第14話 Event 1:これで許してよ


 もちろん、次に通ったときには走るゾンビなど存在しなかった。


「運が良かったですねぇ、サラさん。あのゾンビは致死トラップだったんですよ~」

「は!? なにそれ」

「ぶつかると一発で死んでたんですよ、ホントにラッキーでしたねぇ」

 カンナにぽやぽや~んとした口調で言われると、なにか日本昔話の正直爺さんみたいに思えるけど……!! いや、まさか当たったら死んでたとは。

 私って、ラッキーだなぁ。


「今頃シロウ死んでないかなぁ。精神的にかなり危険なことは間違いないけど、シロウってゾンビと戦えるのかな」

「………うぅ~~ん」

 情景が簡単に想像できる。


 ゾンビと対峙するシロウ。

 スケルトンと対峙するシロウ。

 ミイラと対峙するシロウ。

 なぜか辿り着いた扉がラスボスの待ってる場所ビンゴだったシロウ。


「とりあえず私たちに今できるのは、進んでくことだよね。マップを埋めて、シロウがいる場所のあたりをつけていくしか。今はほんと、力不足だよ」

「そうだよねぇ……」


 扉を開けて、このフロア最後の部屋に入った。

 ここがどこかにつながっていなかったら私たちは閉じこめられたことになる。


 けど、大丈夫だった。なぜかこの部屋、でっかい階段が中央にでんと鎮座していたのだ。鎮座って言うか。


「変な家~~~~!! 部屋の中に階段作るって、どういう発想よ!!」

「間違ってるよね」


 そこで。私たちはくす、くすくすと耳をくすぐる(シャレではない)高い女の子の声を聞いた。

 上を見た。

 最初はいなかったのに――――、なんでいきなりあの小娘があらわれてるんだ!?


 ドーラと名乗った少女は会談の一番上の段に座り込んで私たちを見下ろしていた。ほんとに憎たらしい笑顔なんだこれが。いかにも重要アイテムな鍵をこれみよがしに胸に下げてるのもムカツク。むかつくよーー!!


「うふふふ、苦労してるみたいね、でもママの苦労に……」

「今すぐそこを動くなガキーーーーーッッッ」

 そんな下品な叫びをあげたのは、誰かって、誰かって、そりゃあ階段を走ってのぼっていった私のかけ声みたいなものだったんである。かけ声っていうのは威勢がよくないと。ね。

「きゃあ、来ないでよ! いやっ、凶暴な女っ」

 勝ち誇っていた小娘はいやそうに顔をしかめると立ち上がった。そしてふらりと去っていこうとする。

 私は手っ取り早くその辺にあるものをつかんで、投げた。

「あああっっ、バッチョさぁぁぁーーん!!」

 カンナの叫びを背景に、肩と肘の力を120パーセント使い、手首のひねりも完璧なフォームで。


 それはがつーんとドーラの背中に当たり、ドーラはバッタリ倒れ込んだ。

「ストライク!」

 ノアが片手を上げた。



■ ■ ■ ■




 バッチョは焦げついたような格好で地面に横たわっていた。

 カンナが飛んでいくも、応答なし。


「なんなのよあんた、女の子にこんなことして良いと思ってんの!? 信じられない、バカ!」

「良いと思うよ」

 座り込むドーラを今度は見下ろす格好だ。

「だって私も女だもん。あんたのおかげでせんでいい苦労をしょいこんでるわけよ……今からなにして憂さ晴らししようかと思ったら、ほんとに喜びのあまり目眩がするよ」

 ドーラが目を光らせて口を開く。

「私にそんなことできると思うの!? あと一人がどこに飛んでいったか、知ってるのは私だけよ」

 私とノアは顔を見合わせた。

 そして二人でけらけら笑った。

「いいよー、べつに」

「は!? あなたたち、仲間なんでしょう!? ど、どうしてそんな」

「別に見捨てるってわけじゃないもん。あんたにどこ入ったか教えてもらったって、どーーせ嘘つくのみえみえだし。それくらいならとことん憂さ晴らししてからゆっくりシロウ探しすればいいじゃない!? ストレスも発散されるし、合理的でしょ」

 ノアがとうとうと説明すると、ドーラは顔に手を当てて叫んだ。

「えええええーーー!!!! 信じられない、信じられない、なんなのよー!! そんなのでいいと思ってるの、ちょっと、人としてどうなのよ! 信じられない!!」

 だん、と床を踏んだ。


「信じてくれなくても結構」


 私たちは笑顔をかわした。

「じゃあ、始めますかノアさん」

「そうですわねサラさん」

「あなたは……どこがいいですか。わたくしは右手がいいです……」

「あら、右手を取られてしまったら……じゃあ、左足。髪の毛引っこ抜くのはあなたにおまかせよ、サラさん」

「うふふふふ、そうなの? 今度の獲物はどれだけもつかしら。私たちが満足できるくらいの時間、我慢してくれるといいんだけど……」

「大丈夫よ! これだけこまっしゃくれたガキですもの。自分がなにされても仕方がないってわきまえる程度には知恵も回ってそうだし、そういうタイプは最後まで苦しむのよねぇぇぇ……!!」

 だらだらと汗をかいて座ったままずりずりと後ろに進んでいくドーラのスカートを踏みつけた。

「どこにいくの? あなたが私たちを待ってたんじゃなかったっけ?」

「私たちの顔を見たかったのよね? 思う存分お相手してあげるから、安心して。どこにもいかなくてもいいのよ」

 私はドーラの髪をさらりと撫でた。


「まぁ、抜きがいのありそうな髪」


 きゃあああああああーーーーー!!!!!


 なんて悲鳴に、こっちが驚かされた。

 ドーラは全身超音波みたいに叫んで、立ち上がる。

「逃げるわ!」

「ほら! こっちにいなさいったら」


「いやああ、ママァー! ママァー!! 私の、ホントの名前を呼んでぇぇぇ!! ママアァーーー!!! どこにいるのよォォォォ!!!! 私、ひとりぼっちなんだからぁぁ!! ママァァァァァ!!!!」


 ものすごい音響に、耳を塞がずに入られない。耳を塞いだままドーラを捕まえるには、手が四本は必要で。あたしゃアシュラマンじゃないわけです。



 ということで、逃げられてしまいました。



■ ■ ■ ■




「…………どっちが、悪役なんですか…………」

 ぴるぴると耳をふるわせながらカンナが聞いてきた。

「あっちでしょ?」

 大まじめにノアが答えた。

 まぁ私は一応エヘッ☆と笑って誤魔化すくらいのことはしないでもない程度で。

「ううーっ……はっ、ここはどこだ……僕は、天国にいるのか……」

 バッチョがぶーんと飛び上がった。

 そして私と対面する。


「地獄だーーー!!!!!」


 キャアアーとさっきのドーラに負けない叫びで飛び回っているが……まぁ、

「ごめんなさいバッチョ。私、一生懸命でなにがなにやら分からなかったの。あなただと分かっていたら、投げなかったわ? 信じてくれるわよね、私のナイスナビゲーター……」

「サラっち……ようやく僕の価値を分かってくれたんだね……なんて言うと思いますカー!! キーキーキー!! あんたリンダポイント上げられたくないだけだろーーー!!」

「あ、ばれた」

「うわーーん、あげてやるぅぅぅー」

「これで許してよー」


 と私はバッチョ、そしてノアとカンナに手の中のものをつきつけた。


 ドーラの髪を撫でたときに盗み取った、鍵だった。

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