ファートゥムレシスト

kou

一日目 奪われた日常

「運命とは確定された未来。決して逃れる事のできないもの。運命とは様々な結末を迎えるもの。幸せにし、時に不幸にもする。だが、運命とは人が抗おうとすれば、不確定なものにもなる。その時、人がどういった行動を起こすかで未来は変わり、最良の結末を迎える事ができる。人の意志は因果いんがことわりをも、ねじ曲げる事が出来る」


「しかし、未来を変える事は容易に出来るものではない。人の意志という可能性がいくら強大でも未来を変えるにはそれ相応の覚悟、力、知恵、行動力、協力者が必要でしょう。全ての条件を揃えれば、未来を変える事は可能です。ですが、その条件をそろえる事も容易ではありません。人は、どれか一つを持っていてもそれ以外は欠けているものです。もし、あなた様が未来を変えたいと強く願うのでしたら、私達が力を授けましょう。後は、自分次第でございます」


一日の半分が過ぎた。学校に行って、友人と何気ない会話をして、家に帰る。何の代わりばえのない日常。

いつまでも、変わる事はない。この日常が永遠に続いていくと、俺は思っていた。


高校での一学期、終業式が終わり、生徒達は明日からの夏休みに嬉々ききして正門を出ていく。

この年齢にもなって大型連休で喜ぶなんて、まだまだ子供だな。と思ったりするが、俺も夏休みを待ちわびている一人なので何も言えない。

俺、十八歳の精神年齢は推定十歳程度なのかもしれない。


夏休み期間の予定をたてながら賑やかに話をして、そこらじゅうに堪っていた生徒達はそれぞれ解散していく。

俺も早々と家に帰り、課題を済ませたいのだが。今は、学校近くの広場で友人と待ち合わせをしている。

メールで一方的に「待っとけ」と言われたのだが。


指定された集合時間から十分以上が経つが当の本人は来ない。

待ちくたびれたし、連絡だけいれて帰ろう。

そんな気にもなってきたが、一応気長に待っておくことにした。

友人がわめきながら家に押し掛けてきそうだからだ。


現に一週間前。

今日と同じように広場で待ち合わせをしていた。

もちろん。

(おもしろいの見つけた。いつもの広場で待っといて)

なんて意味不明な文面のメールで一方的になんだが。


あの日は今日よりひどく。三十分以上も待たされていた。

待つのに疲れたし、理由が理由だし。

メールで。

(お遅いから帰る)

とだけ書いて送り、家に帰った。


その日の夕方、

「おまえ、なんでまっでてぐれなかったんだよ」とか言いながら呼び鈴を鳴らしまくってきた。なんてことがあった。


さらに十分が経ち。

周りの視線が集まっているなか、気にせず大きく手を振りながら走ってくる、恥じらいのない友人がようやくやって来た。

もしかしたら俺よりも精神年齢が低いかもしれない。


「おーい、志輝」

でも、そんな元気なところが彼の良いところだ。

「やあ、依桜」


桜庭依桜さくらばいお彼とは小学生の頃からの親友で幼馴染みというやつだ。いつも陽気でどんな場面でもプラス思考で物事を考えれる。良い意味で前向き、悪い意味で言えばバカ。それでも、大事な友達だ。


「待たせて悪かったな。さっき、急いでこっちに向かってたらさ、産気づいたおばあちゃんがいてさ。おんぶして病院に送ってきたんだよ」

申し訳なさそうに手を合わせ、頭を下げているが。言い訳をされた今、依桜の姿に反省の色が見える事はない。

それと、言い訳をするならもう少し、ましな言い訳をしてほしかった。

おばあちゃんが妊娠したら身がもたないだろうに。

「いいよ、依桜が遅れて来るのはいつもの事だからね。あっ、柚晴も待っててくれたんだけど。柚晴には、なんて言い訳するのかな」

意地悪な感じでそんな事を言い、噴水の横にひとつだけぽつんと置かれているベンチに、ゆっくりと、直視しないように、目線だけ動かすように見た。


俺と同じく、依桜に待たされていた友人の一人は、ベンチに座りながらアイスをかじっている。とても、可愛らしい女の子とは言い難い。不機嫌オーラ全開で眉間にしわを寄せるその姿は、食に飢え、獲物を狙っている虎そのものだ。


東雲柚晴しののめゆずは中学の修学旅行で同じ班になったのがきっかけで話をするようになり、今では頻繁に遊びに出掛けたりするほど仲良くなった。感情が豊かで、ちょっとした事でも色んな表情を見せてくれる。後ろで結ばれたポニーテールは天真爛漫な柚晴に合っていて。そんな彼女は高校の男子の中でも人気で、告白は堪えないらしい。自身も柚晴の笑顔にはドキッとしてしまう時がある。それぐらい可愛い女の子だ。

のはずなんだが、今日は一段と機嫌が悪いな。ドキッとする要素が、今の柚晴には全くない。むしろゾクッとしそうだ。


依桜もその虎の姿を視認したらしく耳打ちで話を始める。

「なんか、凄い怒ってるぞ。やっぱり、俺が遅れて来たせいか」

「それもあると思うけど。九割は別にある事は確かだよ。俺なんて、ホームルームが終わって直ぐに柚晴に捕まってアイス奢らされたからね。どっちかというと俺の方に何かありそう」


ちなみに、奢って上げたのは昔から大人気の氷菓子で。通常版は安くで販売しているのに、期間限定版になると値段が倍になるあのアイスだ。


依桜は「九割って別にあるんじゃねえか」と言いながらホッと溜め息をつく。

自分に非がないみたいな言い方をしているが、一割でもある時点で依桜にも非があると言うことは言わないでおこう。



俺と依桜が内密な話をしているなか、柚晴はアイスを食べ終え、残ったアイスの棒をごみ箱に投げ棄てる。そして隣に置いていたバックを肩に掛けて立ち上がり、俺達のいる方に向かって来る......あの剣幕は変わらずに、拳を強く握りしめて。


柚晴の姿を見て依桜はあたふたと慌て出す。

「あれはやばいって。殺される、絶対に殺される」

そう言いながら俺の後ろに隠れ、ケータイで写真を撮り出す。

びびっているのか、怖いものしらずなのか。はたまた、ただのバカなのか分からない。


「ちょっと、俺を盾にしないでよ。俺だって恐いんだからさ。それと写真はやめた方がいいよ。ケータイごとデータを消されるからね」

ケータイごと消されるなんて、実態件があるからこそ言えることだ。


視線を戻すと、目の前には腕を組んで立つ柚晴がそこにいた。

「あんたたち、さっきから何言ってるのよ」

「「ひいい」」

グレードアップした剣幕に身がすくみ、二人で思わず情けない声を出してしまう。


柚晴は呆れたと言うよりも、諦めたといった感じに首を振り。

「なんでそんなに怯えてるかはなんとなく理解したわ。言っておくけど、別に依桜が遅れて来た事で怒ってる訳じゃないんだからね」

ツンデレを思わす口調でそんなことを言った。


依桜は本日二回目の溜め息をつき。

「じゃあ、なんで怒ってるんだよ。お前が怒ってる時は大抵俺が関係してるだろ」

日頃の行いを認めた。

それを自分で言っちゃうんだ。

でも、依桜が自覚しているだけましだな。

潔くて逆に清々しいくらいだけどね。


依桜が確信犯だと分かり、軽く罵る事にした。

「依桜がばかだから怒ってるの?」

「それもあるんだけど。てか、そんなのいつもだし。で、あるんだけどそれ以外何だけど」

決して否定はしなかった。冗談で言ったつもりなんだけどな。俺も否定はしないけど。

本人は気にしてないみたいだしいいか。

「だけど、何?」

「いや、だからあ」

俯いて口ごもる。

俺達には話にくい事なのだろうか。

悩みがあるなら友達として相談してほしいのだが。

「ははあーん。そういう事か。柚晴も女の子だもんなあ。そうだよな、志輝」

何かを悟った依桜は俺の肩をバシバシと叩いてくる。

顔を真っ赤にして柚晴は依桜に。

「ちょっと、志輝には言わないでよ」

何故か、俺に原因を言うなと口止めをした。

「分かってるって。にぶにぶな志輝には言わないって」

今の発言には反論したい部分があるが、話が反れてしまいそうなのでやめておく。それにしても、柚晴の怒りの種はなんなのだろうか。


考えながら空を見上げる。

鮮やかで少し薄めの青色が画用紙一面に塗られているような快晴。

きれいな空と、柚晴のオーラで集中が散漫してしまい何も考える事ができない。


しょうがないので、考える事をやめて依桜に答えを聞く。

「依桜、分かったなら教えてよ。俺だけおいてけぼりなんて酷いだろ。後でジュースおごるからさ」

精神年齢の低い彼は、簡単にジュースで釣られる。そんな残念な依桜は得意げに指でくいっとエア眼鏡を上げ、名探偵風に喋り出す。

「これは、私の仮説でしかないのですが。志輝君は柚晴君にアイスを奢らされたのですよね。それを柚晴君は一口かじった。そして、柚晴君は羞恥心に耐えながらこう言ったはずです。志輝、これ食べてみない。とね。そして、それをあなたは遠慮しませんでしたか。多分こんな感じで。俺はいいよ。そのアイスは柚晴のために買ってあげたんだから。俺は、柚晴が美味しそうにアイスを食べてるところを見れてるだけで良いよ。なんてキザったらしくね。まあ、それで柚晴は怒ってんだろうな」

確かに、仮設通りの事があったけども。

てか、キザったらしくは余計だ。

「確かにしたけど。でも、女の子が食べていたものを食べるのは恥ずかしくないか」

依桜はやれやれと首を振り。

「柚晴、にぶにぶには直球が一番だぜ」

変なアドバイスをした。

「そうみたいね。今度からは、頑張って直球にしてみるわ」

何故か、柚晴はそのアドバイスに納得をした。

結局、最後までおいてけぼりをくらってしまった。


「もうこの話は終わりにして。依桜、私達に用があって待ち合わせしてたんでしょ。そっちの話を早く済ませてよ」

あれ、俺はそんな事は聞いてないぞ。

「そう慌てるなって。立ち話もなんだし喫茶店でも行こうぜ」

依桜の意見に賛成して、喫茶店に向かう。

この場を後にし、依桜がおすすめる喫茶店へと歩きだす。


その男は、人々を見下ろしていた。

「二人を持ち前の明るさで励まし、運命をも明るく変えていく少年。桜庭依桜」

「ある事をきっかけに、二人の運命を大きく変えていく少女。東雲柚晴」

「この世界の運命をねじ曲げていく存在。七瀬志輝。彼の選択次第で人類の迎える結末は確定する。彼は周りの人間に影響を与え、関わった人間は彼を頼りにして、未来をを辿っていく」

「待ち受ける運命は乗り越える事の難しいものばかりだが、悲しき過去を背負った強き仲間と共に乗り越えていくだろう」

男は、志輝を数秒見つめ姿を消した。


徒歩五分の近場にある喫茶店に着いた。

「それで、話ってなんなの。つまんない話だったらここのお金払って貰うわよ」

理不尽極まりない事を言っているが、これは依桜が話があると言い、喫茶店に入った時の決まり文句みたいなものになっている。

依桜もどうせ払わせられるならと分かっていて、諦めがついているようで気にしてはいない。

「言っておくが、これは本当に凄いぞ。まじで、凄いぞ」

やけに凄いを連呼されると、どうでも良くなってくる。

「分かったから、本題に入ってよ。こっちは依桜の話なんてどうでもいいんだからさ。面白くなかったら残念カス認定してあげるよ」

まさか、毒づかれるとは思いもしなかったようで、驚愕と言った表情をしたのち、咳払いをする。

「ごほん、きっと興味は持ってくれるさ。気を取り直して。それで、このアプリなんだけど」

声には自信が失われていた。


依桜はケータイを取り出し、操作を済ませて画面を見せてきた。

「ウルティムスって言うアプリなんだけど。これが凄い流行ってるんだよ。新システムを採用してる本格派のRPGで、ゲームが人の能力を計って初期のステータスにするんだ。しかも、ゲームのサービスが始まるのは今日の夜からで、同時進行でストーリーが進むっていうおもしろシステムなんだよ。なんだけど、アプリの製作者も、何もかも分からない謎のアプリなんだよな」

確かにゲームのシステムを聞くだけでも興味はそそられる。

同時進行で行われるゲームという所もだが、特に全てが謎だと言う事に。

「それで、そのウルティムスって言うアプリがどうしたのよ」

柚晴の質問に困った依桜は返答がおかしくなってしまう。

「ええっと、ええ?いや、どうしたこうしたも、ないんだけどさ。いや、あるんだけど。三人でこの、をね」

依桜の様子を見てなんとなく理解した。

「一人じゃあ恐いから、皆でやってみないか。って事かな」

依桜は頭をかき、苦笑いをして。

「そう言う、事っす。ほら、だって恐いじゃん。何もかも分からないって事は何が起こるか分からないって事だろ。実はさ、待ち合わせ場所に行く前にウルティムスを試すか試さないかで葛藤してたんだ」

それで遅れたのか。でも、依桜だったら冗談半分か勢いでやってそうだけど。

「とりあえず二人ともインストールをしてくれよ。そしたら三人で始めようぜ」

ケータイを取り出し、依桜の指示通りに謎のアプリ、ウルティムスのインストールを始める。


インストール中の五分間、雑談をしながら待っていた。

「さて、二人とも準備はいい?」

依桜と柚晴は頷く。

三人同時にウルティムスを起動する。


落ち着いていて耳に残るBGMとともに真っ暗な画面から燕尾服を着た男性が現れた。

「本日は、ウルティムスをご利用していただきありがとうございます」

整った顔立ちに柔らかな物腰、その姿はまさに執事のようだ。

「私の名は、ノルンと申します。あなた様の専属執事になります。早速ですが、アプリの利用法方等を説明いたします」

俺はゲームのキャラ相手には意味のない事だろうが反射的「よろしく」と口に出していた。

ノルンはその言葉に反応したかのように会釈をして返す。

「当アプリでは、あなた様の秘めたる能力を測定し、ゲームでの初期ステータスとして設定する同時進行型ゲームでございます」


ノルンが画面の右端に移動すると、中央にうっすらと青線で枠どられた長方形が二つ並んででる。

「この入力欄にご自身の名前とニックネームを入力していただきます。これは登録の様なものです。ではこの入力欄をタップして入力をしてください」

言われた通りに、入力欄をタップして名前の欄に七瀬志輝、ニックネームの欄にシキと入力する。

入力を終えて、確定ボタンを押す。

すると、画面は切り替わり自分の顔が写し出される。

突然の事に驚いてしまい、表情に出てしまう。その顔を画面越しに見て少し悲しくなり、苦笑したのちため息ををつく。

今日はため息をよく聞く気がする。

そんな事を思いながら、こんな顔は一生しない様にすると心に決めた。

どうやら入力を終えるとカメラに自動的に切り替わるようになっていたようだ。

「顔写真を撮らせていただきますので、そんなに驚かないでください。では、志輝様の表情が整ったタイミングで画面をタッチしてください」

まるで、さっきの顔を見ていたような物言い、やけに「整った」を強調して言ってくる。


ふとした疑問がうかぶ。

ノルンは普通のゲームキャラじゃないのではないか?

考えつく事で言えば、人工知能が組み込まれたAI?

検討がつくことはない。

「謎のアプリ、ウルティムス......か」

今は考えていてもしょうがない。

変な顔になっていない事を確認して画面をタッチする。

カシャッと言うシャッター音がなり、先程入力した名前とともに顔写真がでる。

続けてシャッター音が二回なる。

依桜と柚晴も順調に登録を進めているみたいだ。

画面に視線を戻すと中央にノルンが立っていた。

「ご協力感謝致します。それでは、登録を始めますので目を瞑っていてください。少々頭が痛むと思いますが、ご了承ください」

画面からノルンは消える。

すると、突如異常な程の光がまぶたを通して入ってくる。

それとともに、頭に針で刺される様な鋭い痛みが走る。

何かと繋がった。

脳の中で人体の上限が解放され、知ることもない情報が書き込まれていく感覚。

書き込まれた情報について考えようとするが痛みで阻まれる。

今はまだ知るべきときではないと言っているかのように。

一度に大容量の情報が入ってくるせいで意識がもうろうとする。脳に負担がかかりすぎたせいだ。

やがて痛みは止み、かすれた意識のなかで依桜や柚晴、ノルンでもない誰かの声が聞こえた。

「あなたには運命に抗う力がある。その力をうまく使う事ができれば。きっと、未来を変えることができます。この崩れた世界を」


「登録が完了しました。志輝様、目を開けてください」

さっきとは大違いに頭の中がスッキリとしている。目を開けて、体に異変が起きてないか調べる。

目に見える箇所は大丈夫だ。

体調が悪くなったり等もない。

身体に異常をきたしてはいないが、違和感を感じる。

この違和感は自分ではない。これは周りに対してか?

不審にならない程度に店内を見渡す。

依桜の提案で入ったコジャレた喫茶店。

バランスよく両手に食事を持ってお客に届ける店員。

本を読みながら、物静かにコーヒーをすすっている男性。

迷惑にならない程度のボリュームで楽しそうに話をしているカップル。

どこにも異変はない。

店内でないのなら、外で起きているのか。

外を見ても夕暮れに町全体が赤く染まっているだけでいつもと変わらない。

見方が違うのかもしれない。

主観的でなく、客観的に見たらどうだろう。

自身と同じペースで登録をした依桜と柚晴には登録中に二つの異変が起きている。

依桜と柚晴にも同じ事が起こっているとは確信がないが。同じアプリをしているんだ。二人にも同じ事があったと考えていいだろう。

それはもちろん、光るケータイと頭痛。

この二つを客観的に見るとしよう。

食事を届ける店員が見れば、いきなり光出したケータイを持って痛みに耐えるように目を閉じているお客。

そんな場面を見たら食事を届けている場合ではないだろう。

声をかけて容態を確認し、救急車なりに連絡をするはず。

それは、他の人達にも言えること。

普通なら騒ぎになっているはず。

なのに、なっていない。

なぜだ。まだ登録を済ませていないのか。登録をしてあんなことになる事態おかしいが。

それより、そもそもウルティムスなんてアプリ自体ないんじゃないか。と疑うが、ケータイの画面には登録完了の文字といくつかの数値が出ている。

「志輝も登録終わったんだな」

急な声に少し驚いたが聞き慣れた依桜の声だと気付きホッとする。

「うん、終わったよ。二人も終わったのかな」

「おう、終わったぜ。ステータスもバッチリ出た」

依桜はケータイをぐいっと顔に近づけて見せてくる。


ネーム櫻庭依桜、ニックネームイオ

HP1920、MP710

腕力18、知力7、体力18、魔力5、技力12、速力8、精神力19、集中力10、命中力13。

武具大剣、属性火。


「これが依桜の初期ステータスなの?ここの書いてある武具とか属性ってなに?」

「おおっと、質問が多いな。まあいいや。執事に言われなかったか?ほら、ウルズに。ゲームの設定とか悪魔の事とか」

そう言った説明はされていないし、ウルズとは誰だ。

「俺の方は説明をしてもらってないけど。それと、俺の執事はノルンって名前だったよ」

依桜の方もノルンって誰?と言った反応だ。

ランダムで執事が変わったりするのだろうか。

「ねえ、柚晴はどうだったの」

声をかけるが返事が返ってこない。

それもそのはず、柚晴はテーブルに突っ伏して寝ていた。

すごく気持ち良さそうに寝ているのを見ると起こしづらい。

「ん、柚晴寝てるんだな。これはチャンスだ。油性ペンで落書きしてやろう」

後先考えない行動をとろうとする依桜をなんとか静止させる。

「冗談半分、本気半分だけど。とりあえず起こした方がいいだろ。ここ、店の中だしな」

最初の言葉が気になったが、言っている事には一理ある。だが、

「もう少しゆっくりしていこう。まだ、俺のステータスを見せてないしね」

依桜は頷いて同意する。

「だな」


「それで、志輝のステータスはどうなんだ」

どうと言われてもまだ見てないし、それ以前に考えたい事があるし。

ひとまず依桜にケータイを渡す。

「こんな感じかな」

ケータイを受け取り画面を見て、依桜は目を閉じたり開けたりを二回繰り返す。

「し、志輝。これバグってんじゃねえの」

不安になる単語が聞こえて、そんなバカなと思いつつケータイを見る。


ネーム七瀬志輝、ニックネームイオ

HP2400、MP360

腕力22、知力26、体力17、魔力18、技力30、速力26、精神力15、集中力26、命中力19。

武具全て(主に片手剣)、属性全て(主に氷)。


「普通じゃないの?」

激しく首を横に振り否定する。

「説明で言ってただろ。レベル1でステータスが20を越える事はないって。それになんだよ全武器使えて全属性使えるって。ってああ、お前はその話はされてなかったんだったな」

珍しく依桜は人の話を聞いていた。


依桜と俺のウルティムスは一緒であってなにかが違う気がする。

依桜には何があったのかを詳しく説明した方がよさそうだ。

説明に十分を費やした。

「俺の方はウルズで、志輝の方はノルン。登録前の光と登録中の頭痛。謎の違和感。お前の言ってる事は信じるけど、俺の方には異変なんて何も起こってないんだ」

俺には起きて、依桜には起きてない。

そうなのだとしたら、俺の異変にさすがに気づいてくれるはずだろう。

「まっ、そう難しい顔すんなって。今のお前が元気ならいいだろ。それに、柚晴にも同じ事を聞かないといけないし、第一にノルンってやつが今日にでも説明をしてくれるかもしれないしな」

めずらしく真面目に結論を出してくれた依桜に感謝しつつ、時間を確認する。

「もう7時か。長居しちゃったな」

俺の言葉に過剰に反応して、「そんなばかな」と連呼しながら時計と外を交互に見る。

時間と外の暗さが合っているか確かめているのだろう。

しまいには、目を開けたり、閉じたりしだす。

似た光景を見るのはこれで二回目だ。

「やっべえ。志輝、ゆ、柚晴、柚晴起こせ」

「別にいいけど。どうしてそんなに慌ててるんだよ」

「お前は逃れられたから記憶にないだろうが、俺は柚晴とバイトしなきゃならないんだよ」

そういえば以前、柚晴が特殊な事情でバイトをしなければならなくなった。

その時、柚晴の命令によりバイトを一緒にすることなった俺と依桜はてきとうな理由を付けて逃れる事を試みた。

まあ、予想通り撃沈した。

依桜だけ。

「そうだったね。すっかり忘れてたよ」

「まっ、無理もねえよ。あんな事聞かされちゃあ、誰でも忘れたくなるさ」

あんな事、それは柚晴がバイトを始めた理由。

この話は依桜がバイトをする理由を問い詰めていく後に聞いた。

柚晴の家庭は柚晴が八歳の頃に母親が亡くなってしまい、父子家庭になった。

父親は酒に溺れ、暴力を振るうようになり、しまいには借金までしてしまった。

その総額二千万。

借金取りに追われるうちに耐えかねた父親は借金を返すため、柚晴に「バイトでもして働け」と言ったきた、とのことらしい。

「なんで早くに言ってくれなかったの」と問うと。

「二人に心配させたくなかった」と答えてくれた。

それを聞いて、バイトを一緒にしようかと考えたが、柚晴は真実を知った上で手伝って欲しいとは思わないだろう。

理由を知っていなければ手伝ってほしいっていうのもおかしいけど。

「ごめんね、私の事情で迷惑かけて」

柚晴は泣きながらそんなことを言った。

言葉をぐるぐると頭の中で探していると、依桜が口を開いた。

「それでも俺はやめない。それに、柚晴が俺達に迷惑かけんのはいつものことだろ」

少し泣き目で、それでも柚晴の前では強くいようといった表情でそう言った。

俺も、依桜のように今の気持ちをそのまま言葉にした。

「柚晴、話してくれてありがとう。これからは、もっと俺達を頼ってね。俺が、柚晴を助けてあげるから」

家族のことばかりは、俺達ではどうしようもない。

だからせめて、今の俺に出来る事をしていこうと決めた。


優しく肩を揺すり、耳元で囁く。

「柚晴、起きて。バイトの時間だよ」

間の抜けた声を出して、ゆっくりと顔を上げる。

「ふぇ、ばいと。うわあ、しまった。もうこんな時間か。なんで早く起こしてくれなかったのよ。依桜、お金」

「分かってたよ。これでまとめて払ってくれ。マスタアアアア」

いつもの事だしどうせならと、どや顔で五千円札をテーブルに置く。さながら残念なパシりの様だ。

そのパシりの胸ぐらを掴み、引きずりながら店内から柚晴は出ていく。


俺はこの光景がそれぞれの道を歩んでいくまでの間、続いていくと思っていた。


会計を済ませ、家に帰るべく夜の道を歩く。

夏の夜は昼の暑さが嘘のように涼しく、雲が一斎ないので星がよく見える。

ビルの明かりの中で輝く星を見上げる。

考え事をする時はいつも空を見る。こうしていると、心が落ち着いてs思考が冴える。

今日は不思議な事がありすぎた。

謎のアプリウルティムス。

登録時の異常な光に頭痛。

そして登録後に起きたあの違和感。

色々あったと言っても全てウルティムスに関係している。


まずは、異常な光と頭痛の推察から。

これは、あの時に感じた何かと繋がる感覚と関係があるだろう。

ケータイにあれほど強い光を発する事はできない。

あの光には膨大なエネルギーが必要なはず。ケータイの出力でできるとは思えない。なら、あの光はどうやって。まさか、ケータイが光っていたのでなく、まったく別のものが光っていたのか。いや、それもありえないか。

そんなものはなかったし、そんなに光る物体を俺は知らない。

頭痛の方は、脳にかなりの負担がかかったから、激しい痛みとなったと考えれる。


次に登録後の違和感だが、あれはもう周りの人の記憶が書き換えられたか、無くなったかのどっちかだ。

前者なら説明はつく。

俺の記憶はそのままにし、他の人達の記憶を書き換えた。

(突然の光も、痛みに耐える学生もいなかった)といったぐあいに。

後者の方になると、光と頭痛の記憶が消え、空白の時間がうまれてしまう事になってしまう。

ひとまずの推測は済んだが、全ての仮説には超上現象が必要になってしまうため無理がある。

考える事をやめる。結局いくら考えても結論なんてでなかった。

空を見上げるのをやめたその時、星空は消え薄い膜と文字列が浮かび上がる。

薄い膜に大きなひびが入っていく。

そのひびは他のひびと繋がっていき、割れた。

細かい膜の破片が中を舞って降ってくる。その破片は落ちてくる途中で消えた。

「はあ、なんで悩み事が増えるかな」

こんなに冷静でいられるのは処理落ちしかけているからだろう。

今なら何があっても動じずにいられる気がする。


「うわあああ」

近くの公園から叫び声が響く。

こう言うのってフラグって言うのかな。

関わらない方がいいだろうと思うが、体は叫び声のした方へと自然に動いていた。

藪に入っていく。道なき道を進んで行く。

音が聴こえる。

キンキン、と金属がぶつかり合う鋭い音。

ただ事でない事だけは確かだ。

進むにつれ、音は大きくなっていく。

やっと藪を抜けることができた。

やはり、ここは家の近くの公園だ。

普段からよく見る公園だが、一つ違う点がある。

街灯と同じくらいの背丈に大きな鉈を持った黒い肌の化け物。

そいつと戦う、槍を持った少女に、尻もちをついて後ずさる男性。

そんな非現実的な光景が目の前で起こっていた。


「ち、近寄るなあ」

少女を置いて、一人で逃げ出そうとする男性を化け物は少女を無視して追う。

「先輩に手を出すな」

すかさず、少女は男性の前に立ち、槍の先をむけ、構える。

鋭利な槍の先端は、小刻みに震えている。

足がくんでいて、腰が引けている。どうやら、立っているのもやっとの状態のようだ。

「先輩、早く逃げてください」

恐れに耐え、勇敢に立ち向かう少女の姿に対して、自分優先で逃げようとする男性にイラつきを覚える。

だが、俺がそんなことを言える立場ではない。

藪に隠れて、ただただ、二人が化け物に追い詰められて行く光景を見ているだけの俺に。


化け物は鉈を持たない手で少女を払い除ける。

槍の柄で化け物の豪腕を受け止めようとするが、細身の少女が受け止められるわけがなく。容易くはね除けられる。

「キャア」

受け身をとりきれずに後頭部を強打し、ガクリと地面に倒れる。

邪魔者がいなくなったいま、化け物は男性にむけて鉈を大きく振りかぶる。

少女は手を伸ばして。

「やめて。先輩、はやく、にげて」

尚も立ち上がろうとした。

自分の容態など気にせず、力の入っていない腕で。


狂ったように男性は不気味に笑った。

「はっひゃひゃあ、ふあっっはああ。はあ、はあ。だ、だれか、たすけ」

助けの言葉を最後まで言うことなく男性は鉈の餌食になった。


化け物は深紅の血に染まる。

どろっとした血液をその身に纏った化け物が、眼に焼き付いた。

頭がおかしくなりそうだ。

人が殺されてた。しかも、殺した相手が異形の化け物。


吐き気を抑えるため、口を塞いだ。

信じれない。信じたくない。

意識が遠くなっていくなか。

「ヴォオオオオオ」

低い声で雄叫びを上げ、倒れ込んだ少女を次の標的として歩きだしていた。

「ひっ、いや」

攻撃の範囲内に入った化け物は男性を殺した時と同じ様に鉈を振りかぶる。

また、人が目の前で殺される。

「俺に、力があれば」

助けられるのに。でも、俺が行ったって何の助けにもならない。

違うだろ。そんなのは言い訳だ。

考える事を止めているだけだ。知恵を振り絞れば、少女だけでも逃がすことができる策がひらめくはずだ。

俺はただ、恐れているだけだろ。あの化け物に。

恐怖で思考もままならない。

考えている暇はない。

欲しい、化け物に立ち向かう勇気と力を。

欲しい、人を助ける事のできる力を。


意識が遠くなっていく。

「なんで、こんな時に」

段々と目の前が真っ暗になっていく。

そして、水に包まれているみたいな感覚と浮遊感。

真っ暗だった視界は光を取り戻していくが、暗闇が薄まっただけでどこなのかはさっぱりだ。

「さっきまでいた公園、ではないよな」

暗闇の中に、輝く点が無数に見える。

まるで、夜空の様な所だ。

「流石は志輝様。お察しがいいですね」

声の主は俺が今一番会いたくもあり、その逆でもある者。

「ノルン。会いたかったよ。察しがいいって言うことはここは、本当に星空の、いや宇宙なのかここは」

「そうでございます。志輝様。もちろん、呼吸は出来るようにしていますのでご安心ください」

この際、宇宙に入るとか、呼吸できるようにしてあるとかは気にしない。

今は。

「お前には、聞きたい事が山程ある。けど、今はそんな事をしている場合ではないんだ。お前なら、あの化け物を何とかする方法を知っているんじゃないか」

ノルンは手を前に差し出す。

すると、手のひらに光の粒がどこからともなく集まっていく。

光の粒はいびつながら形を作っていき、形状を整えていき一本の剣となる。

「この剣は志輝様にプレゼントさせていただきます」

差し出された剣を、ゆっくりと掴み持ち上げる。

浮遊感は物体にも働くようで、重さは感じ取れないが鉄の質感は感じてとれる。

「志輝様。あなたはこの先、数々の困難に出くわす事でしょう。でも、逃げ出そうとは、決してしないでください。厳しい時は仲間を、助けたい者を思いだしてください。そうすれば、力が湧いてくるはずです。最後に、あなたは自分が思っている以上に重要な存在です。まだ、世界の現状を知りはしていないでしょうが、この世界を救う事が出来るのは、志輝様なのです。どうか、世界を救ってください。それが、私の主、人類の願いなのです」

ノルンは遠ざかっていく。

俺は後を追って走り出す。

「何を言ってるんだよ。ノルン」

意識が遠くなっていく。

段々と目の前が真っ暗になっていく。

水に包まれる感覚と浮遊感はなく。体が重く感じる。重力を受けているからだろう。ということは、公園の藪に戻ってきたのか。

意識は鮮明になっていく。


そうだ、あの子を助けないと。

少女を視界に入れた時には化け物は鉈を振り下ろそうとしていた。

間に合わない、このまま助けられないのか。ダメだろそんな考えじゃ。間に合え、いや、間に合わせろ俺。走れ、あの子が殺されてしまう前に。

恐怖に打ち勝ち、一歩踏み出したと同時にケータイが光出す。

登録前のあの光だ。

「強い願いを感知しました。ウルティムスを起動します」

ノルンとは違う声色。

「あなたは力を欲しますか」

力はもうノルンから貰った。

貰ったかはあやしいんだけど。

こいつの言っている力は、また別のものだと予感した。

「欲しいよ。人を守る力を勇気を」

「そうですか。ならば、力を授けましょう。この力は、強大で扱いがとても難しい。ですが、あなたなら直ぐに使いこなすことができるでしょう。この力をどう使うかは、あなた次第です」

光が収まる。

俺は足を止めた。またしても、目を疑うが光景を目の当たりにしたからだ。

純白の鎧を着た女騎士が鉈を、剣で受け止めていた。

女騎士は凛とした声で。

「私はヴァルキリー。貴様の強き思い気に入った。使い魔として力を貸そう」

言っている意味の半分も理解はできていないが、仲間だということは理解できた。

力をかしてくれるのは有り難いが、任せているだけではだめだ。

右手をかざし、自らに言い聞かせるように呟く。

「戦える。立ち向かうんだ。逃げるな、恐れるな。俺ならやれる。彼女を助けるんだ」

ケータイから光の粒が放出し、手の中で剣へと形を作っていく。

鉄製の剣。ウルズに渡されたものと同じ。感じとることのできなかった、重みが思っていた以上に重く、剣を構えるのに閉口しつつも、化け物向けて疾駆する。

恐怖を振り払うように声をあげる。

「うおおおおお」

相手は人型なんだ、いくら筋肉が固そうでも、首を切って頭を落とせば倒せる。

「ヴァルキリー、そいつを抑えてろ」

命令に従い、鉈を受け止めながら化け物に体重をかけ、動けないようにする。

刀身を首に合わせ、力強く振り切る。

包丁を使い、牛肉を切るのとは違う、もっと固く、重く、不快な感覚が手のひらに伝わり、力が抜けそうになるがなんとか耐えて首の切断に成功する。

頭はずれ落ち血を噴き出す。

噴き出す血が止まり、化け物は焦げたようにどす黒くなり空中に溶けていくように消えていく。

血の匂いが空気中に充満しむせかえりそうになる。

ヴァルキリーは鞘に剣を納め。

「流石は私が見込んだだけはある。では、これからは力を借りたければいつでも呼んで構わない」

と言って、自分の持っていた血が滴る剣とヴァルキリーは光の粒となり、ケータイに入っていく。

考察をする前に女の子の安否を確認しておこう。

殺された男性を抱えながら泣く女の子まで歩み寄り声をかける。

「大丈夫ですか。怪我とかはしてませんか」

ハンカチを傷口に当てながら助けをこう。

「私はなんともありませんが、先輩が」

右肩から骨盤まで斜めにかけての深い傷。

この傷は、俺が早く助けに行っていればつく事はなく、死ぬこともなかったのに。

「すいません。俺が、もっと早く助けていれば、こんな事には」

謝罪なんてしても男性の死は変えられないと分かってはいても、自然と謝ってしまう。

「いいえ、あなたのせいじゃありません。私が弱かったのがいけないんです。私がもっと強ければ」

彼女の言葉が心に刺さる。

君こそ、責任を感じる必要はないよ。なんて声をかけることなんて出来なかった。

何を言っていいか分からずに、この収集のつかない状況にどうすればいいのか迷って俯く。


長い沈黙が続いたのち、どこからともなく人工的な光が俺を照らす。

眩しさをこらえ、前を見ると一台の車とスポットライトが何台も設置されている。

周りをよく見ると木の影には人が隠れている。

人の気配はしなかったのに。ざっと十人ぐらいに囲まれている。

スポットライトの灯りの中から一人の女性が姿を現す。

女性が目線で合図を送り、隠れていた者達がさっきの女の子と男性を連れて車に乗る。

女性は俺を見つめて。

「七瀬志輝君。我々は、組織の局長の命により君を保護する」

一秒ほど思考停止したが、直ぐにその言葉の真意を理解した。

保護だと。違うだろ。あの化け物の存在を話されない為に隠蔽したいんだろ。

俺をこの世から消して。

けど、そんなことは言えない。

局長とか言う奴に、抵抗するならその場で消してしまえ。とか言われていた場合を考えるとそんな事は言えない。

アウトラインギリギリで質問をしていこう。

「あなたは一体何者なんですか。なぜ、俺を保護なんて理由で連行してるんですか」

「そう警戒するな。君を殺したりはしないさ。局長は君の実力を見込んで戦力として保護をしようとしている。それだけだ」

完全に見透かされてるし、なんだよ戦力って。

まさか、あんな化け物が東京以外の県でも出没しているのか。

だから、一人でも戦える人材を集めている。

この人の言っている組織も昔から合って。

少しでも明確な情報が欲しい。

「君には、今話せる事のみ話そう」

また、見透かされてしまった。

「ひとまず、移動したいので車内に乗り込んでもらっていいか」


「申し遅れたな。私の名は、轟白妓(とどろきしらぎ)私が勤めている組織レシストの幹部に就いている」

レシスト、それが組織の名前か。どういった意味があるのだろうか。

「君が倒した悪魔について話をしようか。昔から、悪魔や神の存在は書物に記されてきた。だが、その書物と怪奇現象等の実例があったとしても信じない者が大半を絞めるだろう。君もその一人だろ」

確かに、悪魔なんて異形の類は信じてはいなかった。

「でも、いるんだよ。この世界に悪魔は。別の世界から迷い込んだ悪魔が潜んでいるんだよそこらじゅうにな」

あんな事があったんだ、信じるしかない。

「悪魔達に対抗するためにレシストができたんですね」

頷いての肯定。まだなにかを隠しているのだろう。

「今話せるのはそれだけですか」

「そうだ。だが、本部に着けば局長が話をしてくださるだろう」


公園から十五分。

「ええっと。ここは高等裁判所」

「ああ、裁判所の地下を使用させてもらっている」

裁判所特有の雰囲気のせいか、悪い事はやっていないのになんだか緊張してしまう。

轟さんに付いて行き、人気のない通路まで進んで行くといかにもなエレベーターを見つける。

カードを取り出しエレベーターの扉を開け、下に降りる。

俺は踏み入ってはいけない領域に入っている。それを今さらながら自覚した。もう後戻りはできない。目を背けたくなる話を聞かされても受け止めるしかない。

エレベーターの電灯一つだけだった空間が明るくなる。

「あのお方がレシスト局長、不知火千理(しらぬいせんり)局長だ」

胸の辺りまで伸びた銀髪。悪魔につけられただろう頬の傷。背丈は変わらず年齢も同じくらいだろう。この男が局長。

鋭い目が威圧感を放つ。

「待ちわびていたよ、七瀬志輝君。先程の君の戦いぶりを見ていてね。君はあの戦闘が初めてか」

化け物との戦いをこの人は見ていた上で聞いている。

「はい。そうですが。ウルティムスを正式に起動させたのもあれが初めてです」

俺はそんな事を口にしていた。何故、正式になんて言ったんだろう。

「フッ、そうか。やはり君は逸材のようだ。君が殺した悪魔の名は中級悪魔のオーガ。召喚した悪魔はヴァルキリー。どちらも常人が殺す、召喚できる悪魔ではない」

誉められているのだろうが、あまり嬉しくはない。

殺されない事は分かっているのだし、直球で質問を投げかけてもいいだろう。

「そういった前置きはいいんで、本題に入ってくれませんか」

その言葉を聞いて局長は微笑んだ。その言葉を待っていたかのように。

「前置きは大事だぞ。相手を自分のペースに引き込み一方的に話をすすめていくためにな」

そう言った話術は俺に使わないでいただきたい。

「それでは本題に入るとしようか。七瀬君にはぜひ、レシストのメンバーに加わっていただきたい。無理にとは言わない。ゆっくりと決断してくれ。そうだな、取引と言ってはなんだが、君の知りたい情報を教えてやろう。例えば、この世界に現状とかな」

喉から手が出るほど欲しい情報を取引に使うなんて。

やられっぱなしでは気が収まらない。

「こちらからも条件を提示してもいいですか」

「よかろう」

悪魔が人を襲うかもしれない状況の中で、依桜と柚晴との合流は絶対にしなければならない。

だが、二人を見つけるのは困難だ。おそらく、明日にはケータイが使えない様にレシストが電波を操作するはずだからだ。なら、悪魔を倒す事を目的としているレシストに仮加入し、悪魔の出現情報を頼りに二人を探した方が安全性が高いだろう。

「正式な加入は友人二人を見つけるまでで、見つけて合流した後は、レシストを抜けますが、そちらの協力を出来る限りしていくでもいいですか」

「レシストを利用するのか。いいだろう。だが、それまではあらゆる任務をこなしていってもらう。いいな」

「もちろんです。交渉成立という事で、教えてもらってもいいですよね。まずはレシストについてを」

「フッ、君はせっかちだな。まあいいだろう」


「あなたは知っていたんですよね。悪魔が多くの人を殺し、この先も人を殺し続けていくことを」

「そうだ。人類に危害を加える存在がいることを、私は十年前から知っていた」

「そんなに早くから分かっていたのに、なんで。もしもその情報を耳にしていれば、少しでも助かる人がいたかもしれないのに」

「たとえ、悪魔の存在を話したとしても信じる者は少ないだろう。それに、国民の混乱を招くだけかもしれんしな」

もっともな正論に返す言葉はなかった。

「順をおって話そうか」

「私がまだ八歳の時、私宛に差出人不明の手紙が届いた。その手紙には簡単な予知が書かれていたんだ。食事のメニュー、雨の降る正確な時間。家に訪問してくる者の名前などだ。その時には異変に気づいていた。ただ、ある日の予知の実現で私は完全に信じるようになった。あの日の手紙には、赤文字でこう書かれていた。今日ノ午後三時、不知火家当主ハ心臓麻痺デ死ぬ。つまりは、私の父が心臓麻痺で死ぬ。と書かれていた。ばかばかしいと思いながらも、思考の中はその事で埋め尽くされていた。そして、深夜十二時、予知通りに私の父は心臓麻痺で死んだ」

局長の表情は険しくなっていた。

「父の死から数日が経ち、USBメモリが送られてきた」

「そのなかに、ウルティムスのデータが入っていたんですね」

「そうだ。当時の私はそれの正体を知らなかったため、ケータイにデータをコピーし、起動した。その後は君と同じだ」

じゃあ、局長もノルンが。

「私はノルンから悪魔について学んだ。悪魔が人間に害をきたしていることもな。そんな悪魔達に対抗するため、父の死から一年後にレシストを創設した」

ウルティムスの始まりとレシストの創設の次に聞きたいこと。

「この世界の現状を次は教えていただけますか」

「レシストの創設と同時に、私は三つの事をした。一つ目は人員の確保。社会から必要とされなくなり居場所を無くした者達、親に捨てられ孤児院に入れられた子供等を主に勧誘していった。君の保護をした轟もその一人だ。自分を必要としてくれる場所を求めていた者達は直ぐに私のもとについてくれた。そして、現時点での局員数は一万七千人に達している」

創設当時の局員数を言わなかったのは、悪魔に殺された局員数を教えたくはなかったからだろう。

「権力を使い、レシストを各裁判所の地下に建設し、局員にウルティムスを配付し、私が知っていた情報を包み隠さず話した。ありえない話をしていると自分でも分かっていた。普通は信じるわけがない。だが、誰一人として疑う事なくその話を信じてくれた。全員、非現実的な事実に立ち向かっていく事を決めてくれた。厳しい訓練を経て局員達が悪魔と対等に戦えるようになったころ、ノルンから予知がきた。未曾有の危機が迫っている。そのたった一文がノルンの最後の予知となった」

いきなり悪魔と戦う事になるとは、局員の人達は思いもしなかっただろう。

それでも、悪魔の存在を信じ、立ち向かう事ができたなんて。

それに、未曾有の危機?

おそらく、悪魔が人を襲うこと以上の何かが起こるのだろうが。

局長も何が起こるかは検討がついていないだろう。

もしかしたら、悪魔の大量発生だってありえるかもしれない。

だから、局長は。

「どんな危機が人類を襲っても、生き延びることができるよう、ウルティムスをアプリ化してケータイにダウンロードできるようにした」

自分の命を自分で守れるように。

「そうだ、もともとウルティムスは悪魔の召喚、武器の生成、人間の身体的リミッターの解除に能力増幅のみできるようになっているのだが、うちの研究員に頼み庶民の遊戯である、RPGとやらのシステムを導入し、ゲームとしてカモフラージュしたうえ、機能を向上させたウルティムスが完成した」

未曾有の危機が起こるまでに、ウルティムスを悪用されてはならない、だから同時進行型ゲームとして、危機が起きてからウルティムスが使えるようにした。

「君の考えている通りだが、もう一つウルティムスを使うために必要なものがある。君なら分かるだろ」

俺はあの時、彼女を助けたいと、そのために力が欲しいと強く願った。

「悪魔から何かを守ろうと、力を欲した時にウルティムスが使える」

不適に微笑んだだけだが、肯定と受け取って間違いないだろう。

「次に私がした事は、大都市の裁判所を使い強力な結界を張ったことだ。結界は裁判所を中心に半径五十キロに円形に張ってある。全ての結界を張り終えた時には、代償として魔力を八年間使えなくなってしまったがな」

俺があのとき空で見た薄い膜のようなものは結界だったのか。

だけど、俺が見たときは。

「結界が割れていた」

局長はまた不適に微笑み。

「そうか、結界を視認できたか。あれは魔力の高い者にしか視ることはできないのだがな。心配するな、あの結界は何度割られても再生する。だが、それも弱まってしまった。突如として起きた大爆発によってな。その爆発は地球を覆いつくすほどの規模だったが、地球が崩壊することはなかった。そのかわり、結界の張られていない場所で異常な異変が起きた。ここからは、実際の写真を見てもらった方が早い」

モニターに映し出された、一枚の写真に、息を飲んだ。

地面一面に草木が生い茂り、建物には蔓が絡まっていて、巨木が何本も立っている。まるで、漫画やアニメに出てくる異世界のようだ。

それと、一番見たくなかったものが写真には写っていた。

「なんで、悪魔がそこら中にいるんですか」

写っているだけで、十体以上の悪魔。

「おそらく、地球と魔界が繋がったからだろうな」

この世界とは別に魔界なんて場所があるのか。

魔界は文字通り、悪魔の住む世界の事だろう。

「その魔界と地球を、爆発でどうやって繋げるんですか」

「まだ君には言っていなかったが、私は選抜した局員と共に魔界に行っていた時期があるんだ。その時、魔界に行く手段として莫大なエネルギーを使い、空間を無理矢理ねじ曲げ、魔界に繋がるゲートを作り出したんだ」

局長が言う前に次に言うだろう事を口にした。

「世界規模の爆発で世界全ての空間をねじ曲げた。それにより、この世界事態が魔界と繋げるゲートとなり、写真のような事態が起きた」

「だが、それも一時的なものだ。直ぐにゲートは塞がり、今は半魔界といった状況だ」

気がおかしくなりそうだった。

何で?その言葉が、ポツンと頭の中に浮かんでいた。

「知りたくなかったか」

当たり前だ。俺には受け止めきれない。

でも。

「俺は、立ち向かっていきます。崩壊した、この世界の中で」

局長は期待の混じった、不適な微笑みをした。


「君専用の部屋を用意しておいた。明日に備えて体を休ませておけ」

局員に案内され、用意された部屋に向かった。

机とベットのみをを備えた部屋、ここが一時の間過ごす部屋か。

早速ベットに横になるが、裁判所の地下にあると思うと全く休む事が出来ない。

とにかく、脳と体を休ませよう。

ケータイを充電し、目を瞑る事にした。

依桜と柚晴はどうしているだろうか。

無事だと、良いな。


目を瞑っているといつの間にか眠っていた。

自分が思っていた以上に体の疲労は溜まっていたみたいだ。


「おっきてー新人くーん」

誰だ?聞いた事のない声の高さ。謎のテンション。空耳かな?寝よう。

「おいおい、新人君。無視してるのかなあ?そんな君には、おじちゃんが添い寝しちゃうぞお」

俺は男に添い寝なんてされたくない。

疲れがまだ落ちきっていない体をなんとか起こし横を見る。

黒縁眼鏡を掛け、兎耳の生えた黒のパーカーを着た若い男性が布団に潜り込んできていた。

これは夢だ何かの間違いだ。見知らぬ男の人が、本気で添い寝をしようとしているわけがない。よし、寝よう。

「新人君は寝るのが好きだねー。しょうがない。こうなったら最終手段の目覚めのキスをしようか」

乗り掛かってきていた男の人をはね除け、ベットから飛び出た。

勢い付きすぎて頭を壁にぶつけてしまったが、それどころではない。

「大丈夫かい新人君。そんな嫌がらなくてもいいのに」

今は目の前の人を対処すべきだ。

「おじさんのキスがそんなにいやかい」

いやなんてものじゃない。キスなんてされたら洒落にならないよ。

動揺を表に出さないでおこう。この人は何かあるたびにいじってくるタイプの人だ。

「あなたはレシストの人ですか」

「うん、そうだよ。俺の名前黒兎ね。よろしくピョン」

語尾にピョンんは、いたい。

それにまだ疑問が。

「ええっと、黒兎さんの本名は」

にこにこしながら。

「本名は黒兎だよん。ウルティムスの登録もこの名前でしたしね」

追及してもてきとうにあしらわれそうだしやめておく。

「それと、おじちゃんと言ってましたけど、まだ、二十代ですよね」

「今年で二十四ですう。君からしたら十分おじちゃんでしょ」

指で銃を作ってパンパンとかやってくる辺りおじちゃんっぽいが。

「いやいや、どう考えたらそうなるんですか。僕は十八ですよ」

「へえ、そう。最近の子ってさ、色々と凄いじゃん。言葉とか。例えば、ええー、あー、まあ色々だよ。時代についていけないんだよおじちゃんは」

ついていけなければおじちゃんというわけではないのでは。じゃないと俺もおじちゃんに。


手をぽんっとたたき、何かを思い出したような反応をとる。

「そうそう、局長に君を起こしてミッションに行くよう言われてたんだった。忘れてたわ。メンゴメンゴ」

ミッションを忘れるって、どんだけてきとうなんだよ。

「え、そんな大事なこと忘れてたんですか」

「いやあ。年って恐いね」

「黒兎さんはまだ若いでしょ」

この人はてきとうというか能天気というか。

「ほらー、準備しなよ。おじちゃん先に行っちゃうぞ」

充電しておいたケータイを持ち、部屋のドアを開いた。


「外に出る時は裁判所の表からは出ないでね。一般市民の皆さんにはレシストの事は内緒だ・か・ら」

黒兎さんはそう言っているが、悪魔の出現で人達は混乱しているだろうからそんな心配はないだろう。


「それで何をすればいいんですか、黒兎さん」

返事は返ってこない。それもそのはず、黒兎さんは木陰の下に寝転び気持ち良さそうに眠っている。

あの人はどこまで能天気なんだ。

「ちょっと起きてくださいよ。早くミッションを終わらせましょうよ」

大きなあくびをして薄目開け、ゆっくりと体を起こす。

「りょうかいりょーかい。で、ミッションの内容なんだけど、昨日の深夜に悪魔の群れの反応があってね。とりあえずその群れを皆殺しにしてこい。だってさ」

悪魔の反応を捉えているのはやはりウルティムスを利用しているんだろう。

「それで、その群れはどこにいるんですか」

「結界の境目に今頃はいるかな」

めんどくさそうに頭をポリポリとかく。

結界の境目はざっくりとしすぎではないか。

「今。ざっくりとしすぎではないか。って思ったでしょ」

能天気のくせに無駄に勘が鋭い。

「言葉が足りなかったね。境目全域で反応が確認されちゃったんだよねえ。キャハ」

キャハですまされる問題じゃなくないか。

全域とか二人で対処しきれるのか。

俺なんて、昨日初めて悪魔との戦いを経験をしたのに。

「まあ安心してよ。レシストの局員も戦ってくれるから」

「なら俺達の、持ち場ってどこになるんですか」

黒兎さんは人指し指をたて、遠くを指した。

「ここから十キロいった所になるね」

そのぐらいなら、車で直ぐに着ける距離だ。

逆に近いということは、突破されればレシスト本部も攻撃されてしまう危険性があるということだ。

「なら、早めに済ませた方がいいですよね。悪魔退治、さっさと終わらせちゃいましょうよ」

「おお、やる気だねえ。よおし、おじちゃんも頑張っちゃうぞ。それじゃあ張り切って、レッツゴー」

拳を高く上げ、十キロの道のりを徒歩で行こうとする黒兎さんを止める。

「車で行くんじゃないんですか」

「何言ってんのさ。徒歩に決まってるでしょ。それじゃあ再度張り切って、レッツゴー」

再度、拳を高く上げ、十キロある道のりを行こうとする黒兎さんを止める。

「冗談ですよね」

にこにこ笑いながら言った。

「よくぞ見破ったな少年。冗談の冗談の冗談だよ」

冗談は一回でいいとつっこみたいけど、それを言ってしまったら話が長くなってしまいそうだからやめておく。

「まっ、一キロぐらいは歩きだから。一度おじちゃん家に寄って、そこから車で行くからさ」

結局歩く事に変わりはないが距離は大幅に短くなったしいいかなと思っておこう。

それにしても黒兎さんは運転が出来るんだ。安全運転でお願いします。って言ったら真逆の事しそうだから絶対に言わない。


「ほいほい、自宅に到着。長居してたら悪魔が来ちゃうからね、鍵を取って、とっと出発しようか。さあ、ひとまず中に入って」

靴を脱いで並べ、家の中にお邪魔する。

「おじゃまします。きれいなお家ですね」

「そうでしょ。オッ、あったあった」

そう言って、棚に置いてあった鍵を取る。

俺は、その横に立て掛けてあった、写真に目がいった。

「この写真って、黒兎と彼女さんですか」

黒兎さんは暗い表情になり。

「前まで彼女とこの住んでたんだけどさ。今じゃもう、ここで一緒に住むことは無理になっちゃったよ」

聞いてはいけない事を、俺は聞いてしまった。

「この話は止めておこうかな。ほら、車に乗って」

表情をにこにこ顔に戻し話を終わらせた。


黒兎さんの運転は揺れが少ないので、乗り物酔いの心配はなかったた。

「あっ、思い出したわ」

能天気な黒兎さんに戻ってくれてはいるが。

「一体何を忘れてたんですか」

「君にね、悪魔との戦いかたとおじちゃんのステータスについて話そうと思ってたんだ」

戦い方を知っていれば、その分死ぬ確立も抑えられる。

なにより黒兎さんと協力して戦う時に、作戦をたてる事が出来る。

「よーく聞いておくんだよ。一度しか言わないからね。まずは悪魔について話した方が良いかな。悪魔には、強さによって分かれる階級があるんだけど。下から、下級悪魔、中級悪魔、上級悪魔の三つに分かれてる。まっ、その上までいくと、魔王とか神やらいるんだけどそこは今はいいかな。それで、今の志輝君とおじちゃんが中級悪魔にばったり会っちゃったら、倒せたとしてもどっちかは死ぬことになる」

たしか、俺が倒したオーガは中級悪魔に分類されると局長が言っていた。

黒兎さんの話を聞くとあの時、下手をしていたら死んでしまっていたかもしれないと思う。あいつを倒せたのも、不意を突いた攻撃であったし、なによりヴァルキリーのおかげでもあった。

はちあわせしてしまったらヴァルキリーを喚ぶ間もなく殺されてしまう。

鉈の餌食になった男性局員の様に。

「それで、そんな悪魔達には属性というものがあるんだねー、これが。人間にもあるんだけどね。そんで、属性には八つあるんだけど。とりあえず全部言うと、火、水、風、雷、土、物魔、光、闇のこの八つになる。これらは二つの種類に分けられて、火、水、風、雷、土のノーマル属性。物魔、光、闇のスペシャル属性。ちなみに、ノーマルとスペシャルはてきとうに付けただけだから気にしないでね」

てきとうに付けてしまうのはどうかと思うが、呼び名があった方が解りやいので有難い。

「ノーマル属性は個人によって使える属性で、使える属性の数が変わってくる。例えば、A君は火属性が使える。一方、B君は火と水属性が使える。と言った感じかな。

そして、使える数は普通の人間だと一つから二つまで持てるんだけど、君みたいな天才タイプは別なんだよねぇ」

最後は余計だったと思うんだが。

一応、説明をしてもらっている訳だし、何も言わないでおこう。

「次、スペシャルな属性のほうだけど。これは誰でも、生まれもって持っている属性なんだ。これらは、人間の心に関係が強いみたいでさ。良い心は光が、悪い心は闇に関係してる。極まれに、どっちか片方だけ持ってる人もいる。んで、こっちがめんどうなんだけど。物魔、これは人間の意志に関係している。それでいて、物魔は属性の中心にあるもので、物魔に変化があると、その変化は自分の所持している属性にも変化をきたす。だから、人間の意志が強くなると物魔が強くなり、所持属性も強くなるんだ」

俺は全ての属性を使えるが、最も強いのは水属性になっている。依桜はこれをバグが起こったと言っていたけど、これはウルティムスの製作者が俺を選んだからだと言っていた。

「あの、属性が強くなったら威力が、増したり以外にあるんですか」

「おおっと。よくぞ聞いてくれた。八つの属性は強くなると、特殊属性というものが使えるようになる。人によって、属性の組み合わせによってそれは変わってくる。でも、まだこれについては分からない事が多いからこれ以上は何とも言えないんだ」


「こっからは戦い方についてを長々と話してあげようと思うんだけど。ちょくちょく技と魔法も説明もするから」

アニメやゲームで憧れを抱いていた技と魔法が、俺も使えるのか。

男としては是非とも教えてもらいたいところだ。

「まずは、悪魔と会ってない時は常時周囲の警戒をするように。真っ向で勝負すんのは死に急ぎしてるだけだからね。基本は不意討ち狙いで。生きていく為には必要な事だよ。真っ向勝負も嫌いじゃないけど」

生きていくために、卑怯なこともしていかなければならないということか。

「不意討ちで倒すのは力量の差が大きくないと絶対に無理だから、その後悪魔が気づいて戦闘が始まった時についてだけど。ここはもう自分の戦いやすい戦闘スタイルでいくしかない。自分に合ってない方法だと隙ができて殺されちゃうから気をつけてね。そんで、お待ちかねの技と魔法の話をするよ」

少し食い気味に聞く。

「MPに余裕がある時は技と魔法を駆使して戦う。勿体ぶるのは死に繋がるよ。MP切れも注意だけどね」

「やっぱり技を使う時はMPを消費するんですね」

ウルティムスがRPGのシステムを導入しているからか。

「へえー。局長から聞いてはいたけど、ノルンからはなにも聞かされてないんだ」

それを知っていて。

「なんというか、黒兎さんって、裏が読めません」

「あはは、それがおじちゃんなのさ。今の君なら願えばノルンが出てきてくれるよ。つうことで。後はめんどくさいんでノルンに任せます」

そんな無責任な事を。でも、ノルンが出てくれるのならゆっくりできる時にでも聞けばいいか。


「もうすぐで、目的地に着くから手短におじちゃんの説明をするけど。武器はスローイングナイフとスローイングピックで、支援をメインにするから。使える属性は雷とスペシャル属性で闇が他よりも強いかな。以上」

早口ながらも噛むことはなかった。

「俺の方は。局長から聞いてますね。はい」

なぜ分かった。みたいな顔でチラチラと見てくるので、車が凄い揺れた。

なぜなら目線と同じ動きをハンドルを握った手が動いていたからだ。


目的地の手前で車を止めた。

悪魔との戦闘に車を捲き込んでしまいたくないからだろう。

「とうちゃーく。はいはい、降りた降りた」

降りたくはないけど、ここまで来たんだ。やるしかない。依桜と柚晴を見つけ出すためでもあるのだから。

「志輝君ケータイだして、悪魔を喚んでおいて」

「おじちゃんはビルに隠れながら数を減らしておくからさ」

喚ぶといってもやり方がわからない。初めて喚んだときは、というかあれはヴァルキリーから仲間になると言って来たんだし。

どうすればいいんだろう。チュートリアルがないから何もできないよ。

そうだ、ノルンに聞けばいいじゃないか。

「なにか御用でしょうか」

「ほ、本当にでた」

ケータイをポケットから取り出す。

「人をお化けみたいに言うのはやめてもらえないでしょうか」

「ただ驚いただけなんだけどな。まあいいか」

こんなどうでもいい話をしている場合ではないんだ。

「仲間にした悪魔を喚ぶ方法を教えてくれないかな」

「手を前に出し、悪魔の名前を呼ぶことで、悪魔は喚べます」

「ウルティムスは開いたりしないんだ」

「はい、ウルティムスは常に起動している常態なのでケータイの電源を入れれば自動的にウルティムスが出てくるようになっていますよ」

このアプリにケータイが占拠されつつあるが、これがないと命に関わるので我慢しよう。

「他にも教えて欲しい事があるんだけど、今はやることがあるしまたあとで教えてもらうことにしようかな」

「そうでございますか。もしよろしければ、戦いながらお教えすることもできますが。知っておかなければならない知識がないと危険ですよ」

二つの事を同時にするのは難しいけど 、技の発動の仕方も分からないしそうしようかな。

「うん、お願いするよ」

「かしこまりました。それでは、技について説明を始めましょうか」

ウルズの話に耳をかしながら悪魔の群れがいる地点に向かう。

道路のコンクリートは割れ、ビルは炎上しながら倒壊していく。

生存者は見える限りでは誰一人としていない。

悪魔を人類の脅威として再認識した。こいつらを放っておくのは危険すぎる。

早急に消さなければならない。

手を前に飾し、強い意志を込めて名を呼ぶ。

「力を貸してくれヴァルキリー」

ケータイから光の粒が放出され、手の一歩先の地面にサークルをつくる。

そこから、仲間のヴァルキリーが出現する。

「ヴァルキリー、悪魔を一掃するぞ」

「任せよ。下級悪魔ごときに私が負けることはない」

凛としたその姿は頼もしく感じた。


手のひらに光の粒を集める。

粒は剣の型をつくっていき、はじける。

鉄の冷たさと重みが伝わる。

「さあ、いくぞ悪魔共」


背をヴァルキリーに預け、悪魔を確実に消していく。

後ろを守ってくれる悪魔がいると、前にいる敵にだけ集中ができて戦いやすい。

攻撃を一度受け止め、そのまま押し返して悪魔の隙をつくり、身体を深く斬る。

今はこの戦法で悪魔との戦いに慣れ、ある程度慣れてから自分の戦闘スタイルを見つける。


「これにて、技の説明を終わりたいところですが、興奮して聞いていなかったようなのでもう一度します」

心を読むのだけはやめてほしい。ただ、こちらに非があるので心のなかで謝っておく。これもきっと読んでくれるだろう。

「黒兎様は技と魔法があるといっていましたが、正式には剣技と魔法になります。

剣技をウェポンスキル魔法をマジックスキルとそれぞれ言います。長いので省略して言いますが。剣技はMPを消費して通常攻撃の二倍の威力の攻撃を放ちます。発動するときは、技の初動モーションをとり技名を叫ぶ方法があります」

技名は叫ばなくてもいいとは思うけど、どうなんだろう。試してみないと分からないな。というか、叫ぶのは恥ずかしいよな。はたから見ればただの中二病だ。

「そしてもう一つの方法ですが、剣技の一連の流れを頭の中でイメージする。この方法は慣れれば素早く発動することができますし、なにより新しい剣技を創る事もできます」

イメージをすると言ってもどんなものがあるか分からないからどうしようもないな。

「志輝様の悩みは後に解決するとして、マジックスキルはゲーム等での呪文詠唱といったものはなく、MPを消費して直ぐに使う事ができます。効果範囲は魔法によって変わりますが、最大で地球規模の魔法なんてものもあります」

地球規模なんて、使えたとしても自分も巻き添えになるだろ。

不意に、事の発端の爆発を思い出した。

「発動方法はこちらも似たような感じでして、手を前にかざして魔法名を叫ぶか、イメージですね」

「まだ話す事はありますが、今はいいでしょう。志輝様、右斜め後ろから攻撃がきています」

警告通りの位置にいた悪魔の攻撃を弾き、右腹に剣を深々と刺す。

「悪魔が増えてきたようですし、戦闘に集中してください。残りの情報は脳に直接送ります」

恐ろしい言葉が聞こえたけど、そんな事が出来るのなら最初からやっていればよかったと思うが、送る情報量が多いと脳に影響がでるだろうからしかたなかったのだろう。


頭の中で様々な文字が流れる。

今まで知らなかったウルティムスの機能に使い方。ある程度の事は理解した。

例えば、ケータイで悪魔のいる位地が確認出来たり、その悪魔の情報を見れること。

幸い頭の痛みはなかった。


見計らっていたように、黒兎さんの俺を呼ぶ声が聞こえる

「しーきくーん。ノルンの特別授業は終わったかなー」

廃ビルの窓から身を乗り出して大きく手を振る黒兎さん。

「ひとまず、終わりました」

「そりゃよかった、ね」

ナイフ二本をこちらめがけて投げる。


「ちょっとなにやって」

二本のナイフは顔の左右に反れて、背後から襲ってきていた悪魔の額に刺さる。

「警戒は怠らないようにね」

「あ、ありがとうございます」


「主よ、敵の数が多すぎるぞ。このままではやられてしまう。下級悪魔といえど数が揃えば脅威だ」

下級悪魔に負けはしないといっていたのはどこの悪魔だと言いたいが、確かに分が悪い。至る所から闇のサークルが現れ、悪魔が出てきている。

直接脳に送られた情報に対処の仕方はあった。

あれの対処の仕方は、どこかにいる上級悪魔を倒さなければならない。

そいつが闇のサークルを作っているからだ。


「黒兎さん、上級悪魔を探して下さい」

返事が返ってこない。

まさか、悪魔にやられた。

また黒兎さんを呼ぶ。

「黒兎さん」

「志輝君呼んだ」

ヴァルキリーの背後に隠れながらナイフとピックを使い援護をする黒兎さん。

「いつの間にこっちに来てたんですか」

「おじちゃんの悪魔がさ。ポルターガイストっていう悪魔で。そいつの能力が姿を消す事が出来るんだ。それで隠れながら敵を倒してるんだ。すごいっしょ」

しつこく見え隠れする黒兎さんに若干呆れているヴァルキリー。

いつか斬りかかりそうだ。

「もう召喚士はみつけてるよ。でもさっき言ったようにさ」

俺達では上級悪魔どころか中級悪魔にさえ勝てない。

絶望的なこの状況を打開する策はないのか。

「志輝君にこいつらを任せていいかな。おじちゃんが倒しに行ってくるからさ」

声には自信が満ちている。

根拠はないが黒兎さんには何か奥の手がある。

「分かりました。ここは俺が引き受けます。気を付けてください。絶対に無茶はしないで」

黒兎さんの通る通路を開く。

広範囲に使える剣技をイメージする。

体を回転させ、風を巻き上げて周囲の悪魔を蹴散らすイメージ。

体が自然と動く。

「ソードサイクロン」

剣を水平に構え、体ごと回転する。

回転切りで生み出した突風が悪魔を吹き飛ばす。

悪魔の少なくなった隙に黒兎さんは駆けていく。


「志輝君は良い子だな。局長が言うには、あの子がこの世界を救ってくれる。僕たちであの子を強く育てないといけない。それにしても、局長もなんで僕に教育係なんてさせるかな。でも、あの子といると力をもらえる気がする。なんでだろうな」


頭部からヤギのようなねじれた角を生やし、コウモリに似た羽を生やした悪魔を見つける。

その悪魔は自らの血を使い闇のサークルを作り出している。

ひとまずポルターガイストの能力で隠れながら悪魔の情報を確認する。

(サタナキア、雷が弱点属性になっている。攻撃力が高い分体力が低い)

「雷が弱点なの、都合良いねえ。それじゃあ、隠れながら削っていこうかな」

素早くサタナキアの背後に回り、魔法を発動する。

声は出せないからイメージで。

敵を感電させる雷の弾を手から放つ。

(スパークショット)

放たれた雷の弾は一直線にサタナキアの頭部に向かう。


サタナキアは、黒兎がいることに気づいていた。


当たる直前水の障壁で弾は消滅する。

獰猛な目は黒兎に向いている。

姿が見えているのか?

それとも、気配を察知しておおよその位置を把握しているのか?

とりあえず言える事は。

「あはっは。ばれてたのか。じゃあ、一旦退いてから」

もと来たルートを辿って戻ろうと、目を放した隙に、サタナキアは黒兎の懐に入っていた。

反応が遅れ、中途半端に防御体制をとってしまう。

「やばっ」

豪腕から繰り出された一撃はメキメキと鈍い音を発てながら黒兎の腹にめり込む。

殴り飛ばされ勢いよく壁に衝突する。

ウルティムスの機能によって痛みは半減しているが。それでも、車に跳ねられるぐらいの痛みはある。

たらたらと、口から血が垂れる。内臓がやられた。それにあばらも何本か折れている。

痛みで気が遠くなっていく。

それでも、黒兎は笑った。

骨が折れて、死にかけても、サタナキアに勝つ自信が黒兎にはあった。

「やっぱ、出しよしみは良くないな。よくないよ。ねぇ、ポルターガイスト。力を貸してくれるかい」

軋む体を無理矢理に動かし、立ち上がる。

兎耳の付いたフードを深く被る。

「任せろって言っておいてやられるなんてダサいことは出来ない」

強い意志を込めて手を握り胸に当てる。

「憑依」


ポルターガイストは青白い光の粒に変わり、黒兎の体を包んでいく。

黒兎の髪は淡い青に染まり、薄い雷のオーラを放出する。

ポルターガイストを黒兎のその身体に纏った。


「憑依をすれば、悪魔の力を自分の力として使う事ができる。ただ、リスクもある。副作用として、身体に危険が生じる。使いすぎると、最後には使用者が憑依をさせた悪魔となってしまう」

隠密能力を使用し、姿を消す。


ポルターガイストの憑依で、黒兎は完璧なステルス状態になることができる。

黒兎がどんなでかい音を出しても、それは聞こえない。

殺気むき出しでいても、それを感じとることはできない。

さらに、憑依をすることで特殊な技を使うことができる。

の悪魔以外では、無敵の能力。


「ふふ、君にこの話をしても意味ないか」

相手に動きを読まれる事はない。

敵の真上に跳び、ピックをサタナキアの体の軸となる一点に投げ刺す。

軽々と着地し。

「じゃあね。バイバイ」

局長とは違った、不適な笑みをこぼした。

「死の宣告デスセンテンス

突き刺さったピックは音を経てず消える。と同時にサタナキアの頭部が吹き飛ぶ。

残った体は地面に倒れ込む前に消滅した。

「君が弱くて助かったよ」

憑依を解き、志輝の元に戻るべく歩き出す。


サークルの出現は途絶え、悪魔の数も減ってきた。

「ヴァルキリー、あともう少しだよ。頑張って」

女性とは思えない力強い一撃で黙々と倒している相手にこの言葉は掛けなくてもいいと思う。むしろ自分が言われたい。

心が通じたのか、優しい声を掛けてくれる。

「志輝様も頑張ってください。あなたならきっと倒しきる事ができます」

ヴァルキリーじゃなくてノルンがね。

心が通じたんじゃなくて、心を読んだの間違いだった。

ようやく最後の一体になった。

初めての戦いでこれだけ出来れば上出来だろう。

「これでおしまい」

剣は空を切る。

止めをさす前に悪魔は消滅していた。

消えた悪魔の後ろから手を振りながら黒兎が歩いてくる。

「ごめんね、止めさしちゃった」

良いとこ取りをされ少し不機嫌になるが、黒兎のボロボロな姿を見てそんな事はどうでもよくなる。

「大丈夫ですか黒兎さん。傷だらけで血が出てますし、肩を貸すんで早く車まで戻りましょう」

微笑みながら寄りかかる黒兎に感謝する。この人のおかげで俺は生きている。

「さっ、変えるまでがミッションだ」

どこかで聞いたフレーズを言う黒兎に感謝の気持ちが薄れていきそうだ。

行きと同じく黒兎さんの運転で本部に帰る。


「突然ですいませんが、上級悪魔をどうやって倒したんですか。中級悪魔でさえ二人がかりでないと倒すことができないって言ってたじゃないですか」

なぜか上機嫌に黒兎さんは言う。

「教えてほしい。そうだよねえ。知りたいよねえ。うんうん分かるよーその気持ち」

煽ってくる物言いは一変し、真剣な表情で。

「志輝君には、どのみち言わなければならないし、使えるようにもなってもらわなければならない。僕が上級悪魔を倒せた秘密は、使役している悪魔を自らに憑依させたからさ」

つまりは、自分の悪魔を自分にとりつかせるのか。

「それをしたら、強くなれるんですか」

「もちろん。その悪魔の能力を使う事ができるし、ステータスもその分上がる。一人一人では弱くとも、力を合わせる事で強くなる。みたいな感じかな」

それなら、楽に悪魔とわたりあう事が出来る。

そんな甘い考えは、黒兎さんの言葉で改めさせられる。

「ただ、やっぱりリスクはあるんだよね。まず、使えるようになるまでが難しい。感情が最大まで高ぶった時に使えるようになるんだ。その後はいつでも使えるけど。それともう一つ。これが一番大事なんだけど。憑依を酷使しすぎると、使用者が憑依をさせた悪魔になってしまうこと。人によって何回までか変わるけど、俺が知ってる奴では五回だったかな。休み休みなら大丈夫なんだけど、連続で使うとってこと」

実際にそうなった人を見たから言えること。

「憑依はさ、悪魔にとりつかせてるわけじゃん。加減なんて憑依で出来ないから、悪魔は全力で身体を乗っ取ろうと、人間は乗っ取られまいと抵抗してるんだ。それでも、悪魔は一応使役されてるわけだし、主人には逆らうなんて事は出来ない。そしたら悪魔はどうするか。自分も主人に力を貸して抵抗するんだよ。そうやって悪魔の能力を使えるんだけど、やっぱり一回の憑依で疲労がかなり溜まるからさ、主人の抵抗力はどんどん弱まっていくんだ。すると、悪魔の方は主人の身体で抵抗力を増していく。ここまで言えば分かるよね」

細かい説明で分かりやすく、簡単に理解した。

主人の抵抗力がゼロになったとき、悪魔の抵抗力は百になる。すると、

「自然と主人の身体を乗っ取ってしまう形になり、悪魔に変型してしまう」

限度を超えなければ死ぬ可能性は最小限に抑えられるし、人を助ける事も意図も容易くできてしまう。その便利さ故に限度なんてお構い無く使ってしまうかもしれない。

ただ、覚えていて損はないと思う。

使い方さえ間違えなければ強力な武器になるんだから。

「おじちゃんがちゃんと教えてあげるから大丈夫だよ」

その言葉は不思議と緊迫した心を落ち着かせてくれた。


レシスト本部が地下にある裁判所に着き、堂々と正面から入っていく。

人が誰もいないからか。

本当にこの世界は崩れてしまったのだと改めて感じた。


「局長さーん。ミッション達成しましたよー」

局長は優雅に姿を現した。

「ご苦労。黒兎君は休みをいれて良いぞ。七瀬君は話がある、このまま残っていてくれ」

良い事ではないのは確実だ。


「今回の任務ご苦労だった。黒兎君から話は聞いたか」

「はい、色んな事を教わりました」

「そうか、なら戦いの基礎は学んだな」

基礎と言えば、基礎のようなものは学んだなと思う。

「黒兎君より、ノルンの方がためになったようだな」

局長にストーカーの疑いがかかる。

どうして知っているかは、ひとまず置いておいて。置きたくはないけれども。

「ノルンには強制的に覚えさせられたかんがありましたけど」

笑みを浮かべた局長はラスボスさながらの雰囲気だ。

「昨日、今日の短い期間での戦闘で自分の改善点は見つかったかな」

急に聞かれた質問に慌てることなく答える事ができた。

「俺は、悪魔の力に頼ってしまっている。ヴァルキリーが強い事を知っているから、死ぬ事はないと安心しているから戦えているけど、自分一人で戦うとなると、逃げ出してしまうかもしれない」

「そうか、ならそれを改善するためにはどうすればいいと思う」

それは一つしかない。

「戦って、戦って根本的な能力を上げるしかない。自分の力に自信を持てるぐらいに」

「よく分かっているじゃないか。そんな課題を抱えた君に、紹介したい者達がいるんだ。レシストの主力チームとして、一ヶ月前から悪魔退治をしてくれている者達と、私の古くからの友人だ」

見計らっていたように三人の女の子と一人のおじさんが局長の横に並ぶ。

「お前が新人か、俺は来栖仁(くるすじん)。レシストには創設した時から入っていて、幹部を勤めてる。基本ソロで活動しているから青年とはチームを組んで戦う事はないだろうが、アドバイスぐらいはできるからさ、気軽に話かけてくれよ。ついでに、俺の武器は斧で、属性は土。得意な戦い方は攻めて攻めて攻めまくるだ」

ツンツンした髪に、ぶっきらぼうな口調。なんだか頼りがある近所のおじさんみたいな人だ。

「七瀬志輝です。よろしくおねがいします」

ベテラン幹部来栖さんと握手を交わす。

「じゃあ、次はあたしたちが自己紹介するね」

声の主を探すが見当たらない。さっきは三人いたのに、二人になってる。

おそらく声の主はいない一人だろう。

キョロキョロ探していると、袖を引っ張られたので目線を下にやる。

「わざとやってるの。わざとだったら許さないよ」

声の主は百四十センチ程の小柄な女の子だった。

少女というかロリッ娘に近い。いや、どっちも変わらないか。

「ごめんね。本当に気づかなかったんだ」

少女はガックリと肩を落としたあと、頬を風船のように膨らませ。

「なんで気づいてくれないの。あたしこんなにデカイのに」

必死につま先立ちをして身長を高く見せてくる。

体感が良いのか体勢を崩さず、よろめくこともない。

「もういいからさ。ちゃっちゃと自己紹介終わらせて特訓に行くわよ」

ため息をついて、少女をなだめ始める女性が言う。

続けて、彼女は来栖さんと同じく自己紹介を始めた。

「私は、鳴姫くろの(なりひめくろの)武器はスナイパーライフル。属性は雷と闇。長距離レンジでの戦闘が得意よ」

藍色がかったショートヘアーの毛先をいじりながら淡々とした口調で話す彼女にクールな印象を受け、俺には興味がないのだとも感じた。別に興味を持ってほしい訳ではないが。

「では、次は私がします」

そう言ったのは少女の左に立つ女性。

「私は軌岬春(きみさきはる)と言います。武器は弓を使っています。属性は水に風。悪魔の妨害にアタッカーの支援を主にします。そこの鬼畜スナイパーとは犬猿の仲です」

腰のあたりまで伸びた綺麗な髪に、鋭くも優しい目をした彼女は、鳴姫さんのクールとは違う冷たい印象。

「あんた、変なこと言ってると風穴空けるよ」

「変なことは言ってないわ。事実を述べただけよ」

今にも取っ組み合いを始めそうな二人を仲裁し出す、少女。

「けんかはだめだよ。姫ちゃん、ルーちゃん」

その子は、始めに声をかけてきた、小さくて見えなかった子だった。

「それだけはやめてって言ったじゃない」

「そこは同意するわ」

二人は顔をほのかに頬を赤くしてあだ名を拒否しているが、どこか嬉しそうな雰囲気を感じてとれる。

「ほ、ほら。次は鈴が自己紹介する番よ」

手を上げて無邪気に返事をする。

「はーい。あたしは心得鈴(ここのえりん)と、いいます。年はえーと、10才です。武器は双棍で、火属性が凄いです。あと」

人指し指を唇にあて、何を言えばいいか考える心得さんに。

「どんな戦い方が得意か言えばいいんだよ」

とさりげなくフォローしてあげる軌岬さん。

「ありがとう、ルーちゃん。あたしは早く動いてあくまをバッとやっつけるのが得意です」

ツインテールに年相応の笑顔と、幼い言葉使いがさらにロリッ娘のように思わせる。実際にロリなんだけど。

「嬢ちゃん達のアピールタイムも終わった事だ。少年、特訓に行くぞ」

来栖さんに服を引っ張られ、ずるずると引きずられながら移動した。

そのあとを、アピールタイムは聞き捨てならんと反論しながら女性陣が付いてくる。心得さんは「アピールタイムってなに?」と呟いていた。

引きずるのをやめてもらい地下に向かうため、ひたすらに階段を下りていく。

階段の隅々に砂が溜まっており、壁面を見るとひびがはいっている。このひびから砂がもれているみたいだ。

崩れない、よね。

不安と、なにあるのだろうとワクワクしながらビル七階相当の階段を下り、ようやく最深部に着く事ができた。

壁画が描かれた石でできた門。

ダンジョンのボスの前みたいなだと思い、テンションが上がる。

だが、体力のない俺は足に痛みの方に気がいっていた。

「はあ、はあ。やっと着いたあ」

酸素を身体中に回そうと深呼吸をしているなか、来栖さんと女性陣は息を切らすことなく平然としている。

「おいおい、大丈夫かい青年。ここに来るまでで息切れしてたら、特訓で死んじまうぞ」

ハードなものはやめていただきたい。

「はい、これあげるよシッキー」

優しき心得様は飲料水を渡してくれた。

ありがたいんだが、そのあだ名はやめてほしいかな。

飲料水を受け取り、一口含む。

疲れている時の冷たい飲み物ほど、おいしいものはない。

門を押し開け、中に入っていく。

中は、石造りで出来た中世のコロッセオのようになっていて、足の痛みよりも興奮の方が上回っていた。


「これから青年には、ここで毎日五時間特訓をしてもらう。局長の言っていたように、練習相手は俺とそこの嬢ちゃん達だ」

四人に軽く会釈をする。


「黒兎から聞いたんだけど、志輝って友達を見つけて合流できたらレシストを出ていくんでしょ」

口が柔らかいな黒兎さん。

それに初対面で呼び捨てって。別にいいのだが、なんだか照れてしまう。

「そうだけど、それがどうしたの?」

「それだと志輝がその友達を守らないといけないでしょ。何かあった時にレシストから局員を派遣するには時間がかかったりするからさ。できれば、友達と合流してもレシストに残っていた方が安全だし」

くろのは俺達の事を心配してくれている。その気持ちは凄く伝わった。でも。

「そうなんだけどさ。二人をこの世界にはいれたくないんだ。命懸け悪魔と戦う人達の中にあの二人を居させる訳にはいけない」

「気持ちは分かるけど」

日は短いが、人を守る立場として過ごしたからこそ、見過ごす訳にはいかないのだろう。

「いいんだ。これは俺が決めたことだから。悪魔に襲われても俺が守れば良い。覚悟は決めてるよ」

くろのは何も言わなかった。

そのかわりに、仁さんが言った。

「よく言った青年。友達を守りたいなんて立派じゃねえか。でも、それが言葉だけで終わるなんて事はするなよ」

今まで聞いた言葉よりも、数十倍重い言葉だった。


「じゃあ、さっそく特訓を。といきたいところだが、まずは闘技場の性能から言っておくかな」

話の収集をつかせてくれた来栖さんに心の中で感謝する。

「ここは局長が張った強力な結界によって、自然治癒力を高める効果があるんだ。だから、ここに入れば怪我をしても血が出ることなく傷が塞がる。だが、自然治癒で治せないものになると止血のみでそれ以上の効果はない」

局長のスペックの高さがとても分かる空間だ。


「それじゃあ、岬と鳴姫に模擬戦をしてもらうから、青年は見学しておけ。強くなるためには見て学ぶ事も大事だ」

石の壁に背を預け、体を休めながら見るとしよう。


「はあ、春とはやりたくないけど、志輝のためでもあるししょうがないか」

「そうね、くろのとは別の意味で戦いたくはないですが、志輝のためですしね」

軌岬さんもいきなり呼び捨てなんて。

俺も下の名前で呼んでみたいが、恥ずかしくて絶対できない。

「じゃあ、始めるわよ春」

「いつでもいいですよ。くろの」

二人は手を前にかざし、武器を生成した。

五歩下がり、両者戦闘体制にはいる。

くろのは、背丈ほどもあるスナイパーライフルの銃口を春にむけ、春は緩やかな弧を描いた弓に矢をセットする。

「審判は俺がやるから、思う存分闘えよ」

二人の顔つきが変わり、空気が張り詰める。


「デュエルスタート」

先手必勝。合図とともに、くろのはトリガーをひいた。

銃声が鳴り響き、闘技場内で反響する。

弾丸は春の頭部目掛けて飛来していく。

音速を超えた弾丸を、首を横にたおし、意図も容易く春は回避した。

かわされた弾丸は、それまで右目があった位置を髪を巻き込みながら通過していった。

避け終えると、春はすかさず魔法を発動した。

手をかざすと、青色の魔方陣が三つ浮かぶ。

「アクアエッジ」

覇気のある声とともに圧縮された水が刃の形と成り飛ぶ。

「その程度の攻撃じゃ、私には届かないわ」

くろのを中心に半径十メートルはある巨大な闇色の魔方陣が浮かび上がる。

「ひれ伏しなさい。グラビティ」

魔方陣の範囲内の空気が重くなっているように見える。

技名からして範囲内の重力を増加させる魔法か。

アクアエッジは重力に負けて四散する。

春は、回避が遅れ魔法の効果を身体に受けていた。

重力に潰されぬように足に力を入れ踏ん張り、なんとか耐えているが身動き一つとれていない。

このままでは、狙い撃ちにされてしまう。

案の定、スナイパーライフルの銃口は、春の右腕に照準を合わせていた。

「ヘッドショットはしないでおいてあげるわ」

トリガーが引かれた。

身動きのとれない春は避ける事ができず、そのまま腕を撃ち抜かれる。

「くっ、」

声が春の口から漏れる。

そこで、二人のデュエルが終わった。


「はああ、終ったな。はい、じゃあそこまで」

来栖さん完全に寝てたな。

重力が解かれ、春は地面に倒れ込む。

撃たれた腕からは血が出ていない。

春はむくっと顔を上げ、悔しそうな顔をする。

「負けた。鬼畜スナイパーに勝てなかった」

「その呼び名やめないと、射つわよ」

心得さんのつけたあだ名とは真逆の反応。

「青年、何か得たものはあるか」

使える剣技と魔法を巧みに使い、戦闘を有利にすすめることができると分かったが、二人の戦いのレベルが違い過ぎて参考にはあまりならなかった。

「はい、色々とつかむことができました。後は実戦するだけです」

本当の事は決して言えない。体はまだ休まっていないので実戦もしたくはない。

「そうかそうか。なら実戦してみるか。じゃあ、鈴とデュエルをしてくれ」

自分の首を絞めるとはまさにこの事だな。

それにしても、心得さんとデュエルするのは何か抵抗があるな。

「いいよーん。ほらほら、シッキー準備して」

闘技場の中央でぴょんぴょん跳ね、凄いやる気をみせている。

あの姿を見てしまうと断りにくい。

「わ、わかりました」

心得さんと対極になるように立つ。

武器を生成。名前を確認したところこの剣は鉄剣とそのまんますぎる名前らしい。

心得さんの双棍は鬼の金棒を二つ、柄の部分でくっ付けた形をしている。

あの棘で叩かれたら痛いだろうな。

というか、あの小さな体でどうやって重そうな双棍を持っているんだろう?


「審判は俺がまたするからな」

始まった瞬間に跳びだせるよう前傾姿勢をとり、剣を構える。

「デュエルスタート」

一直線に駆ける。距離を一気に詰め、剣先をたてる。

攻撃範囲に入ったと同時にためらわず腹部に斬りかかる。

鈴は俺の攻撃に合わせるように、棍を振る。

激しい金属音を経てつば迫り合いのかたちになる。

押されてる。

ヴァルキリーがやっていたように、剣に力を加え体重をかける。が微動だにしない。

「どうしたの?ちゃんと力いれないと、やられちゃうよ」

俺の加えた力などものともせずに棍をつばぜり合いの状態のまま振る。

なんて馬鹿力なんだ。

勢いよく剣をはね除けられ、重心が後ろになり体勢を崩すし後ろに倒れそうになる。

鈴は体をひねり、野球のバティングのように棍を振る。

双棍の二段目の攻撃を避けるため、あえてそのままたおれる。

風を裂くびゅんと音がなる。

背中をもろに打って痛みで体が痺れたが、これは好機だ。

スイングを終えた鈴に隙ができた。

倒れた状態のまま、棍を持っている方の手首を蹴り上げる。

痛みに耐えかね、棍が手から滑り落ちる。

蹴りの勢いを使い、後転をして素早く立ち上がる。

その立ち上がりざま、剣先を首筋に当てる。

血がでないと分かっていても、人を傷付ける事はできない。

審判を勤める仁さんはデュエルを終わらせようとしない。

そんななか、鈴は動いた。

「そんな剣じゃ、お友達は守れないよ」

鈴の手がすっと前に出た。。

魔法がくる。とっさのサイドステップで回避する。

魔方陣がでていない。まさか、手をかざしたのはフェイク。

首筋から剣先が離れた瞬間、地面に突き刺さった双棍を掴み。

「これで、おしまい。グランドクォーツ」

放たれた剣技は腹を叩く。それで終わらず二連撃目が肩を砕き、続いて左足を叩く。最後に上段に構えられた双棍が頭部を割る。

ウルティムスの痛覚半減システムがなければ痛みでショック死していた。

「そこまで」

今度はちゃんと起きていた仁さんが止めに入る。


それにしても。

「あれは卑怯じゃないですか。俺が剣を首に当てたんですから俺の勝ちでしょ。なのに、いきなり魔法をうつと見せ掛けて剣技を無慈悲に当ててくるなんひどいですよ」

「寸止めなんてしてたら逆にやられちゃうよ。それにフェイントを入れるのは戦いにおいての基本だよ。スポーツでも、使ったりするしね」

腕を組んで仁王立ちをする鈴は、そんな子供らしからぬ事を言った。

「青年は優しすぎる。それゆえに、自分の身を危険にさらしている。戦闘中だけでも冷徹でいなければいけないな。近い未来、人と戦う事もあるかもしれんしな」

人と戦うってどういう意味で言ったんだ。

「志輝の体力も限界がきているみたいですし、今日の特訓は終わりにしませんか」

俺を気づかっての提案をしてくれてのは春だった。

「そうだな。では、今日の特訓を終了する。各員、解散」

これは言いたかっただけだろう。

女性陣の氷よりも冷たそうな視線が仁さんを凍らせる。

一人ばかにしたように笑っている者もいるが。

「今のは冗談だよ、冗談。 てきとうの風呂入って、汗流して明日に備えて体を休めろ。以上」

少し仁さんがかわいそうに思えてきた。

仁さんへの同情はおいとくとして。

「お風呂があるんですか」

「当たり前だろ。ここ、レシストには源泉から湯をひいた大浴場を完備してある。そこは、男湯と女湯が薄い壁一枚で仕切られているんだ」

地下にお風呂を作るなんて、レシスト恐るべし。

俺の興味が別の方向にあるなか、神妙な表情でどうしようもない事を語りだす。

「男なら一度は考えた事のある、壁に耳をあてて女子だけの秘密の会話をこっそり聞くことができ、さらには壁をよじ登って覗きをすることができる。男のロマンを実現できる最高の浴場なんだ」

仁さんの言わんとしている事は分かるが。

「覗きは犯罪ですよ。それに、ここだからダメという意味ではないですが、この上は裁判所です。法律に喧嘩を売ってるようなものですよ」

「えっ、そうなの」みたいな表情をする仁さんを、このまま女性陣に引き渡したい。

「俺はこれでも先輩なんだから、そんな蔑んだ目をするなよ。明日からはしないからさ。み逃がしてくれ。女の連中にばれたら死ぬだけじゃ済まねえんだ。なっ、だから今回だけは」

罪悪感があるのかないのか分からないし、無駄な言い逃れをする先輩は処すべきだ。

「はあ、仕方ないですね。この事は聞かなかったことにするので、もう止めてくださいよ」

聞かなかったことにするわけがない。

仁さんには突然の地獄を味わってもらおう。

俺の真意を知る事もなく、安心したようで、ため息をもらす。

「はあー、助かった。ありがとう青年。このご恩は一生忘れねえ」

一生忘れないでしょうね。この後、恩に着た事を悔いる事になることを。


闘技場を後にして、浴場に向かった。

今度は七階分の階段を上らなければならないと考えると気が飛びそうになった。


やっとの思いで上りきった時には、疲労が溜まりまくった足はパンパンになっていた。

「青年は本当に体力がないな。明日からは闘技場を壁沿いに走ってから始めるか」

文句を言う気力すらなくなっていた。

だが、目では「覗きのこと言うぞ」と脅迫をしていた。

俺の、目を見ると苦笑いして。

「オーケーだ。走るのは止めておく。だから青年もそれだけは止めてくれ」

目を見ただけで通じるとは、よっぽど気にしていないとそんな芸当はできないだろう。

「仁は、志輝に何をやめてほしいの?二人だけの秘密があったりとか」

俺が悪い訳でもないのに、びくっとしてしまう。

春の勘の鋭さは女の勘と言ったやつだろう。

目が泳ぎながらも、仁さんは返答をする。

「ヒ、秘密。エ、そうだ、ヨ」

噛みすぎで何を言っているのかまったく分からない。

このままでは、ぼろが出そうな仁さんに変わり、俺は言葉をだす。

「ちょっと、仁さんに教えてもらいたい事があってさ。だから秘密とかそう言うのはなんもないよ。そうだよね仁さん」

同意を求める。

「そ、そうそう。そうだった。そう言えばそうだった」

テンパり過ぎて「そう」が多くなってしまっている。

「そうなの?志輝が言うならそう言う事にしといてあげる」

これ以上の追及はしないでくれた春の気遣いに感謝する。

「ほら、早く浴場に行きましょう」

「お、おう。そうだな」

ようやく平静を取り戻した仁さんと浴場に向かう。


「男」と書かれたのれんをくぐる。

今時「男」と書いてあるのれんがあるなんて珍しい。

脱衣場には縦に五段、横に八段ある棚が均一に四つ並び、棚の中には服を入れる為のかごが置かれている。棚の横には大きな鏡と洗面台が三つずつ完備されている。以前の壊れていない世界なら、レシストは銭湯として営業できるかもしれない。それぐらい、内装がしっかりしていた。

どのかごにも服が入っていないところを見ると風呂場には誰もいないのだろう。

そそくさと服を脱ぎ、畳んでからかごに入れる。

「几帳面だな青年は」

風呂に入る前の習慣としてやっていたので、別に几帳面ではないと思う。

「仁さん、絶対覗きしないでくださいよ。俺まで巻き添えはくらいたくないんで」

蔑んだ目をして、仁さんを見る。だが、それは直ぐに恐怖へと変わっていった。

筋肉の盛り上がった、がたいの良い肉体のあちこちには見るに耐えない生傷があちこちに刻み付けられていた。

その傷が今まで乗り越えてきた厳しい戦いの数々を物語っていた。

「どうだ青年、格好いいだろ。俺の体には、死んでいた仲間の思いが、一つ一つの傷に刻まれているんだ。大事な思い出みたいなもんさ」

遠くを見つめて昔の記憶を懐かしむ姿は。

「歴戦の戦士みたいで、格好いいです」

俺に視点を合わせ、笑いながら言った。

「あんがとよ、青年」

仁さんとの距離感が一気に近付いた気がした。

「寒いし風呂に入ろうぜ。覗きもしたいしな」

最後の言葉で色々と台無しだ。


風呂場に入ると、湯気で視界が狭まり、暖かい湿気が体を包む。

風呂特有の硫黄の匂いが鼻に刺激を与える。

この癖のある匂いは子供の頃から好きだった。

洗い場の椅子に座り、頭と体を洗い汗を流す。

大きな浴槽に浸かっていると、壁に耳をあてている仁さんを見つける。

あのおっさんは何をやってるんだ。

「おい、あんたバカだろ」

歳上だからといって、バカに敬語を使う気はない。

「俺はバカじゃない。これは当然の行動だ」

バカみたいな発言をどや顔で口にする仁さんを全力で殴りたい。

「そうだぜ、志輝君。聞き耳をたてて女の子の女子トークを聞いたり、覗きをするのは日本の文化だぜ」

バカみたいな発言をするのが一人増えてしまった。

「って、黒兎さんがなんでここに入るんですか」

「くろのちゃん達がこの時間に入るって仁に聞いたからね」

おじさんの情報伝達スピードの速さに呆気をとられる。

というか、いつ仁さんはそんな情報を黒兎さんに教えたんだ。

「「さあ、こっちに来て女子トークを一緒に聞こうぜ」」

俺は即答した。

「絶対にしません」


風呂をでてから、支給された食事をとり、自室に帰った。

「学んだ事の分、やらなければならない事ができた」

明日もまた、似た一日があると考えると気が重くなる。

でも、俺が望んで選んだ道なのだからやり遂げないといけない。

覚悟を決めたんだ。強くなって、依桜と柚晴を守りたいと。

「依桜、柚晴。早く、二人に会いたいな」

二人の笑顔が浮かぶ。

今ごろ、悪魔に殺されていたらどうしよう。一度考えると、不安で心が潰されそうだ。

「志輝様。ご心配せずとも大丈夫でございます。こちらで、ウルティムスに登録されている方の生命反応は確認できます。お二人の現在地までは分かりませんが」

ウルティムスに登録している人の命とケータイはリンクしていて、人が死ぬとケータイも壊れる。その逆もある。

なら、ノルンが登録者の生命反応を調べる事は可能なはずだ。

「ありがとう、ノルン。少し安心できたよ」

「そうでございますか。お役にたてて光栄です」

安心できると、二日間で溜まった疲労が眠気となって襲ってき、俺はそれに耐える事なく眠りについた。

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