二日目 黒い兎に白い猫

世界が崩壊してから三日目の朝だ。

昨日のように、朝起きたら黒兎さんがいる。なんて事はないのだが。

目の覚めた俺の横で、安らかな寝息を経て、女の子がシーツを身体に巻き付けながら眠っていた。

「なんで、女の子がベットに入ってきてるんだ」

俺の頭の中は、その言葉で埋め尽くされていた。

視線を宙に泳がせ、また女の子の姿を見た。

その子は何故か半裸の状態で、窓から入る日差しを浴び、気持ち良さそうに寝ている。

昨日、俺は何もしてないよな。

急に不安になった俺は、脳裏にそんな言葉が過ったが、昨日は直ぐに眠ったはず。だよな。

頬を軽くつねる。つまんだ部分にヒリヒリとした痛みを感じる。

良かった、痛覚が正常に機能している。つまり、これは夢じゃない。

いや、何も良くねえ。

この状況を現実と認め、深いため息をついたその時、部屋の扉が開いた。


「しきくーん、おっはー。おじちゃんが起こしにきたよー」

最悪なタイミングで、最悪な人が部屋に入ってきた。

顔が青ざめていくのがはっきりと分かった。

黒兎さんは、俺と、横で寝ている女の子を二度見して。

「お邪魔してごめんね」

部屋から出ていった。

「ちょっと待ってください。誤解なんです」


黒兎さんを引き止め、ついさっきあった事を全て話した。

「いやあ、誤解ねえ。おじちゃんは信じてたよ」

笑いながら体は後ろに引いて行っている。

発言と行動が全く合っていない。

「信用してませんよね、こんなこと。俺も信じたくありませんし」

にこにこ顔の黒兎さんは、女の子の肩を揺すりながら。

「おじちゃんは信じてるよ。だって、この子をここで寝かせたのおじちゃんだもん」

とんでもない事を口にしたバカ野郎を全力で殴りたくなる衝動を俺はなんとか抑えた。


女の子は目を擦りながら体を起こした。

小さくあくびをして、眠そうな目を黒兎さんに向ける。

「あれ、黒兎さん。起こしにきてくれたんですか」

能天気にそんなことを言う女の子は、再度眠りにつき、黒兎さんは「おやすみ」と言って部屋の外に出ようとする。

「ちょっ、この子黒兎さんが連れてきたんでしょ。くそ、逃がすか。アイシクル」

手を扉に向け、手のひらに水色の魔方陣が形成し、黒兎さんがドアノブに手をかける寸前、氷魔法で扉の枠を凍結させる。

初の魔法をしょうもない事に使ってしまった。

「おおっと。危ないじゃないか志輝君。これでおじちゃんの手まで巻き添えになったらどうするんだよ」

その質問に即行で返答した。

「その時は、一日放置します」


俺の無慈悲な言葉が心に刺さったのか、右胸を押さえながらヨタヨタベットまで歩き、腰をかけた。

燃え尽きたぜ。みたいになった黒兎さんの姿に、罪悪感を覚えた。

さすがに言い過ぎてしまったと反省した。


そんな俺の心情をよそに黒兎さんは。

「俺を癒してよ、白猫ちゃん」

眠っている女の子に癒しを求めだした。

白猫と呼ばれた女の子はけだるそうに顔を上げ、魔法を使った。

それは攻撃系統のものでなく、回復系統の魔法。

黄緑色の魔方陣が黒兎さんが必死に押さえていた、右胸に浮かぶ。

寝ぼけた声で魔法を唱えた。

「ヒール」

魔方陣が光輝き、神秘的な輝きを放って消えたいった。

回復効果はかなりありそうだが、黒兎さんは不満げな顔をしていた。

「白猫ちゃん、その癒しじゃないよ。肉体的にじゃなくて精神的に癒してほしいんだよ」

ダメな大人が精神の癒しを求め、女の子にすがる姿は滑稽だった。


「ごめん、黒兎さん。白猫はわかんなかったよ」

悲しい表情でシュンとする白猫の姿を、俺はどこかで見たような気がした。


「それで、黒兎さんは用があって俺の部屋に入ってきたんですよね」

いまだに胸を押さえながら、うんうんと頷いた後。

「今日はお泊まり会だー。イエーイ」

急なハイテンションで意味の理解できない事を言った。

同じテンションで言葉を返さず、呆れた声色で応対した。

「そういうのいいんで、真面目に話をしてください」

「はい、そうですか」

精神に大ダメージを与えてしまった。

これはもう白猫の回復をもってしても癒す事はできないだろう。

「黒兎さん。私にも、ちゃんと話して。じゃないと」

猫のような眼光をした白猫の手には槍が握られていた。

レシストの女性は男よりも血の気が多いかもしれない。


「冗談はこれぐらいにして。実は、局長から直々に依頼がきましたー。イエーイ」

白猫と手を組んで黒兎さんをボコボコにした。

「本当に冗談はこれぐらいにして。局長に避難所の治安を見てきてほしい。って言われたんだよね。そのため、今日は今から行く避難所でお泊まり会をします」

「なんでそれを早く言わないんですか」

「えっああ」と言って困った表情をした。

まさか、忘れてたんじゃ。

「怒らないでくれるかな」

すごい怯えてる。なんでかは分からないけど。

「別に怒りませんよ。正直に話してください」

目を泳がしながら言った。

「わざと言ってませんでした。志輝君の部屋に入る前に白猫と。志輝君でちょっと遊ぼうって計画を企ててました」

黒兎さんだけでなく白猫まで。

でも、さっき白猫は。

「私にもちゃんと話して。とか言ってなかった?」

俺の質問に対しての答えは返ってこなかった。

「さあ、おじちゃんの車で現場に向かおうか。レッツらゴー」

「おー」

まだ聞けてない事があるんですが。

自由奔放な二匹の小動物の後を追って部屋を出た。

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