第8話 Level 1:おめでとう、カルマもあがりました

 そもそもレベル1なのにイベントに挑戦しようってのも、豪気な話である。

 なんて自己ツッコミがないではないが、いいのである。私は小学校の時から「大胆だね」「強気だね」「後悔もしないんだね」みたいな誉め言葉ばかり頂戴してきた女。


「それは、誉め言葉じゃないと……みなさまの懸命な努力による制止の言葉じゃないかと……」


 ぼそりとつぶやいたシロウにやだなぁ! とチョップを決めると、

 タラッタラッターーー!

と音楽が響いた。ノアがびっくり目で「嘘、レベルアップ!?」とカンナを向いた。


 そうみたいだった。ウィンドウが立ち上がり、数値を設定して下さい。といわれてしまった。

 シロウは脳天を押さえてぷるぷるしていた。



 サラ、レベルアップ!

 5Pのポイントを各能力に割り振って下さい。


 あなたは味方を攻撃しました。

 残念ながら、カルマが1Pあがりました。




「レベルアップ、おめでとー!」

「や、ありがと! 照れるなぁ」

「照れてる場合じゃないだろ!!」

 シロウが大声を出した。


 広々とした草原をまっすぐ北へ歩いている。イベントに挑戦するにあたってちょっと経験値でもためておきたかったのに虫一匹出やしない、このレベルアップは貴重だわと言ったら、シロウに、カンナに怒られた。

 いや、カンナは怒ってるというより困ってた。あわあわしながら、

「サラさーん、味方を攻撃してはダメですぅ。経験値はもらえますけど、カルマがたまりますぅ」

「そうだよ。カルマがたまったらリンダポイントも上がるだろ!!」

 リンダポイントって。

 ああ、リンダに注意されたような気がする。

「いいじゃんいいじゃん。今はレベルが上がったことの方が大事じゃないのー」

「ちがーう! リンダポイントはすぐ上がるけど、下げるのが難しいから厄介なんだ!!」

 シロウはだん、と地面を踏んだ。

 私の肩にいたバッチョがぶぅんと彼の周りを飛んだ。

「注意したって無駄ですよ。こいつは根っからカルマの高い女だからなぁ。クーックック」

「そいやー!」

 さわやかにアタックを決めるとバッチョは地面にばしっと落ちた。

「君はつれてるナビがこんなのだから、いろいろどうでもよくなるのかもしれないけど」

 シロウは真剣に言い募った。バッチョがし、しどい……と地面でのたうっている。

「カルマがたまるとほんとに旅がしんどくなるから! 一部では恨み骨髄で、リンダがラスボスだったらいいのにとすらいわれている」

「だったらいいのにって?」

「みんな、一斉放射でボコるから」

「…………」

 あの顔の怖いおねーさん、よっぽど嫌われているらしい。

 嫌われているというか。そっか。リンダポイントの苦しさが分かんないのは初心者ということなのね。

 ……分からないままで、いい気がするけど。

「まぁ、でもレベルが上がっただけでも良しとしようよー」

 ノアが入れてくれたフォローは、シロウを脱力させた。だ、だから……と説明する気も失ったらしい。とぼとぼと歩き出した。



■ ■ ■ ■




 最初に持っているアイテムは、地図レベル1である。

 そこに載っている場所には、はじめから行くことができる。

 ・はじまりの町ギムダ

 ・スライムだらけ迷宮(といっても4LDK)

 ・トルデッテ町

 ・ゴースト屋敷

の、よっつだ。スライムだらけ迷宮はイベントに関係なく、スライムを倒しまくってレベルを上げる場所。「モンスターレベル固定のダンジョン」だ。ふつうのダンジョンでは各プレイヤーのRPに応じたモンスターが出現するから、レベル固定ダンジョンは「ちょっとレベルを上げて、旅を楽にしたい」人のための鍛錬所のようなもの。

 そこにいっとけばいいんじゃないかと、カンナが提案したけども、却下した。


 だって私、スタートのあれでスライム大嫌いになってしまったんである。

 もう、あの、タマネギみたいなツラをみると、踏みつぶして細切れにして燃やして灰にしてチューリップの肥料にしてやりたくなる。

 だからスライムだらけ迷宮なんかお断りだ。なにが4LDKだ。やつらには一畳一間で十分だっての。五匹くらい数珠繋ぎにして天日に干して乾かして教会に捧げてやろうか。

「サラさん……妄想を口にするのはやめてくださいぃ」

「あ、ごめん」


 トルデッテ町というとこにはまた、補給にでもいくことになるだろう。もしくはイベントを仕入れに。イベントを買うことによって、だんだん地図に表記される場所が増えていくという寸法である。


 で、ゴースト屋敷。

 制作者の意図としては、「初期のプレイヤーが目指す最初の難関」というくらいのコンセプトで加えていた物らしいのだ。

 だけどマジ怖すぎて精神に傷を負う者が続出し、いったんは閉鎖になりかかったけど、レベル0ダンジョン(ただで行ける場所)に成り下がることによって命運を保ったとか。

 と、バッチョが説明した。こいつの説明はなんつーか製作秘話が入ってる気がする。

「精神に傷を負う者って」

 ノアが呟いた。

 そして全員シロウをみた。

 彼は全身に汗をかいて、持つ剣をかたかた振るわせながら、こわばった笑みを浮かべた。

「い、いや、だいじょうぶだいじょうぶだいだだだ」

「動揺してますね、旦那。まぁしかたありませんやね~、あそこは本物のゴーストもまじってるってうわさですしねぇー」

 バッチョはフリーズの魔法を唱えた。

 シロウは凍りついた!

 ……みたいな具合だった。




■ ■ ■ ■



 前方に鬱そうとした森が見えてきた。カァカァとカラスが鳴いている。

 今までの明朗会計な雰囲気とは、突然うってかわる音楽。生暖かい風。


 ゴースト屋敷がそこにあった。

 思ったほど大きくない。壁にびっしり蔦がはっている。中を覗くことはできない。板が打ちつけてあったり、破れたカーテンが中を隠していたりしたから。


 そして、一瞬目の錯覚かと思った。二階の窓のカーテンのすき間から、視線を感じた。じっと見ていると、金髪が確かに光を反射した。誰かいる。先に挑戦したプレイヤーだろうか。と思ったけど……。

「なんだか、別にあんまり怖くないんじゃない?」

「うん。なんか」

 屋敷は確かに古びてるけど、でも門柱に刺さってるガイコツが。怖がらせようとしてるなら、なんともしょぼすぎるのだ。そのガイコツひとつで萎えてしまう。

 ノアと笑っていると、シロウが振り返った。

「ちがう。これは、最初に『なーんだわりと怖くないんだワ♪』なんて思わせてそれから油断させる作戦なんだぁぁっっ」


「挑戦者かね?」


「わっびっくりした」

 門柱にささっていたガイコツに、いきなり話しかけられた。真っ白な骨、眼窩は真っ黒。シンプルにありのままに頭蓋骨なもんで、なんだかおしゃれなインテリアの一種に見えてくる……釘で柱に打ち込まれてるんだけどね。

「あっ、はい。そうです」

 シロウは怖がってるくせに、訊かれるとちゃんと答えている。律儀な男だ。


「一度しか言わない。聖女は魔女に敗北し、首をくくって死んだ。その根本から生えた花を悪神に捧げるものには幸いが訪れる」


「えっえっえっ」

「一回しか言ってくれないの!?」


「もう一回聞くかね?」


「…………」

 今気づいたけど、メモを取る手段がない。でもノアが覚えててくれるというので、まかせた。この人に任せておけば、大丈夫だ。

「なんか、いけそうな感じ。クリアーできたら、シロウのトラウマも晴れるってもんよ! ね!?」

 元気づけようと思ったら、

「やめようぜ……その根拠のないポジティブ思考」

 おどろおどろしい声がした。発生源は、シロウの肩にひょっこりあらわれたモンタだ。

 お前が既にホラーだと、突っ込む隙がなかった。


「がんばれよ……死ぬなァァァああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


「ぎゃああああーーーーー!!!!!」

 突然叫ばれて悲鳴を上げた。ガイコツはげらげら笑って、消えた。


 中でガイコツ系のモンスターにあったら、容赦はやめておこうと思う。

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