自分が一番と考えるがゆえに、人を傷つけたり殺したり、人の心をあやつり自分の思い通りにさせたりしたら目も当てられない。
自分を愛する心はとてもやっかいなもの。もっとやっかいなのはそのゆがんだ心から生まれたものがいるということ。
道のまんなかで口ゲンカをする二人の大の大人がいた。
お互い相手より大きな声を出すのに必死で言ってることはよくわからない。
口ゲンカが熱くなると今度は殴り合いのケンカになる。お互い手加減なしで殴り合い、相手を叩きのめして二度と自分に逆らえないようにする気でいっぱい。
周りの人はただ遠巻きに見つめ、見てみぬ振りして通り過ぎていくだけ。
ケンカする二人が、いよいよ血を流し始めたときだった。
「この私の道をふさぎ、この私の街の平和を乱すやつはどこのどいつかしら!?」
生意気そうな声に二人の手が止まる。ドスンと二人の足元に何かが落ちてくる。
目を落としてみると、それは青いボール。
何の変哲もなさそうな青いボールを見つめていると、それがカッと光を放つと思っていた瞬間。
ドカン!
耳をつんざくような音を響かせるとともに、黒い煙が辺りを包む。
衝撃で吹き飛ばされるケンカしていた二人、体はすすだらけ。
腰を抜かした二人の前に何者かが立っている。
「ふん、こんなドカン程度で静まる争いなんて、なんの意味もない、誰の得にもならない、もちろんこの私の得にもならないってことよ。 つまり私があんたらをドカン! とやったのにはちゃんとした正当性があるってことよ!」
そいつの言っていることは、ケンカしていた二人にも周りで見ていただけの人々にもよくわからない。ただ一つはっきりしていることがある。
まずい。ゆがみの娘だ。ゆがみの娘に目をつけられればロクな目にあわない。
「さて、あなたがたがこの町一番の存在である私を知らないということはありえないはずだけど、一番たるものありえないことにもきっちりと対応できなければならないから、あなたがたが私を知らないという前提で自己紹介をしておくわ。私の名前はエーコ。この町で一番よ。なにが一番かって? 全てにおいて一番よ!」
という自己紹介を終えるころには、その場にいた人々は各々の目的のために立ち去っていた。
エーコはぽつんと一人残される。
「どうしてみんな自分より上の存在がいることを嫌がるのかしら」
エーコは不機嫌そうに独り言を言う。
エーコは自分を愛するゆがんだ心から生まれたゆがみの娘。
ナルシズム、エゴイズム、自分が一番だとする心が生み出したもの。
きらびやかな服を身にまとい、長い髪を王冠の形をしたアクセサリーで束ねる姿を見れば、エーコが自分をどう思っているかは一目瞭然。
ゆがみの娘は人間にはあつかえない特別な力や道具を持つ。
エーコが持つのは青いボール。
常にエーコのそばで宙に浮き、エーコを中心にまわっている。
「このボールと私を見ていれば、私が一体どういう存在なのか簡単に理解できるでしょ? わからない? アンタ天動説支持者?」
エーコは自分が一番だ。
それをこの町の人間はわかっていないし、わかりたくもない。
「腹立つわね! でも一番たるもの下々のものの心を汲み取ってやるのも大切なこと。やつらの目線で物事を考え、やつらに私が一番だとわからせるにはどうするべきか?」
エーコはひらめいた。
「うん!やっぱりわかりやすいシンボル! モニュメント! お城ね!」
それがいいアイデアとはとても思えないが、少なくともエーコにとっては一番の思いつき。
早速エーコは城を建てる。
早速エーコは城を建てた。
誰も気がつかないうちにこの町一番の城を建てた。
設計から着工完成に至るまで全てエーコが一人で建てた。
「一番であるからには、自分で作れるものは自分で作れて当然よ。私が作ったものが一番出来がいいって自信もあるしね」
恐ろしく速いスピード、いったいどんな手段を使ったのか。
「私、誰にも邪魔されず見られることなく一人で作業をすれば、人にマネできない集中力を発揮できるの」
城の一番上に玉座を置き、座ってふんぞり返るエーコ。
玉座も当然自分で作った。エーコのサインも入ってる。
エーコの城、この街で一番高い。
「一番たる私がいるんだから当然」
エーコの城、全部木でできている。
「一番手っ取り早い素材を使ったの」
エーコの城、子供の工作をそのまま大きくしたような見た目。
「いちいちケチつけんじゃないわよ!!」
一人で腹立つエーコ、思わず玉座のひじ掛けをたたく。
いったいどうして? 玉座の足が折れてそのままどんがらがっしゃん。
作り直した玉座に座り、エーコは城から街を見る。
人間どもよ、あんたらのことはみんなお見通しと言わんばかりに望遠鏡で町を見渡す。
望遠鏡もエーコが作った。エーコのサイン入り。
エーコが何かを見つけた。
そこそこ大きな家に住む人間たちが、隣同士で争っている。
あんたの子がうちの子を殴った、あんたの子のほうが先に殴った、
あんたがうちから服を盗んだ、あんたが盗んだ服を取り返した、
あんたの家の塀がうちの敷地に入ってる、そこはうちの敷地だ。
争いの声はエーコの耳には届かない。でもエーコは思う。
「はん! どうせまた語るに落ちるようなしょーもない争い! 毒にも薬にもならないなんの価値もない争いよ! でも私はこの町で一番のもの。私は常にこの街の平和を考えている。こういうくだらん争いからこの町の平和が脅かされるのつまり・・・」
エーコは自慢の青いボールを取り出し、力をこめる。
ゆがみの娘だけが使える不思議な力。
「私にはあいつらをドカンとやる義務があるのよ!」
思いっきり振りかぶってボールを投げる。
ボールは争うやつらのまんなかで落ちて、そこで思いっきりドカン!やつらの家は、お互いこっぱみじんになってケンカ両成敗というのがエーコの計算。
ボールを投げた時点で成功を確信、ふんぞりかえるエーコ。後はあのドカン! という音が聞こえれば・・・聞こえてこない。
「ちょっと、ドカンはどうしたの? 町の平和を乱すものどもをやっつけた、ドカンの音がしないわよ」
いらだつエーコ、ふと足元を見る。なげたはずの青いボールが落ちている。
いったいどうして? ボールはエーコの足元でドカン!
エーコとエーコの城の一部が黒コゲに。
エーコは町の平和を脅かすものをドカンとやることを願って、ボールを投げた。
エーコの願い通りになったと考えることもできるのではないだろうか。
ゆがみの娘はやたらと丈夫。爆発にまき込まれたぐらいじゃ服が汚れるだけですむ。
エーコはあきらめない。
「考えが甘かったわ。私だけの力で町の平和を守れるわけじゃない。この町に必要なのは防衛のための戦力。強力な兵器なのよ!」
だから作った。エーコ一人の力で作ったカタパルト。大きな石を遠くまで飛ばせるあのカタパルト。
当然のごとくエーコのサイン入り。
「ちょーっとでも町の平和を乱そうとしてみなさいな。こいつでドスンとやってやるんだから。覚悟しなさいアホンダラども!」
石の代わりに飛ばすのは青いボール、大きさはエーコの気分次第で変えられる。
ビッグサイズの青いボールをカタパルトにのせ、よーく狙いを定める。
やつらはまだ争っている。
成功を確信し、カタパルトを起動する!
いったいどうして? ボールはカタパルトからこぼれて、エーコの頭の上にドスン。
ゆがみの娘はやたらと丈夫、重いものが頭に当たったぐらいじゃ、好きな食べ物が何かを一瞬思い出せなくなるぐらい。
エーコはあきらめない。
「とてもとても反省したわ。あんな生ぬるい兵器じゃ平和を守ることなんてできないってことなのよ。だからもっと強烈なものを作ってやったわよ!」
作ったのは大砲。弾をこめてドカンと撃ちだすあの大砲。やっぱりエーコが一人で作った。やっぱりエーコのサイン入り。
砲弾に使うのはやっぱり青いボール。今度は大きさ変えずに、爆発力を強くする。
大砲の口にボールを入れて、棒で奥まで押し込んで、導火線に火をつける。
やつらはいまだに争っている。
「さあ、今度こそあいつらの財産ごとドカンってやってやるんだから!」
大成功を確信し、大砲のドカンという音を待つ。
いったいどうして? 砲弾は発射されず、大砲がドカンとなった。
黒コゲのエーコ。しばらく呆然となる。
「ウキイーーー!」
堪忍袋の緒が切れたエーコ。激しく地団駄を踏み、城の壁を叩いたり柱を蹴ったり。
いったいどうして? エーコの城は根元から崩れてエーコもろともどんがらがっしゃん。
ゆがみの娘はとっても丈夫。崩れる城の下敷きになったぐらいじゃ、がれきから飛び出て何事もなかったかのように立ち上がれる。
完全に頭に血が上ったエーコ。いったい何をするつもり?
くだらん争いするやつらのところへ自ら走っていった。足取りが地面を踏み抜かんばかりの勢い。
直接やつらを叩く気だ。
エーコがたどり着いたとき、争いはもう終わっていた。
そこにいたのはひざまずき、両手と頭を地面につけた人間たち。
「あら私の威厳におののいて争いをやめたのかしら」
そんな独り言を言えるのは、つかの間。
エーコの後ろに何かいる。人間ではないものがいる。
ゆがみの魔物だ。自分が一番とする心から生まれたゆがみの魔物。
球体の中にうずくまった姿をしたその魔物が、争っていた人間の心を操り自分にこうべを垂れるよう命じた。自分の気がすむまで、人間が死ぬまで。
エーコはゆがみの魔物がなによりも大嫌い。
「また出てきたの。何回も何回もあきらめが悪いこと。私に勝てもしないくせに」
魔物はエーコの言葉に耳をかたむけない。魔物は言葉がわからない。
不気味な目を怪しく光らせ、エーコをにらみつける。人間ならこのひとにらみで簡単に心をあやつられる。
エーコには全く通じない。
「ムダよ。私が一番と思うのは私だけっ!」
エーコは青いボールを思いっきり振りかぶり、ゆがみの魔物に全力で投げつける。
ドカン! ゆがみの魔物はこっぱみじん。
目を覚ました人間たち、命を救ったエーコに礼を言おうとする。
「感謝してるのなら少しは町の平和を考えなさい! 私のために!」
人間たちにエーコの言うことは理解できない。
代わりに誰かが言っていたことを思い出す。
ゆがみの魔物とゆがみの娘は見た目は違うが同じもの。
「一番になれば、下々の人間は自然と尊敬して頭を下げたくなるものなのよ。心をいじくってひざまずかせるなんて、そんなことをしてる時点で自分は一番じゃないって認めてるも同然なのよ」
エーコは自分は世界で一番と思っている。
でも世界はそう思ってないみたい。
エーコは城を建て直す。今度は丈夫な城にする。
やっぱり全部一人でやる。今度は一筋縄ではいかない。
あるときは途中で強い風が吹いて全部崩れ落ちた。
あるときは途中で地震が起きて全部崩れ落ちた。
あるときは途中で左に傾きだした。問題ないと思っていたら右に倒れた。
あるときは完成して玉座に座ったとたん、雷に打たれて全部崩れ落ちた。
なんど城が崩れても、エーコは何度でも建て直す。
何度失敗しても「さあ、一からやりなおしましょ」とすました顔して決してあきらめない。
でもたまにはくじけそうにもなる。そんなときエーコはなにをする?
メモ帳をとりだして、ひたすら書き続ける。
エーコはいちばんエーコはいちばんエーコはいちばんエーコはいちばんエーコはいちばん
エーコはいちばんエーコはいちばんエーコはいちばんエーコはいちばんエーコはいちばん
エーコはいちばんエーコはいちばんエーコはいちばんエーコはいちばんエーコはいちばん
びっしり三ページほど書けば、エーコはたちまち元気100倍。
「エーコはいちばん。この世でも最も生きる気力を与えてくれる言葉!」
自分で書いた字に自分でうっとりのエーコ。再び城を建て始める。
釘を打ったとたんにまたどんがらがっしゃんと城が崩れたけど、また最初からやりなおすまでのこと。
エーコは決してくじけない。だって自分が一番だもの。
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