四日目 助け合う人の姿

もう夕方になった。

蝉の鳴き声と赤ん坊の泣き声が混ざった音が、静かな空間に響く。

本当に、何もせずに一日が過ぎそうだ。


冷えきったベンチには白猫がうずくまって眠っている。

二つの音に混ざって、ぐうぅ、と腹を空かせた音が混じる。

音の主は黒兎さんだ。

「お腹減ったー」と呻きながら這いつくばっている。

俺自身もお腹が空いてイライラしてきている。

二食分の食事を抜かすとこうも辛いのか。

それに、ここの人達も昼食と夕食を摂っていない。

もしかすれば、昨日から何も食べ物を食べていない人もいるかもしれない。

それなのに、レシストは食事が毎日、三食支給されていた。

食べ物の支給がなければ、避難している人達は飢え死にしてしまう。

一度、局長に食料の支給を提案してみよう。


白猫に着ていた上着を掛け、空いているベンチに座った。

いつの間にか辺りは暗くなっており、月の明かりが街頭の替わりに地面を照らす。


唐突に、薄暗い世界の木々がざわめいた。

異様な雰囲気が空気を重くする。

その異常にいち早く気づいたのは白猫だった。

パチッと目を開き、体を起こした。

彼女の猫目は森の中を見つめていた。


「悪魔が、くる」


悪魔の単語に反応して、黒兎さんは起き上がった。

顔には緊張感が表れている。

俺も、とっさにケータイを取り出し、ウルティムスの機能の一つである悪魔探知を使った。

白猫の見つめる先に、悪魔の反応が二十体ほど確認できてしまった。


「こんな所に、悪魔が来たら」

ここにいる人は、全員殺される。


一歩ずつ、後ずさっていた。

これから怒るであろう事に怯えている。

また、一歩後ずさってた。


「志輝君。皆を、別の避難場所に連れて行ってくれ」

黒兎さんの張り詰めた声に気を戻した。

「黒兎さんはどうするんですか」

にこにこ顔になった黒兎さんは武器を生成した。

そして、白猫に向けて言った。

「くよくよしてる場合じゃないだろ。愛佳。早く戦闘体制をとれ」

白猫は俺が掛けた上着を羽織り、武器を生成した。

「いちいちうるさいよ黒兎さんは」

背丈ほどある槍を持ち凛とした姿は、さっきまで見ていた猫の姿は全くなく。

弱さを振り払い、強くあろうとする、虎の姿だった。


深い闇の中から、月光を浴びてできた悪魔の影がいくつも見えた。

それに気づいた人々は悲鳴をあらげながら逃げていく。

我先にと人々は行動するため、必然的に大人達は先に逃げ、子供達は大人の集団に離されてしまう。


俺に与えられた役目は。

遠くまで聞こえるよう、声の限りを尽くして言った。

「みなさーん。きいてください。近くに高校があります。そこまで、慌てずに、なるべく早く逃げてください。男性で、体力や力に自身のある方は、逃げ遅れている人と一緒に逃げてください。お願いします」

人の良心を信じて、深く頭を下げた。

足音が止み、どこからか男性の声が聞こえた。


「そうだな。大人が子供を置いて先に逃げちまうなんて、最低だ」

「俺はそっちのばあさん達を連れていく」

「なら、俺は赤ん坊連れた人を」

それぞれが行動し、助け合いながら公園から逃げていく。

不意に、肩をたたかれた。

「あんたのおかげで、皆無事に助かりそうだ。ありがとな」

そう言って男性は、両脇に子供を抱えて走っていった。


人は危機にぶつかって精神が不安定になっても、仲間を敵としてみたりしないよ。

助け合いながら、必死に生きてる。

「黒兎さん、ここは任せてもいいですか」

黒兎さんは背中を向けたまま腕を横に伸ばし、親指をたてた。

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