第114話 Event3:彼はへなへなと崩れおれた

 庇う余裕はなかった。

ノアがどこかぼんやりしたまなざしで攻撃を見守っている。私の回復は間に合いそうにない。もしかしたらぎりぎりでHPが残るかも知れないけど……

  あああ、どうすれば……!! なんて、言ってられない!!


「この、ばかサソリーーーーーーーッッッッッッ!!! こっち見なさいよぉぉっっっ」


 全力で叫んだ。

 スキル、挑発。でもうまく挑発できたか分からない。ううん、この叫びがスキル「挑発」なのかどうかも区別が付かない。だけど、必死だった。

 死ぬと思った。今まで、冗談みたいに感じていたけど、今度こそ死ぬって。だって魔法はダメ、攻撃もダメ。こんなふうに、こんなところで死ぬなんて。

 このゲームに、まぐれとか、眠っていた力とか、そんなものはない。常に目の前にあるものを使わなければならない。カンナが言ってた、地下のドラゴンを倒すことができる可能性はゼロではないって。ゼロではないなら、もし私たちが「それ」に気づいたら、倒すことができるのだ。

私は、シロウは次攻撃しようとしていると思ってた。

だけど違った。シロウは、アイテムを使用したのだ。つまり、「アリエッタ姫」を!!


 アイテムとしての姫様。それは前使ったから知ってる。

 戦闘における爆音発生器。そのボイスを前に普通でいられるモンスターはいない……かもしれない。

 だけどこのときの私たちはまだ知らなかった。


 まさか、姫様の力が、使った者との「友好度」によって変わってくるなんて。


 この前姫様を使用したのは、私。友好度なんて無いに等しい関係だった。しかしシロウはキャンディーとご機嫌取りを駆使して友好度を高めに高めている(本人としてはそんなつもりはなかったにせよ)!!

 姫様の、本人曰く「プリティボイス」が生み出したのは破壊……そして混沌だった。

 あれ、なに? 擬音?

「ホンギャラワオウェエエエエエエエ」

とか

「ボルグニュリュルヲルェエエエエエ」

とか、そういう感じの大音量。いやもう、音という範疇を超えていた。ひとつの現象だ。ビッグバンとかそういうたぐいの。

 私がやったときとは、雲泥の差だ。あのときだって驚いたけど、今回はレベルが違う。


 時間が止まった。

 確実に数秒、もしかしたら数分。


 中ボスであるところの大ムカデ様が抗すべくもなかった。もう、そりゃもう、あの声を浴びてまともに戦えるはずもなかった。

 時が再び流れ出したとき、彼はへなへなと崩れおれた。まるで薄っぺらい紙のようなはかなさで。

 ずしーんと地響きがして、サソリは横倒しになった。そしてそのまま光の粒になり、消えていった。


「……………………」

 どれくらい沈黙していただろうか。

 私はノアとシロウを見て、ぽかんとしていた。シロウも、ノアも、同じ。

 ちゃらっちゃらー♪ と効果音が響いて、誰かのレベルが上がったのにも気づかず……いや気づいてたけど。

 なんという精神崩壊系攻撃……!

「……………………」

「……………………」


「ねえ、カンナ……」

「はい、なんでしょう」

「もしかして、地下のドラゴン、これだったら余裕で倒せたんじゃ……?」

 ノアの質問に、カンナはあわあわして、汗をかきながら両手で耳の後ろをかいた。いつもならその可愛い仕草に和んでいただろうけど。

 そうだ。地下のドラゴン。レベル的に敵うはずがないって、スルーしてきたけど、この攻撃であれば……うん、たぶん倒せただろう。だってこれ、見たことないけど最高レベル魔法にも匹敵する効果じゃないかなあ。うん、見たことないけど最高レベルの魔法。


 こんなものを知らずにいたなんて。

 自分たちが最強パーティだってことを知らずにここまでやってきたなんて!!


「アリエッタ姫……」

 姫は、壺の中でなんだか機嫌の悪そうな顔をしていた。いや、これは眠いんだな。

「わらわは疲れたのじゃ。ふわあああ」

「い、いまのもう一回ってお願いしたら……ど、どうなのかな?」


「いやじゃ」


 アリエッタ姫は、軽やかにきっぱりと断った。それはもう、さっくりきっぱりはっきりと。

「シロウッ!」

とノアが気合いを込めてシロウの名を呼ぶと、シロウは背筋をぴしっと伸ばして壺に向かって話しかけた。

「えっと、その……できれば今の攻撃、もう一回お願いしたいんだけど。……だめかな? アリエッタ姫」

「シロウのお願いといえど、きけぬ。わらわは眠いのじゃ。しばし放っておいてたもれ。もし無理矢理あのキャンディを食べさせるような真似をすれば、わらわは帰ることにする。ふわあああ、疲れた。では、おやすみ」

 ZZZZZZZ、という効果とともに、桃姫様は壺の中に沈み、おやすみになった。

 たぶん、無理だろう、これは。ほんとに帰ってしまいそうだ。

「まあ、仕方ない……か」

「ノアが死にそうだったし。うん、良かったんじゃないかな」

「そうだよ。あのとき俺が姫を使わなかったら、大変なことになってたと思う」

「人をアイテムみたいに言うでないっ」

ぽこっと音がして、シロウは壺の中から殴られたようだった。衝撃があったらしく、シロウはイテッと軽く声を上げた。

姫は寝てるんだか寝てないんだか……。


 たぶん、グッジョブだ。なのにちょっと空気が落ち込んだ感。

 だけど落ち込んでる場合じゃないよね。さっさと次に行かなきゃあ……。うん、ちょっと脱力するけど、元気出していこう……。





*******





 ムカデに襲われた場所から進んでいくと、先は行き止まりだった。小さな箱があったから期待したけど、中には回復薬が入っているだけだった。嬉しいけど、ヒントではない。

「ヒント、あったじゃない。さっきの」

 ノアがそう言いながら、さっきの壺の中に書かれていたメモを確認した。



道しるべ

3-5-7

資格あるものだけが世界に導かれる。

親指は1、人差し指は3、中指は5、薬指は4、小指は0


裏道しるべははじまりの魔女に至る階段。竜を足の下に敷く者がそれを得る。

「道しるべとあるからには、ここの道の行き方を示してるんでしょ、この言葉」

「でも親指とか、人差し指とか意味分かんないよ?」


「なにいってるの、簡単な話でしょ!」


 ノアは人差し指を立ててそう言い切った。きりっとしている。頼もしい限りだ。

 だけど一応、やっぱり私も考えないとね。謎解きは全てノアにお任せ☆ ってしてたら、きっといつの日か戦闘力だけの脳筋キャラってことになっちゃう……


「ほら、鏡を見て? サラっち……そこに脳筋キャラが映っているはずだから……!!」

「そんなにハチミツになりたいかこの馬鹿っパチが」

 尻の辺りを念入りに握りつぶした。でも私誤解してたけど、ハチの尻からハチミツが出る訳じゃないのよね! てへ!

「ぐ……ぐぎょるるるる。ぷぺっ」



 そんな些末なことはさておき。

「あ、俺、分かったよノア!」

「えー、待って待って。待って。えーっと……指……手……あ、そっかぁ!」


 それはこの階のマップを見れば分かった。

 上の階から落ちてきた回復の泉、その周囲に長細い行き止まりの道があった。五つ。


 a b c d eの五本の道を五本の指に見立てると、手に見える。うんうん。としたら、

「親指は1、人差し指は3、中指は5、薬指は4、小指は0」

とあるから……!?


「この数字は指の順番を示してるのかな?」

「でも、2がないよ」

「……だったら、えーと……」



 うん。数字はもちろん3-5-7というのに関係してくるよね。

 人差し指が3、中指は5、でも7というのは……。





「五つの道を調べてみましょ」

 ノアが言って、くるりと振り返ると早足で歩き出した。私たちも慌ててついていく。まあ、五つの道は回復の泉から出発するときにすでに調べていたけど。赤い石が置いてあるだけで、特になにもなかったのよね……。

「ん?」



 回復の泉に、なにか変な生き物がいる。

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