第12話 ゴールデンウイーク

「我が君……そろそろ、お昼ですよ」


 昨夜は飲み会から帰って、勝手に引っ越した事を怒ったり、何だか変な感覚を感じた俺は疲れて寝坊した。朝日と言うより昼の光が、カーテンを開けた窓から差し込む。


「ゴールデンウイークなんだから、もっと寝とく……」


 眩しいと、うつ伏せになって顔を枕に埋める。俺の部屋に置いてある赤龍が選んだ寝心地の良いベッドで、二度寝をしだす。確かにアパートの折り畳みベッドは寝心地が良くなかった。


「お疲れなのでしょうが、起きて下さい」


 青龍は昨夜は足の怪我に慌ててしまったが、聡が黄龍として覚醒しかけたのではと期待が膨れ上がっているようだ。珍しくしつこく起こされて、俺は渋々枕から頭をあげた。


「そうか……引っ越したんだ」


 今までのアパートの部屋とは比べ物にならない広さだし、すっきりと整えられている。しかし、ちょっと赤龍のセンスには合わない俺が購入した家具や小物も、部屋には置いてあった。


「持ち物は捨てないでくれたんだ」


 少し嬉しい。慣れないバイトで貯めたお金で買った物だ。


 俺の部屋には外国風にバスルームが付いていた。顔を洗い、歯磨きを済ますと、青龍がベッドの上に出した普段着をちろりと見たが、今日は外出する予定も無いので寝間着にしているスエットのままで食堂へ行く。


「聡君、おはよう」


 昨夜は良い雰囲気で飲んでいたし、聡が黄龍として覚醒しかけたので、黒龍は落とす気満々の美少女の姿でアピールする。聡は黒龍だとわかっていても、アイドルにも勝てそうな美少女にどぎまぎする。


「黒龍! 休み中なのに、我が君が寛げないでしょう」


 青龍が叱りつけても、黒龍は素知らぬ顔だ。白龍は今朝は和装美女には変身しないで、お粥をついでいた。


「昨夜は酒ばかりで食べて無いのだろう」


 俺の体調を管理している白龍は、他の龍人は無視する。黒龍は席を立って、土鍋から勝手に自分の粥をついだ。


 テーブルについた俺は、ダイニングを見渡して、東京の高級住宅街のこんなに広い屋敷は幾らぐらいだったのだろうとクラクラする。


「話は後にしてくれ、さぁ食べろよ」


 昨夜は覚醒しかけたり、足を怪我したりして、この新しい屋敷で寝たが、俺は青龍に一言聞いておきたい事があった。しかし、迫力のある白龍に睨まれて、良い香りが立っている粥をレンゲで一口入れる。白龍の作ってくれた粥が俺の身体に染み通る。


「ああ、美味しい」と、思わず口にした俺を、白龍は愛しそうな目で見る。母親じゃないんだぞ、絆されては駄目だ。


「ほら、何杯でもお代わりがあるぞ」


 粥だけでなく、おかずも数品作ってあり、俺はこんなに美味しい物を食べ慣れているから、居酒屋で食べれなかったのだと溜め息をつく。


「白龍、僕を甘やかし過ぎだよ」


 聡が『僕』と言うのは、安心している徴だと黒龍は少し苛立つ。


「白龍は胃袋から聡君をつかまえようとしている! ズルい!」


 黒龍は折角聡好みの美少女に変身しているのにと、このままでは負けてしまうと不満に感じたようで、俺の腕に細い女の子の腕を絡めよとする。


「ねぇ、聡君! 天気が良いから、何処か遊びに行こうよ」


 腕を絡めようとするのを、青龍は乱暴に退ける。黒龍と青龍がもめだしたのを、俺はバンとテーブルを叩いて黙らせる。


「青龍! この屋敷は貴方が購入したと聞いたけど……そのお金は……どうやって手に入れたの?」


 自分がテーブルを叩いたので、ビクンと龍人達がしたのに俺は驚いて、質問の途中からぐだぐだになってしまった。


「ええっと……龍神様なのに、そんなにビクつかなくても……」


 お金の出所はキチンと聞いておきたいと、俺は青龍の説明を求めた。青龍はPCを俺に見せながら、違法な取引はしていないと説明する。


「ちょっと……幾ら資金を儲けたんだよ……」


 桁が多すぎて、俺には理解不能だと手をあげた。


「あっ! 何かズルいことをしたんじゃないの? それと、税金も払わなきゃいけないんだよ。固定資産税もきっと凄いよ」


 青龍はそのような些末な事は、我が君が心配なさらなくても宜しいのですよと微笑む。気になるよ! 国税局に踏み込まれるのは嫌だよ。


 青龍との話し合いの間、黒龍はどうやって聡を他の龍人から引き離して、二人っきりでデートしようかと考えていたようだ。


「ねぇ、聡君、初給料が出たのだから、何かお母様にプレゼントしたら?」


 飲み会で女子社員達が話していたのを思い出して、買い物に行こう! と誘ってきた。黒龍の遣り口は大学時代から分かっているよ。


「初月給か、お母さんに……でも、僕は天宮家とは距離を置きたいと考えて……」


 そう言いながら、アパートで自立の計画は崩れ去っているのだと俺は溜め息をつく。


「あら? お母様へのプレゼントを買うなら、黒龍より私の方がセンスが良いわよ」


 確かに赤龍はセンスが良い。しかし、黒龍と赤龍の二人の喧嘩を聞いているだけで俺はうんざりした。


「こんなに騒がしい二人と買い物なんか行かないよ。お母さんの趣味はわからないから、クッキーかお花を贈ることにする。あと、ゴールデンウイークは語学の勉強をするから、黒龍も変身しても無駄だからね」


 青龍は良い心掛けだと頷いたし、白龍はゴールデンウイークに何を食べさせようかと考えているようだ。メゲない黒龍は英会話の相手をすると提案したが、赤龍も同時に口にしたので、俺は一人でしますと拒否した。


✳︎

 聡が広い部屋に置かれた相応しく無い小さな机で勉強していた時、天宮の本家には山崎の御前からの問い合わせの電話が掛かっていた。


「何故、青龍様はあの屋敷を購入されたのか? あのアパートの部屋は論外だが、同じ町内にお住みになるとは……」


 珍しく狼狽えた声の御前に、当主は「さぁ」としか答えようがなかった。


 青龍は天宮家の本家に圧力を掛けている山崎の御前について知っていたが、赤龍はそんな些末な事に興味はなかった。聡が通勤し易いのを優先して決めたのだ。


 山崎の御前は同じ町内に龍が住んでいると考えると、どうも落ち着かない気分になった。 

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