第19話 我が君……

 第一事業部のアクアプロジェクト課は、赤龍が山崎の御前に挨拶周りをした影響を受けていた。山崎の御前は隣の家の老夫人が、美貌に見惚れていたのを誤魔化す為に挨拶周りをするものですと、赤龍にお小言を言ったとは知らず、あらゆるコネを使って東洋物産が中国の水道システムを請け負えるように裏工作をしたのだ。


 特に先行している丸菱商事には、突然にアゲンストの嵐が襲ってきて、混乱を極めていた。そして、東洋物産の第一事業部も一刻も早くプレゼンしようとアクアプロジェクト課は必死で資料を作成していた。


「わざわざ中国政府から、計画や見積書を持って来いとの要請があるとは……まさか、これは天宮家が何か手配したのか? 中国の皇帝は龍がシンボルだった筈だが……」


 部長は原課長にプレゼンの用意を命じてから、部屋に籠もって悩んでいた。社長から中国政府の要望を聞かされて、巨大プロジェクトが有利に進むのを嬉しく思うと同時に、何故なのかは天宮関係しか考えられず、複雑な気持ちになる。


✳︎

 俺と黒龍も研修期間だなんていってられないと、前田さんから色々と仕事を命じられて、初残業をしていた。


「聡、もう疲れただろう? 帰らせて貰おうよ」


 黒龍は龍なので残業ぐらいでは疲れたりしないが、俺が疲れているのではと心配する。 


「馬鹿なことを言うなよ。女の人達も残っているのに、先に帰れないよ」


 やれやれと黒龍は肩をすくめて、少しでも早く帰れるように仕事を片づけていく。俺は突然の熱気に巻き込まれて、疲れどころか空腹も感じていなかったが、下の受付に家族が訪ねて来ていると内線で呼び出された。


「家族? 芽衣かな? まさかお母さん? お父さん?」


 森さんにちょっと席を外すと言って、エレベーターで受付まで下りながら、卒業前から会ってないと反省する。


「初給料でお母さんにはお花を送ったけど……そう言えば、お正月も帰らなかったから、半年以上ご無沙汰かも」


 ぶつぶつ言いながら玄関ホールに向かうと、そこには和服を着た美女に変人した白龍が大きな風呂敷包みを持って立っていた。


「白龍!」驚いて大きな声を出しそうになった俺は、帰宅しようとしている他の社員の手前、手で口を抑えた。


「聡が残業だと黒龍から聞いて、簡単に食べれる物を用意してきた」


 ずっしりと重い風呂敷包みを押し付けられて、唖然としているうちに白龍はサッサと外に出て行ってしまった。


「私と黒龍の分だけじゃないよね……どうしよう?」


 残業だからと、家の者がお弁当の差し入れをするのは過保護ではないかと俺は悩みながら、第一事業部に戻った。


「聡! 何処へ行っていたんだ?」


 森さんには席を外すと伝えていたが、黒龍は珍しく真面目にパソコンに向かっていたので言わなかった。


「ううん、ちょっと……」俺がこの差し入れをどうしたものかと悩んでいると、森さんが解決してくれた。


「聡君、それって、もしかして差し入れ? これから何か買い出しに行こうかと思っていたのよ」


 森さんの勢いに押されて、俺は風呂敷包みを差し出した。森さんと女子社員達は、風呂敷を開いて塗りの重箱の5段重ねに歓声をあげる。


「凄いわ~! お稲荷さん、巻き寿司、おむすび、それに色々なおかず!」


「どれもこれも美味しそう! 何処の料亭かしら?」


 残業している社員達も、女子社員の歓声で顔をあげた。


「白龍の差し入れか?」黒龍が俺の耳元で囁く。


 他の誰がこんなことをするんだと、俺は頷く。


「さぁ、聡君には一番に食べて貰わないとね~」


 お茶と共に紙皿にお稲荷や巻き寿司やお結びおかずを乗せて、課内に配られる。


「黒龍が残業だと伝えたのか?」


 一口食べると空腹だったと思い出して、俺は白龍の差し入れを一気に食べてから文句を言う。


「お腹がすいていたんだろ? 白龍が察したんじゃないか?」


 餌付け作戦に負けそうだと、黒龍は美味しい出汁巻き玉子を噛み締める。前田さんも配られた紙皿の上の差し入れを食べながら、どれもこれも美味しいなぁと感嘆していた。

✳︎

「それにしても、残業で差し入れとは、天宮の家族は過保護だな?」


 隣の席から声を掛けられて、天宮家の問題を前田は思い出した。


「過保護どころか……」急に、中国政府から水道プロジェクトについてプレゼンを求められたのは、何か天宮家が裏から手を回したのではないかと前田は感じていた。


『原課長は何も知らないと思うが、部長は怪しいな。天宮二人を見る目を不自然に逸らしすぎる』


✳︎


 この夜、遅く帰宅した俺は、疲れてすぐに寝てしまった。青龍はすやすやと眠る聡の顔を眺めて、黄龍として覚醒して欲しいと願った。


「我が君……黄龍となられたら、誰を伴侶に選ばれるのでしょう」


 それぞれが、この穏やかな日々が何時までも続かないと感じながら、黄龍の覚醒を待つという不安定な時期を迎えていた。そして、その龍達の不安定な気持ちが、俺に少しずつ影響を及ぼしていく。

   

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