ゆがみの娘たち

溜水

第一部

心のゆがみが生んだもの

心のゆがみとは誰もが持つもの。

他人のものをうばいたい。

自分自信が愛おしくてたまらない。

人を殺してしまいたい。

どんなに心のきれいな人でも、その心のどこかには必ずゆがみがある。

ものを見たら火をつけたい。

人をいじめたくてたまらない。

もう死んでしまいたい。

心のゆがみとは誰もが持つもの。

自分の心のゆがみを見つめ、身を任せないようにすればなんの心配もない。

そのはずだった。

心のゆがみから怪物が生まれた。たとえ話ではない本物の怪物だ。

怪物はためらいなく人間たちに牙を剥く。自分を生み出した心のゆがみに身を任す。

火をつけたい心から生まれた怪物は、人間の住みかを燃やし尽くす。

自分を愛する心から生まれた怪物は、人間の心を操り怪物を愛させる。

人を殺したいという心から生まれた怪物は、ただひたすら人間を殺し続ける。

怪物はいつしか「ゆがみの魔物」と呼ばれるようになった。

人間はゆがみの魔物になす術がなかった。ゆがみの魔物は人間を簡単に殺せるが、人間はゆがみの魔物に傷一つつけられない。

刃物で斬りつけようが、重いもので殴ろうが、銃で撃とうが何をしても。

生身の人間が心に手で触れることなどできないということなのか。

人間はこのままゆがみの魔物によってほろぼされる。

そのはずだった。


人間が何不自由なく暮らせるとても良い町がある。

まるでおとぎ話の世界のような、どこか不思議な雰囲気の町。

この町には食べものがある、きれいな水がある、きれいな服もたくさんある、夜でも明かりがある、楽しい遊びもある。なによりたくさんの人間がいる。

この町に住めば「今日は生き延びることができるだろうか」と、おびえながら一日を過ごすことはない。

こんな良い町はもう、この世界に一つしかないだろう。

だれがこの町を作ったの? ゆがみの魔物はどうしたの? ゆがみの魔物はこの町にいないの? 

疑問に思うのは当たり前。

世界はすっかりゆがみの魔物だらけ。この町にもちょくちょく現れる。

ゆがみの魔物は人間には倒せない。魔物を倒せるのは人間でないもの。

魔物と同じ心のゆがみから生まれたもの。心のゆがみから生まれたのに怪物ではないもの。

やつらはこの町で暮らしている。身を隠すことなく暮らしている。

やつらは人間と共に暮らしている。人間と同じ姿をしている。

人間はやつらのことを知っている。人間はやつらに様々な感情を抱く。

ある人は頼もしいと、ある人は美しいと、ある人は恐ろしいと、ある人は憎たらしいと。

町に魔物が現れた。魔物は人間に牙を剥く。

人間は悲鳴をあげて逃げ惑う。

子どもがつまずいて転んだ。魔物が子どもに忍び寄った。人を殺したいという心から生まれた魔物。

子どもはおびえるだけ。魔物は手にした得物を子どもに振り下ろすだけ。

魔物は子どもを殺せなかった。その前に魔物が殺された。

いったい何が? 

そいつは手にした得物で魔物を後ろからずたずたに引き裂いた。

子どもが一瞬まばたきをするわずかな間に。

殺された魔物は悲鳴もあげず、ちりのようになって消え去った。魔物には声がない。

魔物が消えた先に子どもが見たもの。

それは吸い込まれそうな目の、美しい少女。

恐れることなく魔物に立ち向かう、麗しい少女。

人間には触れることすらできない魔物を殺せる、恐ろしい少女。

心のゆがみから生まれた、人ならざる少女。

少女の姿をした魔物。

町に現れる魔物は一匹だけではない。町に住む魔物も一人だけではない。

自分を愛する心から生まれた魔物が人間の心をいじって楽しんでる最中、一人の少女が近づいてくる。

こいつの心もいじってやろう――なぜだ心を操れない。

少女が魔物を鼻で笑うと、魔物を地面にたたきつけて踏みつぶす。

少女もまた自分を愛する心から生まれた魔物。自分が一番好きなのだから魔物を愛するわけがない。

火をつけたい心から生まれた魔物、人間の家を燃やそうとする。

その前に自分の体が燃やされた。燃えてのた打ち回る魔物を見てうっとりする少女の姿。

火をつけたい心から生まれた人ならざる少女。



これがこの町に人間が住める理由。

魔物を殺せる魔物がいる。やつらがいつこの世界に現れたのか、それはわからない。

少女の姿をした魔物たちはいつしか「ゆがみの娘」と呼ばれ、この町もまた「ゆがみの娘がいる町」とよばれるようになった。

ゆがみの娘たちのおかげで人間は安全に暮らせる。だから人間はゆがみの娘に頭が上がらない。

ゆがみの娘に足を向けられない。ゆがみの娘に逆らえない。この町はゆがみの娘のもの。

ゆがみの娘は魔物の敵だが人間の味方とも言いづらい。

自分を愛する少女の魔物は、人間は自分を崇めて当然だと思っている。

火をつけたい少女の魔物は、人間の家が燃えるのを止めなかった。

だけど人間は逆らえない。自分たちはゆがみの娘に守られているのだから。

ゆがみの娘たちが何を考えているか、何に幸せを感じるか、なんのためにこの町にいるのか。

ゆがみの娘たちの物語を語ろう。

心のゆがみが生んだものの物語。

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