第115話 Event3:手の形をした五本の道

「ねえ、あれ」

と指さした。

 はじめは気づいていなかったノアとシロウも、目を凝らしてそちらを見た。


 回復の泉の上に、ぷかぷかとうかんでいる黄色い固まりがある。なんだかもやっとして……いや、発光してる、かな?

「なにこれ」

つつく気にはなれないまま、近づいていった。

「まさか……」

「まさか?」

「ゴミ、かしら……?」

とノアが言ったとき、黄色いのはムキィィィーーー! と言いながら宙に浮かんだ。な、なんだなんだ。飛べるの? なにこれ?


「余は……名乗りたいのであるがまだ名前がない」


 それはしゃべった。よく見ると、目みたいなのもあるし口みたいなのもある。だけど基本的にぼんやりとした光の固まりだ。


「新キャラにしてはデザインがやっつけね~」

「言わないであげてノア!」

 また黄色いのがムキィィィィと怒り出した。おお、ちょっと赤くなった。


「お前たちは冒険者であるな? ならば命じよう。このダンジョンを制覇せよ!」


「………………」

「………………」

「………………」

 私たち三人とも、返せたのは沈黙だった。

 だって。そんなことお前に言われなくってもー、だよ。のんびりしているとミュンヒハウゼンと革命軍のメンバーたちが軍事衝突しちゃう。そうなれば……そうなれば、このイベント失敗ってことになってもおかしくない。別にそういわれたわけじゃないけど、そんな気がする。


「何を黙っておるのだ? はっはーん、今になって余のありがたさが分かったのだな?」


「……行こっか、みんな」

「うん、そうしよう」

「あの五筋の道が手の形をしているのがヒントだよね」


「鮮やかなまでの無視っ……? 余は……余は……ああ、消えてしまいそうじゃ……あああ、早く一番下の階まで来ておくれ。そうしなければ、母様が……母様が……」


 そうして黄色いのは明滅をはじめ、最後には消えてしまった。

 まさかあっさり消えてしまうなんて思ってなかったので、ちょっとびっくりした。え? これ、よかったの? みたいな。三人で顔を見合わせる。


「……会話の選択を間違った、の、かな?」

 呟くと、ノアがうーんと首を傾げたままうなった。

「実のところ、これ以上変な任務増えても困るなあと思ってたんだけど。今のはそういうのじゃなかったみたいね」

「と、いうと……」

「ヒントだったのかも。早く一番下の階まで来い、そうしなければ母様が……って。このイベントで『母様』と呼ばれる存在なんて、ひとつしかないよね」

いかな私とは言え、


→それはミュンヒハウゼンだよね

→そっか……あのミュンヒハウゼンに子どもが……

→やっぱりあの腹は……生んでいたんだね……ミュンヒ


などというボケ選択肢が脳内をちらついたけど、ここで言うわけには。うん、言うわけには。などと苦しんでいる間に、シロウが言った。

「ガルディエントだね」

「うん。なに苦しげな顔してるのサラ?」

「う、ううん! ガルディエントだよね! うんうん! ということはあれは竜の子ども……じゃなくて、卵? 卵だよね、ガルディエントの子どもって……つまりあれって、黄身ってこと!?」

「……………………」

「……………………だめ、地味にウケる」

 ノアがぷぷぷと小さく吹き出していた。

 や、黄身呼ばわりしたのはわざとじゃない。あの黄色さが、頭の中でちかりと事実につながった瞬間だったのだから、私はあんまり悪くないと思う。たぶん……。


「卵は一番下の階にあるから、取りに来てねってメッセージだったと考えるのがいいかな」


 なるほどね。私たちが遅れると黄身が出てきてどんどん催促してくれるってことか……。だんだんゆで卵になっちゃったりして……。 ……それはともかく。

 とりあえずこの階をなんとかしなきゃね。






*******





 私たちは泉の周囲の道を調べた。

 五本の短い道。それは手の形をしている。さっき拾ったメモには、



道しるべ

3-5-7

資格あるものだけが世界に導かれる。

親指は1、人差し指は3、中指は5、薬指は4、小指は0


裏道しるべははじまりの魔女に至る階段。竜を足の下に敷く者がそれを得る。

地図

「裏道しるべっていうのは、今気にしなくてもいい情報だと思う。これから先はじまりの魔女に会いたいと思う日が来たら、このダンジョンに再チャレンジして竜を倒して来いってことよね」

「そっか……」


 道の行き止まりには、赤い石がある。調べてみるとそれはボタンみたいだった。

 押しこむとがこん! と音がした。

「ちょっとー! なんで押しちゃうの。戻せるのこれ!?」

「引っ張ればなんとか、戻るよ!」

と言い切ってみたものの、戻せなかったのである……。ノアに怒られつつ泉に戻ったら、そこに竜の像が立っていた。



リセットしますか?



なんて窓が立ち上がっていたから、迷うことなくYESを選択。

すると、


 残り二回


などと恐ろしい表記が現れた。ひ、ひえええええ。出来心だったのに! ついボタンをそっと押してしまっただけなのに! これ致命的ミス!?


「もう、サラは勝手に物に触るの禁止っ! 今みたいな真似したら、今度は縄で縛るからねっ!」

 怒られた。二人にごめんねと謝る。



「普通に考えたら、3-5-7だもん、人差し指、中指、を押せばいいのよね」

「でも次の7は?」

「足し算かなあ。同時押しでいいのかなと……」

そうか。親指は1、人差し指は3、中指は5、薬指は4、小指は0。2がないんだ、7になる組み合わせは3+4しかない。

「じゃあ……ノアとシロウで、人差し指と薬指を押して。私は見てるから」

「……うーん、大丈夫かな。さっきみたいにバラバラになったりしないかしら」

 そうなっちゃったら……どうしよう!?

 そしてノアは続けた。

「この五本の道が五本の指を示している推理はいいんだけど、手の平が上向いているのか下向いているのか分からないのよね」

 そっか、指が逆になるもんね……。

「あ、でも簡単じゃないか?」

とシロウ。

「どっちかの端っこの道が親指であることは間違いないだろ? で、手の中で一番短いのが親指だから、短い方の道が親指ってことに……ならないかな……」

 最後に自信なさげなのがシロウ風味ってもんだけど、私とノアはそれだあ! と指さして叫んだ。

 この回復の泉の広間の入り口から見て、一番右の道は折れ曲がっててやや長い。一番左の道が短いことは明らか!

 というわけで、この五本の道は……


「右手? 左手?」


「……………………」

「……………………」

 またもや沈黙。

 でもでもでも、ヒントは目の前にあった。泉の中央に現れた竜の像。それには、右手が欠けていたのである。ついでに右目の石も外されている。つまり、右が強烈に暗示されている……と見て良いよね。

 だからこの広場の道は、手の甲を上にした右手を示している!


「だ、大丈夫かな?」

「いいわよ失敗したって。なるようにしかならないわ」

「そうよ。ここでイベントが駄目になったら、しこたまレベル上げしてガルディエントをこんがり火あぶりにすべく戻ってきてやる。宝物も全部奪ってやる」

 ……たのもしい~。

 ま、それは置いといて。


 私たちはさっき考えた通り、人差し指、中指、そして人差し指と薬指の同時押しにチャレンジした。

 私は泉のところに残った。まずノアが人差し指を押し、次にシロウが中指を。シロウが薬指に移動し、ふたりが同時に押す!

 そのためには、泉に残った私が大事な役目を果たすことになった。二人が同時押しをするために、私が真ん中ででっかい声でカウントダウンすることが必要だったのだ。


「いっくよーー! さーーん、にーーーー!」

何が起こるか分からない。どきどきしながら叫んだ。

「いーーーーーち! 押してええええーーーーーーー!!!」


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