第36話 Level 2:ここに哀れな犠牲者を見つけました

 呪い。その恐ろしい効果を目の当たりにするのに、大して時間はかからなかった。

「うわあああーー」

って大声と諸手をあげて、林檎を積み上げた売店につっこんでいくのは、

「あれは私のパーティのメンバーな気がするんですけど、たぶん気のせいよね、ノア」

「なにを言ってるの。もちろん気のせいに決まってるわ」

 研ぎたての包丁のような鋭さで立ち去ろうとする私たちを追いかけてくるシロウだったが、店員につかまっている。謝っている。許されないでいる。弁償しようとしている。しかし財布をもっていないことに気がついた。当然だ。もってるのは、私だ。振り向いて私たちを捜すシロウ。かなり遠いところにいることに気がついて傷ついた表情。手を振るが、知らんぷりをする私たち。歩いていく。


「待ってくれ、待ってくれよ~、財布貸してくれよ!」


 シロウの足がだんだん小走りになり、そして、全力疾走になる。

「待て、待てっつーのに! こら! …………っっっ!」

 私は、逃げ足だけは早いのだった。ノアは、目的があると素早い子なのだった。


 しかし肩をつかまれる。止まった後も息が荒くてしばらく口がきけなかった。

「ど……ういう、つもり、だよ! 金! 店の人が困るじゃないか!」

「金、ですって。まぁぁ怖い。できそこないの馬鹿息子をもった気分よ! じゃなくてぇ、このままトンズラしちゃえばお金払わなくてもいいんじゃ……な……」


 私の頭に乗っかったハチが不意に

「ほぉ~」

と汽笛みたいな声をあげた。ぞくりとする。

「リンダポ」

 イント上げちゃうぞって全部言わせる前に私は財布をシロウに押しつけた。

「もうっこのっ、世間の人々にご迷惑をかけちゃ、ダメじゃない! いくらくそったれた呪いがついてようと、ルールは守らなきゃね!」

 シロウは突然財布をつきつけられて目を白黒させる。ついでに私は頭の上のものをむんずとつかんで差し出した。

「ついでにこれも、お詫びとしてさしあげてくれる!? しぼればいいハチミツがとれるかもしれないし、とれなくても踏んづけたり殴ったりしてストレス発散に使えばいいから!」

 それは君用にとっときなよ、と言われてしまった。

 それからも呪いは効力を発した。怖いお兄さんたちに店に連れ込まれそうになったりとか。財布をすられそうになったりとか。(スリのガキはふんづかまえてちょっとした説教をほどこした)それに足取りがふらふらしている。




■ ■ ■



「落ち着かないなぁ、ほんとにもう」

「ごめんよ、えーと。さっきの弁償代は50ゴールドだったんだけど……」

「50ゴールドか。次のシロウの兜がなくなるくらいのものかしら」

 素で無体なことを言うノアだった。またモンタがでてきてシロウの肩を温めている。

「二人の間に情感に似たなにかがやどり、そう、それは言うなれば、初恋という名の……」

「ハチは余計なナレーションを入れなくてもいい。ねぇ、そろそろ次のイベントのこと、考えようよ」


 私たちは中央公園の丸テーブルを囲んだ。回りを歩いているのは、冒険者ばかりである。駆け出しの装備で初々しい決意を固めている者、絢爛豪華な装備で固めて、肩で風を切って歩く者。いろんな職業があるんだなぁ。こうして見ているとノーマル職業のままでいる人って結構少ないみたい? 上級職に、みんなどんどんなっていってるみたい。

 出遅れてるって思うと、鬱だな。しかも視界には矢に刺さった男がいるしよ。

 まぁ、仕方ない仕方ない。私たちは、私たちの手の届くイベントを楽しんで、んでレベル上げて勇者になってこのゲームをクリアーするのよ!!


「野望真っ盛りでお元気ですなぁ……サラっちは」

「あんたの言い回しはどうしてそういつもカーブがかかってるわけよ。まぁ、いいわ。みんなー、地図見ようか!」

 ランバーラントの女邪術師団に見とれていたノアが微笑んだまま振り返る。微笑み、というか不屈な笑みだった。

 シロウは元気なく(呪いのせいか?)私の手の中に目を落とす。

 教会で解いてもらったおかげで、地図はいろんな地点を示している。今いるはじまりの町ギムダ、スライム屋敷、トルデッテ町、ゴースト屋敷はクリアーしたせいか色が変わってる。そして、月の落ちる町マリスラ、砂漠に続く橋(閉鎖中)、北の関所(閉鎖中)、虹色の谷、他にも色々。なにより城下町が地図に現れたのは、大きいな。城にはまだ入れないだろうけど。でも見物に行けるじゃない。行きたい行きたい。


「まだ、そこまで出張はできないと思うな……」


 今いるのは、王国キルシュナだ。キルシュナは草の国。北が氷の国で、東が砂漠の国で、南が森の国だ。次の国に行くにはイベントを見つけるか、はじめにいるこの国の地図をコンプリートさせればいい。コンプリートは難しいから、みんなイベントで次の国に行くみたいだけど……。

「レベルは結構上がってるから、スライム屋敷に行って地道に経験値稼ぎはしなくていいと思うよ」

「もし必要だとしても、却下。スライムなんて滅んでしまうがいい」

「ほ、滅ぼしたいなら倒しに行けば」

「そんなしょっぱい屋敷に足を踏み入れるくらいならドラゴンの巣に入り込んで卵でも盗んできた方が、ましだってぇぇーーのっっ!」

「本当に?」

「ほんともほんとよ。このサラ、二言はない!」

 しかし三言はある。

 と、言い出すことができなかった。ものすごい綺麗な人がはらはら涙を流しながら、私の手を握った。その迫力に驚いたせいで、手を振り払うことができない。緑色の目と金髪。剣士の姿をした女の人だった。装備は豪華だけど、全体的に薄汚れている。



■ ■ ■



「ドラゴンの巣に入りたい、その言葉嘘じゃありませんね、おおアリエッタ様、ここに哀れな犠牲者を見つけました」

 ノアが右手をふりあげ、握られた私の手とこの人の手を、切り離した。そしてにっこり笑って向き直る。

「入りたい、なんて言ってませんし。哀れな犠牲者でもありませんから。さようなら」

 シロウが慌てて私の地図をたたみ、去ろうとする私たちの後についてくる。女の人は哀れっぽく待って下さい、と言った。


「待って下さい。どうか、このイベントに参加して下さい。ただでさしあげますから」

「いりません。イベントは、イベント屋で買います」

「待って下さい。どうか、私を哀れだと思って」

「あなたも私たちを哀れと思ってくださいね。さようなら」

「こ、このイベントは……選ばれし者にのみ授けられる名誉ある……」

「今時くすぐり商法なんて、はやりません。私の趣味はクーリングオフです」

「ああ、どうか、どうかお願いします、話を聞いてください……」


 可哀相じゃないかなぁと呟いたシロウはノアの絶対零度の視線にさらされた。

 しかし、ノアはぴったり足を止めた。

「このイベントのクリア報酬は、世界の果ての塔に光臨した女神の魂が宿るという、世界最大のサファイア「青の美姫」なのですが……! その、売れば、かなりの額になるんじゃないか、と……それにこの宝石、神の奇跡を五回起こすことが、できるんです……」


 この人はユリアです、と名乗った。

 ユリアさん、か。たぶん風呂に入って着飾ればかなりの美人さんなんじゃないかと思うんだけど、いかんせんうす汚れてて、装備もぼろぼろ感がでている。

 なんでも彼女の雇い主が彼女をこき使いまくって、今もイベントをクリアーしてきたところなのだそうだ。

「私、暗所恐怖症なんです……なのに、

『スライム屋敷の奥にある髭面の男の絵をひっくり返せば隠しダンジョンが現れるときく、それは地下迷宮なのじゃ!』

って。

 その地下迷宮を一人でクリアーしたら秘密宝箱が現れて、双子の姫君のアメジストが手に入るんですけど……うぅっ、いやー、こわいやめてー! ああっ……失礼、少し錯乱してしまいました」


 その口真似は、彼女の雇い主の、なんだろうけど。なんともエキセントリックでなんとも言い難い、オーラを、その真似にすら感じた。

 そしてノアはダンジョンの情報をふんふんうなづきながらきいている。うぅっ、いやー、こわいやめてー!

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