第116話 Event3:水晶の森

 私たちの推理は、完全に当たっていた。

 ボタンを同時押ししたノアとシロウが戻ってきたときだった。ずん、と地響きがして、私たちは足を取られた。

「ぶえっ」

 回復の泉の中に顔をつっこんでしまう。HPが全快に……それはさておき! ずずずずずず、とものすごい音がした。

「な、なに!?」

「みんな集まって!」

 私たちは慌てて手に手を取った。ここで離ればなれになるわけにはいかない!!


 そして、回復の泉の中央、竜の象が現れたあたりに変異があった。水が、渦を巻き始めたのだ。どんどん水位が下がっていく。私たちはあっという間に巻き込まれた。抵抗する間もなく、水の流れに乗ってしまう。

「み、みんなああーーー!」

叫んだのは誰だったか……。


 たぶん、床が抜けたのだ。この泉は風呂のようになっていて、底の栓を抜けば水が流れていくようになっていたんだろう。回復の水を瓶につめておいたら良かった……なんて考えたのは後の話。いや瓶なんてアイテム持ってないから無理だけどね……。

私たちはその底に空いた穴に吸い込まれていった。

大丈夫、ゲームだから、水中でも息ができたんだけど。だけど一瞬感じた恐怖心はかなりのものだった。


 そして私たちは、下の階に着いた。

大量の水が落ちたというのに、あっという間に排水されていった。そこは落とし穴まみれの場所だった。落とし穴と言っても、下の階につながっているわけじゃない。穴の底には剣が何本も突き立っているという、古式ゆかしい正しい(?)落とし穴だ。

「みんな、大丈夫~?」

聞くと、返事が返ってきた。

「大丈夫だよ。姫も寝たままだ……」

「私は平気よ」

三人とも無事だ。良かった良かった。


 ……さて、探索再開だ。

回復の泉があったのに、私たちレベル上げに使わなかったなあ。もう少しあそこで戦闘繰り返しておいた方が良かったような気がする。しかしそこまで時間の余裕がないことも事実だけど。

 この階には回復の泉はないみたい。あーー、残念。

「シロウ、気をつけてね。落とし穴に落ちないで」

「うん、分かった。……けど、サラ、なんで俺だけに注意するの?」

「だって頭から落ちそうなんだもん。戦闘が終わってレベルが上がったりした途端ガッツポーズしたまま落とし穴に落ちてしまったとしても驚かない」

「ああ、納得する」

 ノアがしぶい表情を作ってうんうん頷いた。

 シロウが怒り出したが、怖くない怖くない……。なんて人に言いつつ自分が落ちたらシャレにならないもんね。私も気をつけなきゃ。

 その部屋には落とし穴の中からネズミ系のモンスターが出没した。これがまた厄介なモンスターで、「病気」ステータスに人を陥れる。病気になると戦闘中に咳が出たりして動くことができなくなったりする。

 魔法使いは抵抗力が低いのか、ノアが二回も病気になってしまった。ネズミを倒すと「血清」というアイテムが出てきて、それを使うと治るんだけどね。でも実際ネズミが持ってたような薬使うのイヤだよねー!! なにが入ってるんですかソレ、なんの成分ですか、てなもんよ。

 道はマッピングの必要がないくらい分岐もなく、そのまま進んでいった。






*******





 そしてその先に、

「ほえー!」

「おおおおお……」

 水晶の森、だった。落とし穴まみれ空間からつながっているその空間は、クリスタルでできた木がたくさん生えた場所だった。

 まぶしくて目がちかちかする!


「どこからか光が入ってきているのかしら」

「うーん。そういやノア、この水晶の木、二・三本叩き折って持って帰ろうとか思わないの?」

「何言ってるの」

 ノアはけらけらと笑った。

「自分から光らない石には興味ないわ」

 ……………………。

 思わずシロウと顔を見合わせてしまったね。


 水晶には、浄化作用があるという。ぜひ、ノアさんに身につけて欲しい、ような気がする……んだけど、そんな猫に鈴つけるような真似私にはとてもとても……。


「そんなことより二人とも、油断しないで。この場所だから出てくるようなクリスタル系のモンスターがいるかも」

 それが! 

 いたんである!

 その名も、クリスタルボックス。はじめ、箱がふわふわ宙に浮いているその光景を見たときはなんの冗談かと思った。なんかきらきらしたものが視界に入るなあ、程度。モンスターだと気づかなかったくらい。

 私は、無造作に腕を振った。ドラゴンナックルが反応して、あれ、これ敵だったの? とそのとき初めて気づいたくらい。そして、なんと、その一撃でクリスタルボックスはあっさり倒せてしまった。

ちゃららー♪ と音楽がきこえフラッシュみたいな光を浴びた。


「な、なにこれ……?」


「ぐぎょおおおおおおーーーー! サラっち!! あんた、あんたはやる女だと思っていたよ!!!」

いきなり現れたハチが私の顔に抱きついてきたので、容赦なく叩き落とした。ついでに踏みにじった。

「なによいきなり馴れ馴れしい」

「ナビ……なのに、足の下が……定位置。ぐふっ」

「ああっ、バッチョさーんバッチョさーん!」

 カンナも出てきた。この子もハチなんていちいち心配しなければいいのに、なんか私がハチをいじめてカンナが心配するのが様式美みたいになってるじゃないの……。

「おめでとうございます、サラさん!」

足の下でへばっているハチの代わりにカンナが説明してくれた。

「なに? なんなの一体?」

「今のは、クリスタルボックスという名前のモンスターです! この敵、ものすごく素早さの数値が高くて、いままでに倒されたことがないんですよ」

「そうなの?」

「サラっちが一だとしたらクリボーは三万くらいの速さだおお」

 足の下でハチがなんか言ってる。なんだかめでたい話のようなので、踏むのを中断することにした。

「すごいじゃない、サラ! 暗黒ピエロの地獄ルーレットといい、ラッキーが続いているわね!」

「サラ、おめでとう!」

「今までのリンダリング歴史上、クリスタルボックスが倒されたのは初めてです! さっきのフラッシュ光でサラさんの記念撮影が行われました。えーと、画像はこれです」

 カンナがウィンドウを立ち上げた。 

 そしてその写真を見た全員が絶句した。


 私の顔が……、現れたハチに、隠されてしまっている……。

 分かるのは私の髪型くらい? 性別すら不詳だよ!


「ふん……っ」

「ぐぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱらっ」

 思い切り気合いを込めてハチを遠投した。水晶の木にぶつかってハチが大変な目に遭っている。いや、そんなことより大変なのはこんな風に変な写真を残すことになった私の乙女心だよ!

 カンナに聞いたけど、写真の撮り直しはきかないっていうじゃない!

 誰が決めたそんなルールーーーー! と叫びながら、床でうだっているハチに向けてダイブした。

 ノアは、シロウは、腹を抱えて爆笑している。笑い続けている。

「どうしてくれるのよおおおおお」

「ぐ……ぐぼえええええるるるるるるるるるおおおお」

 ハチを絞る。絞り続ける。

 うん、ハチと雑巾は違う。それ分かってる。でもいいの。今の私なら広辞苑すら書き替えてみせる。ハチ? 雑巾のようなもんだよ!!!!!!

「お前なんかトイレの掃除すらもったいないわああああ」

「うううううびゃあああああああんんんんん」


 まことに泣きたいのはこちらである、という次第でございました。

 気にしていたら死ぬ。気分が死ぬ。乙女心が死ぬ。

 このあたりでとりあえずやめておくことにした。


「良いって言うまで出てくるんじゃないわよ」

「でも僕は……サラっちのハートフル・ナビだから……エターナル・ナビだから……っ」

などと人の逆鱗を鬼おろしでこそげ落とすような発言を残し、ハチは飛び去っていった。ああああのハチを見てると不整脈が起きそうになるわ。


 でもそれは銀河光年の向こう側に置いておくことにして。

 クリスタルボックス通称クリボーの一番素晴らしいところは、ゴールドだ。一匹倒す事で、五万ゴールドもの金が手に入ったんだ!

「えっとえっと……クリスタルボックスの他に、シルバーボックス、ゴールデンボックスなどもおりますので……、みなさんかれらに出会ったときには是非たおしてくださいね。で、では~!」

カンナが去っていった。

 ……どうも私、カンナにおびえられているような気がする。たぶんバッチョが悪いんだ……。あいつが私を修羅に変えるから……。


「やったあー、五万ゴールド! ダンジョンの中だと使いようもないけど、外出たら使おうか~!」

「でもこれサラが手に入れたようなもんだし……」

「そうだな、サラが使って良いよ」

「え!? なにその優しさ……」

 じっと見つめ返してしまった。ノアは肩をすくめ、シロウは人の良い笑顔をたたえている。

「いいよいいよ! 別に、欲しいものがあるわけでもないし。この前これ手に入れたばかりだし」

とドラゴンナックルを見せる。

 あー、まあ、修理くらいはしないといけないかも。そろそろ。

「じゃあこうしようか。サラの防具とかを優先的に買おうよ! あるいはスキルとかなにか身につけるのでも良いし。できれば回復系の力とか!」

「あはは、具体的だなあ。うーん、でも、確かに」

 壊れない系のアイテムで、使うと全員分のHP回復してくれるのとかあるといいなあ~。魔法使いがいないパーティへの救援策でそういうの、用意されてないかなあ。されてない気がするなあ。あってもめちゃ高そう。んで消耗品だとかね。

「まあ、そこらへんは、このイベントをクリアーしてからだよね」

 シロウがやや身体を傾けながら言った。背中のツボの中からはまだ「ZZZZ」という文字が流れ出ている。睡眠中の古典的表現だ。姫様疲れ果てたんだな。

 まあでも、今のうちにゆっくり休んでいてもらおう。

 ラスボスとのバトルでは、姫様連射状態で頑張ってもらうんだから。あえての十六連射ですよ。あとは野となれ山となれで、親密度がマイナス振り切ろうがなにしようが、ボスが息絶えるまであの破裂ボイス轟かせてもらうわ。

「……サラ、暗黒の心の声が聞こえてくるんだけど……」

「あ☆ ごっめーん!」

「姫様に聞こえたら大変だよ……」

 ぶつぶつ言いつつ、シロウは背後を振り返った。相変わらず「ZZZZ」である。良かった。


 そして、さしたるピンチに陥ることもなく、私たちは水晶の森を抜けた。

「あれ、もう終わり?」

 拍子抜けしつつ……実のところ、運が良かったのだ私たちは。ここにはレーザービームを打ってくる敵がいて、それがビームを打つとこの水晶の森を反射しまくって地獄のようになるという話を後で聞いた。たまたまその敵が寝ている時間帯だったらしい。

 なので、とても簡単にこの森を抜け……


 抜けた先は、三筋の道だった。

「えっ分岐?」

「しかも見てこれ」

 ノアが顔をしかめた。その指さす方には看板が立っていて、




「一つの道には一人しか行けない」


と、あった。

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リンダリング 花房牧生 @makio

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