第12話 Event 1:「母さんだよ……」



 入った瞬間、私の目の前が真っ赤になった。


「なっ、なにこれ!?」


 答はすぐに分かった。パーティメンバーが危機に瀕していると、視界が赤くなってピンチが分かるシステムになっているのだ!

「ノアーっ!?」


 めくらめっぽうとはまさにこのこと。ノアは相手からほとんど90度顔をそむけながら魔法使いの杖をぶんぶん振り回していた。あんなんじゃ、うちわで扇いでるようなもんじゃないの!

 ゴーストは二体、なにか白くてふわふわしたものがノアの周りを漂っている。

 なおかつ、踊っている。けらけら笑いながら。


「死後のー世界ーーはすーばらーしいーーー」

「あーなたーもすーぐにー、逝っきまーしょーうー」

「ラッララーーララーーー」


 すごくふざけた歌であった。力が抜けることは確かだ。

 ノアは私が来たことに気がついてなかった。だって、ゴーストには当たりもしねぇ一撃が私の頭にヒットしてようやく彼女はこちらを向いたのだから。

「い、痛」

「あっああああ、サラ!?」

 ちょっと涙まじりになった目が大きくなり、これぞ感動の再会!! というほどでもないようなところで、私たちは見つめ合った。

「の」

「サラ、早く、早くして」

 浮かびかけた笑顔は夏の雪よりも儚く溶け去り、いきなり顔をぴしっと厳しく引き締めてノアは言った。


「薬草! 薬草! 薬草ないと死んじゃうーーっっっ!!」


 合流した私たちを取り囲んでいるゴーストたちは、

「ハッ、新手!?」

「気をつけて、あなた!」

と戦闘態勢をとった。

 私は慌ててアイテムを取り出す。ちょっとしなびた薬草だった。

「もっと美味しそうなのはないのー!? なんでこんな、カバンからそのままでてくるの! なんか、変な形だし! 食べても大丈夫なの!?」

「つーか食べないで大丈夫なの!?」

 言い合ってる場合では、1ミリグラムもなかったのだった。ノアは顔をひきつらせ、鼻をつまみ、息を吸い込んで、薬草を口に入れようとして、そのまま止まった。

「………食べたくないぃ~」

「失礼だな! ちゃんと保存してたし! たぶん大丈夫だって! ほらぐっと!」


「あー、サラさんゴーストが襲ってきましたよー」

 こんなときでもあくまでも平常心なバッチョであった。この期に及んでやっぱり私の頭の上を定位置にしている。そういやカンナはどこ言ったんだと思ったところ、部屋の隅でのびているウサギの姿が目に入った。

「きゅう」て感じでのびているところを見ると、たぶん、ゴーストに突然ご対面したノアがびっくり仰天して、手につかむもの全てを投げつけたのだろう。

 だって。

 この部屋、ぐっちゃぐちゃなんだもん。書斎っぽいんだけど。


 ダンジョンだけど、室内にあるものはある程度触ったりいじったりできる。机に向かったり、椅子に座ったり、本を手に取ったりね。読むことができるかどうかまでは確認していないけど、ほら、取説も読まない女だから……。


 ゴーストの一撃は難なく避けることができた。

 ふわ~ん、て感じだった。三日三晩飢え続けたゾウが鼻で虫をはらう動きの方がまだ早いのではなかろうか。

「あら、憎いわね……ちゃんと当たらないと、呪うわよ……」

 そんな声が聞こえてぎくりとする。

 白くてふわふわな霧のようなそれに、不意に顔を見出した。女のものらしいそれは、私と目が合うとにやりと笑った。ぞくりとした。

「おや……なんということだ、妻よ。この娘をよく見ろ」

 もう一人は男の顔だった。

 妻というところをみると、二人は生前夫婦だったという寸法か。


「あら、まぁ……なんということ」

 私の周りをくるくるして二人は「そんな」とか「おお」とか言い合っていた。

「なによ。あんたたち」


 そして、ゴースト(女)は私の手をひんやりした感触で包み込んだ。

「まだ分からないの」

「はっ?」

「なんということだ。記憶を失っているらしい」

「そんな。昔から苦労ばかりかける子だったけど」

「なに言ってんの」


「思い出してちょうだい……私は、お前の母さんだよ……!」

「そして私は父さんだ」




■ ■ ■ ■



「お、お母さんだと!?」


 一瞬、うちの両親がマジでこのゲームに参加して娘を待ち伏せしたのか!? と思った。

 そして、思ってしまったが運の尽き。


「いーつまーーでもーーー、いーつまーでもーー」

「私はパパーーかなしいことーもたのしいこともーー」

「私はママーー笑顔で思い出してーほら、スマーイルフォーエバーーぁ」


 世にも馬鹿馬鹿しい音が耳から入ってきた。

 私は。ワタシはちゃんと運命を背負ってエルフの里エレンティア・ダグリスを目指して旅を続け聖剣グランティンを手にドラゴンを倒してきたというのにこんなところで捨てた両親に会って目がちかちか頭がびかびか、もうぶわぶわっ!


「サラさんっ、サラさん、大丈夫ですかー!!」

「あははは。ぽわぽわ! わたしはエルフのプリンセスー!! はっけよい!!」


「ノアさん! ちょっ、あんたまだ薬草食べてないの!?」

「だってさ、だって、これやっぱり危険だと思うんだけど!!」

「サラさんがゴーストソングで錯乱してるじゃないですか! 

「あー、ほんとだ」

「ちょっと一撃決めてくださいよ。正気に返りますから」

「トモダチは殴れないよ……」

「ナニを笑ってるんですか! もう、全滅してもいいんですか!?」


 がっつーーーん、と来た。

「は、私は」

「大丈夫ですかエルフのプリンセス!?」

と手を握ってきたノアから薬草を奪い取ると笑いそうなノアの口に放り込んだ。……ノアは、ものすごく苦労をしてそれを飲み込んだ。


 錯乱の体験は初めてだった。バッチョが警告する暇とてなかったんである。責めるものか。責ーめーるーもーのーかーー。

「痛い、痛い痛いですサラさん。僕を握りしめないで」

「あ、ごめん。ちょっと、ゴーストを倒すのは一体どうすりゃいいわけ!?」


 ゴーストは歌うのをやめてげらげら笑いながら漂っている。私たちは取り囲まれて、どうやっても逃げられそうにない。


「そうですねぇ、パニッシュメントと呼ばれる、神罰の魔法ですかねぇ」

「分かった! ノア、ゴー!」

「ま、待ってよ。ないよそんな魔法」

「そう、神官・巫女の魔法ですね。正しくは法力と言うんですよ、覚えて下さいね」

「誰が授業をしてくれと頼んだ」

 握りしめた掌の中で、ハチがぎちり、と音を立てた。

「お、怒らないでェ。えーと、あとはアイテムの、聖水をばしっとかけることによって退散させることができますね」

「持ってないよ! ほら、薬草、薬草、薬草、薬草だらけなんだよ!!! あの薬草コレクターの戦士め!! ひとつくらい聖水買ってもいいじゃない!」


 そういえばシロウは今どこでなにをしているんだろうなぁーと思うと、ため息がでた。

 ……多分、おそらく、今の私たちみたいな状況。


 ふと見ると、ノアが前に出た。

 ゴーストと一人向かい合う魔法使い。絵にはなるけど、魔法使いの攻撃はきかないのではないのか。

 止めようとすると、ノアはどこからか綺麗な水色の小瓶を出した。

 びっくりしたのはゴーストの方。二人とも目をまん丸くして高笑いするノアを見ていた。

 ノアは、印籠のように瓶を前に出した。高笑いした後は、なにかたくらむように唇だけで笑った。

「ほら。これなにか分かるぅ」

「……ラララ……」

 だん、と床を踏むノア。


「歌うな」


 なおかつ命令するノア。

「つまりぃ、あなたたちはこれをかけると消えちゃうわけ。まるで、塩のかかったナメクジのよーにね。ほら、どうするー?」

 ゴーストたちは「あわわわわ」という感じでノアの周りを漂った。


「ゆるしてくださぃぃぃ」

「わるぎはなかったんですぅぅぅ」

「なんて美しい魔法使いでしょう……私こんなに素敵な魔法使いを見たの初めて。ねっ、あなた」

「ああ、ぬばたまの黒髪に猫のような瞳。唇から紡がれる魔法の力をふるわれるまでもなく、魅了されてしまいそうだ」

「そう、私たちはもはやあなたの味方も同然」

「そう、同然」

「そう、じゃあ、さよなら。ピンチをありがとう」


 まるで温厚極まりないお姉さんが近所の可愛い子供に話しかけるような声音で。

 ノアは、相撲取りが塩を投げるみたいに実に思い切りも威勢も良く、びっしゃあーと瓶の中身をぶちまけた。

 確かにナメクジも同様だった。

 ゴーストたちは、煙を吹き出すように、だんだんと蒸発していく。だんだんと動きが弱くなっていき、朗々と歌っていたはずの声が息も絶え絶えになる。


「ラララ……それにーーつけてもーーー心残りは私たちの子供」

「メアリー、君はいまいずこ」


 二人は最後の絶唱を残して消えていった。

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