第40話 久しぶりの帰郷
「何で、皆ついて来るのかなぁ」
新幹線に乗った途端に、同じ車両にいる青龍達に気づいて文句をつける。荷物も持たずに出てきたのに、気づかれてしまったと俺は溜め息をつきながら、青龍の隣の席に座る。
「我が君のお邪魔はいたしませんから」
青龍は俺が何かを決意して実家に帰るのだと察していたが、黄龍が目覚めそうな時期なので目を離すことができない。
「当たり前だよ! あんな小さな家に4人もデカイ男を連れていっら、お母さんが困るよ……」
俺は口にした途端、その母親の事も忘れてしまうのだろうかと悲しくなる。共働きのごくごく普通の両親に愛情を注いで貰ったのに、親孝行どころか、親不孝をしてしまいそうだと俯いた俺は、心配そうに自分の顔を覗き込む四龍に気づいた。
「ねぇ、黄龍になった後のことを何か知らない?」
不安そうな俺に何も言えない四龍は、自分があれほどまで願っていた黄龍の目覚めが目の前の愛しい存在を消滅させてしまうのだと思うと心が千々に乱れる。
「皆……そんな顔しないでよ! まだ黄龍になるかどうかも分からないんだから」
そう言いながらも、俺は自分の中の黄龍がニヤリと笑った気がした。心配そうな青龍の目を避けるように、電車の窓に顔を向けて景色を見ている振りをしたが、俺はだんだんと意識を保つのが困難になってくる。
窓ガラスに写った自分の顔が、ニヤリと自分に向かって笑いかけた気がした瞬間、黄龍だ! と俺は目覚めが本当にすぐそこに迫っているのだと感じる。
「我が君! 具合が悪いのですか」
電車で酔うことなど経験したことが無かった俺だが、青龍の濃い紺色の瞳を見ながら意識を手放した。
✳︎
「聡! 大丈夫か!」他の龍達が騒ぐのを庇うように青龍は聡を抱き締めていたが、スッと目が開いた。
普段の穏やかな聡の目では無く、金褐色の瞳に睨み付けられて、四龍は長年待ち望んでいた黄龍が目覚めたのだと、全身に震えが走る。
『聡をそれほど愛しているのなら、交尾がすんだら、次の交尾まで私は眠ることにする。子龍はお前達が育てたら良い』
スッと目を閉じた聡を、青龍は抱き締めたまま茫然としていた。
「眠ることにする? 黄龍はそれで良いのか?」
白龍は聡の意識が消滅するのを哀しんでいたが、黄龍が交尾の時だけの存在になるのも龍の本能が拒否反応を示す。龍達は青龍の腕の中で眠る聡を複雑な気持ちで眺めた。
「聡を愛しすぎて、黄龍を蔑ろにしたのかしら?」
赤龍は、目の前の聡との日々をどれほど慈しんできたのか気づいて愕然としたが、先程の黄龍には全身を支配される程の欲望も感じる。
「黄龍だから聡を愛したつもりだったけど……」
黒龍は黄龍を愛しているのか、聡を愛しているのか、自分でも分からないと首を横に振った。
「我が君……黄龍としての目覚めを、あれほど待ち望んでいたのに……」
青龍も聡と黄龍のどちらにも惹かれる自分の気持ちの渦に巻き込まれ、どうすれば良いのか分からず、気を失ったままの聡を抱き締めた。
✳︎
1年ぶりに帰省した俺の顔色が悪いのを母親は心配したが、電車で酔ったのだと言って、少し部屋で休んだ。
「聡? 冷たい麦茶でも飲まない? 貴方の好物のミルク寒天も作ったのよ」
部屋に顔を出した母親が、自分が帰省すると連絡したので、仕事を休んで部屋を掃除したり、布団を干したり、子どもの頃に好きだった食べ物を用意してくれていたのだと、考えただけで涙が溢れそうになる。
「あぁ~! 少し眠ったみたいだ」
欠伸をした振りをして、涙を手で拭うとダイニングへと向かう。ミルク寒天の中の缶詰めのミカンが好きで、よく姉の芽衣と多く入っている方を取り合ったなと、俺は懐かしく思い出す。
「久しぶりにミルク寒天を食べたよ、美味しかった」
母親は満足そうに頷づいて、コップの周りに水滴がついた麦茶を飲みながら、世間話を始める。
「芽衣はどうやら彼氏ができたみたいなの、同じ職場の人だそうよ。今度、家に連れて来ると言ってたけど、もしかしたら……」
俺は姉が結婚したら、孫とか産まれて、両親も寂しく無いかもしれないと安堵する。
「それは良かったね」
母親としては、彼女居ない歴を更新している息子と、その周りに常にいる龍と名乗る男達との関係が気になるが、天宮家が容認しているみたいなので口出しができない。
「それにしても、電車で酔うだなんて……顔色も良くないわ」
会社勤めは上手くいってるのかと、母親に質問攻めにあい、普段なら男の子らしく素っ気なく答える俺だけど、上海へ出張したことなどを詳しく話す。
「ちょっと仕事が忙しいから、疲れているので電車で酔ったんだ」
もう大丈夫! と笑う息子が、何か悩んでいるのではないかと母親は察する。
『去年の龍神祭から、聡は天宮家を避けるようになったわ! 私は外から嫁いだ人間だし、詳しくは知らないけど……聡を訪ねてくる龍達の花嫁という意味は何なのかしら? 龍って本当に龍なの?』
天宮家の女の子が斎宮として龍神祭で龍神の花嫁になるという伝説は、同じ地方で産まれ育った母親も知っていたが、息子が龍神の花嫁だと聞かされてもピンとこない。
「お父さんが帰ってきたら、お母さんと一緒に聞いて欲しいことがあるんだ。やっぱり、まだ少し疲れているみたいだから、晩御飯まで寝とくよ」
何か質問したそうな母親に、自分が黄龍になり、意識も保っていれないかもしれないとは、俺は言えなかった。部屋でベッドに横たわり、父親が帰ってきたら言おう! いや、ご飯を一緒に食べてから言おう! と俺は一寸伸ばしにしている自分に気づいて苦笑する。
『言っても、お父さんにも、お母さんにも、どうしようもない問題だよなぁ……息子が龍だなんて、信じられないだろうし』
自分がどうなるのか、自分にも分からないのに、どう両親に説明したら良いのか混乱した俺は、青龍達に会いたくなった。
『何か、青龍達は変だった! 僕が意識を無くしている間に、きっと黄龍が目覚めたんだ!』
何時もなら鬱陶しいぐらいに過保護な四龍が、俺を実家に送り届けると、龍神神社に素直に向かったのが怪しく感じる。
『あの時、そう! 意識を手放す前に、窓ガラスに写ったのは黄龍だった!』
そう思い出した俺は、ガバッとベッドから立ち上がると、ちょっと出掛けてくると母親に言って、天宮の土地へと向かう。
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