第41話 黄龍と聡
四龍達は天宮の土地に祀られた龍神神社で、誰も口も開かずに座っていた。それぞれが自分の龍の本能として黄龍を欲してるが、この11年間の聡との時間も愛しく感じていたので、悩んでいたのだ。
『聡をそれほど愛しているのなら、交尾がすんだら、次の交尾まで私は眠ることにする。子龍はお前達が育てたら良い』
交尾が目的で黄龍を欲していたのは龍の子孫を残したいという本能だったが、かといって黄龍が聡を消してしまうのも、交尾以外の時は眠ってしまうのも、四龍にとっては悩ましい。
それほど一瞬目覚めた黄龍に魅了されてしまったのだ。不安を抱えた聡にとっては安心できる黄龍の言葉なのに、青龍も赤龍も白龍も黒龍も教えてやれなかった、自分達の身勝手さに打ちのめされてしまった。
特に青龍は黄龍と聡の間で気持ちが揺れ動き、我が君とはどちらを指して発していた言葉なのだろうと心が落ち着かない。何時も凜として、取り澄ませた顔の青龍が、悩みながらもスッと立ち上がった。
「黄龍様の言葉を聡に伝えなくてはいけません」
他の龍達も、黄龍の言葉を聡に伝えるべきだとは思っていたのだが、決断を下せなかった。
「しかし、黄龍が眠ったままで良いのだろうか?」
白龍は聡に毎日ご飯を食べさせてやるほど愛していたが、あの一瞬目覚めた黄龍を交尾の為だけの存在にしてしまうことが、ズキンと心臓にナイフを突き立てられたような痛みに感じる。
「なら、聡が消えたら良いのか!」
黒龍が白龍に掴みかかるのを、赤龍が止めた。
「誰も、そんな事を望んでは無いわ! それと同時に黄龍が眠ったままでいるのも望んで無いから……黒龍……」
✳︎
白龍に不満をぶつけた黒龍も、本当は黄龍と俺の間で揺れ動いていたのだと、床を拳で殴り続ける姿で全員が感じとった。図々しくて、ちゃっかりしている黒龍だが、俺の側で一番長い時間を過ごしていたのだ。
「黒龍……もう止めろ! 手を痛めてしまう」
日頃は俺が側に来たのに気づかないなんて有り得ない青龍なのに、黒龍の激しい葛藤に、自分の揺れ動く気持ちが同調していた。
「聡! 黄龍が……」
聡に拳を握りしめられた黒龍は、黄龍の言葉を伝えようとしたが、躊躇してしまい口ごもる。
「やっぱり、黄龍が現れたんだね……何かしたの? 黒龍が自分を傷つけたくなるような事を話したの?」
問い詰める俺を、青龍は落ち着いて話し合いましょうと座らせる。
「我が君……私はすぐに黄龍様の言葉を伝えなくてはいけなかったのに……お許し下さい。黄龍様は交尾の時だけ目覚め、次の交尾まで眠る、と仰ったのです」
俺は、それなら自分の意識が消滅しなくても良いのだとホッとしたが、四龍達が黄龍が眠ってしまうのを望んで無いのだと気づいた。
「皆は……黄龍を求めているんだ!」
俺に責められて、全員が「違う!」と叫んだものの、微妙な空気が流れる。
「僕が居なくなっても、黄龍がいれば皆は子龍も持てる……」
ホッとした分、四龍達が黄龍が眠るのを望んで無い事に、俺は打ちのめされた。
「どうせ、僕は黄龍の器にすぎないんだ!」
自棄っぱちになった俺が神殿から飛び出そうとするのを、青龍は後ろから抱き締めて止める。
「我が君……」
俺は青龍が自分を「我が君」と呼ぶのか、黄龍を指しているのだろうかと悲しくなった。
「青龍! 我が君だなんて呼ばないで! 僕は……」
自分が不安だからと、青龍を傷つける言葉を投げつけた俺は、居たたまれなくなって、腕を振りほどいて神殿から飛び出した。
神殿からの長い階段を聡は走って下りた。
「あれっ? こんなに長かったかな?」
いくら動揺している俺でも、途中で変だと気づいて立ち止まる。それに、まだ夕方で明るかった筈なのに、すっぽりと日が暮れている。
「何だ? あの光は!」
突然、空から一筋の光が俺を包み込む。一瞬、眩しさに目を閉じた俺だが、目を開けると夜空に満月が煌々と輝いていた。
「馬鹿な! 今夜は満月じゃないよ!」
いつかは黄龍として龍と交尾するのかも知れないが、まだ覚悟が決まっていない俺は、天宮の龍神神社に満月の夜に近づきたくはないと、新月の日に有給休暇を取って帰省したのだ。
「時間など、どうにでもできる……そんな事も知らないのか?」
階段に落ちた影が立ち上がり、自分そっくりな黄龍が、クスリと笑った。
「黄龍! 目覚めたのか!」
これで自分は消滅するのだと、俺は後ろへ数段上って逃げようとしたが、影なのでついてくる。
「龍達はお前との生活が楽しかったようだ……私は、それなら交尾をして卵を産む時だけ覚醒すると告げたのだが、それも気にいらないみたいだ」
自分とそっくりな黄龍だが、目の色も違うし、自分には時を自由に操る事もできない。
「なら、私を乗っ取って、好きにすれば良いじゃないか!」
時間を操る程の能力を持つ黄龍に抗っても無駄だと、俺は自棄っぱちになって叫んだ。
「それがお前の本心なら、そうしても良いのだが」
俺は近づく黄龍の金褐色の瞳を見つめて、何かおかしいと気づいた。
「もしかして、黄龍は産まれたばかりなの?」
黄龍は少し首を傾げて、横に振った。
「産まれたのは聡と同じ時だ……ただ、ぼんやりとして夢の中にいるみたいだった。この数年の間は、少しずつ聡の目を通して世界を見ていた」
俺は自分の中に黄龍の存在を時々感じていたと思い出した。
「何故、忘れていたんだろう……」
黄龍はクスリと笑った。
「僕は男とは結婚しない! と何度も怒鳴っていた。黄龍なんかじゃない! とも叫んでいたな。少し私は混乱したぞ……だから深く眠っていたのだが、もうそろそろ目覚めの時期なのでな」
俺は自分の中でずっと黄龍が眠っていたように、今度は自分が眠る番なのだと覚悟する。
「我が君!」
俺と黄龍との間に、青龍が割り込んだ。
「青龍……赤龍、白龍、黒龍……」
俺はやっと覚悟を決めたのに、青龍や駆けつけた赤龍、白龍、黒龍を見ると心が波立つ。
「やはり、お前達は聡を撰ぶのだな」
クスリと肩を竦めて笑う黄龍に、四龍は見とれてしまうのを、俺は感じて溜め息をついた。影に過ぎない黄龍なのに、圧倒的な存在感で皆を魅了する。
「黄龍様……」
俺と黄龍との板挟みになった四龍は、どちらも選ぶことができず立ち竦む。俺は、皆が困っているのは、自分が居座っているからでは無いかと思うと身の置き場に困って、もじもじしていたが、ハッと妙案を思いつく。
「ねぇ、黄龍は時間を自由に操ることができるんでしょ? なら、僕と交代もできるんじゃない?」
ふと思いついた言葉を口にした俺は、無理だよねと恥ずかしくて俯いた。
「う~ん、良いかもしれない! 住み分けても、悪いとは誰も思わないだろう」
他の龍達は、それで良いのかと顔を見合わせる。
「まぁ、やってみて不都合があれば、私は聡の中で眠るだけだ! 少しこの世界を自分の眼で見るのも楽しそうだしな」
そう言うと、黄龍はするすると影に溶けていった。
『聡! 男と結婚したくないなら、しなくても良い! ただし、私は時が満ちたら交尾して卵を産むぞ』
俺は自分の中の黄龍がニヤリと笑ったのに困惑したが、その時がきたら仕方ないと覚悟を決める。
「あっ! お母さんが晩御飯を用意してくれているのに! 黄龍、時間を戻してよ!」
黄龍が『仕方ない』と笑うと、夏の夕暮れ時に戻った。四龍はこんな些細な問題で、時間を操って良いものか呆れたが、俺が早く家に帰らなきゃと慌てて階段から転げ落ちそうになるのを支える。
「我が君、家までお送りしましょう!」
青龍の輪廓がするすると茜色の光に溶けたと思うと、そこには見事な龍が存在していた。
「青龍! 龍で家までお送って貰ったりしたら、お母さんは気絶しちゃうよ」
しかし、俺の中の黄龍は、いつかはバレるのだから親にも覚悟させた方が良いと笑った。
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