2章 レベル1:さぁはじまりはじまり
第3話 Level 1:スライム相手に死にそうになりました
まず、深呼吸した。
「こりゃー、まじだなぁ」
つぶやいても返事をする者とてない。たとえろうろうとヨーデルを歌ったところで誰も気にもとめないだろう、平野だ。四方を見渡すとひたすら地平線が広がっている。
深呼吸するたびに、喜びが胸につまってくる感じ。
まじですよ、これはまじですよ! ほんまもんのファンタジーの世界ですよ! 魔法あり、エルフもあり、悪徳大臣あり、裏切りあり、戦いあり、船旅あり、なんでもあり!!
「やったぁぁぁーー、来たよ来たよー、今行くよーーーーー!!!」
意味もなく大声。
確かリンダは西に行くとギムダの町があるっていってた筈。行きますよ、そこで友達と待ち合わせしてるのだ。彼女はリンダ・リングの世界では先輩。いち早くプレイし始めてたから、今頃はきっとレベル10になってたりして。いっぱい情報も教えてもらえるはず!
と、うきうき気分のまま立ち止まった。
西って、どっちだ。
西から昇ったお日様が♪ のアニメの主題歌に騙されて、中学生の時分、理科第二分野の試験で太陽が昇ってくるのは西と答えた私……。手痛い笑い者の烙印でもって、一生夕日が西だと覚えているさだめにあるのだ。
そんなこたぁともかく、夕日が西。
でも今めっちゃ昼間なんだよね……。ハハハハ。
方角が分からない。
前にプレイしたゲームでは「次はこちらに行ってください」と言われてた町をぶっちぎって次の次の町に到達した私である。うかつに動くと途方もない場所に行き着くこと請け合い、である。
落ち着け。落ち着くんだ。
と再び深呼吸したところで、遠方に立っている、あるものと目があった。
それは看板だった。
めちゃ不自然に平野にぽっかりと立っているからしてきっと、次の町への方向が記されているんだわ!
と喜び勇んで近づいていくと、それには。
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リンダ・リングの世界へようこそ!
モンスターには
気をつけて下さいね(笑)
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とあった。
思わずひっこぬいてふみつけて燃やして塵にして埋めたろかい、と殺意が芽生えても仕方がないと思う。
ダメよ私。ぐっと堪えて、この(笑)マークだけでも塗りつぶしてやりたいけど今はペンを持ってないんだから、できないのよ。耐えるしかない。
「ブキュルルル」
人の懊悩の最中に誰が鼻かんどるねん。
と看板への殺意をそちらに向けた。
だけどそれを見た途端私は微笑んでしまった。
だって、それは、その物体は、スライムだったんである!
緑の平野と彼(彼女?)の水色の身体のコントラストがかわいい。ああ、冒険ってこれだぁ、スライムにこそ第一歩があるんだ!! と感動しきりに拳を握った、とき。
「ブキュルル、プキーーーーッッッ!!」
と雄々しい声をあげてスライムが突進してきた。
ジャンプ突撃である。私はそれを顔面に受けてつんのめったところ後頭部を看板に激突させてしまった。
猛烈に痛い。痛いんだけど、痛いよりまずびっくりした。
攻撃してくるのかこのモンスターは!
って当たり前当たり前。と認識を新たにする間もなくスライムがもう一撃くりだしてくる。
再びジャンプ突撃を、今度は腹部に受けてしまった。
着地した途端のスライムの表情! わ、笑ってるじゃないか! 確実に私を嘲っている。この脊椎もないような物体が!
「こっのーーーっ」
と、怒りにまかせて、殴ろうとしたのは、自分が武闘家であることを思い出したからではない。単に腹が立ったからである。
別に短気ってわけじゃなくて(たぶん)、奴ら、人を怒らせるのが強烈にうまいのだ!
スライムはひらりと身をかわした。
「クピークピー、ケッケッケ」
「あ、あんたどこから声出てんのよ!!」
こっちは避けられるのに向こうの攻撃は確実にヒットしてくる。
……普通、実生活において、こういう生命体に襲われたとしたなら、ちゃーんと攻撃を避けることもできるだろう。絶対に当たらないようなスピードなのだ。
でも、当たってしまう!
なぜなら私、設定した数値の通りのスピードでしか動けないみたいなのだ!
「ピキーピキーッッ」
「はぁっ!?」
突然後ろからの攻撃を受けて前のめりに倒れてしまった。
新手だ! またスライム。……今度はピンク色。夫婦か。
つーか痛い。痛い、マジ痛い。スライム一撃でこんなんだったら、魔法の炎とか受けたらどんなことになるの!?
「サラさーん、サラさーん、逃げて下さい、逃げてくださーい!!
残りHPが2ポイントしかありませんよーーー!!!」
ひぃぃぃ、死んだら借金!!
黒ミサ、ゾンビ!!
ってわたしゃ善神信仰だってば、とセルフツッコミを入れながら必死で走った。スライムに回り込まれたらおしまいだった。逃げる逃げる、そしてもう大丈夫! とふりかえるとスライム二匹が飛び跳ねて笑っていた。
「プキープキキキー(訳・ばーかばーか)」
いやスライム語は分からないから訳は推測だけど!
そういう意味だとしか思えない今の鳴き声っ!
即座にとってかえして地獄のとどめを、と足が勝手に動いたとき、
「まってください、まってくださいよー、サラさん。あなた本当に運が悪いですね、もうHP1ですよ。死にかけてますよ」
確かに視界が赤いわ、と素で返事を返しそうになって相手をまじまじと見た。
なんじゃあこりゃあ。である。
それは、「説明好きそうなマイクを持ったらなんか似合いそうな眼鏡をかけた子供の頭ぐらいの大きさをしたハチ」だった。
そいつは、ぶんぶん空を飛んだまま私を見下ろして六本の手をつかって肩をすくめるような格好をした。ような、っていうのは、肩がないから。
「こんにちは、ぼくはR=R社ハチ型ナビゲーターです」
そいつは笑顔でそんなことを言った。
ナビゲーター?
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