第20話 お留守番は大騒ぎ

 中国へのプレゼンは原課長と前田さんと数名で行うことになり、新入社員の俺と黒龍は会社でお留守番になった。


「プレゼン、上手くいくと良いですね」


 教育係の前田さんが出張なので、女子社員の森さんに言われた仕事を二人でのんびりとしている。


「本当にねぇ、このプロジェクトが決定したら、貴方達も中国へ出張することもあるかもね。ところで、中国語は話せるの? 書類を作る時に、書くのは堪能で助かったけど、中国語は発音が難しいんでしょ。前田さんが留守の間に、勉強しておいた方が良いわよ」


 森さんは延期された二人の歓迎会が、プロジェクト祝勝会と一緒にできたら良いなぁと、他の女子社員達と計画を練り直していた。俺は森さんからのアドバイスを真面目に受け止めて、中国語の復習をしておこうと考える。


「黒龍は中国語も話せるんだよな」


 少し羨ましく思ったが、黒龍に教えてあげようかと覗き込まれ、アップになった端正な顔立ちにドキッとした。


「ふん! いらないよ」と、押しのけて立ち去ったが、俺は深い溜め息をついた。


『誰かを選ばなきゃいけないのか……いや! 私は男なんかと結婚しない! だから、誰も選んだりしない! でも、もし黄龍として覚醒したら……』


 新しい住まいに引っ越した夜、俺は今まで感じたことのない感覚にとらわれた。自分が黄龍なのか? という戸惑いを感じ、他の龍達の花嫁だという盟約の重みをじわじわと感じている。


 そして、龍人達も少しずつ俺の変化にきづいて、期待と不安に揺れ動いていた。俺は黄龍になれるかどうかは、未だ確信はなかったが、覚醒した時に自分の人間としての意志は残っているのだろうかと怯えを感じる。


『黄龍になったら、本能のまま相手を選ぶのだろうか? それとも、私の意識を保って選ぶのか? でも、誰を?』


 馬鹿馬鹿しい! 自分は人間なのだから、龍になんかならないと首を横に振って、仕事をしなきゃと資料を棚に取りに行く。


✳︎

 黒龍は自分から離れた場所で、聡が重大なことを考えているのを察知して、会社勤めなんかしてる場合じゃないだろうと苛つく。


『でも、聡は変に頑固だから、仕事を辞めろなんて言ったら怒るだろうな。中国語の練習なんかする暇があったら、恋愛のひとつもした方が黄龍に覚醒する切欠になるかもしれないのに』


 勿論、その恋愛の相手は自分だと、黒龍は空想して微笑む。お目付役の前田がいないうちに、黒龍は同じ会社に勤めている役得をフルに活用しようと考えた。


『聡をアフターファイブに連れ出したいけど、私が誘っても駄目だろうな。それに、他の奴らも黙って無いだろうし。でも、日頃、お世話になっている女子社員達に誘われたら、聡は断らないだろう』


 良いプランを考えた黒龍は、猛スピードで森から頼まれた書類を作成した。


「えっ、黒龍君、もう書類が出来たの? 凄いわねぇ~、後は中国語の勉強でもしておいて」


 森ににっこりと微笑むと、流暢な中国語で『お褒め下さって、ありがとうございます。でも、中国語の練習は必要ありません』と答えた。


「まぁ、中国語も上手に話せるのね」 


 女子社員達は「黒龍さんは何カ国語話せるの?」「趣味は?」「スポーツは?」とか、原課長や、前田主任などがいないので、黒龍を取り囲んで質問責めにする。


「趣味というか、ストレス解消にカラオケによく行くかな」


 にっこりと笑う黒龍に、女子社員達はめろめろだ。


「へぇ~! 何だか意外だわ」


 森は傲慢な感じの黒龍がカラオケが好きだと聞いて、変なの? と肩を竦める。


「あっ! そう言えば、他の部署に配属された新入社員の女の子から、黒龍さんと聡さんは歌手デビューできそうなほど上手いと聞いたわよ」


「きゃあ~! 聞きたい!」と、女子社員達から嬌声があがる。


「そうね、本当は今夜は歓迎会のはずだったのよ。課長達が出張だから、延期になったけど、スケジュールはあけてあるの!」


「カラオケに行きましょう!」


 盛り上がる女子社員に、黒龍は聡を誘うように頼み込む。


「さっき、ちょっと口喧嘩したんだ。中国語を教えてやろうか? と、親切で言ったら、聡はご機嫌斜めになってしまったんだ」 


 少し傲慢な雰囲気の黒龍なら、聡に偉そうな態度で言って怒らせたのだろうと、女子社員達は苦笑する。


「いいわ、私達が聡君もカラオケに誘うから。でも、この貸しは高いわよ~」


 笑いながら、どのカラオケ店にするかとか相談しだす。黒龍は1次会のカラオケはサッサと終わらせて、どこで聡とデートしようかと計画を練った。 

 

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