第6話 Level 1:パーティ組んで、さぁ出かけよう!

 カンナがぴょこたんぴょこたんと跳ねながら連れていってくれた店。

 私は完全なおのぼりさんと化して、その店を見上げた。


「わあああ~、これがはじまりの酒場なんだねぇ!」


 ……リングワールドに来たプレイヤーはまずここで仲間を見つけるのだ。やっぱり冒険に一人旅はキツイ。戦い系の力がないと戦いが厳しいし、生き抜いていくには回復系の力があった方が格段に楽だからだ。

 ゲームに参加した人たちが、皆が皆リアルで友達と示し合わせてるわけじゃない。それは少数派だろう。

 ここで、自分の必要とする仲間を見つけることができるのだ。

 酒場というのは「仲間を見つける場所」なんである。


 ということをカンナが道々丁寧に説明してくれていた。横目でバッチョを見ると、回転飛行に精を出しているのだから、つぶしたくなってしまう。

「私はノアが単に酒が飲みたかったのかと思ったよ~」

「…………!!!!」

 軽く言ったのに、カンナはびくっっとした。耳が震える。

「そそそ、そんなことは……ないですじょ?」

「…………」

 なんと誠実で忠誠心溢れたナビであろうか。


 さて、店を見上げた。煉瓦造りの壁面は落書きだらけである。これは、そうしていいんだそうだ。旅立ちの決意がたくさん書いてある。


「ちくしょう、あいつめ!! スライムなんかに殺されて、僕はだめな戦士だ!!」

「勇者になる条件を求めて、旅に出ます」

「錬金術師には気をつけろ。やつら冒険者で実験してやがる」


 ……決意ばかりじゃ全然ないのは、気のせいだ。たくさんの決意に冒険心がふつふつとかき立てられる。

 そして店の前には大岩がある。私の身長よりもはるかに高い岩で、頂点あたりになにかささっているらしいのが見える。

「これは、はじまりの魔女の剣ですぅ。これをどうやって抜くのか、冒険者の間で討論がかわされているんですけど、まだ全然分かっていません」

「へぇ~。なんか、イベントが必要っぽいよね」

「初心者のくせにいっぱしのことを……」

 勝手に肩に止まっていたバッチョを地面に払い落とした。


 酒場に入る。たくさんの冒険者がたむろしていた。

 ひとつ、人が集まってるテーブルがあるなぁと思った。通りがかる戦士や魔法使いがのぞきこんでビックリ顔をしているんで、私ものぞきに行った。

「あ……」

 私の肩に登ったカンナが、ぴるると首を振った。

「サラさん、あれ、あの戦士と向き合って酒勝負をしてるのが、ノアさんです……なんでこんなことに……」

「はぁぁーー?」


 ギャラリーの注目を浴びながら、ビールのジョッキをあおってる黒ずくめの魔法使いに、確かに友人の面影がある。なんか上品そうな、お高い猫に似た感じの子である。

 しかし、見事な飲みっぷりだった。相手はとっくに「嫌々飲んでるなぁ」という領域に沈み込んでいるのに、楽しげにジョッキを空にしている。気のせいだろうか、もう彼女と戦士の横に並んでいる空ジョッキの数にかなりの差があるのは。


「ギ、ギブアップ!! すまん、もう助けてくれぇ!!」

 戦士の男が両手を上げて、ギャラリーがわっと沸き立った。

 ノアはジョッキをごとんと置き、高笑いする。

「無駄と分かってる勝負にのってあげたんだから、ちゃんとお礼はしてね」

「分かった」

「敬語」

「分かりましたァァ!」

 男はそのまま、ぐったりとテーブルにつっぷした。


「スゲェな姉ちゃん」

「かっこよかったよ~~」

と言いながらギャラリーが去っていく。そして残った私たちを見つけて、ノアがにっこり微笑んで立ち上がった。

「来たんだ~! いらっしゃーい、待ってたよ!!」

「うん、来たよー……」

 さっそくの濃い歓迎を、ありがとう。そんな言葉は喉の奥で留めておいた。



■ ■ ■ ■



 男はどうも寝てるらしいので放置しておくとして、あいている椅子に座った。

 さっそくはじまるのはもちろんリンダ・リングの話題以外にない。

「もうレベル上がった?」

「君が来るまで待っとこうと思って、しばらく図書館で本を読んでたんだけどねー。『ワールド漫遊記』とか『この世の最高の魔法』とか『上級職のススメ』とか。ずーっと籠もってたら司書さんに話しかけられて、おつかいイベント発生してね。レベル2に上がっちゃったよ!」

「すごー、そんなのあるんだ!」

「んでファイヤーがレベル2になったから、スライムなら一撃だよ!」

「あの時君がいたらなぁ! 私、はじまりの台地のところでスライムに囲まれて死にかけたよ!!! 薬草はなくなるし、さんざん」

 どんとテーブルを叩くと、後ろのテーブルにいたパーティが笑い出した。

「え、マジで? ほんとに死にかけたの?」

「え……ほんとだけど……」

 ノアまで爆笑し始めた。


「すっごー、そんな子ホントにいたんだぁ」

 盗賊らしい女の人が近づいてきて、顔をのぞき込まれた。

 な、なんたる屈辱ですか。

「や、で、でもね!! こいつがなかなか来なかったからぁ!!!」

とハエのようにその辺を飛んでいたバッチョをひっつかんでみんなに見せると、返ってきたのはよりいっそうの爆笑だった。

「ハ、ハチタイプーーー!! すごいすごい、こんなのマジで使ってる奴いたんだ」

「えー、リングワールドで一匹だけかも……!」

 バッチョはそのまま八の字飛びを披露し、私の頭の上に着地した。

「ハチの価値は分かる人にしか分かんないんですよーだ、んべ」

と返しているあたり、プライドが傷ついている様子もない。

 私の誇りは粉みじんだけどな!!!!


 相手のパーティにいた巫女さんが救いだった。ぽっちゃりとした気のよさそうな感じの人で、えくぼをうかべて笑いながら

「ごめんね、この人たち口悪いけど、悪気はないからね。こんなことでこのゲーム嫌いになったりしないでね。

 そうだ、破邪の法力みせてあげるわ」

 巫女さんはにっこりして、提案した。私は両手を握ってお願いした。そして彼女は右手を私の額の前にかざし、目を閉じた。


「我が信仰の主たる善なる神よ。子羊の祈りに耳を傾けてください。そしてその奇跡を顕現し、愚昧なるものたちにその威をお示し下さい――――破邪!」


 ぱあっと目の前が明るくなった。そしてタラッタラッター♪と音楽が聞こえた。

「サラさん、運の値がひとつあがりましたよ。ラッキーでしたねぇ」

 頭の上のバッチョが言った。

 そのパーティには「笑わせてくれたからこれあげるー」とアイテムを何個かもらってしまった。薬草ふたつと不思議な箱と聖水。一気にアイテムがいっぱいになってしまった!


「良かったねー」

 ノアは。そんなこと言いつつ顔が笑ったままである。つつけば爆笑するに違いない。

「どうせハチだよ……」

「やぁもう、そんなこと気にしなくていいってば! すっごい面白いし」

「……パーティ組むの、やめよかな……」

「あ、そうそう。カンナ、パーティ登録ってどうやるんだっけー」

 私のつぶやきはさらりとスルーされた。いいけどさ! 組むのやめる気なんか全然ないけどさ!

 カンナは私が人様にからかわれている間、ノアに説教をしていたのだが、聞き流されていたのが悲しかったらしくうちしずんでいたのだが、仕事となるとがぜん元気になった。

「はいー。パーティ登録はナビがします。わたしがサラさんのIDを登録すればいいだけですから……サラさんの登録はバッチョさんがしますからね」

 バッチョの名にノアがくっと息を飲んで横向いた。もう。好きなだけ笑え。

「では、おききします。ノアさん、パーティメンバーにサラさんを登録しても、良いですか?」

「いいよー」

 ノアがぴらぴら手を振る。私は下向いてバッチョを落とした。バッチョはびっくりしたように頭をふらふらさせる。登録、というとぽんと手を叩いている。

「サラっち、んじゃ適当に登録しとくから」

「誰がサラっちか!!」


「あ、あのさぁ」


 ん? とふりむいた。声の主は、テーブルに突っ伏していた男戦士だった。短髪で、気のよさそうな顔をした男だった。同い年くらいかな。

 そして彼は、毒と呪いがかかってHP1、ダンジョンから出る手段がなくなった、みたいな情けない声で言った。


「……俺も、パーティに加えてくれないかなぁ」



■ ■ ■ ■



 男戦士は、シロウと名乗った。レベルは6なんだそうだ。

 ノアを見ると、手を振って知り合いじゃないと言った。……知り合いじゃない人と酒勝負したんかい。

 うーん、知らない人と組むつもりはなかったんだけどな。

 でも初対面だからといって一刀両断に断るのは良くないよね。だって知らない人とパーティを組むなんて、ゲーム内では当たり前の話なんだから。もちろん気に食わないとか、気が進まないとか、そういう理由で断るのはアリだけど。


「なんでいきなり?」

 訊くと、シロウさんはわっと泣き出した。

「俺、そもそも友達と幼なじみと一緒にパーティ組んでたんだけどさ。いくつかイベントもこなして、んでこれからもっと上のレベルのイベントに挑戦するか! てところで……」


 彼らはあるイベントに挑戦したんだそうだ。戦士の彼と盗賊のケンジ、僧侶のカオリの三人で。シロウさんが語った話はこまごまとしていて感情が高ぶっているためにところどころ分かりにくかったけれど。


・ゴースト屋敷に行った

・自分は極度のお化けアレルギーであった

・ゴースト怖さにろくに戦うことができず、みんなに迷惑をかけた

・あまつさえケンジさんが死んでしまった

・命からがら逃げたけども、怒ったカオリさんに別行動を宣言されてしまった


「まとめればこういう話でしょ」

「わぁサラさん素敵ですぅ」

「ま……簡単に言えばそういうことなんだけどね……」

 シロウさんは悲しげにうつむいた。

「情のない女ですな! ほんとにもう。兄さん、元気だしなよー、僕は心弱き者の味方だよー」

 バッチョに言われてシロウさんは、心弱き者って……とつぶやいた。

「でも」

と、ノアが切り出す。

「ゴーストが怖いって、結構戦士として致命傷じゃないの? ゴースト系のモンスターってリングワールドでは少なくないみたいだけど。ホラー系がだめなんでしょ? ゴーストに、ゾンビ、グール、バンパイア。そういうのの派生モンスターもどっさりいるはずだし。

 ついでにさ、どうでもいいけど、なんで元のパーティの人は許してくれなかったの? 友達と幼なじみなんだったら、お化け嫌いなの知ってたんじゃないの。そもそもわざわざゴースト屋敷に行く? なんか変よね。ケンジさんとカオリさんがラブラブであなたが邪魔だったとかいうならとも……かく………」

 ノアが舌鋒をゆるめたのは、シロウさんの体がぷるぷる震えだしたからだった。

 もしかして、俗に言うこれがその、地雷を踏んだというやつなのでは。


「情のない女がもう一人いましたなぁ」

 バッチョがぽんとシロウさんの肩を叩いた。

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