第13話 Event 1:魂たちが語ってくれるだろう
しーーーーーん、としていた。
ゴーストたちが消えた空間には、もうなにもない。部屋が突然明るくなったように感じられた。私はバッチョを見、そしてノアを見た。ノアはなにか顔中ピカーッと光るような笑みをたたえてこちらを見返した。
「……ノア」
「なに!?」
「………なんで聖水持ってたの?」
するとノアは目をまん丸くした。
「なに言ってんの。あれ、サラがもらった聖水だったじゃない」
は? と悩んだところで思い出した。
はじまりの町ギムダの酒場で出会ったパーティに我がナビを笑われ、そのお詫びとしてもらったアイテムがあった。聖水、不思議な箱、薬草二つ。それらはパーティを組んだときに仲間に振り分けたのだ。私は薬草ばっかり入ったアイテムボックスだったけど、聖水の綺麗な瓶がノアの気に入って、彼女が持ったのだ。
「あーあーあー、そう……そうだったね……」
「やだなぁ、なに暗くなってんの! せっかく合流できたんだからもっと喜んでよー! あ、カンナ!? どうしたのこんなところで」
……この子と再会するときはいつも濃いな……。
ノアは目を回していたカンナを抱き上げて、介抱した。カンナはようやく気を取り直すと、
「うわーんノアさんひどいですぅ! 私は武器じゃないんですよー!!!」
「当たり前じゃない、カンナ。なに言ってんの」
きょとんとして言い放ったもんである。万歳。
「ともかく、―――――あ」
散らばった部屋の装飾はさておき。
壁には一枚の絵が掛けられていた。
「美姫を嘲弄した口きく花」というタイトルがつけられた、ピンク色の薔薇の絵だ。
キャンバスいっぱいに一本の薔薇が大きく描かれているという、大胆な構図だ。みずみずしい花弁には水滴が浮かんでいる。リアルな筆致で綺麗なんだけど、正直なところ……なんだかちょっと気味が悪い。
「花の絵か……」
確か入り口のスケルトンは言ってた。
花の……。
……えーと。
「入り口のスケルトンて、なんて言ってたっけ、ノア」
「一度しか言わない。聖女は魔女に敗北し、首をくくって死んだ。その根本から生えた花を悪神に捧げるものには幸いが訪れる」
「……えーと」
「もう一回聞くかね」
「ありがと……」
なんと鉄壁の記憶力であろうか。感激のあまりハナミズが出そうになった。
「美姫っていうのは、聖女とも魔女とも関係なさそうだね。一個目に見た絵は確か」
「魔女が愛した漆黒の薔薇」
「聖女も魔女も姫じゃないよね」
「わっかんないよー。女の人のことを単に姫って呼んでるのかも。これは違うって思いこむのは危険危険。この絵の下にもやっぱり鍵穴があるね」
「ほら、あの魔法ぶっ放してくれたガキ、いや娘さんがさー、首にでっかい鍵のペンダント下げてたじゃない。あれよきっと。あれを奪って、正しい絵の鍵穴にはめ込むと……なんか起こるんじゃない。ラスボスへの扉が開くとか」
「君ってカン全開だね」
「違うかな?」
「いや、たぶん正しいと思う」
誉められている口調ではなかったような気がするのは、考えすぎだろうかと自問自答しているうちにノアは言った。
「じゃ、いこっか」
「うん、いこっか」
そして私たちは……私はノアの後ろにあったドアへ、ノアは私の後ろにあったドアへ、すたすた歩いていこうとしたのである。
三歩進んで私たちは振り返った。
「なんでそっち行くの」
「ノアこそ。そっち、絶対行きたくないよ。やばいよ」
「だってそっちはもう行くところないよ。単なる廊下だもん。コウモリがいたけど、倒しちゃった」
青ざめた。
親切にもバッチョがウィンドウを立ち上げ、マップを確認してくれた。確かにこのドアの向こうはどん詰まり、廊下である。扉はこの部屋に通じるひとつしかない。
「何なのこの屋敷! こんな廊下にいったいなんの存在価値があるってのさ!!」
「うーーん、僕が作ったわけじゃありませんからねぇ」
ぷいーんと飛んでいるハチが憎い。がしっとつかんで言った。
「あんたの会社が作ったんでしょう……」
「あーあーあー、サラさん、ファンタジーっぽくないこと言ったらリンダポイントが上がりますってば~~!!」
カンナに窘められて手を離すとバッチョは弱々しく飛んでいった。
「思うさまリンダポイントを上げてやるこの暴力女~~!!」
「おっといけない、こんなことをしている場合じゃないわ! ノア、私たちには戦いが待っているの、こっちの扉を抜けたら全力疾走ゾンビが走ってくるけど、私たちは冒険者!! 負けちゃいけないわよね、それがファンタジー!!」
「サラ、わざとらしい……」
■ ■ ■ ■
案の定ノアに背中を押されて私は扉を開けることになった。
そして。
「…………………!!!!」
私はそのままぶっ倒れそうになった。ドアを開けたところに、すぐそばに、ゾンビが立っていたんだから。ご対面したまま私が悲鳴を上げなかったのは、口がぽっかりあいたからだ。開けたまま声を出す方法をどうしても思い出すことができなかった。
「君たち……ゴーストを浄化させたんだね……」
私の脇を通りながらゾンビは、湿った男の声でそう言った。いや、なんか、湿ってたの。ノアも私の背中にすがりついた。
「救われない魂に一瞬の憩いをくれたんだね。ありがとう……お礼に、良いことを教えて上げるよ………」
通り過ぎながらゾンビは言った。
「魔女は聖女を憎んでいた。なぜならそれは、自分の妹に他ならなかったからだ。彼女が妹を美姫と呼んだのは、焼けただれた己の顔と引き比べての、嫌味に過ぎない。魔女も聖女も今はもう、名前すら伝えられていない。だけど、哀しみに沈む魂たちが語ってくれるだろう、彼女たちの痕跡を……」
すたすたと歩き去りながらゾンビは語り、ノアが来た扉を開けた。そのまま歩いていく。
のぞいたところ、右も左も行き止まりのはずの廊下から彼の姿は消えていた。
私たちは、部屋を出た。
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