第7話 新しい住まい……龍人視点

✳︎

 研修の最終日はそれぞれの配属先の発表と、その部署への挨拶まわりが予定されていた。黒龍から海外での仕事が多い第一事業部を聡が希望していると聞いて、他の龍人達も心配したが、本人の意志を尊重する事に決める。


 青龍は益々現世の力を求める必要性を感じたし、赤龍は何処に聡が行こうと快適な環境を手配しようと決めた。白龍は聡に健康的な美味しい物を食べさせるだけだと、全く動じなかった。


 すやすや眠る聡から、明日は同期の飲み会だと聞かされたので、こうして黒龍を起こして取り囲み、注意事項をあれこれ山ほど与えている。


「そんなの言われなくてもわかっているよ。退屈な研修から逃れられるのは嬉しいけど、実際に働きだしたら目が行き届かないかも」


 青龍は増やした資金で、聡の仕事がやりやすくするつもりだった。


「それにしても海外なんて危険じゃないの?」


 見た目は派手でクールな印象の赤龍だが、気が遠くなる程の孤独を生きた後に出会えた聡を心より愛している。


「我が君がお望みなら、それに応えて差し上げたいが……」


 一番聡に甘い青龍は、心配でキリキリと胃が痛む気持ちが初めて理解できた。


「それにしても東洋物産の第一事業部って、何を扱っているの?」


 赤龍の質問に黒龍は、色々さ! と素っ気なく答えると、聡のベッドの下の布団に潜り込む。聡の側に常にいて龍人の姿を保つ黒龍は、万が一に備えて力を蓄えておこうと睡眠を一定時間とることにしている。ホームページを調べればわかることを一々ライバルに教えてやる義理は無いと黒龍は考える。


 青龍は勿論『東洋物産』のチェックは済ませている。白龍と赤龍は青龍から第一事業部の業務内容を教えて貰った。


「新入社員がいきなり海外に出されることは無いだろうが……」


 心配する青龍に肩を竦めて、黒龍は海外だろうと、地球外だろうと、何処へなと行けば良いと赤龍は悪口を口にする。


「ゴールデンウィークに新居に引っ越そうと思っている……」


 赤龍が珍しく口ごもったのは、この狭いアパートに置いてある家具をどうするか悩んでいるからだ。


「我が君が購入された物だから……」


 そう言う青龍も、聡が眠っている安価なパイプベッドは買い換えて差し上げたいと前から考えていた。


「何処かに収納しておけば良いのではないか? それと、使える物は大事に使うことにしよう」


 美意識の発達している赤龍には、耐え難い物もあったが、聡が自らバイトしたお金で購入したので粗末には扱いたくなかった。


「パイプベッドは客間に置きましょう。確か、折り畳み式だった筈だから、急な客人には便利かも」


 客人に粗末なパイプベッドで眠らせるのか? とは誰も気にしなかった。聡さえ良い寝心地のベッドで眠れば満足なのだし、龍人が4人も居る家に泊まりに来る勇気を持った客はいない。


「それより、我が君は素直に引っ越して下さるでしょうか?」 


 赤龍と白龍は顔を合わせて、青龍に任せることにする。


「私は引っ越し作業を進めるわ、だから、説得は青龍に任せるわ~白龍に台所は任せるわね」


 青龍はどう聡に持ち出すか? 一晩中パソコンの画面を眺めながら考えた。心半分で株式や債権などを売り買いしながらも、巨額の資金をより増やしていたが、聡への説得には自信がもてなかった。



「今晩は飲み会だから、夕食も要らないよ」


 お弁当も長時間持ち歩くのは嫌だからと、昨夜のうちに要らないと言われていたので、白龍としては手持ち無沙汰になった。聡が黒龍と出勤した後で、赤龍が手配した新居の台所をチェックしに行く。


 聡が出勤し易いのを大前提にして探した物件だ。会社まで地下鉄1本で通勤できる都心に、よくこんな緑に囲まれたエリアが残っていたなと白龍は感心する。


「赤龍も頑張ったなぁ」


 白龍は世俗に疎い方だが、短期間に屋敷を手配した赤龍を褒めた。


「台所を見させて貰おう」


 今の小さな台所でも白龍は段取りを考えて、聡に健康的で尚且つ美味しい料理を作っていたが、新しい屋敷の広い台所を見て満足する。


「オーブンは白龍が使い易い物を選んだ方が良いと思って」


 テーブルや椅子や食器などは揃えていたが、台所の調理機器や電化製品関係は手付かずのままだ。白龍は天宮家が東京に用意した屋敷の台所のオーブンなどが気にいってたので、購入することにする。赤龍も白龍も青龍が得た資金を使うことに微塵も躊躇しなかった。自分の為というより、聡が快適に過ごす為だからだ。


 しかし、龍人達は一番の聡の願いだけは無視するのだ。


『男と結婚するつもりはない! アパートから出て行ってくれ』


 青龍はパソコンの画面から目を外して、聡がアパートから出て行ってくれと言う意味は、自分の人生から出て行ってくれと同じだと溜め息をつく。


「まだまだ黄龍としては目覚めそうにないが……」


 青龍は聡が素直に赤龍が手配した家に引っ越してくれるとは思えなかった。きっと、自分達だけ出ていけと言われるだろうと想像しただけで身が震える。細やかな愛情を注ぐ青龍だが、一寸たりとも聡から離れるつもりはなかったので、出ていけ! と怒鳴られても無視していた。


「今夜は飲み会で遅くなると言われていた」


 細やかなのに、龍である青龍は、説得を諦めて強制的な引っ越しを決断する。


『黒龍、今夜引っ越しをする。用意が整うまで、飲み会で我が君を護るように』


 黒龍は聡とともに第一事業部に配属が決まり、挨拶に向かいながら青龍へ『了解』と返事をした。


『今夜は遅くまで聡君を独占できる』


 うきうきスキップしたくなる黒龍だが、聡が少し緊張しているのに気づいて、肩をポンと叩く。


「私も一緒だから、頼ってくれて良いよ」

✳︎


 俺は迂闊にもエレベーターを待ちながら、黒龍の言葉に一瞬ホッとしてしまった。


「何で黒龍も同じ部署なんだよ。それに……僕が第一事業部に配属されたのは、何か黒龍がしたからじゃないの?」


 黒龍は、外人の俳優みたいに格好よく肩を竦める。


「まさかぁ、私なら聡君を第一事業部になんかさせないよ。暇な部署に配属して、5時には会社から一緒に帰れるようにするさ」


 確かに黒龍なら楽な部署にしそうだ。俺に時間外労働なんかさせたくないだろう。と言う事は、第一事業部に普通に配属されたのか? だが二人セットだなんて怪しい!


「働きたく無いなら、辞めたら良いんだ」


 エレベーターに乗り込みながら、俺は黒龍に文句をつけた。


 なのに彼奴は俺の緊張がほぐれたのが分かったのか「聡君の側にいるよ」と微笑んで第一事業部のあるフロアーのボタンを押した。 

 

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