第5話 青龍とビジネス……龍人視点

「折角、我が君が手配して下さった部屋ですが……」


 龍人は人間ほど睡眠は必要ないのだが、黒龍は聡のベッドの下に布団を敷いて眠っている。他の3人はソファーか台所の椅子で夜を過ごすしかないのだ。 


 聡が眠って赤龍も白龍も元の男の姿に戻り、台所の小さなテーブルを囲んで話し合っている。聡の側で眠る黒龍は、他の三人が男の姿に戻させた。


「若い男女が同じ部屋に眠るのは問題があります」


 聡も美少女がベッドの下で眠っていたら、それが黒龍だとはいえ眠れないと頷いた。


「新しい家を手配しましょう。この部屋で過ごすのは限界だわ」


 青龍と白龍は、赤龍にこの件は任せることにした。


 部屋の問題は解決したので、赤龍が口に出した天宮家の件を話し合う。


 龍神を長年にわたり信奉してきた天宮家を保護するのは問題ないが、それを利用しようとする権力者は気に障る。黒龍から聡が就職した会社に、権力者達が接触してきたと報告を受けた青龍達は、人間の欲には限りがないと心配している。


「我が君を護る為には、私達が力を持つしかないのだろうか」


 聡が就職して働きたいと言うなら、そうさせたいと考えていた。俗世に関わるのを善しとしない青龍だが、聡を護る為なら何でもする覚悟を決める。


 赤龍と白龍はそれに関わる気はない。青龍に任せておけば、万事上手くやるのは目に見えているからだ。


 本来、龍は孤独な存在で、群れることもない。黄龍のみが龍達を呼び寄せるのだ。聡には見せていないが、龍人達は黄龍をめぐるライバルだ。


 青龍が俗世の権力者から聡を護る為には何をすれば良いか考えて夜を明かしている間、赤龍は新しい家の条件を指おり数えていた。


 白龍は赤龍が台所だけは使い易いのを選んでくれたらよいと考えていたが、いちいち口には出さなかった。聡の健康の為には食事は大切だからだ。会社の社員食堂では、冷凍食品や添加物も出されていると黒龍に聞かされて、白龍は明日からは弁当を持たせるつもりだ。


『黒龍のは作らなくても良いのだが、聡が素直に弁当を持って行かない場合は、彼奴に持って行かせる必要があるからなぁ』


 白龍は電子レンジでチンする冷凍食品など弁当に入れる気はないので、黙々と調理を始める。


 青龍はソッと外へ出ると、闇の中に姿を消した。



「我が君、起きて下さい」


 白い頬に睫毛が影を落としている。成人男子とは思えない程の可愛い寝顔だ。もっと寝かせてあげたいが、遅刻して嘆くのは聡だ。


 聡は大学生になって親元を離れた時から、青龍に毎朝起こしてもらっている。寝ぼけた顔で、結局何も変わってないのだと溜め息をついた。龍人の女装に惑わされて、自立の件もうやむやにされてしまったと反省しているのだろう。そんな聡が愛しくて仕方ない青龍だ。


 台所からは味噌汁の良い香りがしている。


「聡、朝ご飯だ!」


 ウッ! と白龍がしっとりとした和服美人なのに驚いた。いつもは反抗する聡だが、和服に割烹着を着た白龍が朝食を勧めると、拒否もし難いようだ。黒龍はスーツに着替えて、聡と朝食を食べる。


「お弁当を持って行け」


 口調は白龍のままだが、声は柔らかい。


「ええっ! 黒龍と同じ弁当だと、まずいよ」


 袋は違うが内容が同じなら困ると、聡は気にするしている。同じアパートに住んでるだなんて知られたくないのだろう。


「大丈夫だ、黒龍のは思いっきり手抜きだから」


 黒龍は酷いなぁと眉をしかめたが、さっさと弁当袋を鞄に入れる。


「赤龍は?」ふと聡は不在に気づいて不審に思ったようだが、黒龍に遅刻するよと急かされて出て行く。


 青龍は赤龍が家の手配をしに出掛けたのだと察していた。資金を用意しなくてはいけない。


「白龍、私も出かけるので、後は任せる」


 白龍は朝食の片付けをしながら、青龍がビジネスをするとはねぇと苦笑した。


 青龍はパソコンを購入すると、その小さな画面でどんどんと資産を増やしていく。元手は天宮の本家に出させた。


 天宮の当主は青龍が何を考えているのか想像もつかなかったが、差し出した元手が夕方には倍になって自分の口座に振り込まれているのに驚愕する。インサイダー取引どころか、青龍にはどの株がどう変動するか総てわかるので、資金を得ることなど簡単だ。


「このパソコンの画面は目が疲れる」


 青龍は世界の株式市場を24時間モニターしようと思えば出来たが、聡が帰ってくると出迎える方を優先した。瑣末なことより我が君のの方が大事なのは明らかだ。


「我が君、お疲れ様です」


 その頃、天宮の当主は呼び出された屋敷の書斎で汗をかいていた。


「今日の株の激しい売買は如何なることか? 何か知らないのか?」


 夜更けに突然現れた青龍に元手を与え、夕方に倍にして返却された当主には心当たりがありすぎる。


 龍人が株式市場を混乱させたのだと御前には知られたくなかった。


「さぁ、私は株にはとんと……」


 天宮の口座の出入りを御前は調査済みだったが、当主に聞いてもわからぬだろうと考えた。


「龍人達とお会いしたい」


 1年前の龍神祭で祭宮である聡には挨拶したが、龍人は遠くから見るだけだ。


「それは……何度か伝えましたが……」


 当主はハンカチを出して、汗を拭いた。


『今まで龍人はそこに存在するだけだったが、何故急に経済に手を出したのだ? 俗世を超越している龍なのに……聡様が一般企業に就職されたから、影響を受けたのか?』


 御前だけでなく、数名の権力者達は龍人が何を考えて株式市場を混乱させたのか頭を悩ましていた。 

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