4章 レベル2:とりあえず、買い物だ!

第35話 Level2:不幸のプレリュード




 破滅の足音は羽のように軽く、だけど着実に私たちの背後に近づいていた。

 なーんてことはなく、私たちは街道を歩いていた。太陽はさんさんと、風は爽やか! 世の中になんの不満があろうかという状態。私たちは満ち足りていた。財布も、体力も。機嫌も。

「サラさんたらにたにたして気持ち悪いなァー」

「あははウフフこいつぅ!」

 ナビの腐れた暴言もデコピン一発で我慢できようというものである。カンナのあああバッチョさん懲りないひとーー! という叫びも心地よい春風の如し。


 私たちは、お化け屋敷イベントを終えてから、とりあえずはじまりの町ギムダに帰った。帰った、という表現はなにか変かも。あそこに私たちの家があるわけじゃないし、待ってる人がいるわけでもない。

 旅人には帰る場所なんてないのである。

 とりあえず前に、進むだけ! 目の前に古城あれば薬草一つで駆けつけ、美姫の助けが聞こえたならHP1でも喜んで、喜んで……

「うーん、美姫っていうのがなぁ。いいけどさ、美少女を助けるのはロマンよね! かっこいい王子が『ぼくの呪いを解くために、あなたの力がいるのです……』っていうのも、ま、いいんだけどさ。ちょっと情けないわよねー、でもでも、冒険のためならちょっとしたナヨ男くらい、いくらでも我慢できるわよ。堪忍袋の緒が切れるまで我慢するわ、次はどんな……」

「とりあえずさ、俺たちギムダに帰ったら君たちの捧げ物を渡しに教会に行かないといけないわけだけど」

「ギムダに着いたらまず武器屋よね! 宝石ショップでもいいわよ。お金はとりあえず宝石に変えておけば、全滅したとき半分持って行かれなくてもすむんですって。宝石によってはいわくつきの、じゃなくてイベントつきのものもあって、それがまた新たな宝石を生むのよ。図書館で読んだんだけど、エルフの村には世界最大のルビーがあるんですって! なんでも魔力を秘めてて、火の最大魔法をゲットするにはその宝石が……」

「ああん私は防具屋でなにかいい防具を買いたいよ! 武闘家っていい装備ないんだもん。でもギムダだとあんまりいいのは売ってないかなぁ」

「防具屋はチェックしたわよ。確かにあまりいいのは、売ってなかったわね」

「だったらしばらく今のまま我慢して次の町で買った方がいいかなぁ……次、次の町はーっと……」

 モンタがシロウの肩に手を載せて温めている。なんだ。なにしてるんだ奴らは。不思議そうに見るとシロウが人の話を聞けとかいってる。

「何か言ってた?」

「………防具は俺も買いたいな。そろそろ耐久度がやばくなってきてるんだ。今回の旅でいっぱいお金が貯まったとか思ってるかも知れないけど、このゲームはけっこう消耗品にコストかかるんだからな! 宝石なんか買ってる余裕、ないよ」

 ちらりと見られてノアがうっとなる。そしてノアは気を取り直して言った。

「だったら真珠で我慢する!」

「それは我慢じゃないっっ!!」


 ギムダの町で、喧噪を抜けて教会まで行った。教会は町の中央にある噴水から南へまっすぐ行ったところ。北へ行くと、悪神信仰の洞窟があるらしい。それはそれで行ってみたいけど、まぁ今はその時じゃない。

 戦士に話しかけられた。

「バーン高原でニーデルラントとランバーラントの戦争イベントがあったらしいぜ。戦争イベントに参加するには……まだあんたたちのレベルじゃダメだな」

「なによ、これでもレベル上がったのよ! 最初のイベントでレベル5! これってけっこうすごいんじゃないの!?」

「サラ、ケンカしない!」

 ひっぱられて去っていく。男がびっくりしてたのが救いだけど、なんなのさ。

「バッチョー! 戦争イベントってなによ」

「戦争イベントは、戦争イベントです……踏まないでェ。えーと、カンナ君?」

 こいつ、説明をひとに任せやがった。思いっきり疑惑の目でにらみつけるも、蛙の面に水。ノアに宝石、シロウに騎士。つまり入れ食い状態です。……や、そんなことどうでもいい。

「戦争イベント、というのは国と国の戦いを指します。リングワールドでは個人の戦いだけではなく、国と国の戦いも行われているのです。結果は物の価格や関所の数など、モンスター集落の移動など、いろいろな事柄に影響します。あと、善神と悪神のバランスにも。

 戦争イベントに参加するには資格が要ります。まず、レベルが12以上であること。魔法使いであればなにかひとつ魔法のレベルが3に達していること。戦士であれば800ゴールド以上の価格の剣を装備していること。武闘家ならば1000ゴールド以上の防具を装備していること。そして、職業関係なく、誓いの腕輪を装備していること。これは魔法使いの防御力を上げるアイテムがひとつ減ることを意味します。戦争において強大な影響力を持つ魔法使いに対するハンデなのです。そして城イベントに参加して、『王に対する服従を誓う切符』を手に入れること。

 なお、傭兵ならばこれらの条件を満たさなくても戦争イベントに参加することができます。シロウさんはリンダポイントが7に達していますね、だったらそろそろ言ってもいいでしょう。傭兵になるには各町に存在する戦士ギルドの二階、緑の服の男に話しかけるといいです」

「俺、別に傭兵にはなりたくないなぁ……」

 カンナは長々と説明して肩でゼェゼェ息していた。なのに一刀両断に断るなんて、なんて男よ。

 ……まぁ別に、傭兵なんてあんまりパーティ的には特典もなさそうだし、いいか。

「最近は闇の勢力が勝っているらしいですが、今度の戦いでひっくり返ったかも知れませんね。ニーデルラントとキルシュナが光の陣営、ランバーラントとチーカイが闇の陣営です。二つの勢力の戦いがいろいろな影響を及ぼすこと、覚えていて下さいね」

「はーい」

 返事をしたところで教会に着いた。石造りの三角屋根の建物だ。入り口の門を守る兵がいるけど、冒険者は基本的になんの咎めもうけずに入ることができる。しかし思う。この町において冒険者がノーチェックパスだったら、この兵たちはいったい誰をいれないつもりで立っているんだろうか。

 門の上には羽の生えた子供の彫像が、弓を構えている。


 中に入ると、わりと混んでいた。

「呪いをー、呪いを解いてくださぁい!」

「生き返らせて! いいから早く生き返らせて! お願いだから早く!」

 順番に並んでいると、バッチョが私の髪を引っ張る。

「サラさん、いいからこっち」

「なによ、痛いってば」

 ひっぱられる。ノアたちも私たちの後をついてきた。こんなに並んでるのに、なんなんだ。バッチョがとんでいくのにぞろぞろとついていくと、どん詰まりの道の終わりに着いた。そこには背の低い一人で神官がぼさっと立っていた。紫とピンクの法衣で金の十字架をつけた……かなり悪趣味な男だった。

「おや、あんたははじめてさんかい? いらっしゃい」

 ヒッヒヒヒヒ。のどをひきつらせるように笑っている。私が黙っていると、相手は笑うのをやめてふところからレストランのメニューみたいな革表紙の本を取りだした。本、というかそれは。

 ほんとにメニューだった。



ギムダ教会のおしながき


袖の下

180G


豪華なおまんじゅう

280G


信仰を世に広げる決意

350G


 空よ地よ我が清貧なるを知れ

420G


 神父様、お願いがございます

1200G




 な、なんじゃああこりゃあああ。

 と開きかけた口をバッチョが尻でふさぐ。

「えっへへへ、神父様もご機嫌うるわしゅう。なかなか儲かっていらっしゃるようですな! この様子を見るとさっきの戦いも善神陣営がばっちり勝利を収めたって寸法で?」

「む。ま、苦しからんな」

 なんなんだ。

 なんなんだこの世知に長けまくったナビゲーター!

「こいつがまた初心者でしてねぇ。私が案内してやらないと道もろくに歩けなくって、もはや目隠しした猪も同然」

「む。ならば親切にしてやらねばな。初心者は、これで結構」

 優雅な指先でちょこんと180Gの「袖の下」を示す。こ、これを買えってか。

「二人分ですから、それをふたつ」

「むぅ。二つ買ったからといって、割引はまかりならぬぞ」

 お前がまかりならんわぁぁ! とひっくり返すちゃぶ台が、いくら探してもどこにもない。ああ、この。財布から金を取り出しているこの自分の手が憎い……これが世の中ってもの!? 長いものにはまかれとけって!? なんか違う気がするんだけど! 激しく!

「む。確かに受け取った。ならば冒険者よ、地図を出してみよ。限定解除してくれるわ」

 言われるがまま、出した。ノアも、出す。


「むんっっ! フンガァァァァァ!」


「わっびっくりした」

 ありがたい神父の祈りにしては、なんつーかいびきに似ていた。彼は気分を害したようだが、こちらも財布の中身が減って相当害してるんだもんね。

 しかし。祈りを受けた地図は、様子を変えていた。今までなかった地名が記されている。自分がいる場所に赤い点が明滅している。分かりやすい!

「この地図は冒険者の成長とともに変化する地図。しかし善神信仰の者は教会に来るまでその恩恵を受けられぬ。今、限定を解いた。感謝するが良い」

「ありがとうございますぅ」

 ノアがにっこりと相対する。うるさいのよタコ坊主が決められたノルマ果たしたからってふんぞり返るんじゃないわよこの無能! ていう声が聞こえるんですけど私の気のせいに違いないです。

 袖の下を買って上の人に渡しに行くのかと思ったけれど、違ったらしい。180Gぽっちじゃまだ上の人には会わせてもらえないらしい。

「会いたくないけどよ!!」

「教会の中では、お静かに」

 通りがかった無表情な神父に言われてしまった。そいつは私を頭から足先までちらりと眺めると、フッと鼻息をふいた。あたかも「この田舎者」て言われたかのごとく。

 ここのやつらはどうにも気にくわないっ!

「わぁ、サラ、暴れないでくれ!!」

 走り出そうとした私を抑えてシロウが教会の外に出ていく。ノアがまったく、とため息をついたその時。

 入り口の門柱の上に立っていた羽の生えた子供の像が突然動いた。石だというのに、実になめらかに。子供像は矢をつがえて一息に放つ。

 その矢は、シロウにつきささった。

「わーーーっ!?」

 私たちは慌ててささったままのシロウの矢を抜こうとした。この矢、シロウの胸に刺さったままいくらなんとかしようとしても、動かないのだ。私たちはパニックに陥る。


「それは、呪いの矢だ。悪神信仰の者が善神教会に入り込んだとき、20パーセントの確率で刺さる」

 シロウの首の後ろから現れた(怖い)、モンタがそう言った。

「なんでもっと早く言わないんだ!?」

「なんでもっと早く言わないのよ!?」

 私たち三人に責められてモンタはシロウの肩の上でうつむいた。そして恥じらう乙女のようにそっと呟く。


「訊かれなかったから………」

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