第6話 新入社員は楽じゃない?

「おはよう!」


 俺はは新入社員の研修が行われている会議室に入りながら挨拶をした。


 中にいた数人の同期の新入社員からも「おはよう!」と挨拶が返ったが、元の話題にすぐに熱中しだす。


「聡君、あっちに座ろう」と、黒龍に後ろの方の席を勧められたが、俺は固まって頭をくっつけてアレコレ話している同期の横に座った。何故か黒龍もその横に座る。後ろに座ろうと言っていたくせに。


「ねぇ? 何を朝っぱらから熱心に話しているの?」


 新入社員達は、珍しく俺から話しかけてきたのに驚いたようだ。そんなに話しかけてなかったのかな? 反省しよう。


「天宮さんは、何処に配属を希望しているの?」


 同期なのに『さん』付けされているのは、きっと横にいる黒龍が近づくなオーラを出しているからだろうと俺は溜め息をつきたくなる。


「第一事業部に配属を希望しているんだけど……無理かもね」


 花形の第一事業部と聞いて、周りの新入社員達もどよめいた。


「聡君! 第一事業部だなんて、言って無かったじゃないか!」


 黒龍に肩をつかまれて、わざと教えなかったのだと黙りこくる。同じ配属先など御免だからだ。


「天宮さんは、何処と書かれたのですか?」


 同期なのに敬語で質問される黒龍は、きっぱりと言い切った。


「聡君と同じ配属先! それしか無いだろう!」


 きゃあ~! と、少し離れた場所の女子から悲鳴が上がった。


「黒龍、お前は口を閉じていろ!」


 周りの新入社員達は、この一月で怖ろしい程の美貌の黒龍が俺にしか興味が無いことを察していたが、こう口にされるのは嫌だ。


「第一事業部は海外事業部だろう。そんな危険な仕事など聡君にさせるわけにはいかないよ」


 俺は、花形の海外事業部に配属して貰えるかもわからないのにと呆れかえる。


「俺は一度も海外に出た事がないから、仕事で行けたら良いなぁと思ったんだ。それに配属されるかはわからないだろ」


「海外旅行なら何時でも連れて行ってあげるのに……」


 二人の会話に他の新入社員から、恐る恐る質問が飛ぶ。


「あのう? 天宮さん達は同じ名字だけど、どういう関係なのですか?」


 この手の質問は大学時代から何度となく受けているので、俺は素早く答える。


「親戚なんだ」


 龍は嘘はつかないので、俺が一言で説明を終える。黒龍に任せたら大変な事になる。『私の愛しい人だとか言われたら、会社にいられなくなるよ……』


 退屈な研修を終えて昼休みになった。いつもは社食か外に出る俺だが、今朝は割烹着姿の和風美人にお弁当を持たされていた。


「聡君、どこでお弁当を食べる?」


 黒龍は公園でお弁当も良いなぁとウキウキしていたが、俺は弁当持参の女子社員についていく。


「ちぇっ! 聡君ったら目を離したらすぐに女の子についていっちゃうんだから……」


 可愛い女の子に変身して入社するべきだったかなぁと、ぶつぶつ言いながら俺の後ろから休憩室へと向かった。


「社食でお弁当を食べても良いけど、席が混んでいるからこっちの方がゆっくりできるわ。お茶や飲み物の自販機もあるしね」


 女子社員と仲良くしている間に割り込んで、お茶を二人分お盆にのせると窓際の席に座る。俺が横に行くのが当然とばかりの黒龍の態度にカチンときたが、お弁当の中身が心配なので渋々座った。


『白龍は内容は変えてあると言ってたけど……これ以上まわりから浮きたくないんだ』 


 俺は藍色の巾着からボリュームのある二段重ねの杉のわっぱを取り出した。横の黒龍のは素っ気ないタッパーで、白龍が思いっきり手抜きをしているのを弁当箱から表している。


「わぁ~! 筍ご飯だ! 素敵ねぇ」


 後ろの席に陣取った同期の女子社員が、俺の肩越しに桜の花びらを散らした筍ご飯に感嘆の声をあげる。


「おかずも手のこんだ物ばかりねぇ」


「黒龍さんのは……見た目と違って男らしいのね」


 タッパーは、ほぼご飯で埋め尽くされ、真ん中に真っ赤な梅干しが鎮座している。おかずといえば、玉子焼とウインナーのみ。


「少しおかず食べる?」


 俺もあまりに手抜きだと気の毒に思った。


「聡君、ありがとう!」


 全く遠慮などしないで、黒龍はちゃっかりと鶏肉の幽安焼きに箸を伸ばす。


 後ろの席から押し殺した『きゃあ~』という悲鳴があがった。俺は好物の蓮根の挟み揚げを食べながら、この会社で彼女はできないなと諦めた。腐女子どもに黒龍とカップリングされたのに決まっている。他で探そう!


✳︎

 呑気に俺がお弁当を食べている時、人事部長は社長室に呼び出されていた。社長は、何故あんな新入社員を採用したのかと怒鳴りつけたい気分だったが、天宮家に逆らうわけにはいかない。


『さわらぬ神に祟りなし……クビになどしたら、会社ごとつぶされそうだ』


 人事部長は、採用を決めてから何度も呼び出されていたので、天宮聡と天宮黒龍の件だろうと察していた。


『それにしても天宮家は何なんだろう? こんなに神経質になられている社長は見たことないが……』


 秘書が応接セットにお茶を置いて、部屋から出て行くまで社長は口を開かなかった。


「そろそろ、新入社員も研修が終わる頃だな。配属先は決まったのか?」


 人事部は新入社員から一応は希望配属先を提出させているが、希望通りにならないのがほとんどだ。


「ええ、ほぼ決定しております」


 社長は自分が尋ねたいのは他の新入社員で無いのは明らかだろうにと、健康の為に禁煙したタバコが吸いたくなる。なるべくさり気ない風にお茶を一口飲みながら、天宮家の二人は何処を希望したのか? と尋ねる。


「天宮聡は第一事業部です。天宮黒龍は……こういう解答は初めてですが、天宮聡と同じ部署と書いてます」


 ゲホッとお茶が気管に入り、社長は咳き込んだ。


『龍が新入社員だなんて! 何処か他の会社に入社してくれたら良かったのに』


 政治や経済を影で操る山崎の御前に呼びつけられ、天宮聡と天宮黒龍の正体を知らされた時を思い出して血の気が失せる。


「聡様と黒龍様の希望通りに配属しなさい!」


 人事部長は成績は優秀だし外国語も堪能だが、天宮聡は海外でビシバシ働く第一事業部には不向きな穏やかな青年ですがと、一応は抵抗してみた。


「天宮黒龍なら第一事業部だろうが、ソツなくこなしそうですが……」


 ハッと、社長は龍神を海外に出して良いものかどうか真っ青になった。


「この件はお伺いをたてなくては……」


 一旦、人事部長を下がらせて御前に連絡をつける。新入社員に振り回されている社長は、何度となく繰り返した愚痴を口にした。


「何故、龍が新入社員なのだ……」


✳︎


 昼からの研修で、ほぼ新入社員教育は終わった。


「ゴールデンウイーク前に配属先が決定するんだよなぁ」


 休憩時間は何処に配属されるか盛り上がっていた。実際はゴールデンウイークが終わってから配属先に配置されるが、一応は挨拶をしたりするのだ。


 俺は、黒龍が非常識な希望を書いて提出したのに腹を立てていた。


「この会社で働きたく無いのなら、退職しても良いのに」


 黒龍は、自分の意図を考えようともしないと溜め息をついた。そんなの知りたくない!


「聡君の側にいる為に就職したんだよ。まぁ、それにチャンと給料分は働くつもりだし」


 パチンとウィンクする仕種に一瞬見とれてしまう。これがいけないのだ。無視するぞ。


「そろそろ、配属先が決まる頃だなぁ」


 見とれていた自分を誤魔化す為に話題を変える。大学に入学した時から、ずっと黒龍が側に居るのに慣れてしまっている俺は、流石に同じ部署に配属されないだろうと思っていた。


「第一事業部は無理かもしれないけど、できたらやりがいのある部署につきたいな」


 黒龍は俺が忙しい部署に就くのは反対したいみたいだ。でも、遣りたいようにするつもりだ。自分で働いて稼いだ金で暮らすのだ。


「私が聡君のサポートをすれば良いだけだ。残業なんかさせないようにしよう」


 全く会社の業務など端から無視する黒龍に、配属先の上司は苦労させられそうだ。


✳︎

 数寄屋造りの屋敷で、社長からの連絡を受けた御前は、龍神が海外事業部で働くのを希望していると聞き、ううむと唸っていた。


「何故、海外に?」


 数分後、秘書に聡様の御要望通りにするようにと連絡させる。


『龍神様は、何を考えておられるのやら』


 先日の株式市場の混乱は、世界中に広がっていた。青龍は世界の株式市場で売り買いを繰り返し、数日の間に巨額の利益をあげていたのだ。


 目聡い投資家は青龍に乗っかって資金を増やしていたし、御前も少し試した。


『青龍様は、一般の会社に就職された聡様を護ろうとして、俗世の力を欲しておられるのか?』


 そうなると、聡が就職した会社は龍神の保護下に置かれることになるのだと、御前はびくびくと迷惑がっている社長を思い浮かべて苦虫を噛み潰したような顔をした。 

✳︎

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