第10話 Event 1:むしろお前がやばい
扉Bの先は、狭い部屋だった。外国の田舎のお屋敷みたい。行ったことはないけど、アンティークの家具といい、重たげなカーテンといい、古そうで高級感が溢れている。
「隣の部屋に行く扉ですね」
「鍵はかかってないんじゃない?」
と、ノア。
「調べないでなんで分かるの」
「だってここが閉じてたらもう行くところないでしょ」
そう言われればそうだ。
壁には絵が飾られていた。
魔女が愛した漆黒の薔薇、というタイトルだ。その名の通り、闇の中に浮かぶような黒薔薇が描かれている。価値はよく分からないけど、見ているとなんかぞっとするような雰囲気の絵だった。
絵の下には鍵穴があった。鍵を入手したらここにさせばいいだろう。何が起こるのかは未知数だけど。
「魔女が愛した漆黒の薔薇かぁ。ノアちゃんよろしくーー……」
「ハイハイ。花か。入り口で、ガイコツが言ってたよね。花のこと」
「…………言ってたね!」
「今の間は何?」
「………………」
考え込んでいたノアがカーテンがひらりとなびくのにすらびくっとしているシロウに鋭い視線を向けた。
「そういえばシロウ、このダンジョン二回目なんだよね? だったら色々ネタバレ的情報を知ってるんじゃ……」
「あ、そうだよね。どうなの?」
シロウは青ざめた顔でぶんぶん首を振った。
「俺、前来たときの記憶がない」
「え、記憶消されたの!?」
シロウはまたもや首を振った。
「あまりにも怖くて記憶が」
「……いこっかサラ」
「そうだね」
「あぁ、待ってくれよー。二回目だからかなぁ、今はだいぶ落ち着いててましだからさ。ほら、こんなことしちゃったり」
とカーテンを開いてシロウは大声をあげた。
「うああああ、ホラ、見てみなよ!! でっかいカエルがぴったりはりついてるよ」
「誰が見るのよ!!」
怒声を上げたのはノアである。ここだけの話、ノアはカエルが嫌いなのである。
バッチョはげらげら笑っている。
シロウは怖がりのくせになんだかこういう施設を満喫してしまう体質であるらしい。因果なものだ。
「じゃ、扉開けるよ。今度はシロウ」
ぶぶぶぶぶと首を振っている。
「弱虫! 毛虫! でんでん虫!」
「なんと言われてもいやだぁ!」
「かーっ、もう」
見るとノアはにっこり微笑んで私の背中をとすっと押してきた。
いいですよ、もう。
そしてまた扉を開けると、そこは応接間みたいな部屋だった。テーブルの上にのっかっていたのは高貴なお茶セットとかクモの巣のはったなにかとかじゃなくて。
「あら、今回のゲストはずいぶんと弱っちそうなのね」
小さな女の子だった。
■ ■ ■ ■
青い目が興味深げにきらめいた。ポニーテールにした髪には目と同じ色のリボンをつけて、なんとも可愛らしい。が、なんとも居丈高な視線が気にくわない。私たちをじろじろ値踏みするように見回して、口に手を当ててくすっと笑った。……そんな少女漫画の悪役みたいな仕草が、なんとも似合う子供だったんである。
「こんにちは。私はドーラ。この屋敷の唯一の生き残りよ」
「……こんにちは」
他に何も言いようがなかった。
「このダンジョンは呪われてるの。いろんなパーティがここに挑戦したわ。でもみんな私のママに消されてしまった。まだ、ママの呪いを解いた人はいない。ママの呪いを解いてくれたら……きっとあなたたち、ここから出られると思うわ」
それはつまり私たち、
「閉じこめられてるの!?」
ドーラの青い目が笑みをたたえて細くなった。
「当たり前じゃない。あなたたちはママのお墓を暴いたも同然なのよ」
そう言って胸をそびやかす。首につけている華奢な飾りに、鍵がついているのをばっちりとチェックしてしまった。
「可哀相なママ。一人で寂しいって、泣いてる。大丈夫だよ、ドーラがいっぱい仲間を作ってあげるからね」
小さな手が、空をかいた。見えない扉をひっかくように、ドーラは両手を動かした。
「虚ろなる棺の沈黙を絶やす汝ら 心あらば聴け
そは聖女の涙 魔女の力の根源たる 聖なる汚辱
ドーラの名において 門よ開け 不可思議の力顕現せよ」
……な。
なんともイッてしまった風の子供に、ツッコミを入れる間もなかった。彼女の高揚した口調には、口を挟む隙がなかった。
情けないことに三人が三人ともぼさっと立ちつくしたまま、朗々と響いた彼女の呪文を拝聴していたのである。
うちの魔法使いの呪文の淡泊さとはものすごい隔たりがあるなぁ、などと悠長に考えてたりしたのである。……さっさとガキの襟首ひっつかんで呪文を制止するなり、すればよかったのに。
私たちはぼーっとしていた。
ドーラがニッと笑った。その彼女の背後にものすごい大きさの門があらわれた。部屋の大きさからいったらそれはもう、詐欺でございましょう? と丁寧語になってしまうほど。すごいピンチなんじゃないかと気づいたときには、門から鬼の手が出てきた。腕だけしか見えてなかったけど、真っ赤で、私たち三人程度は一掴みにできそうだった。
「ノノノノノ、ノアーー!! 魔法ーーーー!!!」
「いやーーーーっっっ」
あぶなーい、と私たちの前に立ちはだかったのはシロウだった。スローモーションで伸びてきた手が、ものすごい爪を生やした指が。
びしっ。と、シロウをデコピンした。
それはもう、宇宙レベルデコピンというしかないようなものだったんでございます、と丁寧語になってしまうほどの一撃を受けてシロウが吹っ飛んで……そして消えていく。次は私だった。鬼の手にはじき飛ばされて、痛みはなかったけれども目を閉じた。
こんなはじめからラスボスみたいなのってありなのかR=R社ーーーー!!! と叫んだのは私だったかノアだったか。
自分の身体がどこかに座り込んだ感触がした。
周りの静寂にびくびくしながら目を開ける……。
■ ■ ■ ■
そこは古びた地下室だった。地下だと思ったのは、古いワイン棚が並んでいたから。そして地下にありがちな閉塞した暗い感じがあったから。
「こ、ここどこ? ノア? シロウ?」
私は一人で座り込んでいた。見渡す限り、人はいない。ひとりぼっちだった。慌てて立ち上がる。
「な、なんなの! なんだってのー!!」
いきなり。初めてのダンジョンで、こんなのってありなのかー!?
ワイン棚のすき間を走りながら、二人の名を呼んだ。しかし私が見つけたものは、
「うわーーーーっっ!」
逆さづりゾンビ。リアルバージョン。単なるお飾りで(それもかなりいやな話だけど)襲ってこなかったので、良かった。方向転換して元の場所に戻り、思い切り肩で息をしながら、ちょっと半泣きになった。
「もう。もうもうもうっっ! なんでこんなことになっちゃったのよー! ちょっともう、どうすりゃいいのよーっ」
「そうですねぇ」
「そうよー!」
そのままたぶん、10歩くらいは歩んだと思う。
私はぴったり足を止めて、そして下向いた。ずるりと重力に従って落ちるのは、私の頭に住みついていた自称ナビゲーター。つーか、ハチ。
「あいたたたたっっ!! な、なんで踏むんですか。僕にそんなことしていいと思ってるんですか」
「千本ノックのボール役をしてくれるかな。それが君にはふさわしいと思う。待ってて、今バットの代わりになるの探してくるから」
「お待ち下さいご主人様。ぼくはあなたの奴隷として心と体を捧げたハチです」
「ほー。んじゃなんで私が怖がってるときに頭の上で寝てたわけ」
「慌ててるナァと思ったらおかしくっておか……グフッ」
がすっと踏んづけて、しばし待った。
正座しながらの誠心誠意の謝罪の果て。バッチョは、罠が発動しましたなぁと語りだした。
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