第34話 Event1:勝利の一撃

 エアリエルの魂がうごめく。赤い目がちかりと光り、私たちの背筋に寒気が走った。

「聖女の眼差しです! あれにやられると、しばらくうごくことができません!」

 教えてくれたのはカンナだ。

 私たちは構えをとった。

 先制攻撃でこそなくなったけれど、一番先に動くのは勿論私。地面と天井をふわふわと動き続ける敵が、もっとも地面に近づいた時を狙って一撃を見舞った。クリティカルヒット! 連続攻撃でもう一回、攻撃する。

「どいてー、サラぁーー!」

 威勢のいいノアの声。そりゃあもちろん、放ってくれますとも。


「天の獣が裁きを下す! ドラゴンファイヤー!」


 竜の形をした炎がなみなみと注がれる。聖女の魂が苦悶する。地面に転がったままになったそれに、シロウが思い切り剣を突き刺した。敵を断つ音。あああ、今さらだけど、戦士もいいかなって思ってたのよね、なにしろ剣! 冒険といったら剣だよね! ま、武闘家だってちゃらぱっぱと攻撃できてほんとに気持ちいいんだけど。また、攻撃を加えた。

 すると、聖女の魂……いや、もうその呼び名は相応しくない。メデューサヘッドがふわりと宙に浮かんだ。そして、帯電を始める。びりびりと私たちの肌まで震えてくる。

 いやな予感。

「ノア、防御してぇーー!!」

 続けて詠唱に入ろうとしていたノアがとっさに身を庇う。そのノアをはじき飛ばす勢いでメデューサボールが突撃してきた。続けて私、シロウ。三人を一気に攻撃してなおかつ敵は力を溜めた。

 またまたいやな予感。


「つらい、かなしい、さびしい、やるせない……私は、恐ろしい。我が身のうちに巣くうこのまがまがしい力。人々を憎み、呪う心。なにが聖女か。私こそが、身も心も堕ちた、魔女に他ならない……アアアアアアア…ア……イヤァァァァァァァ!!!!」


 ダイレクトボイス。それは、即死攻撃だった。血まで凍る悲鳴を轟かせる。防御不可の攻撃に、私たちは立ちつくす。すると、守りのヴェールがおりてきた。

 みあげると、キルサが私たちをまもる祈りを捧げていた。


「悲しい言葉は届かない。呪いの言葉は地の底に消え果てよ。

 さぁ、戦いなさい戦士たち。癒しの力よ、戦士たちに聖なる加護を!」


 突然戦闘力が数倍にも化した気がした。今だったらアレよ、百烈爆破流星乱舞ってやつも、できる感じ!?

「サラッチ、牛のように突撃だー!」

「ううううるさーーー!!!」

 ハチへの怒りを拳に込めた。クリティカルヒット、ではなかったけど、力が増している。キルサの加護が私たちを守っている。

 シロウが攻撃を加える。すると、蛇の一匹が彼に噛みついた。

「うわあ!」

 蛇も怖かったらしい。慌てて身を退く、そのあとにノアがまた魔法をそそぎ込む。続けざまに私の攻撃、そしてシロウの攻撃。次はメデューサボールの電撃攻撃にやられてしばらく回復におわれた。

 そして数ターン後。蛇のうごめくのが半分止まった。かなりHPを削り取ったんじゃなかろうか。

「ごめん、みんな! MPがなくなりそう!」

「ノアさん、ノアさん、ボス戦では魔法使いのMPを回復させることができます。詠唱することなく目を閉じていたら、ゆっくりと回復します!」

「そうなの、て、それ怖いじゃない!!」

 MPの残りで1、2、3、ファイヤーをぶちこんで、ノアはMP回復に精を出す。


 私とシロウは二人でボスの体力を削りにかかる。シロウのクリティカルヒット! だけどまた蛇に噛まれるシロウだった。

「なんで俺ばっかりかまれるんだよーー! う……毒におかされた……」

「ごめん、毒消し持ってないよ!! この元気の粒でもかじって、頑張れ!」

「それ、どうなんだろう……あれ、うまいよこれ。甘い」

「そうなの? て、蛇がまた来たー!」

 元気の粒の効果か、シロウは身をかわしたついでに蛇をたたっ斬った。千切れた蛇が床の上でびくびくするので気が遠くなったらしい、シロウはふらふらした。


 メデューサボールはなんども血が凍る歌を歌おうとした。そのたびにキルサが邪魔をする、どころか私たちの回復までしてくれる。シロウの毒まで消えるにあたってはひいきのひきたおしだった。

 だけどそれも、五回までだった。

 たぶん花の数と、同じかな……? キルサは最後に言った。


「悲しみの魂をうち砕くものに祝福を……私は死に、だけど妹は未だ解放されていない。苦しみの連鎖、はじまりの刻印。我が名を唱えたものたちよ……あなたたちならばリンダリングの封印を解くのでしょうか? ならば私の祝福には意味がない……妹こそがあなたたちの道となる……

 さぁ、冒険者たち。あなたたちに幸いあらんことを!」


 キルサの絶唱。私たちは、光を浴びた。

 だから、負けるはずもなかった。存分に力を溜めたノアの魔法が炸裂する。私の攻撃が、シロウの攻撃がまともにヒットする。メデューサボールの攻撃によって薬草がなくなったとき、最後の全力攻撃の始まりだった。

 といっても私たちほんとに攻撃しかできないようなパーティだから、やることは同じだったんだけどね。


 最後にメデューサボールがふらふらと立ち上がり、宙に浮かんだ。

 そして、歌を歌おうとする。やばい! とものすごく悪い予感がした。この歌をキルサの守りなしで聞いたら、誰かぽっくり逝ってしまうに違いない、特に運の悪い誰かが。

 だけど宙に浮いたメデューサボールには手が届かない。

 ノアは、魔法を唱える体制が整っていない。あせった私の手が、何かを掴んだ。そして、考える間もなくそれを、投げつけた。


「あわわわわ、バッチョさぁぁー~~ん!!」


 その叫びに私が投げたものがなんだったかを知った次第。

 そして弾丸となったバッチョはメデューサボールにつきささるようにヒットした。それがどれだけ敵のHPを削ったかは分からない。けど、とにかくメデューサボールはふらふらと地に落ちた。

「い、行って、シロウ!!」

 意外性のるつぼからいち早く立ち直ったノアが威勢良く敵を指さす。そして多分無意識でシロウは走り出した。


「うわああああ!!」

 悲鳴じゃない雄叫びと共に剣が振り下ろされる。

 それが致命打だった。





■ ■ ■ ■




「アア、アアアアア…………崩れる、崩れ落ちる。私の悪夢が、終わる……」


 金髪の女が苦悶する。連動するように屋敷がぐらぐらと揺れる。まさか、自爆するってことは、あるまいな。

「自爆っていうか、バッチョさん、バッチョさんがー!」

 慌てて地面にのびているハチを拾いに行く。ハチはぴくりともせずになんともヤバイ感じでのびていました。

「……ナビを、武器にするとは……」

 モンタに呟かれてしまった。ああん呆れられてるよ。


「ああああああ!!」


 絶叫。そして、私たちは経験値を手に入れた。アイテムは聖女の首飾り、毒消し、そしてお金!

 喜ぼうとしたそのときだった。私たちはその声に気を取られて口をつぐんだ。



「私を守ろうとしたお姉さまの心を、分かっていたのに……それでも愚かしい私は、破壊することを選んだ……これは私の罪。

 私は罪をおかした己をうとましく思う。だけど、それでも救いがたいわたくしは、それでもまた同じ罪をおかすだろう自分を知っている」


 蛇が流れ落ち、そこには一人の女が立っていた。金髪の女、じゃない。魂は金髪の女、だけど、身体は黒髪の女。腕に蛇をまいた邪術使いの女だった。

 やけどの顔を髪で隠し、私たちを見つめる双眸に暗い想念を感じた。



「はじまりの封印を求めるならば、私を求めればいい。そこに至る道をひらくのは、私。だけど私をつかまえることはできない。今は、しるしをあげよう」


 魔女の腕にからみつく蛇が、飛んでくる。それは避ける間もなく私の手に噛みついた。シロウもノアも噛まれた。

 その噛みあとが花のような形をした模様に変じた。


 その場に立っていた女は、誰なのだろう。と、私を迷わせる。黒髪の女。人々はキルサと呼ぶ、だけど魂はエアリエル。堕落した聖女。恋心ゆえに故郷を滅ぼし、絶望した姉は死んでしまった。

 冷たい横顔に後悔を感じさせるものはなく、彼女は一人で立っている。


「はじまりの魔女キルサ」

と、名前を知られている存在。それが、この人だった。……私は名前より先に本人を知ったんだけど。


「この屋敷に朝が来る。……ならば私は、去ろう。夜の中に憩い、最後の時が来るのを待っている。私の過去を知るならば、現在を。そして未来を解き放って。それが封印を解く鍵となる」




 そう言って女は幻のように消えた。あとに残ったのは光を失った女神像。

 振り返ればいつしか正面の扉が開いている。日の光が射している。いつから健康的な空気に触れていないだろう。忘れた。

 私たちは顔を見合わせた。みんな、顔一杯に喜びが広がる。もちろん私も!



「やったぁぁ、クリアー!」

「勝ったよ、勝ったよー!! ばんざぁいっっ」

「おめでとー! 俺たち!」


 その騒ぎに、

「うううう、サラッチ、あんた悪魔のような女ダー!!」

 目を覚まして文句を言い出したバッチョの声を聞きながら私たちは、笑いながら屋敷を飛び出した。日の光を浴びて安心する。ヒントをくれたガイコツは沈黙していた。私はふと、視線を感じて振り返った。屋敷の二階、窓から顔をのぞかせていたのは、ドーラ。いや、メアリー?

 メアリーはカーテンで顔半分隠しながら笑みを浮かべ、そして視線の合った私にばいばい、と手を振って見せた。そして私は置いて行かれないよう、二人を追いかけた。

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