第9話 新入社員の飲み会で

 俺と黒龍がコーヒーを飲みに席を外した会議室では、噂のネタになっていた。しかし、黒龍は元々噂など気にしないので、俺と美味しいコーヒーを飲みながら、デート気分だ。とんでもないぞ! 俺は男とデートなんかしないからな。これは単なる時間潰しだ。


「飲み会なんかパスして、二人で飲みに行こう」


 他の新入社員と仲良くするのを阻止された俺は、コーヒーを飲み干すと本屋に行くと席を立つ。


「英会話の本を買いに行くよ。黒龍はゆっくりしていたら良いよ」


 黒龍は大学時代に英語に堪能だったし、中国語や、いやどの国の言語でも話せるのではと俺は感じていた。スッと席を立つ黒龍に、居とけば良いのにと、俺にしては意地悪を言ってしまった。


「聡君? もしかして、第一事業部に配属希望したのを後悔しているの?」


 後悔? とまでは言わないけど、挨拶に行った時の、忙しそうな雰囲気に気後れを感じていたのだ。それを見透かされてしまった。


「黒龍と違って、語学を勉強しなおさなきゃと思っただけだよ……」


 日常会話程度では駄目だと気づいて、明日からのゴールデンウイークの間に勉強し直そうと思っていたし、席を立ってから給料も振り込まれている筈だと思い出した。アパートの家賃を残して置かなきゃいけないけど、これから飲み会なので少しは現金を引き出して行こうと銀行にも寄る。


「飲み会の会費と二次会で……あっ! 本も買うんだし……」


 幾ら引き出すか、ATMの前であれこれ悩んでいる俺を見て、お金なんてと黒龍は涼しい顔をしている。彼奴の給料はどうなっているのか? いや、初任給は同額だろう。そうじゃなくて、どう見ても安物ではなさそうなスーツとか靴とか鞄は天野の家が買ってやっているのか? 長々とATMの前で考えている俺に彼奴は笑いかける。


「お金なんか何とでもなるのに。でも、そんな聡君が大好きだ。あの狭い部屋だけは、ちょっと御免だけどね」


 馬鹿言うな! こんな街中で何を言い出すのだ。顔が赤くなる。


 黒龍もついでにお金を引き出すが、こちらは全く悩みもしない。本屋で英会話の本を買っているうちに、飲み会の時間になった。


「あっ、そろそろ行かなきゃ」


 いそいそと居酒屋に向かう俺と違い、黒龍は二人だけで飲みたいと、足取りは重い。だったら来なきゃ良いのにさ。


✳︎

『何故、人間は群れたがるのだろう? 聡君も黄龍として目覚めれば、変わるのだろうか?』


 そう考えながらも、黒龍は聡が変わって欲しくないという矛盾した思いに捕らわれる。


✳︎

「あっ! もう皆来ているよ~」


 社会人になったばかりなので、居酒屋のチェーン店での飲み会だ。黒龍は今夜は引っ越しだから、ゆっくりと俺と過ごす許可も出ていたようだ。俺は知らなかったけどね。ぷんぷん! 勝手に引っ越したんだ怒る権利あるよね。


 幹事が皆に「何を飲む?」と聞いているのにも黒龍は苛つく。スマートじゃないのが嫌なのだろう。


「とりあえずビールで乾杯してから、それぞれの好みの飲み物にしてはどうかな?」


 それでも、俺が新入社員の前で偉そうな態度をすると嫌がるので、黒龍としては低姿勢で提案する。幹事は社会人だから飲み会の段取りも違うんだと、慌ててしまう。注意しなきゃ。


「黒龍、女の子達はビールが嫌いな子もいるし、カクテルが飲みたいんだよ」


 俺がピシッと黒龍に意見しているのを、他の新入社員達は『野獣使い』と噂していたのを思い出した。俺より黒龍の方が能力も高いし、性格もキツイのだが、1ケ月の研修中に全員が二人の関係は俺の方が強いと感じていたようだ。違うのにそう見えるんだな。龍人に普通の人間が強いわけがない。


「新入社員研修が無事に終了したことをお祝いして、乾杯~」


 結局、女の子達と数人の男子社員達があれこれ注文するのを待っての乾杯になった。俺は他の新入社員達と配属先などについて話していたが、適当に注文された料理はあまり食べなかった。


『白龍の料理に慣れすぎちゃったなぁ。どうも、贅沢し過ぎてるみたいだ』


 本来なら自分の給料だけで生活しなくてはいけないのだ。でも、一口食べた刺身は、白龍が用意してくれる物とは新鮮さが違うのか、俺は二口目を食べたいとは思わない。


 冷凍物の刺身や料理には、黒龍は初めから手を付けず、ビールの後は酒をぐぃぐぃと飲んでいる。本当に傲慢な態度だよ。


「黒龍さんって、お酒強いのですね」


 いつもは近づくなオーラにビビっている女子社員が、お酒の勢いで話しかける。


「どれぐらい飲めるのですか?」


「さあね」と、素っ気なく答えると、ぐぃッと酒を飲み干した。俺も見かけのベビーフェイスのわりに酒はザルだ。


『龍っぽく感じるのは、酒の量だけかな?』


 俺はつれない返事をしている黒龍に呆れたが、他の龍人達も酒で酔った姿を見たことがないと思い出した。


「黒龍が酔ったら、どうなるのかな?」


 俺の呟きに、周りの同期達はざわめく。


「酔ったことが無いの?」


「すげ~よ! 普通は一度や二度は酒で失敗してるだろ?」


 少し酒の回った女子社員達は、次々と黒龍にお酒をついだ。


「聡君も強いよ」と、黒龍が教えると、俺のコップにも酒が注がれる。


 二人がつがれる酒を水のように飲み干すのを、全員が呆れて見つめた。ただ、俺は顔色ひとつ変えない黒龍と違い、ちょっと頬が赤くなった。


「もう、これ以上は飲まない方が良いよ」


 二人で一升瓶を2本あけたところで、黒龍は俺のコップを取り上げる。つまみを食べながらなら、もう少し大丈夫だが、俺が手をつけてないのをチェックしていたからだ。


「まだ酔ってないよ」取り上げられたコップを、取り返そうとするので、黒龍はスッと飲み干す。


「きゃあ~! 間接キッスよ!」


 女子社員達がきゃあきゃあ騒ぐので、俺は「中学生じゃああるまいし!」とむくれる。


「まぁ! 聡さんは中学生の頃は間接キッスをしていたの?」


「彼女はいるの?」


 本当は黒龍にも聞きたいが、酔っていても聞きにくい。


「聡君、酔っ払っているね」


 俺が『彼女が欲しいよ!』と心の中で叫ぶのに気づいて、黒龍はサッと水を飲ませる。

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