五日目 死の恐怖

逃げる人達の最後尾に付き、高校まで逃げていた。

黒兎さん達なら大丈夫、絶対にやられたりしない。

二人を信じて、俺は自分のやるべき事をしっかりとこなすんだ。

悪魔探知で周囲を警戒しつつ、ひび割れたコンクリートの道を走って行った。


道中で悪魔に合う事なく高校に着く事ができた。

ここで避難していた人達は、逃げてきた人達を大急ぎで体育館に案内する。

俺だけは、校庭に残り、黒兎さん達が帰ってくるのを待った。

子供が心配した表情で紙コップに注がれた温かいお茶を持ってきてくれ、親切なその子に「ありがとう、安心して体育館に戻りな」と言い、お茶を受け取った。


良かった。ひとまず、死人が出る事は防ぐことができた。

一安心し、貰ったお茶を口に含み、ため息をついた。


一度目の危機は去った。

だが、避難してきて直ぐに、二度目の危機が襲った。


正門から奇妙な笑い声が聞こえてくる。

じっとりとして、妙に耳に残る不快な声。

こんな笑い声をあげる奴と言えば、奴等しかいないだろう。

「悪魔」


敵は三体。二体は中級、一体は上級の悪魔。

到底敵う相手ではないが。

「やるしかないんだよな、俺が」

悪魔の情報を確認する。

悪魔探知では、点滅するアイコンをタッチすればその悪魔の情報を見ることができる。


コボルト

火属性が苦手。

ステータスはどれもが低い。


ピクシー

物魔属性が苦手。

回復魔法を得意としている。


パズス

氷が弱点だが、火属性は効かない。

どのステータスも自分の五倍以上の数値。


情報の確認を終えると、鉄剣を生成し、剣先をコボルトに向けて構え、軽くグリップを握った。

勝敗は数値が示している。

だからって、何もせずに死ぬより、戦って死んだ方がカッコいいだろ。


紅くくすんだ長剣を持ち、ライオンの頭に腕に鷲の脚。背中に四枚の翼を生やし、さそりの尾まであるパズスの姿は、皮膚が痺れるほどの威圧感を放っていた。


パズスのみが近づいてくる。

他の二体は正門で待機している。

逃げ出したい気持ちを取っ払い、再度覚悟を決めた。

コボルトに向けていた剣先をパズスの向け、今度はしっかりとグリップを握った。

汗が頬をつたい、地面に落ちた。


ポツン。


パズスの姿がゆったりと揺らいでいく。

段々とずれは大きくなっていく。

これでは剣の軌道が読めない。


数分、パズスと対峙した。


体が熱い。

周囲を見渡すと、灼熱の炎に囲まれていた。

「くっ、いつの間に」

垂れていた汗が乾いていく。

蒸し焼きにされているみたいだ。


もうろうとする意識のなか、パズスが揺らいで見える理由が解った。

パズスは火炎を使い、陽炎を生み出していた。

陽炎を使うなんて、悪魔は知能が高いんだな。

なんて、呑気に感心している場合ではない。

正体が解ったとしても、それに対処する方法がない。


火炎の勢いが増している。

身体の水分が抜けて干からびそうだ。

持久戦は分が悪い。

短期決戦で終わらせる。


俺の得意魔法は、水に氷。

足下から水が湧き出るイメージ。

「スプラッシュ」

魔方陣が足下に形成される。

そこから、大量の水が湧き出て周囲の火炎を飲み込んでいく。

まだだ、この程度じゃ炎は消えない。

「アイシクル」

氷結魔法で水を凍らせ、炎を氷の中に封じ込める。


魔力残量が三分の一しかなくなってしまった。

でも、おかげで炎を封じ込める事ができた。

これなら陽炎を使うことはできない。

なにより、炎の熱気で体力を消耗することがなくなる。


相手との間合いを計る。

力みのない落ち着いた構え。

距離を詰める隙がない。

遠距離攻撃を囮に使い、間合いを詰めるか。

魔力をこれ以上消費したくないが、しかたない。

春が使用していた水魔法。

手をパズスに向け、三つの魔方陣を形成。

「アクアエッジ」

水の刃は、胴体、右腕、頭部にそれぞれ向かって飛来する。

パズスは一歩も動く事はなかった。

アクアエッジが命中する。

かのように見えた。

三本の刃はパズスの身体に触れた瞬間蒸発した。


「くっ、あいつの体が自体が炎なのか」

打つ手がない。

火炎を封じ込めている氷も溶け始めている。

どうすれば、どうすれば。


停止仕掛けていた脳細胞を無理矢理に動かし、策を練っていると、体育館の方からハツラツとした声が名を呼んだ。

パズスの動きを警戒しながら、声のする方を首だけ動かして向いた。

「柚晴」

彼女の名が自然と口からもれた。

友人に会えたのはうれしいが、タイミングが悪い。

「逃げろ、柚晴」

「で、でも」

体ごと向けて言った。

「俺の事は構うな。早く逃げてくれ」


あ赤色の影が動きを見せた。

パズスが炎の弾を柚晴に向けて飛ばしたのだ。

弾速はそこまでない。むしろ遅いほうだろう。

だが、その炎の弾はとてつもなくでかかった。

柚晴は足がすくんでいて、逃げる事はできなさそうだ。

地を削りながら柚晴に段々と近づいていく。


先回りしようと、氷の壁を越えようとした時、炎が氷を溶かし尽くした。

炎の壁に阻まれ、柚晴を助けに行く事ができない。


もう一度炎を凍らせるか。

いや、そんな暇はない。

どうする。


脳をフル回転させて思考している間も、炎の弾は刻一刻と柚晴に迫っている。


炎の弾を凍らせる?

俺の魔力ではきついか。

魔力を大幅に上げれればできるかもしれないが、そんなこと。


できるじゃん。


ヴァルキリーを召喚。

やれるはず。

乱発をしなければ代償はないんだ。


「ヴァルキリー、俺に力を貸してくれるかな」


唐突に起きた危機から柚晴を助ける。

そのために、これをしなければならない。


「憑依」

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